仄香の日常は壊れやすい~秘密の力に翻弄される放課後~ 作:コマンディー
至らぬところがありますが、温かい目で読んでいただけると幸いです。
桜が咲き渡る4月の上旬、朝の教室は少しだけ騒がしい。
新しいクラス、新しい顔ぶれ。
椅子を引く音、挨拶の声と笑い声。
それらが混ざり合うことで教室は賑わい、落ち着かない空気を作っていた。
そんな教室で私は振り当てられた自分の席にいる。
椅子を優しく丁寧に引き、静かに椅子に腰を下ろす。
机に鞄をそっと置き、中に入っている教材と筆記具を取り出す。
新しく配布された教材を机の引き出しに入れ、筆記具を机に置いて鞄を横に掛けた。
(......よし、今日も問題ないな)
右手の指先を左手でさすり心の中で自分に言い聞かせてようやく息をついた。
机の上に置かれいてる小さな紙切れを見つめる。
紙切れには、
この星ノ宮学園で2年生に進級した。
そんな私は、周囲からどう見られているのか不安があり落ち着かなかった。
友人曰く私は「落ち着いている」「品がある」「近寄りがたい」などといった雰囲気があるらしく
注目を浴びているらしい。
そんなことを今まで気にしたことがなかったが、気づけば私は有名人になっていた。
私はただーー
今の日常を壊さないように生きているだけだ。
少しでも気を抜けば、今座っている椅子、目の前にある机を破壊してしまう。
こうしているだけでも精神的に参っているのだ。
「ーーあ」
小さく、柔らかな声。
思わず私は隣の席に顔を向ける。
肩までの髪が揺れ、こちらを見る瞳は穏やかで、澄んでいた。
この学校で知らない者はいないその人。
「白鷺さんだよね?隣の席だったんだ」
私の記憶では、彼女は学園のアイドルともいわれているほどの有名人だったはず。
思わず身構えてしまい、体に力が入りかける。
「私は小鳥遊 日和、よろしくね」
「......あぁ、よろしく」
短く返すと、彼女は微笑んだ。
近い、思っていた以上に距離が近い。
ほんの少しでも手を伸ばしてしまえば触れてしまう距離だ。
(......落ち着け、落ち着くんだ私)
自分に言い聞かせて入りかかった力をゆっくりと抜く。
この程度で乱れてしまう自分に情けなさを感じてしまう。
小鳥遊は机に肘をつきながらこちらを見ていた。
「同じクラスになるの、初めてだね」
「そうだな、今までは別だった」
「うん。少し意外」
「......何がだ?」
「白鷺さんと一度も会話せずに1年過ぎたことかな」
言われてみれば確かにそうだ。
しかしなぜだろう、彼女と話をしていると妙に感じることがある。
初めて面と向かい合って話をしたばかりなのに距離が近いのだ。
まるで彼女がこちらに興味があるかのような、いや思い違いかもしれない。
(......この人は)
危うい。
そう思った。
なぜか、それは私自身もよく分からない。
ただ、ほんわかとしている雰囲気を漂わせているが瞳の奥には鋭さがある。
緩んでいた体が再び力んでしまう。
体が直感したのかもしれない、彼女と出会ったことでこの先何かが起きてしまうのだと。
すると教室の扉が開き、担任になるであろう教師が入ってきた。
「皆おはよう、HR始めるから席について」
女性教師が扉を閉めて教壇に立つ。
先程まで賑やかだった教室が一気に静まり返った。
「あら、このクラスに有名人が2人もいるのね」
教師が私と小鳥遊を見つけると驚く顔を見せる。
それに釣られて、周囲のクラスメート全員から注目を浴びてしまう。
視線を浴びる小鳥遊は周囲に得意な笑顔を見せる。
それとは反対に、私は気恥ずかしくなり少し俯く。
「生徒会長に白鷺さんだ!」
「すごい、有名人が2人もいるなんて・・・!」
「このクラス、当たりかも!」
「天使がいて、頼れる女騎士って感じ!」
再び教室が賑やかになる。
いや、私からすれば騒がしい。
「そうね......、小鳥遊さんは生徒会長だから、丁度いいわ。白鷺さん、クラスの代表になってくれないかしら?」
教師に突然そう言われた私は思わず困惑してしまう。
「クラスの代表?私がですか?」
まずい、私は目立つことが苦手なのに代表を務めろというのだろうか?
「えぇ、学級委員長よ。私は貴女がふさわしいと思うわ」
「しかし先生、それを決めるのはクラスの多数決では?」
「「白鷺さんに賛成です!!」」
どうやら逃げ道はなさそうだ。
しかし参った、今年も目立たず1年を過ごすつもりがこうも簡単に崩れてしまうとは。
「私からもお願い、白鷺さん」
「小鳥遊まで・・・」
彼女からいきなりのお願いでさらに困惑する。
実をいうと私は今までここにいるクラスメートのことをよく知らないのだ。
私から話しかけることがなければ、よっぽどのことじゃない限りは話しかけられなかったまま1年を過ごしたのだ。
そんな私がいきなりクラス代表になるのはとても不安がある。
「何も一人でやる必要はないんだよ、皆はもちろん私も協力するから、ね?」
「......分かった、引き受けよう。正直まだ乗る気ではないが」
「ありがとう白鷺さん」
私に向けられた彼女の笑顔に少し動揺してしまう。
一体何だというのだろうか。
「決まりね、では白鷺さんよろしくね」
「......至らぬかもしれませんが」
「そう固くなりなさんな、皆が協力してくれるって言ってるのよ?」
「「うん!!」」
正直、不安しかない。
耐えられるだろうか、もういっそすぐにでも逃げ出したくなってきた。
チャイムが鳴り、午前の授業が終わったことを告げる。
教室の空気が一気に緩み、あちこちで椅子が引かれる音と話声が広がる。
私は静かに息を吐いた。
(午前は何とか乗り気った......。HRの出来事がなければもっと落ち着けたのだが)
だが何事もなく終わった、それだけで十分だ。
そう思いながらゆっくりと席を立つ。
椅子を引く時、戻すときも慎重に。
ポケットに財布が入っていることを確認した私はそのまま教室を出ていく。
そんな私を遠くから見ていた小鳥遊の視線に気づかずに。
私が向かっているのは購買だ。
いつもなら母上か使用人に弁当を作ってもらっているのだが、今朝は自分で作ろうと台所に立った。
......のだが、途中で包丁が折れてしまったのだ。
包丁が折れる直前はまな板を食材ごと切断してしまった。
この時の私はとても泣きそうだった。
それを見かねた母上から握り飯にしてみたらという助言を受けて実行してみたが、
握る力加減がうまくいかず私が作ったおにぎりは圧縮されてしまいお椀一杯の量が飴玉の大きさになってしまった。
そうしているうちに時間が迫ってきてしまい、致し方なく手ぶらで登校してきたのだ。
廊下を歩くと、すれ違う生徒からの視線が集まっていることに気づく。
「ねぇ、今の・・・」
「白鷺さんだ!」
「見てるだけで目が幸せだわ・・・」
「凛々しさがよく伝わってくるよね」
「声かけてみたいなぁ」
私が一体何をしたというのだろうか。
普通に過ごしたいだけで、注目を浴びるようなことはしていないというのに。
溜息を吐きたいところだが、何とか堪える。
少し歩いてたどり着いた購買所。
この学校には食堂があり、定食を求める生徒や教師が多くいる。
その食堂の隣にパンやおにぎり、お惣菜などが売られている購買所があるのだ。
「あら仄香ちゃん、いらっしゃい」
私を見るなり優しく迎えてくれるのは購買のおばさんだ。
「どうも」
「今日は弁当を持ってきてなかったのね、何にする?」
「いつものおにぎりを頂きたいです」
「おにぎりね、実は今日試作品も持ってきてるんだけどこれもどうかしら?」
おばさんは発泡スチロールの箱からいくつかおにぎりを取り出す。
どんなものを試作してきたのだろうか。
「いつもは白米をメインで作ってるんだけどね、ここ最近麦飯にハマったのよ」
「麦飯ですか、食物繊維が豊富でしたね。確か便秘改善や生活習慣病予防によかったと」
「そうそう、よく知ってるのね。それに白米より満腹感も得られるから、体重を気にするお年頃の子が多いでしょう?麦飯を使ったおにぎりなら、ダイエット効果もあるんじゃないかしら」
「一理ありますね」
そのおにぎりは具材が鮭、梅干し、昆布、枝豆昆布といった定番の種類だった。
「ではいつものおにぎりを1つにして、具材が鮭の物を頂きます」
ポケットから財布を取り出し、小銭を確認しておばさんに手渡す。
「ありがとね、はいお品物」
「いただきます」
「えぇ、後で感想聞かせてね」
おばさんに見送られた私は、購買所を離れる。
次に向かう場所は屋上だ。
食事をするときくらい、一人でいたい。
賑やかな場所が落ち着かない私には丁度いい場所なのだ。
階段を一段ずつゆっくりと上り、屋上の扉を開けると春風が一気に吹き抜けた。
私はこの瞬間が大好きで、少し立ち止まって春風を堪能する。
そして屋上に出ていつもの場所にそっと腰を下ろす。
辺りを見渡すと一面桜が咲いており、薄い桃色に染まる景色で心がとても落ち着くのだ。
「我が世の春が来た......なんてな」
さっそく袋からおにぎりを取り出そうとした時に屋上の扉が開く。
突然のことで一瞬身構えた私は身を隠そうとしたが、できなかった。
屋上に上がってきたのは一人の女子生徒で、朝私に声をかけてきた生徒会長、小鳥遊だった。
「あ、ここにいたんだね白鷺さん」
私を見つけるとゆっくりとこちらに歩いてくる。
彼女の手には、丁寧に包まれたお弁当があった。
「わざわざ私を探しにきたのか?」
「うん、......迷惑だったかな?」
「......構わない」
短く答えると、小鳥遊は嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう」
今座っているところから少し横にずれて彼女に譲る。
そこに二人が座ると、お互いの距離がかなり近いことに気づいた私は少し気恥ずかしかった。
(......近いな、少し不安だ)
ちょっとしたことで急に動いたりしたら何が起こるかわからない。
私は彼女に拘束されているようなものだった。
「白鷺さん、お昼はいつもここなんだ」
「......あぁ、騒がしい場所は避けている」
「そっか。落ち着いてるね」
「そう見えているだけだ」
実際はその逆だ。
教室にいれば常に気を張っていなければならない。
ふと、彼女の弁当を見る。
彼女が弁当の蓋を開けると中身は彩がよく、どこか丁寧さが滲んでいた。
「自分でつくっているのか?」
「あ、気づいちゃった?そうなんだ、時間があるときは自分で作るよ」
「......偉いな」
思ったことがそのまま口に出た。
小鳥遊は一瞬驚いたように目を輝かせ、それから少し照れたように笑う。
「白鷺さんに言われると、なんだか不思議」
「何がだ?」
「落ち着いてて、大人っぽいから...かな?」
(......それは違う)
言葉にはしなかったが、心の中で静かに否定する。
私は大人なのではない、日々を恐れながら過ごしている臆病者なのだから。
袋からおにぎりを手に取り、包みをゆっくり剥がす。
落とさないよう、そして力を入れすぎないように両手で持って一口。
ほんのり聞いた塩味が口の中で広がっていく。
(美味しい......)
購買でいつも買っているのは塩だけで味付けをした塩おにぎりだ。
普段は2個買っているが、今回はお試しの麦飯にぎりがあるので1個のみ。
3個はさすがに食べきれない。
塩おにぎりを堪能しているとふと視線が気になった。
小鳥遊が時折こちらを見ていたのだ。
常にではなく、気づけばという程度。
(これは......観察されているのか?)
そう思っているのに、不思議と不快ではなかった。
「白鷺さん」
「何だ?」
「無理してない?」
口に近づけていたおにぎりを止める。
「......何を見てそう思ったんだ」
「ん~なんとなく、かな」
それだけ言って小鳥遊はそれ以上踏み込んで来なかった。
”なんとなく”。
その言葉が、妙に胸に残る。
(小鳥遊、この女は...)
踏み込まないくせに、核心をついてくる。
ほんわかしていて、とても穏やかなのにどういう訳か鋭さがある。
私は彼女が少し危険に思えてきてさらに落ち着かなかった。
食事を終えた私と小鳥遊は片付けをしている。
結局彼女とは無言の昼休憩を過ごしただけだった。
会話をしたとしても、小鳥遊から問いかけられる程度のものだ。
一体なぜ私と昼をともにしたのだろうか。
小鳥遊が弁当箱を片付けながら言った。
「あのね、今日の放課後生徒会室に来てくれないかな」
「いきなりだな、どうしたんだ?」
「白鷺さん、今日から学級委員長になったんだよ?今まで一人でいることが多かったようだから、私が出来る範囲でいろいろと教えてあげないと、そう思ったの」
言われてみれば確かにそうだ。
学級委員長になったとはいえ、何をすればいいのか正直まったく分からないのだ。
クラスの重要な責任を請け負った以上、蔑ろにするわけにはいかない。
「分かった。放課後、生徒会室にだな?」
「うん」
「いろいろと世話になる、かたじけない」
「お互い様だよ、これから頑張ろうね」
「そうだな」
軽く返事をする。
小鳥遊は立ち上がると教室へ戻っていった。
それを見送りながら私は自分の手を見つめる。
今日一日、まだ何も起きていない。
それなのにーー
胸の奥では気持ちが少しづつ揺れていた。
放課後、廊下は昼間とは別の顔を見せる。
部活に向かう生徒の足音や談笑しながら帰る声。
窓から差し込む西日の色が校舎を少しだけ柔らかく染めていた。
私は人気の減った廊下を一人歩いている。
向かう先は生徒会室だ。
生徒会室は教室がある校舎とは別の建物にある。
旧校舎、昔は教室がそこだったのだがここ最近建てられた新校舎に教室が移ったのだ。
だから旧校舎にあるのは図書室と視聴覚室、そして生徒会室で他はほとんどが空き教室だ。
図書室と視聴覚室は2階にあり、生徒会室は最上階である3階に位置する。
つまり、よっぽどの事がない限りほとんどの人はここを訪れないのだ。
3階の渡り廊下を進み、旧校舎に入ると3人の生徒に鉢合わせする。
「あれ、こんなところに人が来るなんて珍しいね」
「あ、先輩この人......!」
「白鷺さん、よね。珍しいわ」
彼女たちと目があったので私は立ち止まる。
挨拶したほうがいいのかもしれない。
私から挨拶しようとしたが彼女たちに先制されてしまった。
「こんばんわ、白鷺さん」
「あぁ、こんばんわ」
「ここにいるなんて珍しいね、どうかしたの?」
「小鳥遊に呼ばれていてな、生徒会室を目指しているところだ」
「会長に......ですか?」
何か変なことを言っただろうか?
3人は揃って不思議そうな顔をしていた。
一人だけ、何かを思い出したのか、納得した感じだった。
「そういうことね、貴女クラス委員長になったんでしょう?」
「そうだが」
「え、そうなの?」
「白鷺さん、人望ありますからね!」
いや、人望はほとんどないに等しいのだが......。
「日和なら生徒会室にいるわ、場所は分かるかしら?」
「先ほど教師に聞いて来た、心遣いありがとう」
「それじゃ、私たちはこれで」
「白鷺先輩、またお時間あるときに!」
「.........」
3人は本校舎へと歩いて行った。
途中、一人の生徒からの視線を感じていた私は内心複雑な気持ちになる。
彼女からの視線は、明らかに監視しているような感じだったのだ。
どうやら私が小鳥遊と2人でいることを警戒しているようだった。
気にしていても仕方がない、踵を返し生徒会室へと進む。
生徒会室は意外と距離があった。
無理もない、旧校舎の一番奥側にあったからだ。
だがそこでふと気になることがあった。
生徒会室の隣の空き教室、入り口のプレートを見ると生徒会会議室と書かれていた。
おかしい、生徒会室はこの隣で会議を行うならそこで行うはず。
ではここは何の為にあるのだろうか?
気になっていた私は好奇心で生徒会会議室と書かれた空き教室へと入った。
室内は見慣れた机と椅子があったが、見慣れた教室とは違うレイアウトだった。
まず机と椅子が会議室を思わせるように円陣になっていた。
黒板には前回行ったであろう会議の内容が書かれた資料が磁石で貼り付けられている。
部活動予算や、体育祭と文化祭。
いろいろな事が書いてあった。
なるほど、ここは生徒会だけでなく部活動の部長とクラス委員長などを交えて会議を行う場所だったのだ。
大人数となれば、生徒会室には入りきらないだろう。
これといった用はなかったので会議室を後にしようとしたが、窓から差し込む西日に目が行き足を止める。
ここから見える窓の外は、本校舎とは違い桜がよく見える場所だったのだ。
「なんて綺麗なんだ......」
それに心地がいい。
西日の光がこの会議室をほのかに温めていた。
「気に入ってくれた?」
ふと声をかけられた私は驚いて体をビクつかせてしまう。
振り向くと入り口に小鳥遊が立っていた。
「小鳥遊......」
「ごめんね、驚かせちゃって」
そういいながら彼女は私のすぐ隣に立つ。
相変わらず距離が近い。
「でも今の白鷺さん、可愛かったな」
「からかっているのか」
「ううん、褒めてるんだよ。怒らないで」
私たちの視線が再び窓の外に向いた。
微かな風できれいに散っていく桜。
見惚れてしまうほどに。
またしても視線を感じた私はその元である小鳥遊に顔を向ける。
彼女の瞳には私が映っていると感じるほど、私は直視されていた。
「何か、言いたげそうだな」
小鳥遊は微笑み、少し目を伏せた。
「別に、ただ......ここで一緒にいられて嬉しいだけ」
その言葉で私の心がざわつく。
思わず触れたくなりそうで、しかし触れれば彼女を傷つけてしまうーー
そんな情緒不安な感情が渦巻いてしまう。
(一体、なんなのだ......心がこんなにも揺れるなんて)
だがそれとは反面、少しだけ落ち着けるような気がしなくもなかった。
「さて、いつまでもここにいると帰りが遅くなるから生徒会室に行こうよ」
「そういえばそうだったな、忘れていた」
「白鷺さん、私との約束を忘れかけるなんてひどいよ」
「すまなかった」
私は小鳥遊に連れられて生徒会室へと入っていった。
生徒会室で私は小鳥遊からクラス委員長としての仕事内容を聞いていた。
話を聞く限り、思っていたより細かい。
出欠、連絡事項、行事の取りまとめ。
(できないことはない。だが......)
「どうかな?」
「大方理解はした。だが一つ気になることがある」
「気になること?」
私がメモした紙の一行に指をさしてそれを小鳥遊に見せる。
「う~ん、確かに。ここ、最初は戸惑うよね」
私が指さしたのは”クラスの意見調整”という項目。
「全員の意見をまとめる、か......」
「あのね、そこはまとめなくていいんだよ」
小鳥遊は穏やかにそういった。
まとめなくていい?どういうことだろうか。
「まずは聞くだけでいいと思うの。皆意見が違うのは当たり前、たくさんの意見を出して、そしてその中から皆で選んで決めるの。」
なるほど、言われてみれば確かにそうだ。
私がまとめてしまえば、皆の意見を潰しかねない。
「難しく考えなくていいと思うんだ。それに、委員長は”壊さない役目”」
その言葉に、私は衝撃をうけた。
今なんといった?壊さない役目?
小鳥遊は、何を思ってそんなことを言ったのだ?
「......壊さない役目とはなんだ」
「白鷺さんはさ」
彼女は、こちらを見ずに続ける。
「慎重なのかな、周りをちゃんと見てる。だから向ていると思うんだ」
「それは私の評価か?会ってまだ1日と経っていないのに」
そう返すと、小鳥遊は小さく笑った。
しばらく沈黙。
小鳥遊が何を考えているのか私には分からなかった。
私が握っているシャープペンから軋む音がして、ハッとなり握っている手の力をすぐに抜いた。
まずい、今のを彼女に見られたかもしれない。
そっと視線を小鳥遊に向けると、彼女は思いついたことを紙に書き留めていた。
「ん、何かな?」
「......いや、なんでもない」
小鳥遊はそれ以上何も言わなかった。
あれからどれくらいの時間が経っただろうか、気づけば窓の向こうはすっかり暗くなっていた。
帰る支度を済ませて、生徒会室を出る。
小鳥遊が生徒会室を施錠し、大きく背伸びをした。
「ん~ッ!!......すっかり遅くなっちゃった」
「そうだな、母上に連絡をしそびれてしまった」
すると小鳥遊は一瞬きょとんとした。
それから何かを噛み締めるように視線をそらしーー
「......ふふ」
小さく笑った。
何かおかしなことを言ってしまっただろうか?
「何だ」
「ううん、ちょっとびっくりしただけ。白鷺さんってお母さんの事母上って呼ぶんだね」
「おかしいか?」
「珍しいと思った。というか、そう呼ぶ人が目の前にいたからびっくりした」
「......そうなんだろうか」
「思ったんだけど、白鷺さんってどこかのお嬢様だったりしない?」
そういえば私の家庭事情を誰にも話したことがなかった気がする。
いや、いた。
一人だけ、何なら1年の時に何度か家に遊びに来ていた。
彼女とはクラスが別だったので今日一日顔を合わせていなかった。
新しいクラスでうまくやっているのだろう。
「あまり自慢げに話す程ではないが」
「そうなの?」
「あぁ、母上が財閥の当主なだけだ」
「そうなんだ、本当にお嬢様なんだね」
正直嬉しくない。
「そう言われるのは好きではないんだ」
「そっか、ごめんね」
彼女に少し電話をするから先に帰ってもいいと伝える。
スマホを操作し、電話帳から母上を呼び出す。
コール音が鳴り、すぐにつながった。
『もしもし、仄香?』
「母上、遅くなってすまない。今委員長の仕事が終わったばかりで、帰りが遅くなってしまう」
『いいのよ、しっかり役目を果たして偉いわ』
「やめてほしい、照れくさい」
『可愛いわね。それよりご飯はどうするの?帰ってくる時間帯を教えてくれれば手配するわ。今一人なの?お友達もいるなら手配するから一緒に外食してきたらいいわ』
「母上、それには及ばない。朝私が使いかけた材料で適当に作る」
『朝?あったわね、貴女がー』
「母上ッ!」
『ええそうね、失礼したわ。寄り道してもいいけど、事故だけは気を付けなさい』
「すまない」
そう短く返して通話を切った。
小さく笑う声が聞こえたので振り向くと小鳥遊がまだそこにいた。
「何だ小鳥遊」
「ごめんない、でも聞こえちゃって...。すごいね、本当に」
「私は普通でいたいだけなんだ」
「でも、お友達もいるなら手配するから一緒に外食したらって普通は言わないよ」
「普通は、な。母上は普通の人ではないんだ」
そして私も本来は普通の人間ではない。
自分で言っておきながら、胸が締め付けられている感じがして辛かった。
「......白鷺さん?」
気づけば小鳥遊の顔が私の目の前にあってびっくりした。
もう少しでお互いの鼻が触れそうなくらいに近かった。
「な、なんだ?」
驚いた私を見た彼女は少し距離をとった。
「ううん、なんでもないの。ごめんね」
「......おかしなやつだな」
「あー、やつだなんて口が悪いんだ。”めっ”だよ?」
なんだその可愛らしい言い方は。
そんな彼女を見て私は少し笑ってしまった。
学校の校門を通過し、帰りが同じ方向らしいので小鳥遊と肩を並んで帰り道を歩く。
学校の周りには部活帰りの生徒や談笑で遅くなった生徒たちがまだうろついていた。
生徒とすれ違うなり、皆私は小鳥遊に挨拶してくる。
私は短く返し、小鳥遊は笑顔で挨拶を交わしている。
こうしてみていると、やはり彼女は生徒会長なのだなと改めて思った。
「初めてだなぁ、白鷺さんとこうして一日を過ごすなんて」
「確かに初めてだが、感動するほどでもないだろう」
「そんなことないよ、私は嬉しいの」
「そうか」
本当に、不思議なやつだ。
そう口にすると、さっきみたいに可愛く叱られてしまうので心の中にそっとしまっておく。
「......小鳥遊」
「日和」
「ん?」
「私の事、日和って呼んで欲しいな」
唐突に彼女はそう言う。
今まで会話したこともない、それにたった1日のやり取りだけでこうも距離が近くなるものなんだろうか。
「本当にいいのか?まだお互いの事をよく知らないのに」
「そうかな?私は1日でも十分だと思うよ。それに、ずっと小鳥遊って呼ばれるの、距離を感じて少し寂しいんだ」
なるほど、彼女はそれで距離を感じてしまうのか。
「......分かった日和、私の事も仄香でいい」
「うん!ありがとう、ほのちゃん」
ん?
「日和、今なんと?」
「ほのちゃん、可愛い呼び名だと思ったんだけど...嫌だった?」
可愛い呼び名...か、今までこんなことは体験したことがなかった。
可愛いといわれると、なんだかムズ痒いな。
でも悪くないかもしれない。
「日和がそう呼びたければいい」
「えへへ。ありがとう、ほのちゃん。」
気づけば駅前についていた私と日和。
ここで日和とはお別れだ。
「ほのちゃんは家どこなの?」
「私は錦木市だ」
「星の宮市の隣だ、でも距離あるね」
「だから電車で来ている。日和は市内か?」
「うん、でもここから少し離れてるからバスで通学してるんだ」
日和が指さした先はバス停だ。
今はまだバスが来ておらず、バス停には人の行列ができている。
「そうか、ではここで解散だな」
「うん、それじゃまた明日!」
日和はそういうと、小走りでバス停に向かう。
私は踵を返して改札口へと向かうがーー。
「ほのちゃ~ん!!」
私を呼ぶ声が聞こえたので声がした方向を振り向く。
そこには日和が大きく手を振っていた。
「今日一日、一緒にいてくれて嬉しかった!これから一年間、宜しくね!」
彼女の笑顔とほんわかさが少し離れたここまで漂ってきている。
「あぁ、また明日会おう」
少し大きめな声でそう返す。
それを聞いた日和は嬉しそうな顔をして微笑んだ後、バス停の行列の中に入っていった。
なんとも不思議な生徒会長だ。
始めから距離が近くて動揺した。
ほんわかしていて、穏やかなくせに鋭さがある。
最初は彼女を警戒していた、核心をついてきたり突然わけのわからない問を投げかけてきたり。
今のところ、日和に私の秘密を知られてはいない。
いずれ秘密が露呈してしまう恐ろしさはあるがーー。
だが一つだけ、彼女といると少しだけ落ち着く気がするのだ。
いろいろと複雑だが、一人だった私に声をかけてくれた日和は天使だったのかもしれない。
今は少し嬉しい気持ちだ。
さて、今日はもう帰ろう。
家に帰って、今度こそ包丁とまな板を壊さないようにしなければ。
少し吹っ切れた私は改札を通って電車に乗った。