私の過ごした町が、崩れていく。
巨大な怪物たちが暴れ、住人たちを殺していく。
所かまわず人々の叫び声が聞こえ、それを塗りつぶすかのように肉がつぶれる音が聞こえる。
殺した肉を食らう怪物たちの叫び声が聞こえる。
やがてどこからか火の手が上がり、街を炎が包む。
そんな中を、私は走る。
「神の声を聴く者」として教会で暮らしたすべてを捨て。
「声」を記録する筆を捨て。
子供たちとの暖かい記憶もすべて捨て。
ただ私を導く神の声を追いかけて、走る、走る、走る。
奇妙なことに、怪物たちは私を襲うことはなく、町を壊し続けるのみで。
そうして私は町を出た。
きっとその時の私は、服は血にまみれ、顔は煤で汚れ、誰もが目を背けたがるような格好をしていたことだろう。
だが神は私を見捨てなかった。姿を見せることは決してない神は、ただ静かに言葉によって私を導いてくれた。
いくつもの路地を抜け、いくつもの広場を通り過ぎ、私を避けようとする群衆の間を走り抜け。
どれだけ長い間は知ったのかわからないほど、時間がたった時のことだった。
ふと、その声が止んだ。私を導いてくれた静かな言葉はなく、私の周りにはただ静寂のみがあった。
私は不安に駆られた。周りを見渡しても何もなく、そこはごく普通の裏路地にしか見えなかったからだ。
暖かい町で生まれ育った私には裏路地の危険性はよくわからなかったが、ただ町の大人たちがこぞって行くべきではない場所であると述べるような場所だったことはまだ記憶していた。ここは危険な場所であり、離れなければならないと私は思った。だが神は、それを知ってか知らずか、何も言葉を発することはなかった。
疲れ、恐怖、不安、孤独。それらが私の頭をぐるぐると駆け巡り、いっそのことすべてを放り出して走り出したい、そんな衝動に駆られていた時だった。
暗くなった裏路地の先から、光が迫ってきていた。
それは車のようなエンジン音を挙げながら、こちらに向かってきた。
よく見るとまだ幼かったころに家族と見た汽車の姿によく似ているように思えた。
その奇妙な車は私の姿を見たのか急減速し、けたたましい音を鳴らしながら、私の目の前で止まった。
そして目の前で扉を開いたかと思えば、一人の女性が下りてきた。
「...どうやら、間に合わなかったようですね。」
その人は私を見てそう言った。
いったい何のことだろうかと私が考えていると、その人は言った。
「私の名前はわかりますか。」
わからない、わかるわけがない。なぜなら私と彼女は初対面であり、私が彼女の名前を知っているはずがないからだ。
そんな私に答えを教えるかのように、神が口を開いた。
【ファウスト】
「...ファウスト?」
「...ふむ。どうやら勧誘の条件は満たしているようですね。」
彼女はそう言いながら、私に手を差し伸べ、そして言った。
「ようこそ、リンバス・カンパニーへ。ファウストはあなたを歓迎します。」
♢
ぶるるん、という音とともに、止まっていたバスが動き出す。
少しばかりうるさいその音は、私の意識を覚醒させるには十分だった。
起きた後数舜起こる思考力の低下にため息をつきながら、何が起こったのかを思い出そうとする。
【貴女は死んだ】
ああ、そうだ。確か黒い森の中であの案内人に無理やりバスから降ろされて、それから妙に強い3人組と戦わされて...それで、上半身を吹き飛ばされて、死んだ。
「...なぜ、傷一つないのでしょうか。」
【ダンテ】
「...?ダンテ、とは...。」
いったい何なのか、と神に問いかけようとしたとき。バスの前のほうがなんだか騒がしいことに気付く。
案内人とファウストさん、それから...見慣れない、赤い時計頭がそこにはいた。
「...それじゃあ軽い挨拶を交わす時間を与える。前に座っているのからだ。始め。」
その案内人の言葉とともに、前のほうが騒がしくなる。言葉通り自己紹介をしているらしい。
カチカチ、という音とともに聞きなれない声も聞こえてくるように感じる。なんというか、頭に声を直接流されている感覚だ。どうやらそれが、あの時計頭の声らしい。
「あれが...ダンテ、ですか?」
【YES】
そういえば、バスから降りてあの3人と対峙した時、一瞬あの赤い時計が見えた気がする。
となると、わざわざ助けに向かうほど私たちにとって重要な人なのだろうか。
【彼が貴女を復活させた】
「...そうなのですか。では感謝しないと。」
前に座る彼ら彼女らの自己紹介をぼんやりと聞きながら、ふと思い出す。
そういえば神が名前を言葉に出したのはファウストさん以来だった。ほかの囚人たちの名前を神が言ったことはまだ一度もなかった。
「彼は、私にとって大事な人なのですか?」
【YES】
「ファウストさんと同じくらい、ですか?」
【YES】
「そう、ですか。」
ダンテ。きっとその名前を、私は覚えておくべきなのだろう。なぜなら神はそうおっしゃったから。
「...あなたの番です。」
気が付くと、ファウストさんがこちらを向き、私に向けてそう言った。
どうやらいつの間にか、私の前に座る人たちは自己紹介を終えていたらしい。
周りと比べて低い背をごまかしつつ、私は時計をまっすぐに見つめながら自己紹介する。
「ラヴクラフト。そう呼んでください、ダンテさん。」
そう彼(あるいは彼女なのだろうか)に向けて私が言うと、ダンテは少し嬉しそうにカチコチと音を鳴らしつついう。
『よかった、君も普通そうだね...。』
「そう、なのでしょうか。神はどう思われますか。」
【わからない】
「...すみません。神はわからない、と。なので私が普通なのかは私にはわかりません。ごめんなさい、ダンテさん。」
そうダンテさんに言うと、彼はまるで奇妙な生き物でも目にしたかのように私を見て(なんとなく彼がそう感じているように感じた)言った。
『...前言撤回だ。』
「?撤回されるのですか。やはり神のいう通り、ダンテさんにもわからないのですね。」
そういったとき、少し長いため息とともに、案内人がいう。
「...紹介はここまで。ダンテ、あなたの職務を教えて差し上げましょう。」
その言葉とともに、私へと向いていた視線はあちこちへと散らばっていった。
皆、私への興味をなくしたらしい。どうやら自己紹介の時間は終わったようだ。
私もまたダンテへとむけていた視線を懐から取り出した本に向けた時だった。
本のページに影がかかる。
私が陰につられて顔を上げると、そこには先ほど良秀と名乗っていた人が立っていた。
「...お前、年は幾つだ。」
「16、だと聞いています。」
以前、まだ私が町にいたころに神に聞いたことがあった。その時神は16だと答えてくれた。
だからきっと私は16歳なのだろう、と考えている。
すると良秀さんは少し寂しそうな目で私を見つめながら言う。
「...まだガキか。なんでこんなところに?」
「ファウストさんに勧誘、というものをされました。貴女もですか?」
「...ああ。まあな。」
くゆらせていた煙草の火を消しながら、良秀さんはふと思い出したかのように懐をあさり、そこから出した何かを私に渡してきた。
「菓子だ。いるか。」
「菓子、とは...何でしょうか。」
神の言葉を探して目をさまよわせていると、神が答える前に良秀さんが答える。
「甘い食べ物だ。...食べてみろ。」
そう言って包んでいた紙を慣れた手つきで開け、私の口にそれを突っ込んだ。
思わず驚いてしまったが、そのあと口に届く味に思わず驚く。
「...おいしいです。」
「そうか。」
「これは何という食べ物ですか?」
「飴だ。」
「もっと欲しいです!」
思わずそういうと、良秀さんはふっと笑いつついう。
「だめだ。歯に悪い。また後でやる。」
「...そう、ですか。残念です。」
この味を次に味わえるのはいつになるのだろうか。ずっと先なのだろうか。そんなことを考えて少し悲しい気分になっていると、それを見た良秀さんは私の頭に手をのせると、わしゃわしゃと少し雑に頭をなでてくる。
驚いて私よりも少し高い良秀さんを見上げれば、彼女は満足そうに笑い、私の座る席の反対側に座った。
「...いったい何だったんでしょうか、神。」
そうつぶやきつつ神の言葉を探してみると、神は今度は答えてくれた。
【親から子への愛】
「...私と良秀さんは親子ではない、と思うのですが。」
しかし神はその言葉に答えてくれず。
少しの疑問を抱えつつ、私にできたことは過ぎ去っていく窓の景色を眺めることくらいだった。
囚人No.14 ラヴクラフト
【検閲済】出身の少女で、その能力は年齢相応のものであり、決して優れているとは言えません。しかし彼女の言う「神」に対する信仰、そして執着は目を見張るものであり、その言葉に従って戦闘を行えば彼女の能力はどの囚人よりも優れているということができるかもしれません。
【警告】彼女の過去は時が来るまで明かされてはなりません、彼女の存在を【検閲済】に知られてはならないからです。