囚人No.14 ラヴクラフト   作:黒プー

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15話

カジノの地下は鉱山になっていた。そこでは上のカジノで負けて一文無しになったらしい人たちが採掘に従事していたらしく、ただひたすらにつるはしを振るその人たちを眺めるのはあまりいい気分じゃなかった。グレゴールさんの大根役者っぷりは...少し面白かったが。

 

その先にはプラスチックでできていそうな外見の工場?があった。中からは変なロボットとプラスチックに浸食されたらしい労働者がいた。ファウストさんが言うに幻想体だったようだ。人を侵食していたあたり、あの工場も含めて幻想体だったのだろう。...以前も思ったけれど、幻想体と怪物たちはすごく似ている気がする。なぜなんだろう?

 

 

 

そして、鉱山をさらに下って行った先。そこは鉱山というより氷山と呼んだほうがいいんじゃないかと思える場所だった。

 

「下に行くたびに肌寒くなってる気がします...どうしてだんだん氷が増えてるんでしょう?」

推算(すイサン)するに、異常現象が頻発することは肯定的な信号だと思ったほうがいいかと。」

「お呼びかね?」

「はぁ...おかげさまでもっと寒くなりそうですね。」

 

イサンさんの言葉にイシュメールさんがそう突っ込む。...イサンさん、あまり話さない人だからよくわからなかったけれど...結構天然な人なのかもしれない。

それはともかく。何やら考えていたダンテさんが言う。

 

『黄金の枝に近づいている...ってことであってる?』

「...まあ、はい。」

 

でもファウストさんはなんだかあいまいに言葉を返すだけだった。ダンテさんの答えはあっていそうだけれど...何か別のことを考えているんだろうか。

 

「...それにしても、黄金の枝って何なのでしょうか...こんな、地形ごと変化させてしまうなんて、よほど強い力がなければ難しいと思うのですが...」

【......大きな力を持つ怪物は何度か見たが、ただそこにある無機物がこれほどの力を持っている例というのは聞いたことがない。...どれだけ考えてもやはり奇妙な物体だとしか言えんな。】

「...なんだか、少し怖いです。」

 

力あるものはある程度責任を負わなければならない。でも無機物にその責を負わせることはできなくて。何の法則もなく力だけを振りまくあの枝は、なぜできてしまったんだろうか。

...そして私たちは、なぜその枝を探しているんだろうか。

何か私の知らない大きなものがある気がして、それが少し怖い。

 

【...前にも言ったが、今気にしても仕方ないことだろう。先に進みなさい。】

「...はい。」

 

 

 

 

進んだ先には、氷の大本、黄金の枝があるであろう、洞窟の中にそびえたつ巨大な城。

そして、氷のように白い髪を持つ彼が私たちを待っていた。

 

「...たまに頭の中がごちゃごちゃになるときは、よくここに来てたんだ。たとえ君の好きな安楽椅子やウィスキーはなくてもね。ここでは外套をいくらしっかり着込んでも刺さる寒さが、考えを明瞭にしてくれるから。」

 

私たちの中からロージャさんがゆっくりと彼の前へと歩み出る。

 

「先に来てるとは思わなかったよ、ソーニャ。」

「僕と隊員たちは早いうちからここに通じる近道のことを知ってたからね。この地域の裏ルートを通じて得た資料だ。『大義のための大きな力』。...それが埋められた空間についての資料のことだよ。...ただ、その力...黄金の枝が埋められた空間に接近できないのはいいけれど、どうすればいいのかは検討がつかなかった。」

「...25区で燻ってると思ってたんだけど、そんなやり方ばっかするくらいなら、ずっと燻ってくれてたほうがマシだったね。...あんたのせいで、罪のない商人たちもみんなお金を奪われたんだよ。」

 

ソーニャさんはすぐにその言葉には答えず、後ろの巨大な城を振り返る。

 

「...知ってるか、ロージャ。ここはもともと霜がたくさん生えているだけの、ちょっと奇妙な場所に過ぎなかったんだ。でも今は...巨大な城と氷に覆われた場所になった。......君がちょうどここへ足を踏み入れた瞬間から。」

「まるで私が来たら変わることを知ってたみたいな口ぶりだね。なんでわかったの?」

「情報の出どころはいろいろあるけど...君が知る必要はない、ロージャ。」

「そもそも私のせいだったって断言できるの?私は裏路地をほっつきまわってる奇術師じゃないんだけど。」

 

ロージャさんのその言葉に、ソーニャさんはおかしそうに笑うと言った。

 

「難しいことじゃない。ただ氷の中で眠りについた彼らの顔を見ればわかるんだ。...だって、彼らは君が愛していた、けれど心の中で見下していた人たちじゃないか。」

 

周囲の景色が変わる。一面氷の景色はどこかへ消え、色が薄れたどこかの裏路地の景色になる。

きっとこれは...ロージャさんの記憶なんだろう。

 

「...どうして貧しい人たちは働けば働くほどもっと貧しくなっていくんだろうね。ほんと馬鹿馬鹿しい。質屋の主人の金庫にお金が積もっていくほど、私の隣人たちは思い出すら秤にかけられて、はした金のような扱いをされてきた。...私は、それが許せなかった。

ソーニャはいつも難しい言葉を交えて、人々を集めて。いつの間にかあいつの下に、「ユロージヴィ」って組織ができてた。...懐かしい、私もその一員だった。」

 

ロージャさんは記憶を探るかのように瞑目して、ため息を一つ吐く。

 

「最初は大丈夫だった。頭がすっからかんのやつも、ソーニャの言葉にいちころになって、裏路地の貧しい人たちを助けていたから。でも、ソーニャは何かが足りないという表情だった。あいつは言った。やみくもに行動するより、計画的に動くべきじゃないかなって。...結局のところ、ユロージヴィは外で人を助けるよりかは机上でどうやって裏路地を、巣を変えるかについて悩むことだけに熱中する集団になった。...だから私は離れた。机上の空論じゃ、おなかをすかせた隣人を食わせていくことはできないから。」

「けれど、何度も言っただろう、ロージャ。僕たちは時を待つべきだって。」

「それはいつなの?ちびのイヴァンが生ゴミを拾って食べて、気道がふさがって死んだときにも来なかったけど。」

「大きなことを成すには、より大きな力とより詳細な政策が必要なんだ。富の再分配のためにはね。そしてそんな方向へ進むときには、他愛もないノイズが生じるものさ。」

 

ソーニャさんの言葉に、ロージャさんは彼を睨みつけながら言う。

 

「他愛もない?私たちはもともとそんな他愛もない人たちを助けるために始めたんでしょ。あんたのやってたことは、ユロージヴィがやってたことは、私がやりたかったこととは違ったの。」

「......だから、自ら前に出ようと決心したのかい?」

「当然。私たちの町に必要だったのは、いつ来るかわからないその時を手放しで待つことじゃなくて、目の前に置かれた斧を、ためらうことなくつかみ取れる人だから。」

 

場面が変わる。ロージャさんが、アパートのような建物のある一室に向かっていくところだ。

 

「あの日はほとんどの隣人が、四日以上はお腹を空かせていた。それでも風は容赦もなく鋭くて、飢えた彼らの裂けた皮膚を容赦なく引っ搔いてた。だから、私は...」

「...それで、どうしたんだい?」

 

言い淀むロージャさんをよそに、場面は進んでいく。アパートの一室の扉が開かれ、中へと進んでいく。

中には一人の老婆がいた。ほかの住人とは違う、裕福そうな身なりに身を包み、豪勢な食事を取っていた。

 

「...待って。私これ、ここで終わりにしちゃ...ダメ?」

「ここは黄金の枝が共鳴しながら、君のために生まれた告解室だ。そして告解室は、主に在任の懺悔のために生まれた場所だ。」

 

老婆が何かを言う。場面の中のロージャさんも言い返す。

 

「...あの老婆が、最後に心を入れ替えでもしたら...」

「でもロージャ。一生隣人の思い出を踏みにじってはした金を握りしめると君が思っていたあの老婆が、急にすべてに対して寛大になって、自分のお金を差し出す人じゃないってことくらいは、わかってただろう?...わかっていなかったら、君も、斧なんか持って行かなかっただろうね。」

 

『かわいそうなロジオン、素晴らしい救世主にでもなれるって勘違いをしてたのかもしれないけれど...そんな堂々と私の金を要求したって、変わることはないさ。お前もあの裏路地の乞食どもとそう変わりない、虫けらに過ぎないよ。』

 

老婆がそういった時。場面の中のロージャさんが、激昂にかられるがままに、斧を振り下ろす。

 

「...私は、彼女の頭を割った。黄金のガチョウの腹を裂くように、老婆の頭蓋骨をきれいに。結局誰かがやらなきゃいけなかったんだから。そうだよね?黄金のガチョウは自分の欲望でチャンスの糸を切ったバカの逸話だけど、私たちは彼女の脳をえぐっても気が晴れないくらいに飢えた、恵まれない人々だったから。そしてその腹には、確かに黄金の卵がぎっしり詰まってたんだから。」

「ああ。その老婆はたしか、25区で強大な権力を持つ税金収奪人だったな。でも彼女がそんな大手を振って歩けていたのは...彼女の弟が中指の組織員だったからだったな。」

「...飢え死んでいく隣人のために斧を振り下ろしたのが、間違ってるっていうの?」

 

ロージャさんの言葉に、ソーニャさんは少し寂しそうに笑って言った。

 

「いいや。君は自分のために振り下ろしたんだ。君がただ、平凡な人に過ぎないという事実に耐え切れなくなって。...中指に手を出したらどうなるかは...もう知っているだろう?彼らはだれがやったかじゃなくて、自分たちに手を出したらどうなるかを示すことのほうが大事なんだ。」

 

場面が切り替わる。暗い裏路地の道。その脇に、たくさんの死体が積み上げられていく。

 

「いい部位の肉をかみしめていた隣人たちの喜びは、そのまま死体になって塔のように積みあがっていった。カジノの外の、あの車の塔のようにね。...君がその日以来、どれだけ罪悪感にさいなまれて苦しい日々を送ったか知っているよ。自分でガチョウをさばいた愚か者と変わりなかったことを悟った君が、ね。」

「あの日以来...どんなものであれ、完全に私のものであると感じられなくなった。...全部...私のせいで...」

「大丈夫だ、ロージャ。」

 

背景がまた切り替わる...いや、今度は全く別の背景じゃない。

さっき流れた背景に、色が戻っていく。まるで活気づいたように。

 

「僕はね、ロージャ。世界を変えるために数千冊の本を、数万枚の文書を探して、都市のあちこちのいろんな人たちに会ってきた。支配階級の搾取者から抜け出して、ついには被抑圧者たちの真なる開放を手に入れることのできる世界を作るためにね。でも答えは変えることにはなかったんだ。...よく見て、あれが君と僕とで至れる世界だ。君に共鳴した黄金の枝を通じて作っていける、そんな世界。地上では腹を空かすものが一人もおらず、精神的で知的な快楽を探求する権利がだれにでもある。...僕とともに来てくれるなら、その世界を君に贈ってあげられる。まるで、最初から何も起こらなかったかのように。」

 

長い静寂が、二人の間に流れる。そしてそれを打ち破ったのは、ロージャさんだった。

 

「...ごめん。それでもお断りするね。...まだ、私は暖かくなりたくないの。もう少しこの寒さに震えていなくちゃいけないと思うから。...いつになったら暖かくなっていいのか、それを見つけるまでは、ここにいたい。」

 

ロージャさんは一瞬の間目をつむって...そして目を開けた時にはもう、いつも通りのロージャさんだった。

 

「ていうかソーニャ、あんたあの時私が耐え切れなくなって片づけに行くの、最初からわかってたよね!?どうせなら止めなさいよ!」

 

その言葉に、ソーニャさんはどこか安心したように笑うと言った。

 

「ロージャ、君にはまだ理解できないだろうけど...君には印がない。君にならあるだろうと期待してたけど、むしろほかの子にあるみたいだね。」

「印?なにそ...」

「それに君は印を見ることもできない。すなわちそれは、君にはだれかを導く力はないということを意味する。でも僕は違う。だからより良い世界のためには...」

「...あんた、どっさり本が積まれた机の上でも似たような話してたよね?...だから、私はあんたと一緒に行くことはできない。...机上の空論じゃ、隣人たちの腹を満たせないから。...あんたも知ってると思うけど、ならず者が頭でっかちの下につけるとでも?」

「...少し、残念だよ。黄金の枝はあの城の中にある。...君が無事に望むものを見つけられるよう、願っておこう。」

 

話は終わったようだった。ソーニャさんはこれ以上何かをしようとすることもなく、私たちにただ道を譲った。

私は少し気になって、ロージャさんに話しかける。

 

「...ロージャさん、大丈夫ですか。」

「んん?大丈夫よ、折り合いはつけたから。...あいつとしばらく言い合えないのは残念だけどね。」

 

確かに彼女の横顔はどこか晴れやかで、なんとなく大丈夫なように見える。でも、私にできることがまだ残っているような、そんな気がするのだ。

 

「...ロージャさん、寒すぎるときは言ってください。...私ではあなたを温かいところに連れてはいけないでしょうけど...でも、一緒に歩いて、時々上着を貸すくらいならできますから。」

「......な~に~ちびっこ!いっちょ前に私の心配~?」

「わ、わわわ!やめてください~!」

「シンクルより年下の子に心配されるいわれはないわよ~」

 

一通り私の髪をぐしゃぐしゃにしたロージャさんは、その手を止めたかと思えばぽつりとつぶやく。

 

「...でも、ありがとうね。もしかしたらいつか、あんたの上着を借りるかもしれないから。...さ、とっとと黄金の枝を回収して帰りましょ。」

「......はい、ロージャさん。」

 

そんなことを話しながら、私たちは氷の城へと歩みを進める。いよいよ今回の冒険も大詰めだろうという予感を感じながら。




罪と罰を読んでからだとやっぱりこの章は視点が変わりますね。序盤のカジノはギャグ過ぎてあまり好みではありませんが、この対談シーンはやっぱり好きです。原作読むのは大事だなとしみじみ。
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