2026年1月10日 終盤の描写を微修正。
感想をいただいてのどまで出かかっていた書きたかったことを思い出したので修正しました。
移動時間というものが私は嫌いじゃなかった。
多くの人にとってその時間は退屈なものだろう。何せ目的地にたどり着くまで何をするでもなく、ただ椅子に座って退屈に外を眺めることしかできないからだ。
私も、あの町で神と出会うまでは、退屈に窓の外を眺めながら移動していたのかもしれない。けれど今は違う。
【...こうして、騎士は終着点へとたどり着き、世界は光を取り戻した。】
「...おしまい、でしょうか。今日のお話もとても面白かったです。」
【それはよかった】
なぜなら、神様がいるから。
神様は私の知らない物語を多く知っている。そしてその物語を通して、神様は多くを語る。
だから私が町にやってきて、神様の声を聴くようになってから、その物語を聞き、こうして本に記録し、皆に伝えることが役割になるのは自然の摂理だったのかもしれない。
私にしか聞けない物語を聞き、記録する。暇さえあれば神様の知るたくさんの物語を聞くことができるのだから、私にとって隙間時間はとても楽しいものなのだ。
けれど、みんながみんな隙間を埋める方法を持っているわけではないのだろう。
ふと前のほうがまた騒がしくなっていることに気づき顔を上げると、オレンジの髪の人...イシュメールさんと、いつもバットを持ち歩いている人...ヒースクリフさんの間に一触即発の空気が漂い始めていた。
「お二方は...仲が悪いんでしょうか。」
【相性が悪い、仲が悪いというわけではない】
「...仲と相性、何が違うのでしょうか。」
【彼らを見ていれば、いつか分かる】
「そうなのですね。」
2人が自らの武器を持ち出そうとしかねないほど、場の空気が最高潮に達しそうな時だった。
「...チッ。」
通路を挟んで私の右隣に座っていた良秀さんが、舌打ちをしながら立ち上がった。
...いらだっているのだろうか、じっと睨みつけるように前で争う二人に視線を向けている。
「...良秀さん?」
なんとなく声をかけたほうがいいような気がして、彼女に声をかける。
すると彼女は振り返り、言った。
「あ・し。座ってろ。」
「あ...し?」
【あいつらを静かにさせるだけだ、だろう。】
神様の声を聴き、前に歩いていく良秀さんに目を向ける。
町でも子供たちが騒ぎ立てて話を聞かない時があった。そういう時の彼らには私が何を言ってもダメで、どうすればいいかわからなくなったものだ。
そういう時、私の代わりに神父様が子供たちに優しく言い聞かせ、静かにさせていた。
きっと良秀さんも神父様のように言い聞かせるつもりなのだろうか。
『み、みなさん、あまり興奮しすぎると...』
「がっ!?」
「ぐ...!?」
私の期待とは裏腹に...彼女が見せた答えは、暴力だった。
何やら二人を止めようとしていたダンテさんをよそに、二人を切り捨てた良秀さんは少し笑いながら言う。
「く・へ・し・ぶ。...首を圧し切らないと静かにならないのか、豚野郎どもが。」
【...はぁ。】
あまりの光景に啞然としていると、切り捨てられた二人を眺める良秀さんの背後でうごめく黄色い頭が見えた。そしてその隣で揺れ動く、鋭い槍の穂先も。
それが見えた瞬間、私は走り出した。次に何が起こるか何となく予想がついたからだ。
そしてその勢いのまま、良秀さんを前に押し倒した。
「っ!?」
「おおっ!?」
背中のあたりに激痛が走る。その痛みを気にしないようにしながら前を見ると、驚いた表情の良秀さんがいた。けがはなさそうだ。
【...君というやつは。】
「あ、あああ、あいすまぬ!そなたに突き刺すつもりはなかったのだ!」
慌てたように私に駆け寄ってくる槍の持ち主...ドンキホーテさんに、私は言う。
「大、丈夫です、痛みには、慣れてますから。...それに、きっとすぐ直ると思いますし。...だから、私に免じてその槍をふるうのを、やめていただけませんか。」
「な、なぜだ!?私はそこの二人を殺した大罪人を罰さなければならないのだ!」
「でも、良秀さんも、ドンキホーテさんも、バスの仲間じゃないですか...?仲間って、家族みたいなものだし...家族同士で傷つけあっちゃダメだって、神さまも神父様も、言っていました。だから...。」
「う、うむぅ...しかし!」
ドンキホーテさんが反論しようとした時だった。重苦しいため息がバスの中に響き渡る。
「はぁ...ちょっとでも余所見すれば事故ばかりだ。...お前ら5人。今月のバス掃除当番だ。」
「なぜだ!?当人は正義を追い求めたにすぎぬ!」
「待って、私の服の洗濯も入れてちょうだい、血はワインと違って落ちにくいってのに。もう、高かったのに...。」
ひとまず、ドンキホーテさんが槍を下ろしてくれていることに私は安心する。
これ以上周りの人に傷ついてほしくなかったが、どうやらそれは達成できそうだった。
【...無鉄砲すぎる。】
「...ごめん、なさい。」
【咎めるつもりはない。君らしくはあった。それに、どうせ治る。】
そんな風にお説教をされてしまった横では、ダンテさんと案内人さん...ヴェルギリウスさんが話している。
「...ダンテ、時計を巻き戻していただけますか。」
『時計を巻き戻せ...って?』
「はぁ...それが戸惑っている表情というわけか。覚えておきましょう...ファウストさん。」
ファウストさんは小さくため息をつくと、ダンテさんに向かっていった。
「初めて会った日にもあなたがやっていたことです、ダンテ。あの時は本能でやり遂げたんでしょうけども。...もう一度やってみましょう。目を閉じて...。」
そうしてダンテさんが目(?)を閉じて、数舜して。ダンテさんが突然叫んだかと思えば、何かが戻っていくような感覚とともに、背中の鈍い痛みがようやく治まった。
それと同時に、血の海に沈んでいた二人も起き上がる。
「...」
そしてその片割れ、ヒースクリフさんは、起き上がって良秀さんを見るや否や良秀さんへと近づく。
また嫌な予感がして、私は二人の間に割って入る。
「...おいチビ、そこに突っ立ってるっていうんならまとめてつぶしてやろうか?」
「いや、です。でも二人が傷つけあうのを見るのは、もっと嫌です。」
その言葉を聞いたヒースクリフさんは頭に来たのか、私に向けてバットを振り上げた。
【...3時、半歩横へ。】
「っ...!」
「んなっ!?」
私にあたるはずのヒースクリフさんのバットは、空を切った。私が避けたからだ。
「てめっ...!?」
ヒースクリフさんはあきらめず、バットを振り上げてくる。
【...6時に1歩、9時に半歩、8時に2歩。】
「当たらないです、ヒースクリフさん。...わかったら、やめていただけますか。それに、案内人さんも怒ってます。」
その言葉に、ヒースクリフさんも圧力を感じたのだろう、バットを振り回す手を止め、恐る恐る振り返った。
そしてそこには、目を赤く光らせ、ヒースクリフさんを睨みつけるヴェルギリウスさんがいた。
「...これは、どうにかまともに矯正しておかないとな。」
「っ...!」
その冷徹な視線は、私たちに向けられていた。
「一つ目の規則。バスの中では武器のぶつかる音が聞こえてはならない。...この瞬間以降、この規則が破られれば。...お前たちは俺に、どうか殺してくれと哀願することになるだろう。俺は十分そうできる人間だ。知ってるよな?」
ヒースクリフさんは彼を精一杯にらみつけるが、結局口答えすることはできなかった。。
♢
あの後すぐ、ヒースクリフさんは後ろに連れていかれて、バスには少しの間静寂が戻った。
私もようやく席に戻ることができて、また白紙の本に物語を刻む作業に戻っていた。
【そして狩人はその白銀に包まれた城に踏み入った。...と、続けたいところだが。】
神様が物語を突然切り、それに合わせて私が顔を上げると、そこにはダンテさんが立っていた。
『...隣、いいかな。』
「はい、構いません。...何か御用ですか?」
ダンテさんは私の隣に座ると、カチコチと小気味いい音を立てながら言う。
『さっきのお礼をと思って。君が止めてくれてなかったらもっとひどいことになってたと思うから。』
「いえ、お礼を言われるほどのことではありません。神様も、神父様もおっしゃっていたことを実践したにすぎませんから。」
『そっか......ところでずっと気になっていたんだけど、いったい何を熱心に書いているの?』
ダンテさんはそう言いながら私の手元にある本を指さす。
ふふふ、どうやらこの本の良さを広める時が来たようだ。
「ふふ、気になってしまいましたか、ダンテさん。これは私がいつか本として出そうと思っている、神様からお話しいただいた物語集です。とても面白い話ばかりです、ぜひ読んでみてください。」
「え、えっと...わかった、読んでみるからそんなに押し付けないで。」
そうしてダンテさんはカチコチと言いながら私の書いた本を読む、が。
すぐに本を置いて私のほうに向きなおる。...おかしい、あの本を目にすれば少なくとも小一時間くらいは没頭してしまうはずなのに。
「どうでしたか、面白かったですか?」
『う、うーん...その、よくわからなかったというか。何というか...書き方がめちゃくちゃで、何を伝えたいのかよくわからなかった、んだけ、ど...。えっと、大丈夫?』
「そう、です、か」
よく、わからなかった。そのたった9文字の言葉が、どうも私に深く突き刺さってしまって、抜けない。こんな素晴らしい物語だというのに。一目見て夢中になってしまう物語だというのに。よくわからないだなんて。
『あ、で、でもなんとなーく面白そうな感じはしたよ、つまらないってわけじゃないから!』
「......」
『あ、ああ、うん、おもしろかったよ!うん!皆夢中になりそうな内容だった、だから泣かないで...』
「...おい、時計ズラ。...ちょっと顔を貸せ。」
『で?でも...って待って!わかったから!』
そんなにこの物語は退屈だったのだろうか。面白くないのだろうか。いいや面白くないはずがない。ではなぜダンテさんはあんなことを言ったのだろうか。
そんなことを深く考えている時だった。突然肩をたたかれる。
見上げるとそこには良秀さんと、その陰に隠れるダンテさんがいた。
「寄越してみろ。」
「何を、です、か?」
「それだ、お前の書いた本。」
いわれるがままに良秀さんに渡してみる。
文字に目を落とし、それなりのスピードでじっくりと読み、ページをぱらぱらとめくり。
少したってから顔を上げた良秀さんは、私に本を返してくると少し笑いながら、私の頭をなでながら言った。
「悪くない。よく書けてるんじゃないか。」
「!本当ですか!良かったです!」
「ああ、本として売るくらいはできるさ。」
そう言った良秀さんはふとその表情を真面目なものにしてから言った。
「...なんであんなことをした。」
「?あんなこと、とは?」
「庇っただろ。」
そういわれてふとあの時の良秀さんの表情を思い出す。驚いたようなものだけではなく、なんだかすごく嫌そうな、まるで守られてはいけない人に守らせてしまったと言いたげな表情をしていた。
「お前もわかってるだろ。俺が二度三度死んだところで問題はない、庇う必要はなかった。」
「...あの時言ったはずです。家族はみんな仲良く過ごすべきで、互いに傷つけあってほしくない、と。...それに私が二度三度ケガしたところで良秀さんと変わらないはずです。」
その言葉を聞いた良秀さんは、珍しく私の前で煙草に火をつけ、少しふかしてから、苦々しい顔をしつつ言った。
「...それは他人がお前に押し付けた理想だろう。そんな理由でお前が傷つくべきじゃない。」
「で、でも」
「でもも何もない。...少なくとも、
そういうと良秀さんは、私の答えを聞く前にその場を去っていった。
少し悲しい気持ちになりながら、私は隣のダンテさんに聞く。
「...ダンテさんも、私は他人をかばうべきじゃないって、思いますか。」
『え!?う、うーん...どうなんだろう。私には...まだわからないや。』
「そう、ですか。」
ダンテさんも、私と二言三言話してから前へと戻っていった。
そうして一人になってからも、しばらくは良秀さんの言った言葉が私の頭を駆け巡り続けていた。なんというか、悪いことをして母に叱られたような感覚だった。
神父様であれば私をほめてくれる、そう思ってやったのに、けれど良秀さんの言葉が頭の片隅にあって、なんだかもやもやする。
そんな風に考えているとき、ふと父と母のことを思い出す。
...そういえば二人はどこに行ったんだろう。あの町で暮らし始めてから、ぱったりと姿を見なくなった気がする。
【...今はまだ、考えるときじゃない。】
「?そう、なのですか。」
神様にそう言われて、その言うとおりに私は父と母について考えるのをやめた。
神様がそういうなら、きっとどうでもいいことなんだろう。
次からは1章に入ると思います。