J社の裏路地で黄金の枝を手に入れてから数日。
私たちは相変わらず揺れるバスの中にいた。
J社で起こったあの出来事の中から命からがら戻ってきて、目的のものを手に入れたとしても、私たちに休暇という概念は訪れないみたいだ。
ヴェルギリウスによれば、私たちは今K社に向かっているらしい。そこがどんな場所化は当然知らないからどんなことが起きるかは全くわからないけれど、少なくともほかの場所よりましだといいと思う。...とはいえ、あのシンクレアの怯えようから考えれば、マシになるだなんてことはあり得ないと思うけれど。
「......」
シンクレアはK社に向かうとヴェルギリウスが言ってから顔面蒼白のまま黙りこくっている。数日前まではロージャとラヴクラフトが頑張って話しかけてたけど...効果はなかったようで、二人とも遠くから見つめるくらいになってる。...K社で一体何が待ち受けているんだろうか。
...そういうわけで、今のところ管理人としてやらなければならない業務はファウストがどこからか持ち寄ってくる書類仕事くらいのものだ。もちろん危険な戦闘地帯に立つことはない。...つまり、今は忙しくないということだ。
そういうわけなので、私は以前からやりたいと思ってたノート作りを始めた。
知識と情報は大事だ。いろんなことを知っておけば、危険な何かが突然起きたとしても対応できるだろうし。...それに、囚人たちについてもよく知っておきたい。今のところ私たちが彼らに何かできたためしはないけれど...今後は変わるかもしれないから。
ノート作り自体は順調だ。何せ暇な時間が多いし、それは囚人たちも同じだったみたいだから。彼らは自分たちが経験したことをもとに、都市について話せるだけの知識を話してくれた。例えば五本指についてとか、旧G社についてとか、あとフィクサーについてとか。
そんな話をしているうち、外郭についての話がでた。外郭という言葉は基本的に都市の外側のことを指しているらしい。気になって囚人たちに少し聞いてみたけれど、多くの囚人たちはその場所について知らないらしい。話を聞くに、どうも都市から追い出されるような怪物たちが跋扈している危険地帯らしくて、人がまともに住めない場所だとのこと。
そんな情報しか出てこない中、ドンキホーテが「怪物狩り」なら何か知っているんじゃないかと言い出した。
「あのお方は外郭に拠点を置いていたという!であれば外郭について多くのことを知っているのではないか!?」
...何かもっと別の話を聞きたいという意図が透けて見れるような気がしたけれど、言っていることは間違ってなさそうだった。そういうわけでラヴクラフトに話を聞いてみることになった。
♢
「えっと...それで、お話って?」
『そんなに硬くならなくていいよ、今日はノートについての話だから。』
いざラヴクラフトを呼び出してみると、彼女はずいぶん緊張した様子でやってきた。
......そう言えば以前ファウストに頼まれて呼び出した時があったけど、あの後ずいぶんしょんぼりした様子で戻ってきてた気がする。あれは同席できなかったから何の話をしていたのかわからなかったけれど...今の様子を見るに、相当絞られたんだろうか。
「ノート...そういえば、ダンテさんが都市についていろいろ書いているノートがあるとグレゴールさんがおっしゃっていました。」
『そう、そのノート。...それで君...というか、「怪物狩り」さんに聞きたいことがあるんだ。』
私がそういうと、ラヴクラフトは少しの間虚空を見つめて、それから言った。
「大丈夫だそうです。ダンテさんにはお声は聞こえないんですよね...通訳、頑張ります!」
『...あれ?交代とかってできないの?以前交代してたみたいだし。』
以前「怪物狩り」さんが出てきた時を思い出す。明らかに普段のラヴクラフトじゃなかったし、当然のように動いていたから、てっきり普段から交代しているのかと思ったんだけど。
私がそういうと、ラヴクラフトは驚いたような表情をしながらまた虚空を見つめる。
「か、神様、交代って...へ?以前体を借りた?そうだったのですね...それはどうやって...私の許可、ですか。分かりました。」
そしてこちらを向いたラヴクラフトは続けていった。
「神様が変わってくださるそうです。外郭についてであれば問題ない、と。」
『よ、よかった...てっきり何か余計なこと言ったかと...』
一瞬視線向けられた時、なんだか妙に嫌われている気がしたからちょっと怖かったけど、どうやら大丈夫だったらしい。
私の様子にラヴクラフトは笑いながら言う。
「ふふ。神様はそんなに怖い方じゃないですよ、ダンテさん。」
『う、うーん...そうだね...?』
「まあ、それはともかく。では交代していただきますね。」
そういいながらラヴクラフトは目をつむる。そして次に目を開けた時、普段の彼女とは全く違う圧が私を襲う。...なんというか、ヴェルギリウスに近い感じだ。
『は、初めまして...?』
「はぁ......怒りに身を任せるべきではなかったな。そうは思わないか、ダンテ。」
彼女は何かを悔いるように、椅子に体重を預け、視線を天井に向ける。
「君が交代のことを見抜いたのは数か月前に私がファウストに詰め寄った時のことだろう?」
『えっと...そうです。』
「敬語はいい。...正直、君たちにこのことは知られたくなかった。まだ弱い君たちに頼りにされてしまえば契約に違反しかねないし...どこに
彼女は体を起こし、私のほうを見ながら言った。
「このバスの中にいる人間は少なくとも信用できる、と少なくとも私は考えている。...数か月の付き合いだが、誰も彼も私と同じようにそれなりの過去があるようだから。...君も含めてな。」
『......』
「だから、君たちの疑問のためにあの子と交代する分には問題ない。...ただ、あらかじめ警告しておくが、外で私が交代できるというのはやめてくれ。...いいな。」
『わ、分かった。』
その鋭い眼光に突き刺された私が承諾すると、彼女は「よろしい。」と言いながらまた椅子に体重を預けてから言った。
「...それで、外郭の話だったか。確かに私は外郭である程度活動していたが...あまり話せることはないと思うが。少なくとも今は。」
『えっと...単純なことでいいんだ。外郭はどんな場所か、みたいな。皆行ったことがなくて、大したことを知らないみたいだから。』
「...そうだな、外郭は都市の外側のことを指している。どの程度の広さかは,..私にもわからない。少なくとも都市よりかは広いだろう。それから君たちも知っての通り多くの怪物が住み着いている。詳しい人間は太古の海から川に乗り、偶然にも地表に形作られてしまったものだと言っていたな。...君たちも何度かであっただろうあれらだ。」
そういわれて思い出す。旧L社の跡地であったリンゴの頭の怪物や、カジノの地下で出会ったあの巨大な城の怪物を。
『やっぱりああいうのがいるのか...』
「そうだな。とはいえあの城の奴ほど巨大なものはまれだが。多くは地下にいたロボット程度のサイズ感だろう。私の専門はそういった怪物たちを狩ることだった。生存圏を守るためにな。」
『生存圏?』
「ああ。...君たちは知らないだろうが、外郭にもそれなりの人数の人間がいるんだ。彼らを守るために私はいた。...もはや私の居場所はないだろうがな。」
そういった彼女の表情は、どこか悲しげで、何かを深く後悔している様子だった。
私の視線を感じたのか、彼女は私に視線を向けて言う。
「...いつか私たちの過去に触れる時が来る。それまであの子が過去に触れられないようにしたい。...少なくとも、外郭の話をあの子にはするな。...この記憶は、思い出すべきじゃない。」
『......そう、みたいだね。』
「ありがとう......。今私が触れられるのはこの程度だ。少なくて申し訳ないが。」
『ううん、大丈夫。少なくとも人がいるって話は初めて聞けた話だし。』
「そうか。...では変わるぞ。」
そうしてまた彼女は眼を閉じ、そして目を開く。そこにはいつも通りのラヴクラフトがいた。
「どんなことが聞けましたか?私もあまり外郭については知らなくて、少し気になっていたんです。」
『うーん...みんなとあんまり変わらないことだったかなぁ。でも、人がいるって話は初耳だったよ。』
「あれ、そうなんですか?じゃあ...新しい発見があったのであれば、幸いです。」
そういって嬉しそうに笑う彼女を見て、「怪物狩り」の言葉を思い出す。...彼女の過去に、いったい何があったんだろう。
遅くなりました。次回から3章部分に入っていきます。相変わらず1週間に1回くらいの更新ペースになると思いますが、のんびり見ていただけると幸いです。
...もしかしたら書く貯め方式にするかもしれませんが、皆さんに早く書き上げたものを見ていただきたいので、どうするかはあまり考えてません。