東方三界録   作:肩幅ひろし

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第1話:三つの心、ひとつの異変

 ――静寂は、僕にとって何よりの味方だ。

けれど、その静寂が破られる瞬間ほど、世界が面白く見えることもない。

 

薄曇りの空の下、冴月麟(さつきりん)博麗(はくれい)神社の石段をゆっくりと登っていた。

金髪を後ろで束ね、袖の長い外套(がいとう)を揺らしながら、彼女――いや、“僕”は、手にした古びた羅針盤をじっと見つめている。

 

「……やっぱり、反応してる。境界の揺らぎはここから始まってるんだ」

 

羅針盤の針は北を指さない。

代わりに、まるで意志を持つように震え、神社の奥――結界の中心へと吸い寄せられていた。

 

石段の上から、のんびりした声が降ってくる。

 

「また妙なモノ持ってきたわね。今度は何を調べに来たの、麟?」

 

博麗霊夢(はくれいれいむ)が腕を組んでこちらを見下ろしていた。

その隣では、魔理沙(まりさ)が興味津々といった顔で覗き込んでくる。

 

「お、なんだそれ。新しいオモチャか? 光ってるぜ」

 

「オモチャじゃないよ。僕が作った“境界偏位測定器”(きょうかいへんいそくていき)。幻想郷の揺らぎを数値化できるんだ」

 

「……また難しいこと言ってるわね」

 

霊夢がため息をつく。

麟は肩をすくめ、淡々と続けた。

 

「簡単に言うと――幻想郷がちょっと危ないってこと。

このまま放っておくと、外の世界と混線して、境界が崩れる可能性がある」

 

「は? それ、結構ヤバい話じゃないのか?」

 

「うん。だから僕が来たんだよ。

……二人だけじゃ、対処しきれないでしょ?」

 

霊夢と魔理沙が顔を見合わせる。

麟は静かに息を吸い、結界の奥へと視線を向けた。

 

羅針盤の針が、鋭く一点を指し示す。

そこから吹き出すように、薄紫の光が空へと立ち昇った。

 

「境界異変――始まったみたいだ。

行こう、霊夢、魔理沙。僕が解析して、君たちが突破する。

……三人なら、きっと間に合う」

 

風が吹き、三人の影が揺れる。

幻想郷の新たな物語が、静かに幕を開けた。

 

 

 

 境内に吹き込む風が、三人の衣を揺らした。

霊夢は腕を組んだまま、じっと麟を見つめる。

 

「で? その“境界偏位なんとか”が示してるのは、どれくらい危ないのよ」

 

霊夢の声は落ち着いているが、どこか面倒くさそうだ。

麟は淡々と、しかし正確に答える。

 

「数値化すると、通常の揺らぎの……約十二倍。

このまま放置すると、幻想郷の外側と内側の境界が混線して、

“どっちがどっちか”わからなくなる可能性がある」

 

「十二倍って……なんかすげぇな! 爆発したりすんのか?」

 

魔理沙が目を輝かせて身を乗り出す。

麟は少しだけ眉をひそめた。

 

「爆発はしないよ。境界はエネルギーじゃなくて概念だから。

……というか、なんで危機にワクワクしてるの?」

 

「だって面白そうじゃん。未知の現象だぜ? 調べがいがあるだろ」

 

「調べるのは僕の役目だよ。魔理沙は突っ込むだけでしょ」

 

「おいおい、突っ込むだけって言うなよ。

私は“突破する専門家”なんだぜ?」

 

霊夢がため息をつく。

 

「はいはい、二人とも落ち着きなさい。

で、麟。結局どうすればいいの?」

 

麟は羅針盤を軽く振り、針の震えを確認する。

 

「まずは揺らぎの発生源を特定する。

僕が解析して、霊夢が結界を調整して、魔理沙が道を切り開く。

……三人で役割分担すれば、最短で解決できるはず」

 

「理屈っぽいわねぇ……まあ、合理的ではあるけど」

 

「だろ? 私はもう行くぜ。先に飛んで偵察してくる!」

 

「ちょっと魔理沙、勝手に行かないで!」

 

麟が慌てて手を伸ばすが、魔理沙はもう空へ飛び立っていた。

霊夢は額を押さえ、呆れたように麟を見る。

 

「……あんた、魔理沙と相性悪くない?」

 

「悪くはないよ。ただ……テンポが違いすぎるだけ」

 

「まあ、あんたは考えてから動くタイプだものね」

 

「うん。魔理沙は“動きながら考える”タイプ。

霊夢は“考える前に勘で当てる”タイプ」

 

「……なんか私だけ雑じゃない?」

 

「事実だよ」

 

霊夢がむっとした顔をする。

麟は気づかないふりをして、羅針盤を再び覗き込んだ。

 

「とにかく、急ごう。

魔理沙が先走ると、解析前に現象を壊しかねない」

 

「それは否定できないわね……行くわよ、麟」

 

「了解。僕が後方からデータを取る。

霊夢は前衛で結界の歪みを感じ取って」

 

「任せなさい。勘は鋭いんだから」

 

霊夢がふわりと飛び上がる。

麟も静かに後を追った。

 

――三人のテンポはバラバラ。

けれど、その不揃いこそが、幻想郷を守る力になる。

 

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