空白域が閉じ、森に色と音が戻った――
その直後だった。
空気が“コツン”と鳴った。
「……今の音、何?」
霊夢が眉をひそめる。
「境界の揺らぎじゃない……
これは“外部からの干渉”だよ……」
麟が測定器を構える。
「外部って……どこからよ?」
「わからない。けど……
“霊夢の力”を狙ってる反応がある……!」
「狙ってるって言った!?」
霊夢が叫ぶ。
その瞬間――
森の奥から、黒い蝶がふわりと舞い出た。
「蝶……?」
魔理沙が目を細める。
蝶は一匹、二匹、三匹……
やがて数十匹の群れとなり、
空中で“人の形”を作り始めた。
蝶がほどけるように散り、
その中心に――
黒と紫の衣をまとった少女が立っていた。
◆
「……やっと見つけたわ、博麗の巫女」
少女の声は静かで、
しかし底に冷たいものが潜んでいた。
「誰よ、あんた」
霊夢が構える。
「私は“
境界の“空白”を司る者よ」
「空白って……さっきのアレか?」
魔理沙が眉をひそめる。
「ええ。あなたが閉じた“空白域”。
本来なら誰にも触れられない領域。
……それを、あなたは癒やしてしまった」
虚境は霊夢をじっと見つめる。
「その力――
私が欲しいわ。」
「欲しいって言った!?」
霊夢が一歩後ずさる。
「霊夢の力は渡さねぇよ!」
魔理沙が前に出る。
「そうよ。
私、そんな簡単に力あげないわよ」
霊夢が腕を組む。
「簡単じゃないわ。
あなたの力は“奪う”ものだから」
虚境が指を鳴らすと、
空間が“ズルッ”と沈み込んだ。
◆
「麟!! 空間が溶けてるぞ!!」
「違うよ……“消えてる”んだ……!」
虚境の足元から広がる黒い波紋は、
触れたものの“存在そのもの”を薄くしていく。
「これが……空白の力……?」
霊夢が息を呑む。
「ええ。
境界を癒やすあなたの力とは対極。
私は“境界を消す”。
存在を、意味を、記憶を――
すべて空白に還す」
「物騒すぎるわよ!!」
霊夢が叫ぶが、虚境は微笑むだけ。
「だからこそ、あなたの力が必要なの。
“癒やし”と“空白”が揃えば――
境界そのものを再構築できる」
「再構築って……何する気よ」
霊夢が睨む。
「幻想郷を“白紙”に戻すのよ。
すべての境界を消し、
すべての存在を等しく“無”に還す」
「白紙って言った!?」
「無に還すって言った!?」
「やめろぉぉぉ!!」
三人が同時に叫ぶ。
◆
「あなたの力は、境界を癒やす。
つまり“存在を肯定する力”。
それがあれば、私は――
世界を好きな形に書き換えられる。」
「書き換えるなぁぁぁ!!」
霊夢が叫ぶ。
「霊夢、あいつ……本気でやばいぞ……」
魔理沙が低く呟く。
「麟、どうすればいいのよ!!」
「霊夢の力は“鍵”なんだよ……
虚境は霊夢の力を奪えば、
境界を自由に操作できる……!」
「つまりどういうことよ!!」
「霊夢が狙われてる!!」
「最初からそうでしょ!!」
◆
虚境は一歩前へ進み、
黒い蝶を一匹、霊夢の前に飛ばす。
「博麗霊夢。
あなたの力、必ずいただくわ。
次に会う時――
あなたは“空白の巫女”になる」
「ならないわよ!!」
霊夢が叫ぶと、
虚境はふっと微笑み――
蝶となって霧散した。
残されたのは、
黒い空白の残滓だけだった。
◆
「……霊夢、完全に狙われてるな」
魔理沙が腕を組む。
「うん……霊夢の力は“虚境の計画の鍵”なんだよ……」
麟が真剣な顔で言う。
「ちょっと待って。
私、また鍵なの!?
鍵多くない!?」
「霊夢は万能だからな」
「褒めてるの?」
「褒めてるぜ」
「褒めてるよ」
「……ならいいわ」
霊夢はため息をつきながらも、
どこか覚悟を決めたように空を見上げた。
「……来るなら来なさい。
空白だろうが何だろうが、
私は“幻想郷を守る巫女”よ」
その言葉に、
麟と魔理沙も静かに頷いた。