虚境が霧散して消えたはずの森に、
再び黒い蝶が一匹だけ舞い戻ってきた。
「……また来たわよ」
霊夢が眉をひそめる。
「いや、さっきの残りカスかもしれねぇぜ?」
魔理沙が軽口を叩く。
「残りカスがこんな不穏な気配出すわけないでしょ!!」
霊夢が叫んだ瞬間――
蝶が霊夢の胸元へ“スッ”と吸い込まれた。
「っ……!?」
「霊夢!!」
麟と魔理沙が同時に駆け寄る。
だが霊夢の身体が、
黒い光に包まれて動けなくなった。
◆
「……やっぱり、あなたの中は美しいわね」
声は外からではなく、
霊夢の胸の奥から響いていた。
「虚境……!?
あんた、私の中に……!」
「ええ。
あなたの“浄化の力”は、内側から奪うのが一番早いのよ」
霊夢の身体が震え、
金色の光が黒に染まり始める。
「やめなさいよ……!
私の力は……私のものよ……!」
「違うわ。
あなたの力は“境界そのもの”のもの。
あなたが持つには、強すぎる」
「強すぎるって……何よそれ……!」
「だから私が使うの。
あなたの代わりに、世界を“白紙”に戻すために」
「戻すなぁぁぁ!!」
◆
虚境の黒い蝶が霊夢の胸から広がり、
金色の光を“吸い上げる”ように揺らめく。
「麟!! 霊夢の光が吸われてる!!」
魔理沙が叫ぶ。
「わかってる!!
霊夢の“境界浄化エネルギー”が……
虚境に引き抜かれてるんだ!!」
「つまりどういうことだよ!!」
「このままだと霊夢は“空白の巫女”にされる!!」
「されるなぁぁぁ!!」
魔理沙が霊夢に手を伸ばすが――
黒い空白が“バチッ”と弾いた。
「うわっ!?」
「魔理沙、触っちゃダメ!!
虚境の空白は“存在を薄くする”……
触れたら魔理沙まで消える!!」
「消えるなぁぁぁ!!」
◆
「……っ……」
霊夢の膝が崩れかける。
「霊夢!! しっかりしろ!!」
魔理沙が叫ぶ。
「……私……
怒りも……浄化も……
全部……吸われて……」
霊夢の声が震える。
「霊夢!!
あんたの力は……あんたが選んで掴んだんだろ!!
奪われていいわけねぇだろ!!」
「魔理沙……」
麟も叫ぶ。
「霊夢!!
怒りを抑えようとしないで!!
“怒りを受け入れて”!!
怒りは悪じゃない!!
君の力の源なんだ!!」
「怒りを……受け入れる……?」
霊夢の胸の奥で、
黒い蝶がさらに光を吸い上げる。
「そうよ、霊夢」
虚境の声が甘く響く。
「怒りなんて、手放してしまいなさい。
あなたには重すぎるわ。
私が代わりに――」
「黙りなさいよ……」
霊夢の声が震えた。
「……え?」
虚境が一瞬だけ戸惑う。
◆
「怒りは……重くなんかない……
私の中にある……大事な感情よ……!」
霊夢の胸の奥で、
金色の光が再び灯った。
「なっ……!?」
虚境の声が揺らぐ。
「怒りも……苛立ちも……
全部、私の力になる……
あんたなんかに……渡すわけないでしょ!!」
霊夢の身体から、
金色と赤の混ざった光が爆発した。
「霊夢!!」
「霊夢!!」
麟と魔理沙が叫ぶ。
黒い蝶が弾け飛び、
虚境の声が遠ざかる。
「……覚えておきなさい、博麗霊夢。
あなたの力は……必ず奪うわ」
虚境の気配が完全に消えた。
◆
「……はぁ……はぁ……」
霊夢が膝をつく。
「霊夢!!」
魔理沙が支える。
「大丈夫……? 霊夢……」
麟が心配そうに覗き込む。
「……大丈夫よ……
でも……危なかったわね……」
霊夢は苦笑しながら、
胸に手を当てた。
「……あいつ……本気で私の力を狙ってる……」
「霊夢、守るからな」
「霊夢、僕も絶対に支えるよ」
「……ありがと」
霊夢は二人に支えられながら立ち上がった。
――虚境との戦いは、まだ始まったばかりだった。