哀哭霊夢が消え、
金色の光が静かに霧散していく。
霊夢は縁側に座り込み、
胸に手を当てて深く息を吐いた。
「……悲しみって……
怒りよりずっと重いわね……」
「霊夢……」
魔理沙がそっと隣に座る。
「霊夢、無理しないで……」
麟も反対側に腰を下ろした。
三人の間に、しばし静かな時間が流れる。
◆
その静寂を破ったのは――
麟の測定器が発した、聞いたことのない警告音だった。
「……っ!?
霊夢!! 魔理沙!!
虚境の揺らぎが……急激に増大してる!!」
「増大って……どれくらいよ?」
霊夢が立ち上がる。
「今までの比じゃない……
怒りのコピーも、悲しみのコピーも……
“前座”だったんだ……!」
「前座って言った!?
あれで前座なら本番どうなるのよ!!」
麟は震える声で続ける。
「虚境が狙ってるのは……
霊夢の“もっと深い感情”……
怒りでも悲しみでもない……
もっと根源的な……」
「根源的って……何よ……」
麟は測定器を見つめ、
言葉を絞り出した。
「“孤独”だよ……霊夢……」
霊夢の表情が固まる。
◆
「……孤独……?」
霊夢は思わず胸に手を当てた。
怒りでも、悲しみでもない。
もっと静かで、もっと深くて、
誰にも見せたくない感情。
「霊夢……」
魔理沙が心配そうに覗き込む。
「大丈夫よ……
私は別に……孤独なんて……」
言いかけた瞬間、
霊夢の周囲の空気が“ひゅるり”と沈んだ。
「霊夢!!
その言葉……“否定”だ!!
孤独を否定すると……虚境に付け込まれる!!」
麟が叫ぶ。
「否定してないわよ!!
ただ……その……」
霊夢の声が震える。
◆
空間が裂け、
黒い蝶が無数に舞い降りる。
虚境の声が、
霊夢の耳元で囁くように響いた。
「……博麗霊夢。
あなたが一番隠している感情……
それは“孤独”よ」
「やめなさい……」
霊夢が後ずさる。
「怒りも、悲しみも……
あなたは受け入れた。
でも――
“孤独”だけは、ずっと見ないふりをしてきた」
「違う!!
私は……私は……!」
「あなたは、ずっとひとりだった。
博麗の巫女として。
境界を守る者として。
誰にも頼れず、誰にも甘えられず……
だからこそ――」
虚境の声が低く響く。
「“孤独の霊夢”を作る価値がある。」
「孤独の霊夢って言った!?
やめてよ!!」
◆
黒い蝶が霊夢の周囲に集まり、
渦を巻き始める。
「麟!!
あれ……怒りや悲しみの時より……
ずっとヤバいぞ!!」
魔理沙が叫ぶ。
「霊夢の“核心の揺らぎ”が……
虚境に引き抜かれようとしてる……!!
霊夢!!
孤独を否定しないで!!
“ある”って認めて!!」
「認めたら……
私……壊れちゃうじゃない……!」
「壊れない!!
霊夢は強い!!
でも強いからこそ……
孤独を抱え込んでるんだ!!」
魔理沙が叫ぶ。
「霊夢!!
孤独は“弱さ”じゃない!!
君の一部なんだ!!
受け入れれば……力になる!!」
麟が続ける。
◆
霊夢は震える手で胸を押さえ、
涙をこぼしながら呟いた。
「……そうよ……
私は……ずっとひとりだった……
巫女として……
境界を守るために……
誰にも頼れなくて……
誰にも弱音を吐けなくて……
怖かった……
ずっと……!」
その瞬間――
霊夢の胸の奥から、
白金色の光が溢れた。
「……これ……」
麟が息を呑む。
「霊夢の“孤独の受容”……
怒りや悲しみより……
ずっと深い……!」
虚境の声が揺らぐ。
「……馬鹿な……
孤独を……受け入れる……?
そんなこと……できるはずが……!」
「できるわよ……
だって――
私はもう、ひとりじゃないもの」
霊夢は魔理沙と麟の手を握った。
◆
白金色の光が黒い蝶を弾き飛ばし、
虚境の気配が大きく揺らぐ。
「……霊夢……
あなたは……
私の想定を……超えている……」
虚境の声が震え、
空間の裂け目が閉じていく。
「次に会う時……
あなたの“核心”を……必ず奪う……」
虚境の気配が完全に消えた。
◆
「……霊夢」
魔理沙がそっと肩を抱く。
「霊夢……よく頑張ったね……」
麟が優しく言う。
「……ありがと。
あんたたちがいなかったら……
私、きっと負けてたわ」
霊夢は涙を拭き、
空を見上げた。
「虚境……
次は私が行く番よ。
あんたの“空白”を……
私が終わらせる」
三人は静かに頷いた。
――虚境との最終決戦が、
いよいよ近づいていた。