霊夢の“孤独の受容”によって虚境の揺らぎが大きく乱れた翌日。
麟の測定器は、これまでにないほど強烈な反応を示していた。
「……霊夢、魔理沙。
虚境の本拠地が……“開いた”よ」
「開いたって……どこに?」
霊夢が眉をひそめる。
「ここだよ」
麟が指差したのは――
博麗神社の真上の空。
空間が“音もなく”裂け、
黒と白の境界が渦を巻いている。
「……あれが……空白界……?」
魔理沙が息を呑む。
「虚境が作った“境界の裏側”。
存在のない世界……
色も音も、意味もない……
ただの“無”の領域だよ」
麟が震える声で言う。
「無って言った!?
そんなとこ行きたくないんだけど!!」
「霊夢、行くしかないぜ。
あいつを止められるのは……お前だけだ」
魔理沙が肩を叩く。
「……わかってるわよ」
霊夢は深呼吸し、
空に開いた裂け目を見上げた。
◆
「行くよ、霊夢」
「行こう、霊夢」
二人の声が重なる。
「……ありがとう。
あんたたちがいるなら……大丈夫よ」
三人は同時に跳び上がり、
空間の裂け目へと飛び込んだ。
――瞬間。
世界が“無音”になった。
◆
霊夢たちが足を踏み入れたのは、
白でも黒でもない、
“色の概念そのものが欠けた空間”。
地面はあるようでなく、
空はあるようでない。
魔理沙が声を出す。
「……おい、霊夢……麟……
声、聞こえるか……?」
声は確かに出ているのに、
音として届くまでに“遅れ”がある。
「……ここ……
存在の密度が薄いんだ……」
麟が測定器を見ながら呟く。
「薄いって何よ……」
霊夢が眉をひそめる。
「僕たちの“存在”そのものが……
この世界に馴染めてないんだよ……
長くいると……消える……」
「消えるって言った!?
帰るわよ!!」
「霊夢、落ち着け!!
虚境を倒さないと帰れない!!」
「倒すわよ!!
今すぐ倒すわよ!!」
◆
その時――
空間の奥から、
黒い蝶がゆっくりと舞い降りてきた。
「……また蝶かよ……」
魔理沙が構える。
「違う……
これは……虚境の“分身”だ……!」
麟が叫ぶ。
蝶が集まり、
人の形を作り始める。
現れたのは――
虚境に似ているが、
顔のない少女。
「……なにあれ……」
霊夢が息を呑む。
「虚境の“空白の守護者”……
存在のない存在……
名前も、感情も、意味もない……」
麟が震える声で言う。
「名前もないって……
かわいそうじゃない……」
霊夢が呟く。
その瞬間、
顔のない少女が霊夢に向かって手を伸ばした。
空気が“ズルッ”と沈む。
「霊夢!!
触れたら存在が削られる!!」
麟が叫ぶ。
「削られるって言った!?
絶対触れないわよ!!」
◆
霊夢が浄化の光を放つが――
「……え……?」
光が“薄い”。
「霊夢!!
ここでは“感情の密度”が下がる!!
怒りも悲しみも……
全部、薄まっていく!!」
「薄まるって何よ!!
私の感情返しなさいよ!!」
「返せるかよ!!
ここ空白界だぞ!!」
魔理沙が叫ぶ。
顔のない少女が再び手を伸ばす。
「霊夢!!
怒りを……悲しみを……
“思い出して”!!
ここでは感情が奪われる!!
奪われたら……霊夢が霊夢じゃなくなる!!」
麟が叫ぶ。
「思い出すって……
そんな簡単に……!」
霊夢の胸の奥が、
“すうっ”と冷たくなる。
「……あ……
私……なんで戦ってるんだっけ……?」
「霊夢!!
ダメだ!!
空白界に飲まれてる!!」
魔理沙が叫ぶ。
「霊夢!!
僕たちを見て!!
霊夢は……ひとりじゃない!!
怒りも悲しみも……
全部、僕たちが支える!!」
麟が手を伸ばす。
霊夢は震える声で呟いた。
「……魔理沙……麟……
あんたたち……
ここに……いるの……?」
「いるに決まってるだろ!!」
「霊夢を置いていくわけないよ!!」
霊夢の胸に、
白金色の光が再び灯った。
◆
霊夢の光が広がり、
顔のない少女が後退する。
「……霊夢の“核心の光”……
空白界でも……消えない……!」
麟が驚く。
「当然よ!!
私の感情は……
空白なんかに負けない!!」
霊夢が叫ぶと、
空白界の奥から――
虚境の声が響いた。
「……来たのね、博麗霊夢。
あなたの“核心”……
ここで奪わせてもらうわ」
空白界の中心が、
ゆっくりと開き始める。