境界の跡地が霊夢の怒りで消滅したあと。
森には、しばしの沈黙が訪れた。
「……霊夢、その……大丈夫?」
麟が恐る恐る声をかける。
しかし霊夢は返事をしない。
ただ、ゆっくりと深呼吸をして――
静かに微笑んだ。
「……ねぇ、麟。魔理沙。」
その声は、さっきまで怒鳴っていたとは思えないほど穏やかだった。
「ひっ」
魔理沙が一歩下がる。
「霊夢、怒りの波動が……ゼロになった……?」
麟が計測器を見ると、針が“ピタッ”と止まっていた。
「うん。怒ってないわよ?」
霊夢はにこりと笑う。
――その瞬間、森の空気が“ギチッ”と音を立てて歪んだ。
「麟、これ……怒りゼロじゃなくて……逆にヤバいんじゃないか?」
「うん。怒りの波動が“静止”してる。
これは……“臨界点突破後の静寂”だよ……」
「つまりどういうことだ?」
「簡単に言うと……
霊夢が怒りすぎて、怒りの次元を超えた状態」
「次元超えんなよ!!」
魔理沙が叫ぶが、霊夢は静かに微笑んだままだ。
「ねぇ、二人とも。
さっきから私の怒りを数値化したり、
境界に干渉したり、
キノコ踏みつけたり……」
「霊夢、それは魔理沙が――」
「麟もよ?」
「僕も!?」
霊夢は一歩、二人に近づく。
そのたびに、森の木々が“ミシッ”と揺れた。
「……私ね。怒鳴るより、静かに怒ってる方が怖いって言われるの」
「言われるっていうか……今まさに……」
麟が震える声で呟く。
「霊夢、落ち着けよ。ほら、異変も解決したし――」
「してないわよ?」
霊夢の声が、氷のように冷たく響く。
「えっ、裂け目閉じたじゃん」
「閉じたのは“私の怒り”のせいでしょ?
本来の原因、まだわかってないのよ?」
「……あ」
麟の顔が青ざめる。
「つまり、あんたたちのせいで調査が進まなかったのよね?」
「霊夢、それは誤解で――」
「誤解じゃないわよ?」
霊夢がにっこり笑う。
――その瞬間、境界の跡地が“ズズッ”と沈み込んだ。
「麟、逃げるぞ!!」
「うん、これはもう無理!!」
二人が全力で逃げ出すと、霊夢は静かに呟いた。
「……逃がすと思ってるの?」
その声は、怒号よりも遥かに恐ろしかった。
森の奥へ全力で逃げる麟と魔理沙。
しかし、背後からは――
足音がしない。
「なぁ麟……霊夢、追ってきてるよな?」
「うん……気配がする……でも音がしない……」
「音がしないってどういうことだよ!!」
「知らないよ!! 僕だって怖いよ!!」
二人が振り返ると――
霊夢が“すぐ後ろ”に立っていた。
「ひっっっ!!」
「なんでワープしてくんだよ!!」
霊夢は微笑んだまま、静かに言う。
「逃げるの、やめてくれない?」
その声は優しい。
優しいのに、背筋が凍る。
「麟、どうする!?」
「どうするって……どうしようもないよ!!」
霊夢が一歩近づく。
その瞬間、森の木々が“ギギッ”と音を立てて傾いた。
「麟、逃げるぞ!!」
「うん、全力で!!」
二人は再び走り出す。
しかし――
霊夢は歩いているだけなのに、距離が縮まっていく。
「なんで歩いてるのに追いついてくるの!?」
「霊夢の“静かな怒り”が空間を歪めてるんだよ!!」
「怒りで空間歪めんなよ!!」
魔理沙が叫ぶが、霊夢は無言で微笑むだけ。
「ねぇ、麟。
さっきの“怒りの周波数”の話……」
「えっ、あれ!? あれはその……学術的興味で……」
「続き、聞かせて?」
「聞きたくないでしょ!?」
霊夢がまた一歩近づく。
森の影が“スッ”と霊夢の足元に吸い込まれる。
「麟、霊夢の周りだけ重力おかしくなってないか?」
「うん……怒りが重力に干渉してる……」
「怒りで重力歪めんなよ!!」
魔理沙が叫ぶが、霊夢は静かに微笑む。
「ねぇ、二人とも。
逃げてもいいけど……」
霊夢の声が、森全体に響く。
「追いつくわよ?」
「麟、もう無理だ!!」
「僕も無理だよ!!」
二人は泣きそうになりながら全力疾走する。
しかし――
霊夢は、いつの間にか前方に立っていた。
「なんで前にいるのぉぉぉ!!」
「空間ごとショートカットしてるんだよ!!」
霊夢はにこりと笑う。
「さ、話し合いましょう?」
「話し合いって言いながら逃げ道全部塞いでるじゃん!!」
麟と魔理沙は同時に叫んだ。