霊夢の説教が終わり、森にはようやく静けさが戻った。
麟と魔理沙は、まるで命拾いしたかのように肩を落とす。
「……はぁ。霊夢が落ち着いてくれてよかった……」
麟が胸を撫で下ろす。
「ほんとだぜ。あのまま怒りモード続いてたら、森ごと消えてたかもな」
魔理沙が苦笑する。
霊夢は深呼吸し、穏やかな声で言った。
「もう怒ってないわよ。
二人とも反省してるみたいだし、これで――」
その瞬間だった。
空気が“バキッ”と割れた。
「……え?」
霊夢が振り返る。
さっき霊夢の怒りで閉じたはずの“境界の跡地”が、
まるで逆再生するように“ズズズッ”と開き始めた。
「ちょ、ちょっと待って! なんでまた開くのよ!?」
霊夢が叫ぶ。
麟は計測器を確認し、顔を青ざめさせた。
「霊夢の怒りが収束したことで……
境界の“抑圧エネルギー”が解放されたんだ……!」
「抑圧エネルギーって何よ!!」
「霊夢の怒りが強すぎて、境界が“怯えて閉じてただけ”なんだよ!!」
「怯えて閉じてたの!?」
「うん。で、霊夢が落ち着いたから……
“あ、もう大丈夫だ”って思って開き始めたんだよ!!」
「境界に気を遣われてるの私!?」
霊夢が叫ぶが、裂け目はどんどん広がっていく。
――そして。
裂け目の奥から、
紫色の光が“ゆらり”と漏れ出した。
「おい麟……あれ、なんか出てきてないか?」
「うん……これは……本物の異変だよ……!」
霊夢が構える。
「ちょっと! じゃあさっきのは何だったのよ!?」
「霊夢の怒りで“仮の異変”が強制終了しただけだよ」
「本番はこれからだぜ!」
「本番って言うなぁぁぁ!!」
霊夢が叫ぶと同時に、
裂け目の奥から“何か”が姿を現した。
輪郭は曖昧で、境界そのものが形を取ったような存在。
声とも音ともつかない“ざわり”が空気を震わせる。
「……境界の化身……?」
麟が呟く。
「霊夢の怒りで閉じられたのが気に入らなかったみたいだな」
魔理沙がニヤリと笑う。
「気に入らなかったって何よ!!」
霊夢が叫ぶと、化身が“ビクッ”と震えた。
「……あ、怯えた」
「霊夢、怒りの残滓がまだ効いてるぜ」
「効かなくていいわよ!!」
しかし化身は、霊夢の怒りが完全に消えたのを察したのか、
ゆっくりと形を整え始める。
――本当の異変が、ようやく動き出した。
◆
裂け目の奥から現れた“境界の化身”は、
人型のようでいて、輪郭が常に揺らぎ、
まるで“存在そのものが曖昧”だった。
紫色の光がゆらりと揺れ、
空気がひとつ、二つ、ひび割れる。
「……来るよ、二人とも」
麟が低く呟く。
「おう! やっと戦闘らしくなってきたぜ!」
魔理沙がミニ八卦炉を構える。
「はぁ……怒りで閉じたのに、結局戦うのね……」
霊夢はため息をつきつつ、お札を構えた。
◆
化身が腕を振ると、
空間が“裏返る”ように歪んだ。
「うわっ!? 地面が上で空が下!?」
魔理沙がひっくり返りそうになる。
「境界反転……!
空間の上下を一時的に入れ替えてるんだ!」
麟が即座に分析する。
「説明してる場合!?」
霊夢が叫ぶ。
「説明しないと僕が落ち着かないんだよ!!」
「落ち着くなぁぁぁ!!」
霊夢のツッコミが飛ぶが、
化身はさらに空間をねじり、
三人の位置を強制的に入れ替えた。
「うわっ、霊夢の隣にワープした!?」
「私の隣に来ないで!!」
「僕だって来たくて来たんじゃないよ!!」
魔理沙だけは楽しそうだ。
「おもしれぇ! じゃあ私も撃つぜ!!
マスタースパーク!!」
光の奔流が化身に向かう――が。
化身は“境界をずらして”攻撃を避けた。
「えっ、避けた!?」
「いや、避けたんじゃなくて……
“当たるはずの位置を別の場所にした”んだよ!」
麟が叫ぶ。
「つまりどういうことだよ!!」
「魔理沙の攻撃が“当たらない世界線”に移動したんだよ!!」
「世界線移動すんなよ!!」
◆
霊夢は空間の揺らぎをじっと見つめる。
「……あそこね」
霊夢はお札を一枚、
何の予備動作もなく投げた。
お札は空中で軌道を変え、
化身の“存在の薄い部分”に突き刺さる。
――バチィッ!
化身の輪郭が大きく揺れた。
「霊夢、今のどうやって……?」
「勘よ」
「勘!?」
「勘よ」
麟が絶句する。
「僕の分析より早い……」
「霊夢の勘は世界線を超えるからな」
「超えないわよ!!」
◆
麟は羅針盤型の測定器を構え、
化身の揺らぎを読み取る。
「霊夢、魔理沙!
化身の“存在が濃くなる瞬間”がある!
そのタイミングなら攻撃が通る!」
「おっ、来たな分析タイム!」
「麟、早く言いなさいよ!」
「今だ!! 右側の揺らぎが収束する!!」
「了解!」
「任せろ!!」
霊夢のお札と、魔理沙のレーザーが同時に放たれ――
化身の胸部に直撃した。
化身が大きく揺らぎ、
空間が“ビリビリ”と震える。
「よし、効いてる!」
麟が叫ぶ。
「へへっ、やっぱ三人でやれば余裕だな!」
魔理沙が笑う。
「……油断しないで。
まだ“本体”じゃないわよ」
霊夢が低く言う。
化身の輪郭が再び揺れ、
今度は“複数の影”が生まれ始めた。
「分裂……!?」
「境界の化身が“可能性の分岐”を実体化してるんだよ……!」
「つまりどういうことだよ!!」
「敵が増えるってことだよ!!」
「増やすなぁぁぁ!!」
霊夢の叫びが森に響く。
――本当の戦いは、まだ始まったばかりだった。
◆
境界の化身が揺らぎ、
その輪郭から“影”が三つ、四つ、五つ……と生まれていく。
「ちょ、ちょっと待って! 増えすぎじゃない!?」
霊夢が叫ぶ。
「境界の“可能性分岐”を実体化してるんだよ……
つまり、あれ全部“あり得たかもしれない化身”だ……!」
麟が青ざめながら分析する。
分裂した化身たちが一斉に腕を振ると、
空間の裂け目が“無数の弾幕”として飛んできた。
弾幕は直線ではなく、
“境界の揺らぎ”に沿って不規則に曲がり、
まるで意思を持つように三人を追尾する。
「うわっ、曲がるのかよ!?」
「境界弾幕だからね……物理法則に従わないんだよ……!」
「従わせなさいよ!!」
霊夢が怒鳴りながら弾幕を避ける。
◆
麟は羅針盤型の測定器を構え、
化身たちの揺らぎを読み取る。
「霊夢、魔理沙!
0.8秒ごとに揺らぎが収束する!
そのタイミングで攻撃して!
次は――今!!」
「了解!」
「任せろ!!」
霊夢のお札と魔理沙のレーザーが同時に放たれ、
化身の二体が一気に霧散した。
「よし、あと三体!」
麟が叫ぶ。
すると残った化身たちが、
急に動きを止めた。
「……あれ? 止まった?」
「いや……違う……」
麟が測定器を見て、顔を青ざめさせる。
「三体の揺らぎが……“同期”してる……!」
「同期ってどういうことだよ!!」
「三体が“ひとつの存在”に戻ろうとしてるんだよ!!」
「戻すなぁぁぁ!!」
霊夢が叫ぶが――
化身たちは重なり合い、
より巨大で、より濃密な“境界の本体”へと変貌した。
空気が震え、森が軋む。
「……これが、本番ね」
霊夢が構える。
「麟、解析頼むぜ!」
「魔理沙、突撃はやめて! 死ぬよ!!」
「やめねぇよ!!」
「やめなさいよ!!」
三人の声が森に響く。
――境界の本体との戦いが、ついに始まった。