0話 過去から翔び立つ前に
「―――おはよう。よく眠れた、という訳ではなさそうだね」
気が付けば、知らない天井と他人の顔が見えていた。
「大丈夫かい?」
少女は随分と心配そうにこちらを覗き込んでいるが、いったいどうしたというのだろう。訊ねてみようと体を起こすも、突如として頭痛が襲い掛かってきた。
「ゔ…ッ?!」
もはや質問どころではない激しい痛み。目の裏側を削られているような、そんな悍ましい鈍痛だ。
(虫歯だろうか?)と呑気に考えてみたけれど、どうも違う。アレごときではない…ハズ。
「こーら、無理に動くのは止めといた方がいいっての。今の君さぁ、まじに大変な事になってんだからね」
「…大変な、こと?」
「鏡みる?」
「………うん、見る」
恐る恐る鏡に映った自分を見ると、片方の目を覆う形があった。
所謂、包帯。白いソレのちょうど右目あたりの部分に、ひどく醜い赤色の華が咲いている。
「あっ」と声が漏れ、同時に少しばかり記憶が蘇った。
「誘拐事件の子。あの
「そうそう、おかげさまでね。尊い犠牲はあったけど、君が頑張ってくれたからこそ、しっかりこの学校に戻ってきてくれたよ」
「それは素晴らしい。あ、犠牲っていうのはやっぱり……」
「うん、それ」
目の前の少女がだした右手の人差指。間違いなく
「本っ当にごめんなさい……!」
「いいよ別に、こっちの落ち度さ」
「違う。できれば、できれば "そのまま" でいさせてあげたかったの!」
普通、そこは『ごめんなさい』じゃなくて『残念だったね』とかでしょ。とは、さすがに口に出さなかった。
「不思議だなあ」
「え?」
「ん?」
「…不思議って、なにが?」
「わからないけど。でも、なんか不思議だなーって」
代わりに「不思議だ」と言いながら、近くの机に置かれていた自分のスマホを取る。
「久しぶりだしさ、一緒に写真撮ろっか」
「なんで急に!?」
「いいから、ほら」
―パシャリ!
やっぱり操作が下手になっている。
…左目だけが頼りとなると、人ってこうなっちゃうんだな。
上澄みの全力を相手にして優位に立てる程の己の技量は衰退し、いずれ嘗てのものとなっていくのだろうか。
突きつけられた現実に若干がっかりしつつ、それでもなにくそと気持ちを切り替えた。
切り替えたついでに銃は
「銃はいま修理中。弾切れ起こして鈍器扱いなんだから当然だ。君も銃も、なおるまでに相応の時間がかかると思ってろよ!」
「チッ、反省してま~す」
「嘘つけェ!!!」
よっぽど気に障ったのか、毎度おなじみ説明会が始まってしまった。
こうなった彼女はジェットエンジンよりも喧しい。
「だから他人のフリしときたかったんだよ!」といった具合に、おもわず愚痴をこぼしてしまいそう。意地でも零さないけど。
「いい?! まずここ、背骨が激やば、オーケー!?」
「ウッス!」
「んでこっち、右腕ぇー…どうなっとんじゃい、どう、なっとんじゃい!!」
「ハイッス、ナンモワカリマセン!!」
「おバカッ!! あとこれだけは事前にやったけど、この前ケガしてた奥歯のとこ!」
「ウス!」
「膿がやばかった!! このまま気付かずに放置してたら、カンブリア爆発ならぬバクテリア爆発起きてたかんね!?!?」
「ハイ……ええええええええええええ?!?!?!?!」
「ようやく理解したか事の重大さを――」
「カンブリア爆発ならぬバクテリア爆発って、何スか?」
「……すごいぼかすけど、菌が入っちゃダメな場所でパラディソス」
「うっっわ、鳥肌ァ!!!!」
文句云わずに聞いておいて良かった。
目覚める前の私は、どうにも大変な状態にあったらしく。
その証拠に、目の前の人物の顔が蒼褪めている瞬間は……
「いや本当にまじで、目の方の心配もあったけど!! 頬が変だなあって口の中確認したら『袋』があったとき、よく生きてられたな、って!!」
「そんなに!?」
「もうさ、あれね? 今日から君も学校と寮に戻ってきてもらうから!」
「…そんな…くうーん。この可愛い顔に免じて、ブラマ生活の継続を許ちて♡」
「許すわきゃ無エだろうが、こンのおたんこナス!! 無害の障壁作戦すっぞ!!」
……出会った日から今日に至るまで、一度たりとも目にした覚えがない光景だ。
いや、やっぱり数回くらいは見た気がする。二桁な気もする。
なんだか、こう、毎日のように見ているような感じもある。
たぶんだけど、激闘の末に寝ちゃって気が付いたら『またお前か』って表情と御対面……ってパターンが日課になってる。
だからそんな複雑な感情が混ざり合った面しないでよ、もう♡
「お願い♡」
「わあったから語尾やめんしゃい。そのイントネーション、頭にくる」
「無害の障壁はぁ?♡」
「するよ、逃げられたら困るもん」
「畜生めが言いよるわ。……ちなみに、メンバーは?」
「モモミド、反省室の歩くスパコン*1、セミナーず、ほか沢山」
「わあ……最強の布陣だぁ……」
こうして数週間以上は自由がなくなったってわけ。
【主人公】
ミレニアム学園のよく動く銃。信用厳禁、破損注意。
訳あってミレニアムを自主退学した少女。次回以降の基本時間軸では、ブラックマーケットの一角で便利屋『Diamond Slug』を経営している。
【親友】
びっくり人間専門家。技術者兼医療担当。
主人公ちゃんの無茶苦茶にはもう慣れた、K.O状態の甘美ネル程度ならどんと来い。でも君は二度と来ないで健康に暮らしてね!
いつもの倍ひどい姿で来とるやないか?!
【無害の障壁作戦】
・主人公は完璧に平和な状況では捨てがまりをしない。
・主人公は無害な対象だけの状況だと殆ど攻撃を実行しない。
・主人公は無害な対象の至近距離に害意のある者がいた場合、巻き込みを考慮せず任務を遂行し続ける。
じゃあ、無害を無害で挟んで、更に無害で包囲してかんぺき~な安全圏に置いておけば必要以上動かれねーよなァー!?
という、根拠のない分析と安易な発想を元に考案された、しかしながら最も効果が約束されているトンチキ監視体制。
結構あっさりと大人しくなるので、実験史上初めて "パターンに入った" 場面に遭遇したユウカは困惑。
誰だって心配されたら大人しくなるよ! __■■■■