にわか知識で宇宙世紀に転生したチートオリ主の末路 作:世界一位
――時は数日遡る。
ルナツー周辺での激戦がひとまずの落ち着きを見せ、宇宙軍の再編が慌ただしく加速する中、俺たちブラッドハウンド隊の面々は司令部へと呼び出されていた。
だが、その前に命じられたのは入念な健康診断だった。
通常の身体検査に加え、脳波の測定や、明滅する光に反応する特殊な知覚テスト……、けっこう長い検査だった。パイロットの身体検査ならこんなものなのだろうか?
やがて検査を終え、俺たちは指示された場所へ向かった。
ルナツー基地、第2ブリーフィングルーム。
重厚な気密扉が閉まると、室内には空調の微かな稼働音だけが残った。正面に立つワッケイン大佐の背後には、地球連邦軍の紋章が厳かに掲げられている。
整列した俺たちの足音さえも吸い込まれていくような、無機質で冷たい空気が流れた。
「これより、地球連邦軍参謀本部より発せられた、第104独立機動小隊に対する辞令を読み上げる。……前へ」
ワッケイン大佐の声が、部屋の壁に硬く反響した。俺たちは一歩、吸い付くように足並みを揃えて前へ出る。大佐の手元には、厚手の紙に記された四通の公文書があった。
「レイス少尉」
大佐が最初の一枚を取り、俺を見据えた。
「……この度の戦闘における敵艦隊に対する戦果、および新型MS開発への寄与を鑑み、本日付をもって貴官を連邦軍大尉に任命する。受け取りたまえ」
「はっ」
最短の動作で辞令書を受け取り、脇に抱える。
少尉から、中尉を飛ばしての大尉任官。その階級の変化は、単なる待遇の向上だけじゃない。その分だけ預かる命と責任がこれまで以上に大きくなる。掌にあるこの紙切れは、その逃れようのない現実の重みそのものだ。
……プレッシャーで胃が痛くなったりしないフィジカルギフテッドの肉体に感謝だな。
「リィン・ベル少尉。本日付をもって中尉に昇進。……トビー・ラッセル伍長。本日付をもって軍曹に昇進。両名、前へ」
「「はっ!」」
二人の返声が響く。リィンの横顔には将校としての自覚が漂い、トビーの拳は緊張でわずかに震えていた。
そして、大佐は最後の一通を手に、サンダースを真っ直ぐに見据えた。
「テリー・サンダース軍曹」
「貴官を本日付をもって、連邦軍少尉に任官とする。本件は戦時特例に基づき、士官学校の課程を免除した上での任官となる。これに伴い、下士官としての昇進は見送る。……受け取りたまえ、サンダース少尉」
「……少尉。……自分が、でありますか」
サンダースの声は、驚きと困惑に揺れていた。差し出された辞令書を前に、彼の大きな手が躊躇うように宙を彷徨う。長年、下士官として最前線を歩んできた彼にとって、将校への抜擢はそれだけの衝撃なのだろう。
呆然と立ち尽くす彼に対し、ワッケイン大佐が言葉を継いだ。
「本件はレイス大尉ならびにリィン中尉による連名の推薦に基づき、私が士官としての適性ありと判断して署名し、参謀本部が承認したものだ。……異論はないな、サンダース少尉」
大佐の言葉に、サンダースは一度、重い呼吸を吐き出した。
サンダースの献身的な働きには、俺自身何度も助けられてきた。彼の老練な指揮能力と冷静な判断力は、すでに士官として十分な域にある。推薦状についてリィンに相談した際も、彼女は迷うことなく俺の提案に同意してくれた。
俺たちの信頼が届いたのか、サンダースは震える右手を掲げ、敬礼と共に辞令を受け取った。
「……身に余る光栄です。粉骨砕身、軍務に邁進させていただきます!」
「期待しているぞ。だが、サンダース少尉。貴官の任官は戦時特例となるが、不足している士官教育は、これからの通常任務の合間に、養成プログラムを全て修了することで埋めてもらう」
ワッケイン大佐の言葉が、一段と厳しさを増した。
「落第すれば即座に任官は取り消し、原級復帰だ。……覚悟はいいな?」
その瞬間、サンダースの肩が微かに震えた。突きつけられた実感が、彼を真に士官へと変えていく。
「はっ! 承知いたしました!」
辞令の交付が終わると、大佐は一息つき、俺たちの新しい所属についての通達を始めた。
「次に、ブラッドハウンド隊の今後の所属についてだ。部隊の編成は現行の通り維持するが、その役割を抜本的に変更する。……貴官らには本日より、次世代MS開発計画――通称『G-4計画』の実働を担う特務実験部隊として活動してもらう」
手元の辞令書に目を落とすと、昇進の文言に続いて、俺たちの新たな配属先が明記されていた。
兼
宇宙軍省 第2連合艦隊 第3独立部隊 附
「本隊はルナツーMS開発局を原隊とするが、宇宙軍の作戦発動に際しては、第2連合艦隊の指揮下へ配属。呼称は『第3独立部隊』となる。……そして、開発局の最高責任者が彼女だ」
大佐が促すと、扉が開き、凛とした足取りで一人の士官が入室してきた。その肩には、技術士官としての功績を評価された証――少佐の階級章が輝いている。
「開発局長のリーナ・エルウィン少佐よ」
どうやら、彼女も昇進していたらしい。一介の技術士官から、連邦軍の新プロジェクトを担う開発局の局長か。名実ともに、軍の出世街道を突き進んでいるようだ。
「了解しました。……よろしくお願いします、エルウィン少佐」
俺が改めて敬礼を返すと、リーナ少佐は少しだけ表情を和らげ、いたずらっぽく片目を閉じて見せた。
「今まで通り、リーナでいいわよ。こんなの、開発を主導するための単なる『肩書』に過ぎないし、私があなたの部隊の
彼女は自分の肩を指先で軽く叩いた。
「私の役目は、このプロジェクトのMS開発を成功させること。現場での判断は、今まで通りあなたに任せるわ、レイス大尉」
「了解しました。リーナ少佐」
「……相変わらず真面目ね」
リーナ少佐は呆れたように肩をすくめたが、その表情には満足げな色が浮かんでいた。彼女は視線をワッケイン大佐へと戻し、背筋を伸ばす。
「大佐、彼らを案内してもよろしいでしょうか?」
「ああ。これからは君の管轄だ。後を頼む」
ワッケイン大佐は短く応じると、一度だけ俺たちの方を向き直した。
「ブラッドハウンド隊。諸官のこれまでの功績に敬意を表する。新たな任務においても、その力を存分に発揮してほしい。……健闘を祈る」
それだけ言い残し、大佐は重厚な足音を響かせながらブリーフィングルームを去っていった。その背中を見送り、俺たちは新たな任務に向けて気持ちを切り替えた。
「さて、それじゃ行きましょうか。……あなたたちの新しい職場に案内するわ」
一歩踏み込んできた彼女から、微かに香水の匂いが漂う。彼女は艶やかな髪を指先で軽く払うと、軍靴の音を高く鳴らして鮮やかに背を向けた。
……不敵な態度が、いちいち様になる
リーナの先導で、俺たちはルナツー基地の深部へと歩み出した。
厳重な警備を抜けた先、巨大なドックの照明に照らされ、その白亜の巨躯が姿を現した。
辞令書にはペガサス級強襲揚陸艦5番艦――「グレイファントム」とある。
その圧倒的な威容を見上げ、トビー軍曹が、年相応の興奮を隠しきれない様子で声を上げた。
「すげえ……! 新造艦をまるごと一隻、実験部隊に回すなんて。連邦の上層部も本気なんですね!」
「このくらい設備が最低限揃っている艦じゃないと、新型機や開発機を運用するなんて無理ってだけよ」
リーナの言葉を聞きながら、俺はある予感を感じていた。設備が充実しているこのルナツーで、今まで通り機体テストを繰り返すだけなら、これほどの運用母艦を専属で用意する必要などないはずだ。
「単なる開発試験であれば、演習場で事足りるはず。それをわざわざ一隻用意したということは……我々は、この艦と共に最前線へ赴くということですね、少佐」
俺の問いに、リーナは小さく肩を竦めてみせた。
「そういうこと。所属は
……この部隊が第2連合艦隊の「独立部隊」なのも、それが理由か。俺達がルナツーで今更テスト部隊やらされるなんておかしいと思っていたが……。
つまり、これからは特定の司令部の枠に縛られず、便利に戦場を渡り歩くモルモットになるというわけだ。
ハッチを抜け、最新鋭艦特有の清潔なオイルの匂いが漂うブリッジへと足を踏み入れる。中央に立つ一人の士官が、腕を組みながらこちらに鋭い眼光を向けていた。
手元の端末に届いていた配属辞令を思い出す。そこには、この艦の艦長にして特務実験部隊を統括する指揮官の名前が記されていた。
「レイス大尉、彼がこの船の艦長よ」
リーナの紹介を受け、俺たちは一斉に敬礼を捧げた。
「本日より合流いたします。レイス・ハミルトン大尉です」
「……待っていたぞ、大尉。私が本艦の艦長、スチュアート少佐だ」
スチュアート少佐は短く頷くと、傍らに整列していた別の一団を指し示した。
「大尉、君には本艦に配備される全MS部隊――
スチュアート少佐の言葉を受け、第2部隊の先頭にいた女性士官が静かに一歩前に出て会釈をした。
「クリスチーナ・マッケンジー中尉です。よろしくお願いします、大尉」
彼女の落ち着いた挨拶が終わるのを見計らったかのように、スチュアート少佐がタブレット端末を差し出してきた。
「着いたばかりで悪いが、早速モビルスーツの機体受領を頼みたい。これにサインを」
俺は端末のコンソールを操作し、電子サインを書き込んだ。これで名実ともに、この艦に積まれたモビルスーツは俺の指揮下に入った。
作業を見届けたリーナが、楽しげに口を挟む。
「組み立てが済んだ新型のジム・コマンドが3機、もうハンガーにあるわ。受領が終わったら、そのままロールアウトの点検作業もお願いね、隊長さん」
……しばらくは、暇に悩むことはなさそうっスね。
事務的な手続きが一段落し、今後の仕事量に少し憂鬱になっていると、ブリッジのコンソール席に座っていたオペレーターの女性下士官がこちらを向いた。
「……あの、レイス大尉。お会いできて光栄です。実は、基地では大尉の撃墜記録、かなり話題になってたんですよ」
「君は?」
「エマ・コリンズ曹長です。大尉とは一度お話してみたかったんです」
ミーハーなのか、その瞳には隠しきれない好奇心の色が見え隠れしている。ぐいぐい来るな、この娘。
「……そ、そうか。それは、光栄だ」
「ちょっと曹長さん、期待の若手のことも忘れないでくださいよ! なんならサインあげますよ?」
俺が少し引き気味に答えていると、トビーが調子よく割り込む。するとエマは一瞬で表情を切り替えた。
「あ、結構でーす。大尉とのお話の邪魔だから、そこどいてくれる?」
「えぇ……。オレだってブラッドハウンド隊の隊員なんですけど!」
ショックで後ずさるトビーの肩を、サンダース少尉が「やれやれ……」と呆れたように叩いている。
その賑やかなやり取りの端で、俺は強い視線を感じて振り返った。リィン中尉が、エマやスカーレット隊の面々を交互に見つめ、こころなしか不機嫌そうにしていた。彼女なりに何か思うところがあったのだろうか?
挨拶を終え、俺たちは機体の確認に艦のハンガーへと移動すると、そこには、真新しい塗装の匂いを漂わせた3機のジム・コマンドが整然と並んでいた。
「うわぁ……これが、オレたちの新しい機体……。ジムとは、全然別物じゃないですか」
トビーが吸い寄せられるように機体に近づき、装甲の質感に触れて感動の声を上げる。リィンもまた、その洗練された頭部形状や追加されたスラスターを食い入るように見つめ、感心したように溜息を漏らした。
「ああ。良い機体だ。上層部の本気を感じるな」
サンダースも落ち着いた口調ながら、その瞳には確かな信頼を宿していた。
一方で、マッケンジー中尉らスカーレット隊の面々は至って冷静だった。
「驚くのも無理はない。だが、我々スカーレット隊にとっては既知の機体でね。技研*1での試験中、嫌というほどシミュレーションを重ねてきたからな」
スカーレット隊の士官が誇らしげに語る。彼らは元々、地上の開発の最前線にいた試験部隊だ。新型機のデータについては、既に熟知しているのだろう。
そんな中、マッケンジーがハンガーのさらに奥を指差した。
「大尉。あちらが……あなたの機体、G-3の予定機です」
指し示された場所には、重機に囲まれ、あちこちに内部フレームや駆動回路が剥き出しになった機体があった。鈍いグレーの装甲パーツが、まだ各所に仮止めされている段階で、一見しただけではあのガンダムと同型機であることさえ判然としない。
マッケンジーは手元のデータ端末と、その無機質な塊を交互に見比べ、どこか引きつったような笑みを俺に向けた。
「大尉。……事前にスペックを確認させていただきましたけれど、 本当に、あんなモビルスーツを人が操縦できるんですか?」
「……何が言いたいんだ、マッケンジー中尉」
「機体の追従性が、あまりにも過激すぎます。それに応えるためのバーニア出力も、全力稼働時で通常の数倍……。データを見る限り、まともな人間なら操縦以前に、加速時のGに耐えるだけで精一杯のはずです」
彼女の指摘は、技術者としてもパイロットとしても正しいのだろう。このG-3は、俺の要望で「フィジカル・ギフテッド」の反応速度と肉体強度に合わせ、リーナが妥協なく設計した代物だ。他人が見れば、それはもはや兵器というより、パイロットを殺しかねない欠陥機に見えるに違いない。しかも、この機体はG-4を開発するためのデータ取り機に過ぎないのだから恐れ入る。
「――だからこそ、俺が乗るんだ」
俺が短くそう答えると、組み立て作業をしていた整備士が新たな受領書類を差し出してきた。俺はそれを受け取り、さらに細かな備品の確認とサインを行うために、一旦会話の輪から離れてコンソールへと向かった。
◆
大尉が受領作業のためにコンソールへと向き直り、私たちの会話の輪から一歩遠ざかった。私――リィンは、作業に没頭し始めたその背中を、少し離れた位置から静かに見守っていた。
すると、立ち去ろうとしていたリーナ少佐が不意に足を止め、サンダース少尉へと向き直った。
「そうそう、サンダース少尉。渡し忘れていたプレゼントがあるの」
「プレゼント、ですか? ……ありがとうございます、局長」
サンダース少尉が戸惑いながら受け取ったのは、一台のデータ端末だった。画面には重々しいタイトルが並んでいる。
『士官養成プログラム:法務・軍隊符号・戦史・戦略・戦術概論・兵站基礎・MS運用理論……etc.』。
「空いている時間はすべてこれに費やしてね。落第したら任官は取り消しよ。……推薦状に名を連ねた大尉たちの顔を潰さないようにね?」
「りょ、了解……です……」
数千ページに及ぶ文字の山。その暴力的な情報量を前に、サンダース少尉は魂が抜けたような顔で言葉を絞り出した。昇進した代償は、現場の兵士には重すぎる「勉強」だったらしい。その横でトビー軍曹が青ざめながら小声で漏らした。
「……俺、下士官のままで良かった」
そんな賑やかな光景をよそに、私はふと、隣に立つマッケンジー中尉の様子が気になった。彼女はまだ納得がいかない様子で、組み立て途中のG-3の骨組みを、どこか不安げに見上げている。
「……それでも、初めて乗るMSなのよ? ……しかもこんな過激な設計の機体」
中尉が独り言のように漏らした心配の声に、隣にいたトビーが、どこか誇らしげに鼻を鳴らした。
「隊長の心配をしても無駄ですよ、マッケンジー中尉」
「……トビー軍曹?」
中尉が不思議そうに振り返ると、トビーは断言するように言い切った。
「隊長に乗りこなせないMSなんてありませんから」
「……いくらなんでも、言い過ぎじゃないかしら。この機体の設計は、人間の限界を超えているのよ?」
「関係ないですよ。隊長はOSすら未完成だったジムだって完璧に乗りこなして、そのままザクを撃墜したバケモンなんですから」
「……そうなの?」
マッケンジー中尉の驚きを含んだ視線が、そばにいた私に向けられた。肯定を求めるようなその眼差しに、私は少しだけ視線を伏せて答える。
「いえ、その時はまだ自分はこの部隊にいませんでしたので……」
私が合流した時には、既にレイス大尉は「ブラッドハウンド」の英雄だった。トビーがさらに声を弾ませて続ける。
「隊長は、コクピットに座ればMSの構造から配線まで、なんとなくわかるらしいですよ。どこをどう動かせばいいか、自分の手足みたいに」
「信じられないわね。……そんなことが、本当に……?」
マッケンジー中尉は絶句し、再びグレーのフレームを見上げた。その横で、私は端末を叩くレイス大尉の横顔を盗み見る。
(……それが、ニュータイプなんですね)
以前、リーナ少佐が言っていた、宇宙環境に適応し、超感覚に目覚めた新人類。大尉が戦場で見せるあの鮮やかすぎる機動の正体が「それ」なのだとしたら、この化け物じみた機体さえも、大尉なら当たり前のように使いこなしてしまうのだろう。
新しい艦、新しい機体。環境がどれだけ変わろうと、私のやるべきことは変わらない。大尉の隣で戦い続けるために、私もまた、この新しい機体と共に成長してみせる。私は自分の内に静かな決意を固め、真新しいジム・コマンドへと向き直った。
※補足
『G-4計画』について・・・
公式設定には具体的な内容についてあまり記載はありませんが、G-3を開発母体とした次期構想機の開発計画という設定を拝借しております。
クリスチーナ・マッケンジーについて・・・
彼女はこの時期、まだサイド6には帰還していませんでした。原作の設定では、12月頃にガンダムNT-1(アレックス)の最終調整のためにリボー・コロニーへ機体が運び込まれた際、その専属テストパイロットとして同地へ帰郷したことになっています。