にわか知識で宇宙世紀に転生したチートオリ主の末路 作:世界一位
ルナツー宇宙港、グレイファントムのMSデッキ。
ハンガーには、整備員たちの怒声とインパクトレンチの駆動音が響き渡っている。
俺たちブラッドハウンド隊の面々は、受領したばかりの機体に張り付き、それぞれ最終的なOSの調整を行っていた。
俺はG-3のコクピットで、そして隣接するハンガーではトビー、リィン、サンダースの三名もジム・コマンドのコクピットに潜り込み、コンソールと格闘している。
マグネット・コーティングによって摩擦が消えた駆動系は、極めてデリケートな数値を要求してくる。俺はコンソールに流れる膨大なパラメータを、自身の演算能力で最適化していた。
そんな作業の合間、通信越しにトビー軍曹の呑気な声が聞こえてきた。
『……そういえば隊長、前から気になってたんですけど』
「なんだ?」
『隊長って、なんで連邦軍に入ったんですか? 隊長の実力なら、別に軍人にならなくてもコロニー公社とか大手メーカーとか、引く手あまただったでしょうに』
不意な質問に、俺はキーを叩く手をわずかに止めた。回線の向こうで、リィンやサンダースの手も止まった気配がする。どうやら皆、興味があるらしい。
直後、足元のキャットウォークから明るい声が割り込んだ。
「あ、それ私も気になります!」
モニター越しに見下ろすと、オペレーターのエマ・コリンズ曹長が手すりに身を乗り出し、興味津々といった様子でこちらを見上げていた。どうやら、俺たちの作業の様子を覗きに来ていたらしい。
というか、よく会話の内容が聞こえたな。
「レイス大尉って、士官学校を出てすぐの志願兵なんですよね? あの時期に軍に入るなんて、よほどの連邦愛国者なのかなって」
キャットウォークからG-3のコクピットに乗り移ったエマの期待に満ちた視線に、俺は小さく溜息をついた。愛国心? そんな高尚なものは持ち合わせちゃいない。
「……連邦が勝つと思ったからかな。勝ち馬に乗っておいた方が得だろ」
俺は正直に、だが淡白に答えた。
この世界が「ガンダム」という物語であり、最終的にジオンが敗北することを知っていたからこその生存戦略。それが当時の俺の行動原理だ。
だが、事情を知らないトビーは素っ頓狂な声を上げた。
『えー? でも隊長が入隊した頃って、ルウムで連邦がボロ負けした後ですよね? この戦争も開戦してすぐに地球の半分はジオンに取られてたし、どう見てもジオン優勢だったじゃないですか』
「……そういうトビーは、なんで連邦軍に?」
俺は話題の矛先を変えるように問い返した。トビーは少しバツが悪そうに、だが正直に答えた。
『自分はスペースノイドですからね。連邦軍に入れば家族の税金が控除されますし、大学の学費も免除されるので、それで』
その言葉に、俺は納得したように頷いた。
この世界において、スペースノイドとしてコロニーで生きていくのは経済的に過酷だ。空気、水、重力。すべてに税金がかかる。
俺はチート能力のおかげで学業に苦労せず、特待生扱いで士官学校にも入れたし、就職にも困らなかった。トビーのような一般的な若者にとって、軍隊の福利厚生は命綱なのだろう。
「……曹長は?」
続けてエマに水を向ける。彼女は片腕を握りしめ、明るい声色を崩さずに、さらりと重い事実を口にした。
「私は元々サイド2出身なので、コロニーが壊滅して……連邦軍に入るしか、生きていけなかっただけですよ」
サイド2。開戦当初、ジオン軍による「ブリティッシュ作戦」の標的となり、壊滅的な被害を受けたコロニー群だ。
この艦にも、彼女のように故郷を焼かれ、家族を奪われたことで、生きるため、あるいは復讐のために銃を取った者が大勢いることを俺は知っている。
「……すまない。立ち入ったことを聞いた」
「気にしないでくださいよー。私みたいな人なんて、この艦にもいっぱい居ますし」
エマは努めて明るく振る舞ってみせた。その強がりが、かえってこの時代の残酷さを浮き彫りにする。
『……こうして聞くと、やっぱり隊長が連邦軍に入った理由って、みんなと違いますね』
トビーがしみじみと呟いた。生活のためでも、復讐のためでも、信念のためでもない。ただ「勝つ」と確信して軍に入った俺の動機は、彼らの目にはあまりに異質に映るのだろう。
「……もしかして、それってやっぱり……『ニュータイプ』の勘、なんですか?」
エマが声を潜めて言った。
「……は?」
突拍子もない単語に、俺は眉をひそめた。
「噂で聞きますよ。レイス大尉はニュータイプなんじゃないかって。あんな神業のような操縦テクニック、普通の人には真似できないし……この機体だって、ニュータイプ専用に作られたものだって」
エマの瞳には、どこか畏怖と期待が混じっていた。
(……またその話か)
最近、周囲で俺をそう呼ぶ声が増えているのは知っていた。ジオンのプロパガンダにある「新人類」。勘が鋭く、常人離れした力を持つエスパーのような存在。
「……よせ。そもそもニュータイプは、人と分かり合える人種だって聞いたぞ。俺は別に、そういう人間じゃないしな」
ガンダムの知識に乏しい俺でも、ニュータイプという言葉については多少知っている。他人の思っていることを感知したり、未来予知のようなことが出来るのがニュータイプだってことくらいは。
だが、俺は人の心なんて分からないし、未来が見えるわけでもない。少なくとも、自分の中にニュータイプ的な兆しなんて欠片も感じない。
俺にあるのは、「転生特典」としてのフィジカルギフテッドと演算能力だけだ。
「無駄口は終わりだ。調整が済んだ。これより演習エリアで最終テストを行う」
◆
ルナツー宙域に設置された演習エリア。グレイファントムの管制室。
メインモニターには、演習宙域を疾走するG-3ガンダムからのテレメトリデータ*1がリアルタイムで流れていた。
その膨大な数値の奔流を前に、スカーレット隊のクリスチーナ中尉は、ただ圧倒されたようにスクリーンを見上げていた。
「……信じられません。あのG-3の過敏すぎる挙動を、完全に制御しきっているなんて……」
クリスチーナが、驚愕と尊敬の入り混じった溜息を漏らす。
「私なら、スロットルを開いた瞬間に機体に振り回されて終わりです。それを、まるで最初から自分の手足のように……。一体どうすれば、あんな操縦ができるんですか?」
「……いいえ、中尉。これは
隣でデータを解析していたリーナ少佐が、冷徹な声で指摘した。
「え?」
「見て。このグラフ」
リーナが鋭い指先で、モニターの一角を指し示した。そこには、機体各部のフレームにかかる応力負荷を示すヒートマップが表示されていた。
「スラスターの噴射タイミング、関節の駆動速度……全てが理論値の限界ギリギリで、不自然に頭打ちになっているでしょう?」
「これは……。リミッターが作動しているわけでは……?」
「いいえ。彼が自分で止めているのよ。これ以上鋭く動かせば、機体が消耗することを本能か直感で悟って、無意識に自分の反応速度を落としているの」
「そんな……。極限の機動の中で、機体を壊さないように手加減しているというんですか?」
「そう。マシンが人間に追いついていない。彼が機体を気遣ってくれているから、
「……凄まじいですね」
二人の会話を聞いていた艦長のスチュアート少佐が、唸るように呟いた。彼は腕を組み、モニターの中のG-3を凝視しながらリーナに問う。
「エルウィン少佐。貴官は本気で、彼らに……その、『ニュータイプ』の可能性があると?」
ニュータイプ。ジオン・ダイクンが提唱したとされる、宇宙に適応した新人類。連邦軍内部でも、その存在は半ば眉唾物のオカルトとして扱われてきた。
だが、リーナは視線をモニターから外さずに静かに答えた。
「地上のジャブローでも、既にニュータイプの軍事利用に向けた研究は始まっているわ」
「なんと……」
「それに、噂では……あのホワイトベース隊のパイロットも、ニュータイプと目されているそうよ」
「あの『ガンダム』のパイロットも、ですか」
スチュアート少佐が息を呑む。ホワイトベース隊が上げているという、常識外れの戦果。それが単なる技量ではなく、未知の能力によるものだとしたら。
「だとしたら、レイス大尉がそうであっても不思議じゃないわ」
リーナは悔しそうに唇を噛み、モニターの中のG-3――かつて最高傑作と呼ばれたガンダムの改修機を睨みつけた。
「……エンジニアとしては『不合格』ね。機体の強度が、彼の
彼女は手元の端末を操作し、新たなプロジェクトファイルの余白に、荒々しく書き込みを行った。
「やっぱり、
リーナは熱の籠もった瞳で、決意を固めるように呟いた。
「G-4……『NT-1』を完成させなきゃ駄目ね。……そのためにも、今はG-3のデータを、もっと集めないと」
◆
数日後。俺たち特務実験部隊に、実戦任務が下った。
地球上のオデッサで行われた連邦軍の大規模反攻作戦――「オデッサ作戦」は、いつの間にかに連邦の勝利に終わり、敗走したジオン欧州方面軍は、残存戦力を宇宙へ逃がすべく、多数の
グレイファントムのカタパルトデッキ。G-3ガンダムのコクピットで発進を待つ俺のもとに、エマ曹長からの通信が入る。
「レイス大尉、聞こえますか? 今回の作戦概要を確認します」
「ああ、頼む」
「現在、オデッサから打ち上げられたHLVを撃墜するため、地球軌道上に第9艦隊が展開しています。ですが、護衛についたジオンの迎撃部隊から激しい妨害を受けており、迎撃が難航している状況です」
モニターに戦況図が表示される。第9艦隊のサラミス級が、HLVを守ろうとするジオンのMS隊に張り付かれているのが見て取れた。
「ブラッドハウンド隊の第一目標は、この第9艦隊を妨害しているジオン軍MSの速やかな排除。友軍の射線を確保してください」
「了解。露払いってわけだな」
「はい。そして敵MS部隊を排除後、後続のスカーレット隊が、そのまま残存するHLV等に対して『試作ロングレンジ・ビーム・ライフル』での攻撃実験を行います」
「……例の長物か。あちらも新しい装備のデータ取りというわけか」
ハンガーの隅では、クリスチーナ率いるスカーレット隊のジム・コマンドが、身の丈ほどもある長大なライフルを抱えて待機していた。戦艦の主砲並みの射程と威力をMSサイズで実現しようとした実験兵装だ。今回の任務で、HLVを遠距離から狙撃するために試験配備されたものだ。
「分かった。彼女たちが安心してテストを行えるよう、俺たちで周囲を綺麗にしておく」
俺は通信を切り、回線を部隊全体へと繋いだ。
「ブラッドハウンド隊、発進!」
グレイファントムのカタパルトから、G-3ガンダムと三機のジム・コマンドが宇宙へと射出される。眼下には、青く輝く地球が広がっている。
交戦開始。
護衛についたジオン軍は、必死の形相で襲いかかってきた。リック・ドムが重厚な機動で、高機動型ザクがトリッキーな動きで迫る。
だが、今の俺達にはG-3とジム・コマンドがある。
「……無防備だな」
俺はG-3のビーム・ライフルを構える。マグネット・コーティングの恩恵は、照準動作において最も顕著に現れた。手首の微細なコントロールが、摩擦ゼロで機体に伝わる。
吸い込まれるようにレティクルが敵機に重なり、トリガーを引く。
一撃。先行していたリック・ドムが爆散する。
その光に紛れ、僚機のザクが死角からヒート・ホークを構えて突っ込んできた。
俺は瞬時にライフルから手を離し、背面のビーム・サーベルへ手を伸ばす。通常なら数秒を要する武装の切り替え。だが、G-3は俺が操作を入力した瞬間に、既に抜刀の動作を終えていた。
脳が機体の耐久限界ギリギリの数値を瞬時に弾き出し、肉体が無意識レベルで最適な操作を実行。
機体にかかるGを流れるような円運動で逃がし、すれ違いざまにサーベルを一閃させる。
ズバァッ!
ザクの装甲が、まるで紙切れのように両断された。
『化け物か!』
接触回線から聞こえてきた敵パイロットの驚愕の声を聞き流し、俺は次なる敵へ向かう。トビー、リィン、サンダースの三機も、的確な連携で混乱した敵MSを各個撃破していく。
「よし、敵MSの排除完了。……スカーレット隊、どうぞ」
『了解。……これより、射撃テストを開始します』
俺の合図と共に、後方で待機していたクリスチーナのジム・コマンドが、HLVに向けて試作ロングレンジ・ビーム・ライフルを構えた。
スカーレット隊の三機から、長大な閃光がほとばしる。
ビームは的確にHLVを捉え、その外装を貫き、爆炎へと変えた。テストは成功だ。敵は動かない的であり、クリスチーナの腕があれば外すはずもない。
だが、通信機からは、彼女の弾むような報告ではなく、冷静な事実確認の声が届いた。
『……ターゲット破壊確認。ですが、大尉。これでは有効射程を活かせていません』
「どういうことだ?」
『ターゲットが遠すぎると、モニター上の敵影がブレてしまってロックオンできていません。結局、センサーの届く距離近くまで接近して撃つ必要がありました』
淡々とした報告だが、そこには機体性能への失望が隠されていた。
戦艦並みの射程を持つライフルであっても、それを扱うジム・コマンドのセンサーの有効半径が、ライフルの射程に全く追いついていないのだ。
『それに、ビームの収束率も甘いです。ジェネレーター出力が、ライフルの要求値に対して足りていないようです』
撃てはする。当てもする。だが、それはジム・コマンドのセンサー距離まで接近したからに過ぎない。「長距離狙撃」という本来のコンセプトを満たしていない以上、兵器システムとしては不完全極まりない状態だった。
「……分かった。射撃を続けろ。データを取りつつ、引き続き、第9艦隊の任務を支援する」
俺は冷徹に告げた。クリスチーナの報告で装備の限界は分かった。だが、まだ的は残っている。
『ですが、隊長……。相手はHLVです。抵抗できない相手を一方的に撃つなんて……』
回線に、リィンの躊躇いがちな声が割り込んだ。
彼女は優しい女性だ。いくら敵とはいえ、反撃できない相手を一方的に狩るという行為に、抵抗を感じているのだろう。
(……正直、気持ちは分かる。無抵抗の相手に引き金を引く感触は、決して気分のいいものじゃない)
俺は内心で彼女に同意した。だが、隊長として、ここで私情を挟むわけにはいかない。標的を撃つべきか判断するのは俺達の仕事ではないからだ。
(……帰ったら、フォローしないとな)
『あー、やだやだ。こういうのってやりにくいんですよねぇ』
トビーも嫌悪感を隠さずに同意する。
『ボヤくな、トビー。軍人なら、こういう汚れ役も任務のうちだ。割り切れ。……リィン中尉も』
それをサンダース少尉が、古参兵らしい重みのある声で窘める。だが、その声にも苦い響きが混じっていた。
兵士とはいえ、彼らはまだ人間らしい感性を捨てきれていないのだ。
だが、その甘さをオペレーターのエマが一刀両断した。
『彼らに同情なんていりませんよ。その証拠に、先程第9艦隊が出した降伏勧告も、彼らは無視しています』
『ですが……、既に彼らに戦う力は残っていません。それを一方的に撃つなんて……』
リィンは生真面目だ。軍人である前に、人としての道徳に反する行為を見過ごせないのだろう。
しかし、エマは一歩も引かなかった。
『リィン中尉は、この前の防衛戦を忘れたんですか?』
『え……?』
『あの時、彼らは私たちに全く同じことをしようとしました。無防備な輸送艦を狙って、一方的に沈めようとしたのを』
エマの指摘に、リィンが息を呑む気配が伝わってくる。
かつて友軍に向けられた凶刃。やろうとした者になら、やり返してもいいという正当性。エマの言葉には、それに足るだけの重みがあった。
『ここで逃がせば、またルナツーに攻め込んでくるだけです。……ジオンに情けは無用です』
彼女の故郷、サイド2を焼いたジオンへの私怨を、軍人としての冷徹な理屈でコーティングしたような言葉だが、それは反論の余地のない正論だった。
(……もし、あの航路防衛戦でコンスコン艦隊を撃退できていなければ、連邦の艦隊がこうなっていたはずだ)
俺はエマの言葉を心の中で肯定した。立場が入れ替わっただけ。それが戦争の現実だ。
「リィン。エマ曹長の言う通りだ。今は敵を減らすことだけを考えろ。……やるぞ」
その時だった。
けたたましいアラート音が、HLVの殲滅を躊躇う空気を切り裂いた。
『敵機接近! 3時の方向から高速で接近する機影あり! MSです!』
エマの緊迫した声が響く。
「増援か? もう残存兵力はないはずだが……」
俺は舌打ちし、リーナ少佐に回線を繋いだ。
「少佐、お客さんのようです。……テストの方はどうしますか?」
『一先ずデータは十分取れたわ。ライフルを持ったままじゃ満足に動けないし、スカーレット隊は帰投させて』
「了解。……曹長、敵MS部隊が出現したポイントを教えてくれ」
『……ポイント305、オデッサ方面からの脱出ルート上です』
エマの声は、ほんの少しだけ不服そうだった。彼女としては、目の前のHLVをすべて沈めたかったに違いない。だが、脅威度が変わった以上、優先順位は動く。
「HLVの狙撃を中断、これより敵MS部隊の迎撃に移行する!」
『了解!』
リィンの声には、先ほどまでの躊躇いは消え、代わりにどこかホッとしたような安堵が混じっていた。
「行くぞ。……新たなMS部隊を排除する」
俺はG-3のスロットルを全開にし、新たな獲物が待つ宙域へと機体を加速させた。