にわか知識で宇宙世紀に転生したチートオリ主の末路   作:世界一位

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第十三話 せめて哀しみごと撃ち抜いて

 G-3のスラスターが唸りを上げ、背中がシートに押し付けられた。

 俺はスロットルを微調整し、僚機であるジム・コマンドの速度に同調させていく。

 

 トビー、リィン、サンダース。

 ブラッドハウンド隊の全機が、一糸乱れぬ陣形で敵MS部隊の出現ポイントへと急行する。

 

 だが、俺たちが駆けつけた時、そこは既に屠畜場の様相を呈していた。

 

『――うわぁぁぁ!』

 

 断末魔と共に、先行していたボール小隊の最後の一機が爆散する。

 その炎を突き破るようにして、三つの青い機影が躍り出た。

 

「……チッ、一足遅かったか」

 

 俺は悔しげに舌打ちした。間に合わなかった。通信機からサンダース少尉の息を呑む声が響く。

 

『あっという間にボール部隊が……』

 

 サンダースの声色には、明らかな警戒が含まれていた。

 ただ速いだけではない。三機の連携もとても良い。互いにカバーし合いながら、超高速ですれ違いざまに獲物を狩っていく。

 

『隊長。特にあの先頭の1番機……間違いなくエースです』

 

 歴戦のサンダースを唸らせるほどの統率と技量。

 俺はG-3のメインモニターに映るその機体を拡大した。

 ザクよりも細身なシルエット。だが、背部には機体サイズに不釣り合いなほど巨大なスラスターを背負っている。モノアイが不気味に輝き、こちらを睨みつけていた。

 

「ザクの改良型……いや、新型か? 俺のG-3以上の推力だぞ」

 

 ドムのような、大推力で重装甲を強引に動かす挙動とは違う。軽量機特有の、爆発的なまでの直線加速だ。

 

『データ照合……出ました! EMS-10『ヅダ』です!』

 

 オペレーターのエマから通信で報告が入る。

 

『ヅダ……? あ、それ知ってますよ隊長! 昔、連邦の戦時放送で見たことがあります!』

 

 トビーが記憶を探り当てるように叫んだ。

 

『でもたしか、ザクとのコンペに負けた欠陥機だって聞きましたけど……』

 

 欠陥機。それなら何か明確な弱点がある。

 俺はG-3のセンサーが捉えた敵機の挙動から、その機体にかかる負荷をシミュレートした。

 

(……なるほど。トビーの言う通りだ)

 

 エンジンの加速性能に対し、機体のフレーム強度が決定的に釣り合っていない。

 あの速度域で複雑な機動を行えば、機体自身がGに耐えきれず空中分解するだろう。

 だからこそ、奴らはボールに対して加速性能を活かした一撃離脱(ヒット・アンド・アウェイ)を徹底していたのだ。

 

(……裏を返せば、まともなドッグファイトなら、奴らはその加速性能を引き出せない。総合性能で勝るG-3やジム・コマンドの敵ではない)

 

 理屈(たね)が割れれば、対処不能な相手ではない。むしろ、これほど御し易い相手はいないだろう。

 

「……来るぞ! リィン中尉、俺に合わせろ。セットプレイで行く」

 

『……了解!』

 

 リィンの短く、緊張の滲む返答。

 彼女は即座に愛機のライフルを構え、俺の射線とクロスする位置へ展開する。日頃の連携訓練が、彼女の体を反射的に動かしていた。

 どれほどモチベーションが落ちていても、命令通りに動けるのが彼女の良いところだ。

 

「サンダースとトビーは左右に展開して、合図に合わせて後続機を狙え。先頭の機体は俺たちが墜とす」

 

 言うが早いか、三機のヅダが一気に加速した。

 先頭の敵の隊長機が、僚機を囮にして一直線に俺へと突っ込んでくる。

 

 圧倒的な加速力。こちらの照準を振り切る速度で、死角からの攻撃を狙っている。

 だが、その「速さ」こそが命取りだ。

 

(……ここだ)

 

 俺は敵機そのものではなく、その進行方向にある「空間」へ向けて、演算能力を使って偏差射撃を行った。

 

『――なッ!?』

 

 敵パイロットの驚愕が伝わってくる。

 直撃コース。そのまま直進すれば、俺の放ったビームに自ら突っ込むことになる。

 敵は反射的に操縦桿を倒し、緊急回避を試みた。

 

 だが、それが俺の狙いだった。

 

 ギギギギッ!!

 

 トップスピードでの急激な回避運動。

 ヅダの機体がきしみ、フレームが悲鳴を上げる。無理なGがかかったことで姿勢制御スラスターが暴走し、敵機のバランスが完全に崩れた。

 速すぎるがゆえに、一度体勢を崩せば立て直しは利かない。

 

「リィンッ!!」

 

 俺の呼び声と同時に、G-3の脇をリィンのジム・コマンドが放った一条の閃光が駆け抜けた。

 

 吸い込まれるように伸びたビームが、制御を失い宇宙を漂う1番機のど真ん中を貫く。

 無慈悲な熱量に晒された隊長機は、断末魔を上げる間もなく内側から膨れ上がり、爆散した。

 

『当たった……!』

 

 リィンの安堵と高揚が入り混じった声が響く。

 俺がお膳立てしたとはいえ、あのタイミングで正確に当てたのは彼女の実力だ。

 

 一方、指揮官機を失ったことで、敵部隊の連携は崩壊していた。

 先頭の機体を撃破された衝撃で動揺したのか、残された2機の動きが一瞬、完全に止まる。

 

「よし、足が止まった。やれ、トビー、サンダース」

 

 俺の号令が飛ぶ。

 

『了解ッ! オラッ、よそ見してんじゃねぇよ!』

 

 トビーが叫びながらブルパップ・マシンガンをばら撒く。

 回避行動を取った2番機の行き先に、サンダースのジム・コマンドが待ち構えていた。

 

『動きが止まれば、当てるのは難しくない……!』

 

 サンダースが冷静にビーム・ガンを撃ち込む。

 的確な射撃が敵2番機のコクピットを撃ち抜き、沈黙させた。

 

 残された最後の1機(3番機)は、目の前で起きた惨劇に恐慌をきたしたのか、あるいは勝てないと悟ったのか、急速反転して戦域からの離脱を図った。

 

 背中の巨大なスラスターが異常な光を放ち、機体がきしむほどの加速で遠ざかっていく。

 その速度は、G-3ですら追いつくのは不可能な領域だ。

 

(……逃げたか。追うのは無理だな)

 

 俺は冷静に判断し、エマに通信を送った。

 

「エマ曹長、例の『試作ロングレンジ・ビーム・ライフル』を射出してくれ。残り一機を狙撃したい」

 

『……えっ?』

 

 エマが戸惑いながらも、すぐさま艦長席へ報告する声が回線越しに聞こえてくる。

 

『艦長、レイス大尉からロングレンジ・ビーム・ライフルの射出要請が来ています!』

 

『使えるのかね? 先程のテストでは、ジム・コマンドでは実用に耐えないと結論が出たばかりだが』

 

 スチュアート艦長の懐疑的な声が響く。無理もない。クリスチーナですら扱いきれなかった欠陥兵装だと思われているのだから。

 

「G-3の性能なら、恐らく。ただ、センサーは届かないので、狙撃は俺の腕次第になりますが」

 

 俺は率直に答える。言葉には曖昧さを残したが、内心では確信していた。

 

(……事前に頭に叩き込んであるG-3のジェネレーター出力なら、あのライフルの要求値を間違いなくクリアできる)

 

 一瞬の静寂。

 

『許可するわ。G-3のジェネレーターの負荷テストにもなるから、射出して頂戴』

 

 横からリーナ少佐の嬉々とした声が割り込んだ。彼女にとっては、G-3のデータを取れればそれでいいのだろう。技術士官の好奇心が、今回は俺に味方した。

 

『……了解。コンテナ、射出します!』

 

 エマの操作と共に、グレイファントムのカタパルトから巨大なコンテナが射出される。

 俺は空間を漂うコンテナをキャッチし、中から現れた長大な砲身をG-3に接続した。

 

 エネルギー・コネクタが接続されると同時に、G-3のジェネレーターが唸りを上げた。

 コクピットのコンソールに表示された出力計が跳ね上がる。

 

(……やっぱりな。ジム・コマンドの出力じゃ、こいつの要求値には届いていなかったんだ)

 

 カタログスペック上、ジム・コマンドのジェネレーター出力は、RX-78-2――2号機とほぼ同等だ。だが、この化け物(ライフル)を扱うには、それだけでは足りない。

 

 G-3の熱核反応炉には、新型のレーザー加速器が組み込まれている。瞬間的な最大出力こそ2号機と大差ないが、その高出力を乱れなく安定供給できる許容量は倍以上違う。

 

 エネルギー充填率は瞬く間に臨界点へ。敵機を肉眼で捉えるためにコクピットハッチを開けると、俺の視界はライフルの射程と同調し、圧倒的な広がりを見せる。

 

 肉眼が捉えた敵の光を、俺の演算能力へ直結。MSのセンサーを置き去りにした長距離弾道計算が、俺の脳内でリアルタイムに完結する。

 

 遥か彼方、フィジカルギフテッドの能力でも点になりかけた敵機が、更に加速しようとしてスラスターを吹かした瞬間。

 機体が加速Gに耐えきれず、わずかに軸がブレた。

 

(……そこだ)

 

 俺は迷わずトリガーを引いた。

 

 太く、鋭く収束されたビームの奔流が、暗黒の宇宙を音もなく切り裂く。

 それは一直線に宇宙を駆け抜け――逃走する敵機のヅダを背後から飲み込んだ。

 

 強烈な閃光。

 数秒遅れて、モニターの彼方で小さな爆発が確認された。

 

『……嘘。あの速度で逃げる敵を、この距離から……?』

 

 エマの絶句が聞こえる。

 センサーの有効範囲から遥かに離れ高速機動するMSを撃ち抜いたのだ。ジムとG-3の性能差、なによりパイロットの能力差を見せつける形となった。

 

「……エマ曹長、敵MS部隊の排除完了」

 

 俺はライフルの銃口を下ろし、感情を排した声で次の命令を下した。

 

「本来の任務に戻る。……ブラッドハウンド隊、HLVの掃討を再開する」

 

 

 

 

 

 

 恐ろしいまでの機動力を見せつけた敵のエース部隊は、レイス隊長の手によって全滅した。

 最大の脅威が去り、宙域に取り残されたHLVに対する、一方的な掃討戦(かり)が再開される。

 

(どうして……投降しないのですか……!)

 

 私の放ったビームが、陸戦仕様のザクの胴体を容易く貫く。

 宇宙用の装備すら持たない地上用の機体が、HLVのハッチから身を乗り出し、無重力空間で姿勢も定まらないまま実弾のマシンガンを乱射してきていた。

 

 当たるはずがない。彼らだってそれは分かっているはずだ。それでも、撃つしかないのだ。

 

(はやく、早く投降してください……っ!)

 

 祈るような思いで引き金を引く。

 HLVが火球に変わり、宇宙の闇に散っていく。その光景を見るたび、私の体は激しい悪寒と吐き気に襲われた。

 

 胃の腑がせり上がり、歯の根が合わないほどに震えが止まらない。極度の緊張から来るものなのか、それとも別の理由なのか、自分でも分からない。ただ、命が消えるたびに、私の心を重く冷たいものが撫でていく感覚があった。

 

 その時だった。

 一隻の大型輸送船が推進剤の噴射を停止し、白旗の代わりなのか、赤十字の国際救難信号を明滅させ始めた。

 

『今更命乞いですか。往生際が悪いですね』

 

 通信機から、母艦のオペレーターであるエマ曹長の冷ややかな声が聞こえる。

 

「待ってください! 病院船かもしれません。臨検を行いましょう! 私が行きます!」

 

 私はすかさず回線を開いた。殺さなくていい理由が、今の私にはどうしても必要だった。

 

『……まて中尉、第9艦隊に確認を取る。それまで攻撃は――』

 

 レイス隊長がそう言いかけた、その直後だった。

 無音の閃光。

 背後に布陣していた友軍――第9艦隊のサラミス級から放たれた主砲の斉射が、静止した輸送船を無慈悲に貫いた。

 

「あ……」

 

 私の制止も虚しく、輸送船の装甲がひしゃげ、内部から爆発を起こす。

 だが、引き裂かれた船体から宇宙空間に投げ出されたのは、傷ついた兵士でも医療器具でもなかった。

 

 爆炎の中から姿を現したのは、バズーカを構え、完全に稼働状態にある数機のザクだった。

 

 臨検のために接近する連邦の部隊を奇襲し、道連れにするための偽装投降。

 だが、彼らもまた主砲の直撃による大爆発に飲み込まれ、次々と誘爆を起こして宇宙の塵と消えていく。

 

『よし、次だ! ジオンの連中を一人も逃がすな!』

 

 通信機からは、輸送船の撃沈を喜ぶ友軍の歓声が響き渡る。

 

 もし私が臨検に向かっていれば、間違いなく奇襲を受けて撃ち落とされていた。

 他でもない、助けようとした()()の手で。

 

 私はコクピットの中で、ただ力なくライフルを下ろすことしかできなかった。

 

「どうして……」

 

 戦場の無慈悲さ。戦争という名の、どこにも救いのない現実。

 ヘルメットのバイザー内を、温かい涙の雫が宙に舞う。

 

 …………。

 

 ……。

 

 帰投後のグレイファントム。

 薄暗いMSデッキの隅で、私は膝を抱えて座り込んでいた。作戦終了後の食事も喉を通らず、ノーマルスーツを脱ぐ気力すら湧かない。

 

 目を閉じても、先ほどの輸送船の最期が何度も頭の中を巡る。

 

 私はただ、これ以上引き金を引かずに済む理由が欲しくて、あの救難信号の光にすがりついた。相手がジオンであっても、無抵抗な命まで一方的に奪うことなどしたくなかったのだ。

 

 降伏の意思を示せば、南極条約によって保護される。そんな当たり前のルールが、この戦場でも通用すると思いたかった。

 ……でも、それは現実を知らない、甘い理想論でしかなかった。

 

 帰艦後に知らされた事実が、私がいかに無知だったかを突きつけてきた。

 

 つい先日のオデッサの戦いで、ジオン軍が条約を破り、核ミサイルを使用したらしい。

 その報せを受けていた第9艦隊が、自ら条約を破棄した敵の降伏信号を、素直に受け入れるはずがなかったのだ。だからこそ、一切の躊躇なく主砲を撃ち込んだ。

 

 そして結果的に、あの船は本当にMSを隠し持ち、私たちを道連れにしようとしていた。

 

 私の独りよがりな優しさが、部隊を死の罠に突き落とすところだったのだ。

 

 不意に、目の前に飲料容器が差し出された。容器にはコーヒーと書かれている。

 見上げると、レイス隊長が静かに立っていた。私は力ない動作でそれを受け取ったが、容器の封を開ける指先が震えて力が入らない。

 

 隊長は正面のハンガーに収まったG-3を見上げながら、淡々と、だが部下を諭す上官としての厳しさを含んだ声で口を開いた。

 

「俺達は連邦軍の士官だ。俺達が動揺すれば、それは部下にも伝わる」

 

「……っ」

 

「今後も連邦が優勢になれば、今日と同じように敗走するジオン兵を攻撃することになる。戦場での甘さや躊躇いは、部下を死なせる結果に繋がると肝に銘じておけ」

 

 冷たく、重い言葉だ。だが、反論の余地はなかった。

 もしあの時、臨検に向かったのが私ではなくトビー軍曹たちだったら。私の甘い判断のせいで部下を騙し討ちの罠に巻き込んでいたかもしれないと想像するだけで、持っているコーヒーが波打つほどに手が震えた。

 

「……リィンはどうして、連邦軍に入ったんだ?」

 

 隊長の静かな問いかけ。

 責めているわけではない。ただ、私が引き金を引く「理由(覚悟)」を問うているのが分かった。

 

 だが、それを答えるのは、ある事情で連邦軍に身を置く私にとって致命的な危険を伴うことだった。

 私が周囲の気配を気にして言葉に詰まっていると、隊長は何かを察したように立ち上がった。

 

「おい、そこの整備兵。この区画の点検は後回しでいい。あっちの搬入を手伝ってやってくれ」

 

 隊長は、遠くで作業を始めようとしていた整備兵たちに声をかけ、さりげなくこの場から人払いをしてくれた。

 周囲から完全に人影が消え、遠くの環境音だけが響く空間。

 隊長は再び私の隣に腰を下ろす。

 

「……これで誰にも聞かれない。言えそうなら、言え」

 

 急かすことも、無理強いすることもなく私を気遣うレイス隊長。

 その静かな横顔を見ていると、不思議と、この人にだけは本当のことを話してもいいような気がした。

 

 しばらくの沈黙の後、私は震える声でぽつりとこぼした。

 

「私は……サイド3の生まれなんです」

 

「……なんだと?」

 

 隊長が初めて、わずかに驚いたように私へ視線を向けた。

 サイド3。ジオン公国の本国であり、連邦軍が最終的に攻め落とすべき敵の中枢。

 

 まぶたの裏に浮かぶのは、幼い頃に過ごした故郷の記憶だ。

 両親の温かい手や、一緒に笑い合った幼馴染たち。そこにあったのは、戦争や兵器とは無縁の、ささやかな日常を愛する人々の暮らしだった。

 

「父は、サイド3がまだ共和国だった頃*1、ザビ家の独裁や軍拡に反対していました。でも……ザビ家が国を乗っ取って公国を名乗った時、私たちは非国民として弾圧され、国を追われて……。だから私は、ザビ家を倒して、元の平和な故郷を取り戻したくて連邦軍に入ったんです」

 

「……サイド3の出身者か。よく連邦軍の士官になれたな」

 

「父は元々、地球連邦の行政官だったんです。その時の伝手を使って、なんとか連邦側に……」

 

「なるほどな」

 

 納得したように短く応える隊長。

 コーヒーの容器を両手で強く握りしめ、俯いたまま言葉を紡ぐ。

 

「でも……今日、私が撃ったのは、ザビ家じゃない。ただの怯えた人たちでした。それなのに、私を騙し討ちしようとしたのもジオンの人たちで……第9艦隊も、彼らを同じ人間だとは思っていなかった……」

 

 言葉にするたび、胸の奥が締め付けられるように痛む。

 同郷の人間を、解放軍であると信じた連邦軍の手先として撃ち落とす自己矛盾。救おうとした相手から向けられた殺意。

 

「私は……何のために……」

 

 私は顔を覆い、声も出さずに泣き崩れた。

 隊長は私が落ち着くまで、ただ黙ってコーヒーを飲んでいた。

 

 やがて、私の嗚咽が静まったのを見計らったように、再び静かな声が降ってきた。

 

「それなら、ザビ家を倒すためにも、お前はますます戦うしかないな」

 

「……っ」

 

「どちらにせよ、ザビ家を倒すにはジオンと戦うしかない。それはリィンも分かっているんだろう?」

 

「……はい」

 

 消え入りそうな声で頷く私に、隊長は淡々と現実を告げる。

 

「戦争を早く終わらせれば、結果的にお前が救いたかったジオン国民の犠牲者を減らせるかもしれない」

 

「…………」

 

 隊長の言葉は、どこまでも正論だった。

 泣いたところで、傷ついたふりをしたところで、現実は変わらない。ザビ家を倒すという目的を達するには、この戦いを続けるしかないのだ。

 

「最後に一つだけ確認する。今のリィンに、敵が撃てるのか?」

 

 軍人としての、決定的な問い。撃てないと言えば、私はパイロットから降ろされるだろう。

 だが、私はゆっくりと顔を上げ、彼の瞳を見つめ返して答えた。

 

「……隊長の下でなら、戦えます」

 

「……なんでそう思うんだ?」

 

 訝しむような声。

 彼の瞳には、第9艦隊の兵士たちのような狂信的な正義も、エマ曹長のような暗い復讐心もない。ただ、目の前の現実を処理するだけの、淡々とした静けさがあった。

 

「隊長は、憎しみで戦っていませんから……」

 

 誰かを憎んで引き金を引いているわけではない人。この地獄のような戦場でも、隊長の下でなら、私は自分自身を見失わずに済む。そんな気がしたのだ。

 

「…………」

 

 隊長は沈黙した。

 どれくらいの時間が経っただろうか。不意に、彼は空になった容器をポケットにねじ込み、短く告げた。

 

「分かった」

 

 彼は踵を返し、私に背を向ける。

 

「もうその話はするな。俺の胸にしまっておく」

 

 振り返ることなく、レイス隊長らしいぶっきらぼうな言い回しでそれだけを残し、デッキの奥へと去っていく。

 

 私は手の中に残されたコーヒーの容器を見つめた。

 その微かな温もりが、冷え切った心に少しだけ沁み込んでいく気がした。

*1
0069年にデギン・ソド・ザビが全権を掌握し、政敵を粛清して共和国から公国に移行しました。




※補足①:南極条約と降伏の扱いについて
本作の南極条約では独自の設定として、「降伏の意志を示した敵を撃つこと」を厳格に禁じています。リィンが臨検を主張したのは、単なる甘さではなく、彼らが発信していた救難信号が戦時国際法上の「正式な降伏」に該当していたためです。
より具体的な設定の詳細は活動報告に記載しておきます。

※補足②:リィンとニュータイプ思想について
かつてサイド3にいたリィンが、ジオン・ダイクンの提唱したニュータイプ思想に詳しくないのは、当時の彼女がまだ幼く、思想や政治よりも家族との日常の中にいたためです。

※補遺
同人原稿の作業優先のため、しばらくの間、更新頻度が下がります。お待たせしてしまい恐縮ですが、続きも精一杯執筆しますので、よろしくお願いいたします。
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