にわか知識で宇宙世紀に転生したチートオリ主の末路   作:世界一位

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第二話 初出撃

 ルナツー周辺の宙域は、美しくも残酷なほど静かだった。 だが、その静寂は不意に鳴り響いた全艦一斉警報によって無惨に引き裂かれた。

 

「敵影捕捉! 熱源3、モビルスーツだ! ザクが来るぞ! 総員、戦闘用意!」

 

 スピーカーから流れる悲鳴に近い叫びに、俺はハンガーへ向かう足を早めた。基地内は、何かにひどく怯え、同時に疲弊しきった空気が充満していた。

 

(……まだ到着して機体チェックと慣熟訓練を始めたばかりだぞ。まともに連携訓練すらできてないんだが)

 

 チートのお陰で俺の脳内にある理論上の操作手順は完璧だ。だが、この肉体はまだジムのシートに馴染んでさえいない。宇宙での姿勢制御すら、シミュレーターで数回試しただけだ。

 

 周囲を見れば、僚機となるトビー伍長にいたっては、ノーマルスーツのヘルメットすら満足に固定できず、指を震わせている。

 

「第104小隊、搭乗を急げ! 5分後に緊急発艦だ!」

 

 整備兵の怒声が飛ぶ。慣熟訓練も、機体チェックも、何一つ終わっていない。このまま外へ出れば、機体性能を引き出すどころか、バーニアの操作ミス一つで虚空へ放り出されて終わりだ。文字通りの使い捨てのコマとしての出撃。

 

(……落ち着け。ビビったら、その瞬間に死ぬぞ。今はジムを操縦することだけを考えよう。訓練で掴んだレバーの遊び、ペダルの重さ……脳内のイメージに、この鈍重な機械を無理やり合わせるんだ。死にたくないならな)

 

 俺はバクバクと暴れる心臓を抑えつけ、コクピットに向かった。

 

 

 

 

 その頃、ルナツー司令本部で戦況モニターを見つめるワッケイン司令の拳は、固く握りしめられていた。

 

 中央モニターには、ルナツーを包囲するジオン艦隊の赤い光点に加え、はるか遠方――地球へ向かっている二つの青い光点が映し出されている。先日、ルナツーを出航したホワイトベースと、その護衛に就いた一隻のサラミスだ。

 

「ホワイトベースからは、シャアの追撃部隊との交戦報告が届いている。……だが、我々にはこれ以上の戦力を割く余裕はない。ゲートの外には、常にザクが手ぐすね引いて待っているのだからな」

 

 ワッケインは、モニター上で明滅する「敵の包囲網」を憎々しげに睨みつけた。援軍を送ればルナツーが落ち、送らねばホワイトベースが落ちる。

 

 参謀が沈痛な面持ちで頷く。

 

「はい。ジオンの哨戒部隊は、我々が動こうとする兆候そのものを封じ込めるつもりです。下手に戦力を動かせば、手薄になったゲートから要塞内部への侵入を許しかねません」

 

「……わかっている。だが、指をくわえて見ているわけにもいかん。今あるモビルスーツ隊を出せ。せめてゲート前のハエをこちらに引き付けなければ、要塞の面目が立たん」

 

「ですがモビルスーツ隊は」

 

 参謀の言葉が詰まる。ここに残っているのは、実戦経験はおろか、MSの慣熟訓練すら終えていない新兵ばかりだ。急造品のジムを与えられたところで、戦場に出れば数分と持たないことは目に見えていた。

 

「それもわかっている。……だがな、ここから追い出したホワイトベースには民間人にモビルスーツを操縦させているんだ。それで我々軍人が『準備ができていないから戦えない』などと、どの口で言えるのだ」

 

 ワッケインはモニターから視線を外し、窓の向こう、発進準備に追われるハンガーの喧騒を見下ろした。

 

 まだあどけなさが残る新兵たちが、死装束とも言えるノーマルスーツに身を包み、覚束ない足取りで機体へと向かっている。

 

「…………」

 

 ワッケインは、慣熟訓練すら終えていない新兵たちを死地へ送り出す自身の無力さを、血が滲むほどに噛み締めていた。

 

 

 

 

「レイス少尉……! 俺たち、死ぬんですよね。あんなジオンのザク相手に、まだまともに動かすこともできないのに……!」

 

 コクピットへ上がるタラップで、トビーが泣きそうな声で俺を呼び止めた。俺は安心させるように冷静な眼差しで彼を見据え、言い放つ。

 

「死にたくなければ、余計なことを考えるな。トビー、いいか。お前の機体には、俺の操縦データを読み込ませてある。慣熟訓練の代わりだ。これでお前の機体は多少マシには動いてくれる」

 

 俺はトビーの肩を、自分自身の震えを隠すように強く掴んだ。

 

「戦闘中は、俺の機体の後ろ300メートルを維持しろ。俺が右に動いたら、お前も同じ軌道を通れ。……いいか、俺の影だけを追え。そうすれば、お前は生きてこのハンガーに戻れる。約束だ」

 

「は、はい……! 分かりました。少尉の影だけ見てます!」

 

 正直トビー達をフォローする余裕はない。それでも彼を生かそうとするのは、俺が戦場で孤立しないためだ。……いや、今はそんな理屈はどうでもいい。単に一人で死ぬのが怖いだけだ。

 

 

 

「第104小隊、1番機から3番機、発艦!」

 

 カタパルトから射出される衝撃。漆黒の宇宙空間に放り出された瞬間、センサーが耳を刺すような警告音を鳴らした。前方、巨大なデブリの影から、不気味なモノアイがこちらを射抜く。

 

「敵MS、急速接近! ザクだ、本当にザクが来やがった!」

 

 カイル曹長の叫びは、もはや悲鳴に近い。同時に、暗黒の虚空をザク・マシンガンの光弾が埋め尽くす。

 

(……相変わらず、どうしようもなく動かないな、この機体は)

 

 俺は冷静にペダルを蹴り込み、レバーをミリ単位で操作した。前回の訓練でこの機体の「癖」はある程度掴んでいる。だが、実戦の機動において、ジムという機体の限界値はあまりに低い。

 

(レバー操作と機体のレスポンスが、俺のイメージよりコンマ数秒遅れてついてくる。関節の駆動も、バーニアの排気圧も、この身体じゃなければ終わっているな……)

 

 俺は奥歯を噛み締め、機体の反応の遅れをあらかじめ予測の中に組み込んでレバーを叩き続けた。姿勢制御バーニアが火を噴くたびに、機体全体が悲鳴を上げるような激しい振動を伝える。

 

 脳内にある滑らかな軌跡に対し、現実のジムが描くのはカクついた不格好な機動だ。それでも俺は、その絶望的なまでのジムの挙動を強引にフィジカルギフテッドの感性で埋め、ザクの射線を紙一重でかわし続けた。

 

 ふと、多面モニターの隅に、激しく機体を揺らしている僚機の姿が映った。トビーだ。

 

 彼は迫りくるザクの120mm弾の恐怖に呑まれ、闇雲にスラスターを吹かしている。姿勢制御バーニアが不規則に発光し、機体は回避どころか、自ら制御不能の慣性に振り回されていた。

 

「トビー、回避行動を急ぐな! 余計な噴射で制御を失えば格好の的だぞ!……死にたくなければ、俺の背中だけを追えばいい!」

 

「わ、わかってる……けど! 動かないんだ、こいつがッ!」

 

 通信越しに聞こえるトビーの呼吸は荒い。彼のジムは、姿勢制御に失敗して無駄なバーニアを噴き出し、千鳥足のような不格好な機動で俺の後ろを彷徨っている。だが、俺が事前にトビー機の教育型コンピューターに学習させた操縦データのお陰か、かろうじて彼の機体を崩壊から繋ぎ止めていた。

 

「来るぞ! ――離れすぎだ、カイル曹長!」

 

 カイルの機体がザクの射線に重なりそうになる。俺は反射的にスロットルを叩き、自機をザクの注意を引く位置へと割り込ませた。

 

 一機のザクが肉薄してくる。不用意にヒート・ホークを振りかざして突っ込んでくる敵に対し、俺はスロットルを逆噴射に入れ、無理やり機体を反転させた。ジムの関節部からキシキシと悲鳴のような金属音が響く。

 

 完璧な背後。照準がザクのコックピットを捉えた。

 

 指一本動かせば終わる。だが、その瞬間、脳の片隅で「何か」がブレーキをかけた。人を殺すという行為に対する、生物としての生理的な拒絶。

 

 だが、その迷いよりも早く、俺の右指は動いていた。

 

(……あ)

 

 意識が決断を下すより早く、シミュレーターで、そして訓練で、脊髄にまで叩き込まれた『敵を撃つ』という反射が、強引に肉体を支配したのだ。

 

 迷いを置き去りにして、人差し指がトリガーを跳ね飛ばす。

 

 淡いピンク色の光がザクのバックパックを貫通した。一拍置いて、無音の宇宙に鮮烈な爆炎が広がり、一機のザクが戦果へと変わる。

 

「一機撃破! レイス少尉、なんて動きを……!」

 

 トビーの声が聞こえるが、彼の機体はまだ安定せず、デブリに衝突しそうなほど激しく揺れている。俺は自分の右手の感覚を確かめるように、一度操縦桿を握り直した。決断よりも先に、反射が命を刈り取った。その残酷なまでの効率の良さに、喉の奥でわずかな熱さを感じたが、それを即座に思考の海へと沈める。

 

「……喜ぶのはまだ早い、トビー! 10時方向から二機目が来る! 姿勢を立て直せ、死にたいのか!」

 

 感傷に浸る時間は、今の俺たちには一秒もない。俺は、ぎこちなく震える二機の僚機を無理やり統率し、再びザクの射線へと向き直った。

 

 

 

 戦闘は、わずか数分で終わった。結果は敵ザク二機を撃破、一機を撤退。

 

「……全機、健在。損害、ゼロか」

 

 帰還したサラミス級のハンガーでは、整備兵たちが呆然とした顔で俺たちのジムを迎えていた。特に俺の3号機は、塗装の剥げ一つない。

 

 俺はコクピットから降り、少し膝の震えているトビーを支えた。

 

「……レイス少尉。俺、生きてます。本当に、生きてるんですね……」

 

「ああ、よくやったな、トビー。君が指示通りに動いてくれたおかげだ」

 

 俺は事務的に答えながら、手早く機体のログを引き出した。だが、安堵する間もなく、ハンガーには依然として慌ただしい空気が流れている。ジオンの第2波、第3波がいつ来てもおかしくない状況だ。

 

「第104小隊、よくやった! だが警戒は解かんぞ。機体の再整備が終わり次第、次の待機に入れ!」

 

 駆け寄ってきた先任将校の怒声に近い指示に、俺たちは「了解!」と敬礼で応じる。それから数時間、俺たちはコックピットのすぐ傍で、いつでも飛び出せるようノーマルスーツを着たままの待機を強いられた。その膠着した時間を利用して、俺は持ち込んだ私物端末を共有サーバーの末端に繋ぎ、今日の戦闘で得られた実測データをアップロードした。

 

 やがて、哨戒部隊から「周辺宙域の敵影消失」の報告が入り、ようやく基地の警戒レベルが一段階引き下げられた。

 

「レイス・ハミルトン少尉、及び104小隊。本日の任務、ご苦労だった。交代の部隊が配置に付いた。……後のことは任せて、今のうちに休んでおけ」

 

 上官からの正式な許可が下り、ようやく俺の肩から力が抜けた。初陣の疲労は、思っていた以上に重い。

 

(……とりあえず、休める時に休んでおこう)

 

 重い足取りで居住区へ向かいながら、俺はただ、自分達が生き残れたことだけを考えていた。

 

 

 

 

 その夜、司令本部で戦域の全データを洗っていたワッケイン司令が、一つの報告書に目を止めた。

 

「……第104小隊。敵機撃墜2、被弾数ゼロ、命中率70%超え? 担当パイロットは……レイス・ハミルトン少尉か」

 

 ワッケインの視線の先にあるのは、ルナツー基地内で静かに、だが爆発的にダウンロードされ始めた、一人の少尉による操縦ログの統計データだった。




※補足
ジオンがこのタイミングでルナツー要塞を攻撃してきたのは、ルナツーからジャブローに向けて出航したホワイトベースを追撃しているシャアの援護のためです。
万が一でもルナツーからホワイトベースに援護の艦隊を差し向けられないようにするための作戦でした。
もちろん、ルナツー要塞には援護艦隊を出せるような余剰戦力はありませんが、ジオン軍側には知る由もありません。
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