にわか知識で宇宙世紀に転生したチートオリ主の末路 作:世界一位
ルナツー第13ハンガー。そこは今や、独立機動小隊「ブラッドハウンド」の専用区画となっていた。
アドバイザーという重責を与えられた俺は、連日、技術部とハンガーを往復する羽目になっている。先日の戦闘で得られた膨大なデータは、教育型コンピューターを通じて基地内の全機に共有されたが、それはあくまでソフトウェアによる一時的な処置に過ぎない。
「レイス少尉。この関節部のトルク配分だけど、昨日の第107小隊のデータを反映して、あと0.5%削るべきだと思うの。機動中の慣性を殺しきれないのは、アクチュエーターの反応速度の問題ではなく、構造上の安全マージンが広すぎるせいよ。ここを詰めれば、計算上はジオンの機体に近い旋回性能が得られるわ」
技術開発部のリーナ・エルウィン中尉が、ホログラムディスプレイに並ぶ数値を指差しながら言った。彼女の指摘は、設計上の数値としては極めて合理的だ。だが、実際にあの鉄の塊に乗り、ザクのマシンガンの掃射を掠めながら命懸けの回避運動を行う側の感覚は別だ。
「……いえ、中尉。その数値はそのままにしてください。これ以上削れば、機体にかかる負荷が分散されず、回避の際の初動がコンマ数秒遅れます。設計上の最適解と、パイロットが反応できる速度は必ずしも一致しません。実戦でのそのわずかな差は、命取りになります」
俺は言葉を選びながら、努めて冷静に具申した。リーナは不服そうに眉を寄せ、眼鏡を指で押し上げた。
「現場の意見は貴重だけど、少尉。あなたは少し慎重すぎるわ。今のジムに必要なのは、生存率を上げるための『安全』ではなく、あなたのように敵を撃墜するための『機動力』よ」
「俺の操縦が鋭いのは、機体の限界を把握しているからです。遊びがない機体は、限界を超えた瞬間にただの動かない鉄の塊になります。……操縦ミスで撃墜されるならともかく、部下を機体のオーバーロードで死なせたくはありません」
リーナは数秒間、俺の目を見つめていたが、やがて短く溜息をついた。
「……わかったわ。その数値は維持しましょう。でも、その代わり次のテストでは別のプランを試してもらうわよ」
彼女とのやり取りは、常にこうした綱渡りの連続だった。リーナは機体を「理論」で語り、俺は現場の「実体験」で語る。その溝を埋めるのが俺のアドバイザーとしての仕事だが、胃に穴が空きそうな作業であることに変わりはなかった。……なにか手当とか貰えませんかね?
数日後、ハンガーにはこれまでにない活気が満ちていた。
俺の残した操縦ログ――通称「104-3・ログ」を基に、ハードウェア構成を根本から再設計した新型機が搬入されたのだ。
「……これが、新しいジムか」
目の前に鎮座する機体は、外見こそ従来の先行量産型と大差ないが、中身は別物だった。
本体重量41.2t、以前のものより1.2tもの軽量化がなされている。ジェネレーターは相変わらず安価なものが採用されているが、その出力は1250kWを発生。不調が多く発生していたスラスターは全て取り替えられ、RX-78のものと同様のものを採用。推力は55,500kgに上昇した。またザクによる近接戦に対応するために、こちらもRX-78とほぼ同等のビームサーベルを肩口に1基装備されている。
その他、教育型コンピューターの学習能力を最大限に活かすため、各部のセンサー配置が見直され、以前のような不自然なラグや突然の出力暴走といったハード面の不良は概ね解消されている。低コストな量産機であるという本質は変わらないが、ようやく「まともな兵器」としてのスタートラインに立ったと言える。
「先行量産型ジム・後期改修型。私たち開発班の間では、長いし『後期型』と呼んでいるわ。先行量産型の後期型なんてややこしいけれど」
リーナがくすりと微笑みながら誇らしげに機体を指し示した。
(……いくらなんでも早すぎる。ルナツーに独自の生産・改修ラインがあるとはいえ、データを提供してからまだ数日だぞ)
俺は心の中で、連邦軍という組織の底知れなさに戦慄していた。ガンダム世界での技術更新スピードがこれほどとは。俺が生き残るために吐き出した実戦データが、連邦軍という巨大な胃袋に飲み込まれ、即座に兵器としての完成形へ作り替えられていく。
「あなたのログを教師データとして、機体の各アクチュエーターを再調整したわ。これなら、誰が乗ってもあなたの動きに近い挙動が再現できる。ま、同じ操縦ができるかは別だけど。このブラッドハウンド隊を皮切りに、ルナツーの全戦力はこの後期型へ順次アップデートされる予定よ」
俺の個人的な足掻きが、連邦軍の主力兵器の進化を数段階早めてしまった。それが本来の一年戦争という全体の物語にどれほどの影響を与えるのか、俺には判断がつかなかった。
◆
後期型の配備と同時に、部隊のメンバーも確定した。
そこに集められたのは、ルナツー内部の各小隊から「比較的機体への順応が早い」と判断された若手たちだった。モビルスーツ運用が始まったばかりの連邦軍において、レイスを除き、突出した才能などまだいないこの時期、わずかに平均を上回る適性を示した者たちが、このブラッドハウンド隊に引き抜かれたのだ。
整列した四名の候補。その中に、彼女はいた。
リィン・ベル少尉。
華奢な体つきではあるが、その立ち姿には軍人らしい凛とした規律が感じられる。
「……第104独立機動小隊、ブラッドハウンド。ここが、私の新しい部隊」
彼女は再編通知の端末を冷静に見つめ、周囲の視線を跳ね返すように背筋を伸ばしていた。
リィンは第102小隊の中でも、シミュレーター訓練において最もマニュアルに忠実な挙動を維持できていた。未完成なジムのエラーに翻弄されつつも、パニックに陥らず淡々とリカバーを試みる姿勢が、運用データの蓄積という目的に適うと判断されたのだ。
(私は選ばれた。なら、期待に応え、任務を全うするのみです。この機体を完全に手なずけてみせます)
彼女の瞳に宿っているのは、与えられた役割を完遂しようとする静かな意志だった。
◆
俺は一人ずつ、その顔と過去の操縦ログを照合していく。
……なるほど。流石に選抜された連中だ。トビーも含め、以前よりは遥かに兵士らしい面構えが揃っている。そして最後にたどり着いたリィンのデータを確認し、俺はわずかに手を止めた。
(他の奴らは機体のラグに戸惑って操作を止めているが、こいつは……)
リィンのログは、機体の仕様を理解しようと必死に機動を繰り返した痕跡があった。だが、彼女の入力タイミングが旧型ジムの処理速度と決定的に食い違っており、それが微小な振動を呼び、機体に過負荷をかけていた。真面目すぎるがゆえに、機体との乖離に苦しんでいるように見える。
「……名前は?」
俺が問いかけると、彼女は真っ直ぐに俺の目を見返した。
「リィン・ベル少尉です。不慣れな点は多いですが、与えられた任務は完遂します」
「リィン少尉。君の過去のログは見た。教科書通りに動かそうとしすぎて、機体の遅れを無視している。今のジムの標準仕様では、君の入力にシステムが追いつかず、肝心な局面で機体が沈黙するだろうな」
少し突き放すような俺の言葉に、彼女の眉がわずかに動いた。だが、視線は逸らさない。隣に並んだトビーが「隊長、そこまで言わなくても……」と困ったような顔をしたが、俺は事務的に続けた。
「……だが、パニックにならず、機体をコントロールし続けようとする意志は評価する。このジムなら、君の感覚にどこまで応えられるか。まずは自分自身と機体の新たな限界点を見極めることから始めてもらう。ついてこられるか?」
「了解しました、隊長。ご指導、お願いします」
リィンは短く、しかし決然と答えた。
彼女がどの程度のパイロットになるかは未知数だが、少なくとも部隊の足を引っ張るだけの存在ではなさそうだ。俺は彼女の確認を終え、次の隊員のチェックへと移った。
その夜、俺は一人ハンガーに残り、配備されたばかりの全四機のセッティングを確認していた。
新しく配備されたこの機体は完成度は高いが、個々のパイロットの癖に合わせた微調整は生存率に直結する。
(……効率が悪い。隊長業務に加えて、某スーパーコーディネイターみたいに全機のOS最適化まで俺がやる羽目になるとはな)
そう自分に毒づきながらも、俺の指は端末を叩き続ける。トビーの機体には安定性を、そしてリィンの機体には、彼女の過剰なまでに律儀な入力をエラーとして抑制せず、機体が可能な限りダイレクトに追従するためのピーキーな調整を組み込んでいく。チート能力がなければとっくに音を上げていた業務量である。命には代えられないけど。
「……隊長。まだ、調整を続けておられるのですか」
コクピットの外からかけられた声に、俺はキーを叩く手を止めた。外を見ると、そこには軍服を正したリィンが立っていた。消灯時間はとっくに過ぎている。
「リィン少尉か。夜更かしは明日の訓練に響くぞ」
「それはこちらの台詞です。隊長こそ、全員の機体を一人で見ておられると聞きました。……私の機体も、今、調整してくださっているのですね」
リィンは俺の座るコックピットを見上げ、申し訳なさそうに、しかしその瞳には強い敬意を込めて言った。
「勘違いするな。部隊全体の損耗率を下げるための雑務的な作業だ。お前達の機体が戦場で動かなくなれば、部隊全体の危機に直結する。それだけの話だ」
気を遣わせないように、冷たく言い放ったつもりだったが、リィンは怯む様子もなく、真っ直ぐに俺を見つめてきた。
「それでも、ありがとうございます。……私に手伝わせていただけませんか? 専門的なことは分かりませんが、データの読み出しや、物理的なチェックなら可能です」
「……。なら、そこのコンソールの数値を読み上げろ。トビーたちのログとの同期を確認する」
「はい、了解しました」
リィンはテキパキと動き始めた。彼女の真面目さは、こうした地味な作業においても遺憾なく発揮される。
彼女の淡々とした報告の声を耳にしながら、俺は言いようのない居心地の悪さを感じていた。
俺はただ、俺自身が助かりたいだけだ。だが、こうしてひたむきに手を貸されると、打算で動いている自分の裏側を見透かされているような、奇妙な後ろめたさが胸を突く。
保身のために彼女の献身を利用しているという事実は、自己保身ばかりだった俺の心に、他人の命を預かる責任を嫌でも突きつけるものだった。
このままリィンのような部下たちを戦火の只中へ連れて行く――。その逃れられない「隊長」としての重みが、キーを叩く掌に、じわりと伝わってきていた。
次回はいよいよ新部隊による初の実戦に進みたいと思います。
もしよろしければ感想やブックマーク、高評価をよろしくお願いします!(・ω・)