にわか知識で宇宙世紀に転生したチートオリ主の末路 作:世界一位
ルナツー。小惑星を削り、無機質な鋼鉄で覆い尽くされたこの岩塊は、地球連邦軍にとって宇宙における最後の砦である。その最深部に位置する第104独立MS部隊、通称「ブラッドハウンド」に割り当てられた専用ハンガーには、刺すような緊張感と、真新しい機械油の匂いが充満していた。
頭上のキャットウォークから見下ろせば、四機のジムが鈍い光を放っている。以前までの先行量産型に散見された回路の不安定さやスラスターのレスポンス不足を徹底的に洗い出し、実運用に耐えうる信頼性を勝ち取った、連邦軍MSのひとつの完成形だ。
出撃前。ブラッドハウンド隊に初の実戦試験として、ルナツーの望遠カメラが捉えた強行偵察中のザクⅡ二機の追撃命令が下され、俺、レイス少尉は、愛機のコクピット内でコンソールと向き合っていた。
ハッチを開放したまま、膝の上に置いたデータ端末に視線を落とす。画面には、各機のOS最適化の結果が流れている。
この数日間、俺は寝る間を惜しんで四機のOSを調整した。操作に対して機体が素直に応えるための微調整。それは部隊員が効率よく、何よりも俺自身が生き残るための措置だ。
「少尉、お忙しいところ失礼します」
落ち着いた声が聞こえた。見上げると、キャットウォークを歩いてきた大柄な男が、俺のコクピットのすぐ傍で足を止めた。テリー・サンダースJr.軍曹。以前は第72MS小隊に所属していた、この部隊における唯一のベテランだ。玄田さんボイスが渋い。
「サンダース軍曹か。機体の調子はどうだ」
「問題ありません、レイス少尉。驚きましたよ。これまで乗ってきたジムが、いかに自分の操縦に無理をさせていたか痛感しました。調整後のこの機体は、レバーの入力に機体の挙動が遅れずについてくる。不自然な揺り戻しも消えて、実に扱いやすくなっています」
「……軍曹のログを解析した結果だ。サンダース軍曹には第二分隊を任せる。隣のトビー伍長は一度俺の僚機として出撃も経験しているから、扱いもそれほど難しくないはずだ」
「了解しました。……伍長、聞こえたか。お前を無事に連れて帰るのが私の仕事だ」
軍曹が隣の機体へ声をかけると、そこからまだ少年のような顔立ちのトビーが顔を出した。
「は、はい! 自分も操縦に以前までの変な引っかかりが全然なくて、これなら僕でも戦えそうです! よろしくお願いします、軍曹!」
トビーは緊張しつつも、頼れるベテランの存在に心なしか安堵の色を見せる。まあ、落ち着いた年上の人がいると安心するよね。そして、俺のすぐ左隣。104-1(ジム)のシートに収まっているリィン・ベル少尉が、モニター越しにバイザーを上げ、厳しい表情でこちらを見つめていた。
「隊長。私の機体も、準備は整っています。……問題ありません」
リィンの瞳には、どこか初陣の不安を押し殺し、一人の兵士として自分を律しようとする必死さが宿っていた。
「いいか、ヒーローになろうとするな。兵法の基本の一つだ。数で圧倒し、確実に削る。……ブラッドハウンド隊、全機、搭乗次第、ハッチ閉鎖。発進ゲートへ」
◆
ルナツーの外殻を離れ、慣性航行で暗礁宙域へと滑り込む。視界を埋め尽くすのは、かつての小規模な会戦で生じた宇宙軍艦の残骸や、砕けた小惑星の破片だ。高濃度のミノフスキー粒子が散布されており、三面モニターの映像には砂嵐のようなノイズが混じり、レーダー有効半径は極端に狭まっていた。
「リィン、十時方向を警戒。サンダース軍曹、トビーを連れて二時方向のデブリ群の影に潜ませろ。挟み撃ちにする。……来たぞ」
俺はコンソールのサブモニターに表示されたパッシブ・センサーのわずかな熱源反応を睨む。漆黒の機影が二つ。ジオン軍の主力機、ザクⅡだ。
敵は二機。一機が俺を牽制するように大きく旋回し、もう一機が急速転換してリィンの
(……狙いはリィンか。MSの動きで俺を厄介な相手と見て、脆そうな
120mmマシンガンの火線が暗黒を切り裂き、リィンのモニターを火花で埋める。
「リィン、散開しろ! この距離なら動き続ければ、そうそう当たらない!」
俺の指示に、リィンの
「っ……! 隊長、躱せました……っ!」
リィンの短い、だが必死な叫びが通信に割れ込む。
以前までのジムなら、入力を受け付けてから機体が反応するまで、致命的な隙があった。だが、俺が最適化したこの機体は、彼女が反射的に操縦桿を叩いたその瞬間、遅滞なくスラスターを出力させ、物理的な回避距離を確実に稼ぎ出していた。
ザクの動きに、明らかに動揺が見え始めた。確実に仕留めるつもりで放たれた弾丸が、ジムの装甲を一枚も剥げずに宇宙の彼方へ消えていく。その隙を、俺は見逃さない。デブリの影から飛び出し、加速。スプレーガンの照準レティクルが、ザクのバックパックの中心に重なった瞬間、引き金を引き絞った。
「余所見をしていい相手じゃないぞ」
三連射。高熱のビームがザクの推進剤タンクを貫き、モニター越しでも眩いほどの爆炎が広がった。
「一機撃破! リィン、もう一機は!」
俺が叫ぶのと同時に、三面モニターの右端に警告表示が点滅した。残されたもう一機のザクが、執念深い機動でリィンを追い詰めていた。銃撃では墜とせないと判断した敵は、最大推力で突撃。鈍く輝くヒート・ホークを振りかぶる。
「くっ……離れて!」
リィンは咄嗟に左腕のシールドを突き出した。ガキンッ! という、装甲同士が激突する鈍い衝撃がコクピット全体を揺さぶる。
リィンの
「リィン少尉!」
三面モニターの死角から、ザクの近くを掠めるように青白いビームの火線が横切った。デブリの影から滑り出したのは、サンダース軍曹とトビーの分隊だった。
「トビー伍長、掃射で牽制しろ! 私は関節を狙う!」
サンダースの冷静沈着な声。トビーが必死に90mm口径のジム・マシンガンの引き金を引き絞る。思わぬ別部隊からの攻撃にリィンの機体から離れたザクを無数の曳光弾が包囲し、敵の動きを縛る。その隙に、サンダースのスプレーガンが正確無比に火を噴き、一条の光が、ザクの右肩の可動部を的確に射抜く。
「今だ、リィン!」
俺の叫びに呼応するように、リィンの機体が動いた。シールドを突き飛ばしてザクとの距離を作り、右手のスプレーガンをモノアイ目掛けて零距離で叩き込んだ。
「……当たってッ!」
高熱の閃光がザクの頭部を内側から焼き、巨大な鉄塊がゆっくりと沈黙した。
戦闘開始から、わずか百五十秒。戦闘終了。
「……はぁ、はぁ……。サンダース軍曹、トビー伍長……ありがとう、ございました」
通信回線から、安堵で震えるリィンの声が聞こえる。
「よくやった、サンダース軍曹。見事な援護だった」
「いえ、レイス少尉。私の指示に従い上手くカバーしてくれた伍長のお陰です」
サンダースの言葉に、トビーが照れくさそうに笑う気配が通信越しに伝わってきた。俺は平坦な相槌でそれを受け流したが、正直危ない場面だった。リィンが危険に陥ったのは俺の責任だ。
「リィン少尉も、よく凌いだ。……だが、これは俺の判断ミスだ。すまなかった」
俺の言葉に、通信が一瞬静まる。リィンが小さく息を呑むのがわかった。
「いいえ、 隊長が調整してくれたこの機体じゃなかったら、最初の攻撃で撃墜されてました。……次はもっと、隊長の指示通りに上手くやります。……申し訳ありません」
リィンはぺこりと、モニター越しに頭を下げた。
俺を責めず、むしろ機体と俺の調整に救われたと、俺に対して謝罪するリィンの言葉。正直、ありがたく救われたが、チート能力を持っていながら、数の優位がある状態で味方を危機に陥れたのは言い訳のしようがないミスだ。……反省しなければ。
ルナツーのゲートが見えてくる。ホワイトベースが大気圏へ突入し、北米大陸を彷徨っている中、俺たちはこの岩塊に残された。
(……この部隊が生き残るための戦いは、ここからが本番だ。次は、こんなミスは許されない)
※補足
Q.なぜここにサンダースが?
物語の時系列としては、サンダースもリィンたちと同様、この時期にはルナツー所属のMS部隊に所属しており、まだMSで実戦に出ていないため、部隊を全滅させた経験をしておらず、この時点においては死神サンダースの異名は生まれていません(オリジナル設定)。
基地内におけるMS操縦の成績が優秀だったため、主人公のいるブラッドハウンド(第104部隊)に選抜された感じです。
Q.主人公はチート能力持ってるんだからさっさと敵を殲滅して。役目でしょ。
慣れない部隊運用と連日の調整作業で精神的に疲れていたのかもしれません。