にわか知識で宇宙世紀に転生したチートオリ主の末路   作:世界一位

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今回は少し長めです。


第六話 強襲、暗礁宙域

 ブラッドハウンド隊として初の実戦を潜り抜けてから数日が過ぎた。

 

 あれから何度か哨戒任務に就き、小規模な偵察部隊との小競り合いも経験した。実戦を重ねるごとに、サンダースとトビーの連携は円滑になり、リィンも、まだ危うさはあるものの、戦場での最低限の動き方を覚えつつある。

 

 同時に、俺自身もこの部隊の運用と指揮に少しずつ馴染んできた実感が持てるようになっていた。個性の強いメンバーたちにどう優先順位をつけ、どのタイミングで踏み込ませるべきか。頭の中のシミュレーションと現実の挙動が、かなりいい精度で一致し始めている。寄せ集めだったこの四機が、ようやく一つのチームとして機能し始めた感触があった。

 

 基地内は、俺がルナツーに到着したばかりの頃の騒乱が嘘のように落ち着きを取り戻していた。噂によれば、当時、自分たちと入れ替わるように、サイド7から逃げ延びてきたという避難民を乗せた未登録艦とやらが、すでに地球へと向けて発進していったらしい。その護衛のために主力艦隊の一部が割かれたことで、周辺警戒の密度が低下しているという現場の不満は、今も消えていなかったが。

 

 一方で、要塞そのものの戦力は着実に増強されていた。ハンガーには日々、新型の機体や物資が運び込まれ、俺たちの他にも後期型ジムのMS部隊が次々と編制されつつある。連邦軍が本格的な反撃に向けて、その牙を研いでいるのは間違いなかった。

 

 だが、戦力が整い切る前の今この瞬間こそが、最も危うい。広大な宇宙の暗闇に、薄く引き伸ばされた哨戒線。ジオンがその綻びを見逃すほど甘くないことは、これまでの経験からでも十分に推察できた。この不気味な静けさは、次に訪れる嵐の予兆に過ぎない。

 

「……レイス少尉、さっき送った修正パッチ、もう適用した? 指令信号のフィルタリングをあと一段階外せば、入力ラグをあと数ミリ秒は削れる計算なんだけど」

 

 リィンのジムの横で、端末のホログラムウィンドウを睨みながらリーナ中尉が言った。彼女は技術開発部から派遣されている、MS全体のデータ収集と解析を担当するエンジニアだ。新型OSの挙動から機体各部の応力分布まで、すべてを数値化し最適化するのが彼女の役目だ。油にまみれる整備兵たちの中で、汚れ一つない制服のまま冷徹に数値を追う彼女は、どこか浮いて見えた。

 

「リーナ中尉、その数値は少し敏感すぎませんか。制御の遊びをそこまで削れば、リィンのわずかな手の震えまで機体が拾ってしまいます。機動ロスが減っても、パイロットが機体の挙動を抑え込むのに必死になっては本末転倒です」

 

 俺がMSのコンソールからパラメータを確認しつつ進言すると、リーナは眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。

 

「少尉の懸念は理解しているわ。でも、今の連邦軍のパイロットがジオンのエース級と渡り合うなら、機体の方を強化するしかない。物理的な駆動速度が変えられない以上、信号処理の無駄を徹底的に排除して、一瞬でも早く動けるようにするのよ。……生き残るための手段は、一つでも多いほうがいいでしょう?」

 

「……ですが、調整の最終判断は現場の責任者に任せていただきたい。実戦での感覚は、数値だけじゃ測れないものですから」

 

「……ええ、だからこそ私はあなたをアドバイザーとして頼りにしているのよ。……作業を続けましょう」

 

 俺がレバーの抵抗感を確かめていると、足元のキャットウォークから控えめな声がした。

 

「あの……隊長、リーナ中尉。まだ、作業中ですか?」

 

 リィンが、手に持った宇宙飲料容器(ホットコーヒー)を差し出しながら、申し訳なさそうに、だが心配そうな面持ちで俺たちを見上げていた。吸い口から漏れた安っぽい合成コーヒーの匂いが、ハンガーの油臭い空気の中にわずかに混じる。

 

「リィンか。……中尉、一旦手を止めませんか。休憩にしましょう」

 

「……ええ、そうね。少尉のこだわりに付き合ってると、データがバイアスだらけになりそうだわ」

 

 リーナ中尉は冷淡な口調のまま、だがリィンが差し出したコーヒーを拒まずに受け取った。彼女は一口コーヒーを啜ると、リィンの方を向き、手元の端末を表示させたまま問いかけた。

 

「リィン少尉。ここ数回の出撃データだけど、左への旋回時にスラスターの反応が遅いと感じる瞬間はなかった?」

 

「えっ……あ、はい。少しだけ、一呼吸遅れるような感覚がありました。でも、それは私の操作が未熟なせいだと……」

 

「いいえ。入力ログと機体の慣性モーメントを照らし合わせると、あなたの反応速度に今の駆動プログラムが追いついていない可能性があるわ。……どう? 私の提案したこの調整なんだけど、あなたなら扱えるかしら」

 

 リーナ中尉が端末を傾けると、そこにはリィンの反応速度に最適化された新たな機体レスポンスの値が表示されていた。そのシビアな数値設定の羅列を凝視しながら、リィンは自身の指先を固く握りしめる。

 

「正直……不安です。操縦に遊びがないと、一瞬のミスがそのまま機体の挙動に出そうで。でも、隊長の機動についていくためには、そのくらいの調整が必要なんだと思います。……リーナ中尉。私、やってみたいです。隊長が最後に確認してくれるなら」

 

「いい回答ね。レイス少尉、今の聞いた? 彼女にやる気があるなら、現場指揮官として止める理由はないわよね?」

 

 リーナ中尉は先程までの冷淡な表情から打って変わって、笑顔でこちらの方を向いてきた。……現金な女性(ひと)だ。

 

「……分かりました。ただし、中尉。仕上げの調整は俺にも確認させてください。機体のレスポンスを鋭くしすぎて、リィンが自分の機体の挙動に振り回されるような事態だけは避けたいので」

 

「妥協点としては悪くないわね。……ふふ、いいチームになりそうだわ」

 

 リーナ中尉の、皮肉と信頼の混じった言葉に俺は短く頷いた。

 

 ふと視線を落とすと、リィンがどこか決意を秘めたような顔でこちらを見上げて少しだけ微笑んでいた。

 

(……なるほどな。結局のところ俺がどう思おうが、こいつの覚悟次第というわけか)

 

 これまで一度も臆して逃げ出したことはないが、リィンの操縦にはどこか「自信のなさ」という慎重さが同居していた。その彼女が、俺の背中を追い、戦力として認められるために、扱いづらさを増す調整を自ら受け入れたのだ。

 

(……必死だな、こいつも。俺についてくるために、そこまでやるか。……そういえば、まだリィンが戦う理由を聞いていなかったな)

 

 俺は彼女の笑みに応える代わりに、ジムのコンソールに再び向き直った。その横顔には、部下が見せた切実な成長に対する、わずかながらの満足感が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 同じ頃、ルナツー周辺の暗礁宙域を漂う、一隻のジオン公国軍巡洋艦ムサイの艦橋では、一人の将校が苛立ちを募らせていた。

 

「また哨戒部隊が削られたか。……例の、新型の部隊に」

 

 ムサイ艦長が吐き捨てるように言った。ここ数日、ルナツー周辺を探っていた偵察部隊が次々と未帰還となっていた。報告によれば、連邦の新型MS数機によって、組織的な連携で各個撃破されているという。

 

「艦長、ルナツーの守りが薄れているのは事実です。地球降下作戦に戦力を割かれ、我々の手元にはこのムサイ一隻と、使い古しのザクが六機しかない。だが、今叩かねば連邦は増援を完了させてしまう」

 

 背後で応えたのは、ノーマルスーツに身を包んだ屈強なパイロットだった。その胸元には、指揮官を示す階級章。

 

「分かっている、ヴィンセント中尉。……だが、連邦のあの小隊、ただの素人集団ではない。特に、こちらの死角を正確に突いてくる指揮官機……あれは危険だ。今のうちに芽を摘んでおかねば、ルナツー攻略、ひいては地球への物資輸送にまでの大きな障害になるだろう」

 

「……兵力不足は技量で補います。敵の未熟な連携をバラバラにし、あの連邦の新型を一人ずつ宇宙の塵に変えてみせましょう。母艦の砲撃でデブリを吹き飛ばしてください。私が道を作ります」

 

 中尉の瞳に、狩人のような光が宿る。ジオン側にとっても、これは窮状を打破するための賭けだった。

 

「……待て。独断での強襲は許されん。このムサイと貴公ら六機のザクは、今やこの宙域における我が軍の貴重な戦略資源だ。……ドズル閣下に直接、攻撃の許可を仰ぐ」

 

 艦長の声には重い緊張が混じっていた。数分後、通信スクリーンに映し出されたのは、宇宙攻撃軍司令、ドズル・ザビ中将の威厳に満ちた姿だった。

 

『……一隻のムサイと六機のザクで、連邦の新型小隊を叩くと申すか。失敗すれば、その宙域の哨戒網は完全に瓦解するぞ』

 

 ドズルの低い声が艦橋に響く。ヴィンセントはスクリーンの前で不動の姿勢を取り、真っ直ぐに司令を見据えた。

 

「閣下。連邦の新型が戦力化される前に叩かねば、ルナツーは不落の要塞となり、地球への補給路は断たれます。我ら六機、一機たりとも失うつもりはございません」

 

『……よかろう。ヴィンセント中尉、貴公の言葉に賭ける。連邦の新型どもを、我が宇宙攻撃軍の意地にかけて粉砕せよ。武運を祈る!』

 

 通信が切れる。艦橋の空気が一変し、戦闘配置のブザーが鳴り響いた。

 

「全機発進! あの『角なし』どもを掃除するぞ!」

 

 

 

 

 

 

 翌日。定期哨戒に出たブラッドハウンド隊を待っていたのは、数機どころではない熱源反応だった。

 

「隊長! 哨戒ルート前方に高エネルギー反応! 粒子濃度、急上昇しています!」

 

 サンダースの鋭い警告。三面モニターのノイズが一段と激しくなり、光学カメラの望遠レンズが、デブリの合間を縫って接近する「機影」を捉えた。

 

「一、二、三……。ムサイ級一、ザクⅡが六機!? 隊長、これ、ただの偵察じゃありません!」

 

 トビーの声が上ずる。哨戒中のジム四機に対して、ザク六機と軽巡洋艦。戦力差は明白だ。

 

「落ち着け。サンダース、トビー、即座に散開してデブリに身を隠せ。……リィン、俺の三時方向に。離れるなよ」

 

(やはり来たか。要塞の防衛網がまだ手薄な今、ここを突破されればルナツー本体が危うい!)

 

 ムサイの主砲、大口径の連装メガ粒子砲が暗黒を切り裂き、その周囲のデブリが瞬く間に蒸発した。凄まじい閃光がコクピットを白く染める。

 

「サンダース軍曹! 艦砲射撃をデブリの盾で凌ぎつつ、右翼から回り込め。ザクの群れを二つに割るぞ!」

 

「了解! トビー、食らいついてこい!」

 

 

 

 

 敵のザク部隊は、数に物を言わせてこちらを包囲しようとする。だが、俺が調整したジムの真価は、ここからの機動戦で発揮される。

 

「リィン、一機来るぞ! 焦るな、お前の腕ならかわせる!」

 

 前方から二機のザクが交差機動(シザース)を仕掛けてくる。一機がマシンガンを掃射し、もう一機が影からヒート・ホークを抜いてリィンの機動を封じにかかる。

 

「っ……、分かってます! 左右に振って……今!」

 

 リィンは昨日リーナと行った調整を信じ、最小限のバックパック噴射で弾幕を跨いだ。かつての機体なら慣性に振り回されていたはずの急制動を、彼女は最短経路で制御し、敵の懐へ飛び込む。

 

「……墜ちて!」

 

 ゼロ距離。リィンのビーム・スプレーガンがザクの胸部装甲を焼き抜く。同時に、俺ももう一機のザクを正確な長距離射撃で撃破し、リィンへの追撃を遮断した。

 

「……ふぅ、やった……!」

 

「喜ぶのはまだ早い。本命は後ろだ!」

 

 俺は機体を急速反転させる。ムサイから発進した最後の一機。他のザクとは明らかに機動のキレが違う指揮官機が、デブリの間を弾丸のような加速で抜けてきた。

 

 接触回線ではない。だが、その殺気だけで相手の格が違うことが分かった。敵の指揮官機は、サンダースとトビーの分隊をあえて無視し、真っ直ぐに俺とリィンへと向かってくる。

 

 敵の指揮官機――そのザクのシールドには、三本の傷跡のようなマークが刻まれていた。

 

(……こいつ、エースか。揺さぶりをかける暇さえ与えない機動……強い!)

 

 敵のマシンガンが、俺のジムの肩をかすめる。姿勢が崩れた瞬間を狙い、敵はヒート・ホークを振り下ろす。

 

「隊長!」

 

 リィンが割って入ろうとするが、それを制する。

 

「来るなリィン! サンダース、ムサイの艦橋を叩け! 船を沈めればザクは引く!」

 

 俺は敵エースの猛攻をシールドで受け流しながら、必死に脳内で敵の行動をシミュレートする。

 

 このエースを俺一人で抑え、その間になんとかベテランのサンダースに母艦を落とさせる。それが最も損害を抑え、生き残る確率が高い最適解だ。

 

「リィン、俺を援護しろ。当てる必要はない、スプレーガンをバラ撒いて敵の進路を限定するだけでいい!」

 

「は、はい! やります!」

 

 リィンがビーム・スプレーガンを連射し、光の礫で敵を追い込むように宇宙を刻む。

 

 ジムのセンサーが、敵のモノアイの動きを捉える。

 

 宇宙(そら)を切り裂く熱線。リィンが放つビーム・スプレーガンの光弾が、敵指揮官機の進路を強引に削る。だが、そのザクはデブリの合間を縫うように、最小限の機動で俺の懐へと肉薄してきた。

 

(……いい動きだ。だが、この距離なら――)

 

 脳内の演算機能は敵機の加減速パターン、バーニアの噴射角、そしてヒート・ホークを振り下ろすまでの時間。すべてを数値化し、逆算した死角へとジムを滑り込ませた。

 

『何っ!?』

 

 接触回線から敵エースの驚愕が漏れる。俺はサーベルを抜くことさえせず、シールドでヒート・ホークを最小限の動きで受け流すと、空いた左腕でザクの頭部カメラを殴りつけた。

 

「リィン、離れろ。こいつの相手は俺がする。お前はトビーの援護に回れ」

 

「……しかし!」

 

「大丈夫だ。()()()()()()()()()

 

「……っ! 了解!」

 

 リィンが後退する。彼女の機体は、リーナ中尉の過激な調整の結果、鋭すぎるほどのレスポンスを見せている。その挙動を必死に抑え込みながら、彼女は俺の指示通り、ザク二機を相手に苦戦しているトビーの方へと加速した。

 

 

 

 ヴィンセントは、眼前のジム……レイスの機体の恐ろしいまでに精密な動きに戦慄していた。

 

 無駄な機動が一つもない。まるでこちらの動きがすべて予見されているかのような、冷徹なまでの最適解。

 

(このパイロット、何者だ……。連邦のモビルスーツに、これほどの怪物が潜んでいるというのか!)

 

「墜ちろ……!」

 

 恐怖を打ち消すようにヴィンセントが叫ぶ。彼は残弾わずかなマシンガンを捨て、二本目のヒート・ホークを抜くと、全出力で突進を仕掛けてきた。

 

 

 ――だが、俺はその突撃を待っていた。

 

 

 直線的な加速は、最も予測しやすい。俺は最短のタイミングでスラスターを吹かせると、機体をあえて一回転させ、遠心力を利用してビーム・サーベルを横薙ぎに払う。

 

 その瞬間、溶断されたザクの右腕が、ヒート・ホークと共に宙を舞った。

 

「技量は認める。だが……」

 

 剥き出しになった敵の胸部装甲に、サーベルを突き立てようとした――その時だ。

 

 直後、ムサイから起死回生のメガ粒子砲が放たれた。

 

 戦場を貫く巨大な光条。ムサイの艦長が、味方のヴィンセントさえ巻き込みかねない捨て身の砲撃を仕掛けてきたのだ。

 

「隊長! 避けて!」

 

 リィンの叫びが響く。俺はすでに砲撃を予見し、スラスターを逆噴射させていた。

 

 光の奔流が俺と敵エース(ヴィンセント)の機体の間を通り抜け、背後のデブリ群を一瞬で蒸発させる。

 

(……味方まで巻き込むか。ジオンもなりふり構ってられないようだな)

 

 俺は回避の余波で姿勢を崩した敵エース(ヴィンセント)のザクを追撃せず、そのまま反転。ムサイへと牙を剥いているサンダースとトビーの元へ合流する。

 

「サンダース、トビー、よく持ちこたえた。そのままムサイのエンジンを叩け。リィン、お前は右翼のザクを追い払え!俺が残りをやる!」

 

「「了解!」」

 

 一糸乱れぬブラッドハウンド隊の連携。俺が中心となって描く戦術チャート通りに、戦場は塗り替えられていく。サンダースの放ったビーム・ライフルがムサイの熱核反応炉を直撃し、巨大な火球が暗黒の宇宙を照らし出した。

 

 

 

 爆散するムサイの光に照らされながら、ヴィンセントのザクは片腕を失った状態でデブリの陰へと逃げ込んでいた。

 

「……バカな。我が部隊が、たった四機のモビルスーツに……。あの指揮官、一体何なんだ……!」

 

 ヴィンセントは、自分たちの完敗を認めざるを得なかった。ドズル閣下に誓った勝利は、影も形もなく崩れ去った。

 

「全機……撤退だ……。これ以上の損失は、ルナツー周辺の哨戒網を完全に崩壊させる……っ!」

 

 生き残ったわずか二機のザクが、敗走を始める。俺はそれを追わなかった。目的はあくまで哨戒線の防衛であり、深追いしてここを離れるわけにはいかないからだ。

 

 

 

 

 

 

 暗礁宙域に、不気味なほどの静寂が戻る。

 

 先程までの爆炎が嘘のように、宇宙は冷たく静まり返っていた。

 

「……全機、被害状況を報告しろ」

 

 俺の呼びかけに、しばらくの間、返答の声はなかった。聞こえるのは、激しい戦闘で荒くなった三人の呼吸音だけだ。やがて、通信機から漏れ出たのは、サンダースの震えるような笑い声だった。

 

「……はは、ははは! 無事です、隊長。損傷……なし。……いや、正直に言いましょう。あの大群を見た時は、生き残れるとは思っちゃいませんでした」

 

「……た、助かった……。本当、生きてるんだな、俺……」

 

 トビーの声は完全に上ずり、深い安堵の吐息が混じる。極限の緊張から解放され、今になって手足の震えが止まらないのだろう。

 

「サンダース、トビー。よくやった。お前たちが持ちこたえてくれていたお陰だ」

 

「……リィンちゃん、助かったよ。あのタイミングで来てくれなきゃ、今頃俺のジムはデブリになってた……ありがとう」

 

 トビーの感謝に、リィンの機体が小さく揺れた。

 

「……いえ。私も、必死でした。隊長の指示を聞き逃さないように……それだけで、頭がいっぱいで……」

 

 リィンの声は疲労困憊といった様子だが、そこには自分の役割を果たしたという確かな熱が宿っていた。

 

「帰還する。基地に戻ったら、整備班の連中にたっぷり絞られる覚悟をしておけ。お前たちの機体、限界を超えた機動で各部がガタガタだ」

 

 俺がそう告げると、通信機から真っ先に返ってきたのはトビーの陽気な、だがどこか震えの混じった笑い声だった。

 

「ひぇぇ、あの鬼整備長にですか? 勘弁してくださいよ隊長! せっかく生き残れたのに!」

 

「……ふ、ふふふっ……」

 

 リィンの、疲れ切ってはいるがどこか晴れやかな笑い声が重なる。その声を聞き、サンダースも「やれやれ」と肩をすくめるような気配を見せた。

 

「まったく、トビー。命があっただけで儲けものだろう。……隊長、帰還しましょう。熱いコーヒーと、地面の感触が恋しくて仕方ありません」

 

「ああ、総員、ルナツーへ。……よく生き残ったな」

 

 ブラッドハウンド隊は、互いの生存を確かめ合うように寄り添い、ルナツーへと向けて加速を開始した。

 

 




※補足
リーナ中尉の調整は、ハードウェアの改造ではなく、ソフト側での信号処理の最適化を指しています。
もちろん、マグネットコーティングがない以上、物理的な駆動速度の限界は超えられません。
通常、ジムのような量産機は、パイロットの誤操作や機体の自重による揺れを抑えるため、レバー入力に対してデッドゾーンを設けています。
これを極限まで外すと、物理的な限界速度で機体が動くようになりますが、代わりにパイロットのわずかな手の震えまで拾って機体がガクガクと動き、非常に扱いづらくなります。

※01/13
一部視点の切り替わりが分かりづらい箇所があったので、該当部分を太字で強調。
その他、不適切だった表現(宇宙空間で紙コップ)を一部修正。
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