にわか知識で宇宙世紀に転生したチートオリ主の末路 作:世界一位
宇宙世紀0079年10月。
後に歴史家たちが反撃の火種と呼ぶことになる劇的な転換点が、ラグランジュ3周辺の暗礁宙域で静かに、だが確実に刻まれた。
地球連邦宇宙軍省ルナツー駐留軍、第104独立機動小隊――通称「ブラッドハウンド隊」。
わずか四機のジムで構成されたこの小隊が、ジオン公国軍の強襲を退け、巡洋艦ムサイ一隻とザク6機を壊滅させたという報告は、ルナツー司令部を即座に突き動かした。
この勝利の意義は、単なる一局地の防衛成功に留まらなかった。彼らが死に物狂いで敵の攻撃を撥ね退けた結果、ルナツー周辺を監視していたジオン軍の哨戒網には、図らずも致命的な綻びが生じることとなった。これまでルナツーを網の目のように包囲し、連邦の動きを封じていたジオンの絶対防衛圏に、一箇所だけ監視の届かない空白地帯が生まれたのである。
この時、運命の女神は連邦軍に味方していた。
ジオン側が即座に戦力を再編し、この綻びを埋めることができなかったのには理由がある。奇しくも同時期、地球の北米大陸において、ホワイトベース隊の反撃により、ザビ家の末弟ガルマ・ザビが戦死するという、ジオン全軍を揺るがす激震が走っていたのだ。
この悲報は、ソロモンに座す宇宙攻撃軍司令ドズル・ザビ中将を激しく動揺させた。最愛の弟を失った衝撃はそのまま指揮系統の硬直を招いた。前線への増援指示や哨戒網の再編よりも、復讐の情念と喪失の混乱がソロモンの司令部を覆い、宇宙軍の運用に致命的な停滞をもたらしたのである。
ジオンが身内に流れた貴い血に惑い、機能不全に陥っている隙に、連邦軍は千載一遇の好機を掴み取る。
この時確保された地球とルナツーを結ぶ最短航路は、来るべき反撃の時、南米ジャブローで急ピッチで建造されていた多数の艦艇を宇宙へと送り出すための、唯一無二の「大動脈」となった。
当時、連邦軍は壊滅した宇宙艦隊を再建すべく、連邦軍の威信を懸けた巨大プロジェクト「ビンソン計画」を推し進めていた。だが、どれほどジャブローでサラミス級やマゼラン級の艦艇を量産しても、それを安全にルナツー要塞という橋頭堡へ集結させられなければ、各個撃破される運命にある。ブラッドハウンド隊が偶然にもこじ開けたこの空白地帯こそが、重力圏を脱した新造艦たちがジオンの迎撃を回避し、ルナツーへ駆け込むためのセーフティ・ゾーンとなったのだ。
後にオデッサの戦いで地上軍が勝利し、その勢いのまま宇宙へと奔流となって流れ込む連邦軍の艦隊の群れ。その大移動を支えるための絶対的な地政学的布石を、第104独立機動小隊は図らずもこの時、歴史の闇の中で打ち込んでいたのである。
そんな歴史のうねりなど、現場の兵士には知る由もない。
ルナツーの低重力区域に入り、機体がハンガーに着座した瞬間に俺たちが感じたのは、ただ「生き残った」という強烈な安堵感だけだった。
「おい、お前ら! 帰ってきたかと思えば、どいつもこいつも機体をボロボロにしやがって!」
ハッチを開けるなり響いてきたのは、整備班の怒鳴り声だった。トビーが肩をすくめ、リィンの後ろに隠れるような仕草を見せる。
「ひぇぇ、勘弁してくださいよ整備長! せっかく生き残れたのに!」
「言い訳するな! 各機体の駆動ログを見たが、どいつもこいつも関節部の負荷が規定値を大幅に超えてやがるのに装甲まで傷だらけにしやがって! 特にリィン少尉の機体だ。新兵のくせに、一体どんな無茶な動かし方をしたんだ?」
整備長が端末のログを睨みながら首を傾げる。リィンは「す、すみません……」と恐縮して頭を下げていたが、その瞳にはどこか晴れやかな色が混じっていた。
◆
ルナツー深部、技術開発部。
ハンガーの喧騒とは対照的な静寂に包まれた解析室で、リーナ中尉は青白いモニターの光に照らされていた。
「……彼、すごいわね」
思わず漏れた呟きに、背後の開発班の作業員が手を止めて頷いた。
「はい。戦闘ログの精査が終わりましたが、第104独立機動小隊の戦果は驚愕の一言です。サンダース軍曹のムサイ撃沈もさることながら、レイス少尉個人のログが特に異常です。彼一人でザクを撃墜確実3、撃退1。ほぼ全ての攻撃が直撃です」
「それだけじゃないわ」
リーナが一本のグラフを強調表示させる。
「これだけの過酷な機動を長時間継続して、彼の機体の駆動損耗率はたったの『36%』……。サンダース軍曹やトビー伍長の機体が軒並70%を超えているのと比較して、この数値、信じられる?」
「しかし、データは全て正常を示しています。つまり、それだけ『無駄な負荷』を機体にかけずに動かしているということになりますが……」
開発班の言葉に、リーナは椅子の背もたれに深く体を預けた。機械は嘘をつかない。レイスの操縦は、マシンの限界性能を引き出しながらも、まるで自分の手足のように労わっている。
「……もしかしたら、彼が例の『ニュータイプ』ってやつなのかもね」
「ニュータイプ、ですか?」
「あら知らない? 開戦当初にジオンで流行ったプロパガンダなんだけど。宇宙環境に適応し、超感覚に目覚めた新人類……。まあ、ただの御伽噺だと思ってたけど、このログを見せられると笑い飛ばせなくなるわ」
リーナは視線を隣のウィンドウ――リィン少尉のログに移し、小さく口角を上げた。
「……リィン少尉の方は、私の見立て通りね」
そこには、赤色のアラートが頻発するリィン機の駆動ログが表示されている。
「損耗率は限界に近い『98%』。私がレスポンスを引き上げたことで、彼女の『反応』がダイレクトに駆動系へ反映されているわ。……今のジムの性能では、彼女の操縦を受け止めるのはこれが限界ね」
「中尉の調整で、機体の限界性能を完全に引き出したということですね」
「ええ。でも、レイス少尉の『36%』という数字の隣に並べると、リィン少尉の必死さがより際立って見えるわ。……面白い小隊。このデータ、現在ジャブローで検討されている『次世代型モビルスーツ』の仕様策定に、最高の叩き台として送りつけてあげたいわね」
◆
その夜、俺たちは基地の重力区画の食堂の片隅に集まっていた。
ルナツー要塞で唯一地上と変わらない重力のある食堂内には、交代勤務を終えた整備兵や、これから哨戒に出るパイロットたちの話し声が低く響いている。
「いやぁ、やっぱり地面の上は最高だね。この合成肉のハンバーグだって、暗礁宙域のコクピット中で啜るペーストチューブに比べりゃ、極上のディナーですよ」
トビー伍長が、トレイに乗った茶褐色のハンバーグもどきにナイフを入れながら、相好を崩した。その横では、サンダース軍曹が黙々と、だがどこか慈しむように蒸したジャガイモを口に運んでいる。
「トビー、あまり騒ぐな。他の隊に迷惑だろう」
サンダースが苦笑しながらも、カップに注がれた湯気の立つコーヒーを一口啜った。数々の戦場を生き抜いてきたベテラン兵士の、その落ち着いた立ち振る舞いが、この休息のひとときをより確かなものにしていた。俺は自分のトレイにある、少し硬めのパンをスープに浸しながら、彼らの様子を眺めた。
「……今回、誰も欠けずにここに座っていられるのは、運が良かっただけじゃない。お前たちが自分の役割を全うした結果だ。感謝している」
俺の言葉に、トビーが「何言ってんですか隊長」と照れくさそうに頭を掻く。
「俺はただ、生き残ろうと必死だっただけですよ。まあ、最後にあのムサイのエンジンに風穴を開けたサンダースさんの射撃には、正直鳥肌が立ちましたけどね!」
「……あれは、少尉が隙を作ってくれたおかげだ」
サンダースは短く答えたが、その視線は称賛を込めてリィンへ向けられた。
ふと隣を見ると、リィンは温かいコンソメスープを両手で包むように持ち、窓の外に広がるルナツーのドーム構造をじっと眺めていた。
「リィン、食欲がないのか?」
声をかけると、彼女は少し驚いたように肩を揺らし、それから柔らかく微笑んだ。
「……いえ。あの時、隊長に右翼のザクを任せていただけたのが、嬉しくて。私を信頼していただいて……それで、少し安心して、ぼーっとしていました」
彼女は短くそう言うと、手付かずだったパンを小さく千切り、丁寧に口に運んだ。その所作は実直な彼女そのものだったが、頬を少し上気させたその横顔には、死線を越えた兵士としての、静かな自負が宿り始めていた。
「……そうか。お前は俺の指示通りに応えていたからな。だが、あまり無理はするな。壊すのが機体だけならいいが、お前自身が壊れたら本末転倒だ」
「はい。肝に銘じます」
リィンがぺこりと頭を下げる。
……やばい。こいつ、かわいいかもしれん。
食堂での祝杯の帰り道。リィンは、整備班に預けていた私物を受け取るため、技術開発部の区画を通りかかった。
自動ドアがわずかに開いた隙間から、リーナ中尉の声が漏れ聞こえてくる。
『……もしかしたら、彼が例の「ニュータイプ」ってやつなのかもね……宇宙環境に適応し、超感覚に目覚めた新人類……』
リィンは足を止めた。驚きはなかった。むしろ、霧が晴れるような確信が彼女の胸を占めていく。あの極限の戦場で見せた隊長の鮮やかすぎる機動に、ニュータイプという言葉が、すとんと腑に落ちたのだ。
(やっぱり……隊長は、本当に特別な方だったんだ)
一方で、リーナはリィンのデータについても語っていた。「損耗率は限界に近い98%」――技術者から見れば、それは未熟さゆえの非効率な操縦なのだろう。
リィンは俯き、自分の手を見つめた。
(私はまだ、機体の悲鳴に気づいてあげる余裕さえない。隊長とは、パイロットとしての格が違う……)
だが、その瞳に宿ったのは落胆ではなく、静かで鋭い熱量だった。
隊長がニュータイプと呼ばれるほどの特別な資質の持ち主であるならば、自分はそれに応えるだけの戦力にならなければならない。今はまだ、機体をボロボロにしながら追いかけるのが精一杯の新兵に過ぎないが、その差を埋めるためにできることは、いくらでもあるはずだ。
リィンはゆっくりと、力強く拳を握りしめた。
隊長が特別であればあるほど、自分が足を引っ張るわけにはいかない。その責任感こそが、今の彼女には確かな活力となっていた。
『大丈夫だ。もう援護は必要ない』
あの時の隊長の言葉が脳内にリフレインする。
(もっと速く、もっと正確に……。今の自分にできる全てを注ぎ込んで、あの人の機動に食らいついていく。二度と、隊長一人にあんな危ない橋を渡らせないために)
暗い通路の向こう、ルナツーの硬質な隔壁の先に広がる星々を見つめ、リィンは迷いのない足取りで歩き出した。
隊長への信頼は、より強固な敬意へと形を変え、彼女の心を静かに、だが熱く奮い立たせていた。
※補遺
ちょっと画像を作るのに時間がかかってしまいました。
それと、まさかの日間1位、とても嬉しいです。
※01/15
勘違いさせる内容になっていたので、リーナ中尉と解析班の会話を一部修正しました。