にわか知識で宇宙世紀に転生したチートオリ主の末路   作:世界一位

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第七話のリーナ中尉と解析班の会話を一部修正しました。


第八話 ルナツー航路防衛戦

 あれから数日後のルナツー要塞、第三食堂。

 

 天井の低いその空間には、安っぽい合成香料の混じったコーヒーの香りと、兵士たちの重苦しい沈黙が充満していた。交代勤務を終えた整備兵も、これから哨戒に出るパイロットも、全員の視線は壁面に設置された大型モニターへと釘付けになっている。

 

 ノイズ混じりの映像の中で、ジオン総帥ギレン・ザビが叫んだ。

 

『……私の弟、諸君らの愛してくれたガルマ・ザビは死んだ。なぜだ!』

 

 その瞬間、俺の脳内に、前世の記憶から引き出された鮮明な言葉が響いた。

 

(……坊やだからさ……)

 

 反射的に、あの赤い軍服を着たキャラクターの冷徹な独り言が頭をよぎる。俺はガンダムの熱烈なファンだったわけではないが、このやり取りだけは、もはや一つの文化的な教養として魂に刻まれていた。

 

(これは……この世界は、あの原作の通りに動いていると思っていいのか……?)

 

 これまで我武者羅になって戦い、いつの間にかに考えないようにしていた不安が、今更になって脳裏をよぎる。

 

 トビーが食べかけのフォークをトレイに置いた。

 

「……士気を高めるためのパフォーマンスにしては、できすぎですね。ジオンの連中、死に物狂いで突っ込んできますよ」

 

 サンダースが腕を組み、画面の中で熱狂するジオン兵の群れを鋭い眼光で睨みつける。

 

「ええ。奴らに悲しんでいる暇なんてない、ということでしょう。ガルマ・ザビが死んだことで、むしろジオンの足並みが揃っちまった。……これからは、弔い合戦のつもりで向かってきますよ。隊長、これまで以上に厄介な敵が……」

 

 ふと見ると、リィンは手元のスープカップを握りしめたまま、微かに震えていた。

 

「リィン、大丈夫か」

 

「……はい。ただ、なんだか……とても嫌な予感がします。隊長、彼らはすぐに来ます」

 

 その直後だった。モニターの中のギレンが拳を突き上げ、数万の兵士たちの怒号がスピーカーを震わせた。

 

『ジーク・ジオン! ジーク・ジオン!! ジーク・ジオン!!!』

 

 地響きのような合唱(シュプレヒコール)が、ルナツーの硬い壁に反響する。

 

 リィンの不吉な予言を塗りつぶすような、狂信的な叫び。

 

 俺は背筋に走る言いようのない寒気を覚えた。ガンダムに対する断片的な知識だけが宙に浮き、その周りを底の見えない漆黒の「未知」が取り囲んでいる。それがまるで意思を持った巨大な獣のように、俺たちを飲み込もうと迫りくる感覚。

 

(……この嫌な予感は、リィンだけじゃない。俺もだ)

 

 俺は冷え切ったコーヒーを飲み干し、震える指先を隠すように拳を握りしめた。

 

 

 

 

 演説から数時間後。俺たちは要塞の心臓部、重苦しい空気が漂う作戦司令部へと呼び出された。

 

 中央のホログラムテーブルの前で俺たちを待っていたのは、この要塞の最高責任者であり、ブラッドハウンド隊の発足人でもあるワッケイン司令だった。

 

「現在、宇宙軍はジャブローから上がる第一次輸送艦隊を基点とした、航路の『防衛網構築』を最優先事項としている。この航路を確立・維持することでジオンに圧力をかけ、奴らの戦力を宇宙に割かせることが狙いだ」

 

 ワッケインは冷徹な、しかしどこか重みのある口調で作戦の全体像を語る。マップ上の地球、ユーラシア大陸が不気味に赤く光った。

 

「さすれば、地上で計画されている大規模反攻作戦を側面から支援することにも繋がる。地上の敵軍への補給や増援を鈍らせるための時間を、我々宇宙軍がここで作るのだ。……だが、それを良しとしない動きがある」

 

 ワッケインはマップを操作し、ラグランジュ5(ソロモン方面)の広大な空白地帯を鋭く指し示した。

 

「主力艦隊は輸送路の正面防衛に貼り付いており、身動きが取れん。もしソロモンから敵の増援がこの空白を突いて現れれば、大気圏を離脱中の輸送艦隊はひとたまりもないだろう。……そこで、レイス少尉。貴官ら第104独立機動小隊に特命を与える」

 

 ワッケインの眼光が、俺たちを射抜くように鋭くなった。

 

「貴官らは主力とは別行動をとり、このL5方面へ先行。我が主力と敵艦隊が接触し、戦線が固定された瞬間を狙って敵陣深くへ突入せよ。狙うは敵旗艦だ。指揮系統を断ち、敵を釘付けにできれば、輸送艦隊の安全は確約される」

 

【挿絵表示】

 

 

「……簡単に言ってくれますね」

 

 俺の皮肉混じりの返答に、ワッケインは表情を変えず、真っ直ぐに俺を見据えた。

 

「この要塞で最も優れたMS部隊である貴官らにできないなら、誰にもできまい。その場合は、敵増援と我が方の守備隊が正面から消耗戦を演ずることになる」

 

 ワッケインの言葉は、期待であると同時に、軍人としての冷酷な算盤でもあった。

 

 この作戦の真意は敵旗艦の奇襲だけではない。よしんば俺たちが失敗して全滅したとしても、敵の背後に食らいついたという事実そのものが強烈な陽動となる。敵は正面の戦力を後方に割かざるを得なくなり、その隙に主力は輸送艦隊を逃がすことができるのだ。

 

 そして、この「時間稼ぎ」には、もう一つの、より重要な意味があった。

 

「今回の輸送艦隊が運んでいるのは量産が始まったばかりの新型MSと、その母艦だ。これらが無事に大気圏を離脱し、ルナツーへ合流できれば宇宙での戦力比は一気に覆る。……ここで輸送艦隊を失うことは、連邦にとって唯一の反撃の芽を摘まれることを意味するのだ」

 

 ――要するに、俺たちは最高級の「刃」であると同時に、最悪の場合は時間を稼ぐための「捨て石」として数えられている。ワッケインはそれを口にしない。だが、その静かな眼光がすべてを物語っていた。

 

「……了解しました。せいぜい派手に首を獲ってくるとしましょう」

 

 俺の返答に、ワッケインは目を逸らさなかった。彼はわずかに顎を引き、深い覚悟を湛えた眼差しで、静かに口を開いた。

 

「……万に一つも、貴官らを無駄死にさせるつもりはない。だが、この戦況を覆せる可能性があるのは、もはや『奇策』を完遂できる貴官らをおいて他にいないのだ」

 

 ワッケインは一歩前に出ると、俺の肩に、ずっしりと重い手を置いた。

 

「……私を、許さなくて良い。……全機無事の帰還を、心より願っている。以上だ、出撃せよ!」

 

「――了解。 ブラッドハウンド隊、出撃します!」

 

 ……嫌な予感は当たるもんだね。

 

 

 

 

 出撃直前のハンガー。調整を終えた四機のジムの傍らで、リーナ中尉がタブレットを片手に待ち構えていた。

 

「リィン少尉。あなたの機体、関節部に高硬度の強化ダンパーを組み込んで、耐久性を一段階引き上げておいたわ。今回の強襲任務は機動力が命。ジムの標準的な剛性じゃあ、あなたの無茶な反応に耐えきれずに機体が分解しかねないからね」

 

「……ありがとうございます、中尉。この機体なら、もっと速く動けます」

 

 リーナ中尉はひらひらと手を振ると、次に俺の方を向き、無骨なアンテナが増設された俺のジムを指差した。

 

「レイス少尉。あなたの機体には、試作段階の『広域センサーユニット』を試験搭載したわ。元々プロトタイプ機(RX-78-2)に搭載されてる物なんだけど、ミノフスキー粒子下でも味方機とのデータリンクを維持しつつ、複数の熱源から敵艦のクラスを特定できる優れものよ。敵陣で孤立するあなたたちにとって、旗艦を最短距離で見つけ出す『目』は、弾薬以上に必要でしょ?」

 

 一通り説明を終えると、リーナ中尉はタブレットの角でトントンと自分の肩を叩きながら、どこか他人事のように、面白がるような笑みを浮かべた。

 

「いい? 私には、あなたたちの戦いで得られる『実戦データ』が喉から手が出るほど欲しいの。だから、適当なところで帰ってきてよ? 壊されでもしたら堪らないんだから」

 

 その口調は、過酷な任務を命じているとは思えないほど軽やかだった。だが、それが彼女なりの気遣いであることは、今の俺たちにもよく分かった。

 

 リィンはヘルメットを小脇に抱え、どこか晴れやかな、悪戯っぽい笑みを浮かべて皮肉を返した。

 

「――ふふ、わかりました。あくまで『データのため』に、ですね。中尉」

 

 その言葉に、リーナは満足げに鼻を鳴らすと、短く、不敵に答えた。

 

「そうそう」

 

 彼女はそのまま、軽快な足取りで振り返り、一度もこちらを見ることなくハンガーの奥へと去っていった。その背中は、これから始まる死地への出撃を、まるで明日のテスト走行か何かのように錯覚させるほど、気楽な空気を纏っていた。

 

 

 

 

 

 

 ルナツーから数千キロ――。要塞の防衛圏を抜けたこの宙域は、まさに連邦の支配が及ぶ限界点、いわば「境界線」だった。

 

 俺たち第104独立機動小隊(ブラッドハウンド隊)を載せたサラミス級巡洋艦「ガダルカナル」は、ここからソロモン方面の空白地帯へと一歩踏み出そうとしていた。

 

 船体中央部、左右に張り出した剥き出しのデッキで、俺のジムは宇宙の深淵を正面に見据えていた。右後方には、ルナツーから発進したばかりの主力艦隊が、無数の光点となって輸送艦隊を囲むように展開しているのが見える。

 

 だが、俺たちの進む先には、星々の輝き以外に何もない。

 

「各機、クランプ解放。――ブラッドハウンド隊、展開せよ」

 

 ブリッジからの指示とともに、足元から伝わっていた艦の振動が消えた。

 

 磁力による固定を解かれたジムが、ゆっくりと慣性で艦の背中から浮き上がり、ガダルカナルの影から漆黒の虚空へと投げ出される。

 

 俺たちはガダルカナルと歩調を合わせ、主機関を絞った無音航行へと移行した。右後方にあった主力艦隊の光が、距離を置くごとに小さくなっていく。俺たちは敢えて大きく航路を迂回し、敵の偵察網を回避しながら、L5宙域のさらに奥へと回り込んでいた。

 

「……みんな、一つ聞いていいか」

 

 味方の光から遠ざかり、闇の中へと吸い込まれていく三機を見渡し、俺は無線を開いた。

 

「今回の命令、……正直、納得いかない奴もいるんじゃないかと思ってな。黙って従うには、あまりに理不尽な任務だ」

 

 俺の問いかけに、最初に答えたのはサンダースだった。その声は、いつものように低く安定感に満ちていた。

 

「隊長。私は、あなたが死なせるための命令を下す男ではないと知っています。たとえ司令部が俺たちを捨て石と考えていようと、あなたがそう思っていないなら、付いていくだけです」

 

「俺もですよ、隊長」

 

 トビーが軽やかな、それでいてどこか悟ったような声で続く。

 

「不思議ですよね。こんな絶望的な任務なのに、隊長が前にいると思うと、これっぽっちも怖くないんです。むしろ、次はどんな度肝を抜く手を見せてくれるのかって、ワクワクしてる自分もいます」

 

 そして、リィンが静かに、しかし熱のこもった声で応じた。

 

「私も、同じです。……隊長はいつだって、私たちが一番生き残れる道を選んでくれました。だから、今回も信じています」

 

 三人の言葉が、重圧で凝り固まっていた俺の胸を解きほぐしていく。司令部がどう評価しようと関係ない。この機体の中にいる「人間」が、俺の背中を選んでくれたのだ。

 

 覚悟はできた。

 

「……そうか。分かった。なら、期待に応えないとな」

 

 会話を切り上げ、俺は視線を正面のモニターに戻した。

 

 

 

 

 数時間の沈黙の行軍の果て、ついにリーナ中尉が言っていた「広域センサーユニット」が、暗闇を切り裂くようなノイズを拾い上げた。

 

 主力艦隊との距離は、もはや通信も届かないほど離れている。だがその分、俺たちは敵増援と思われる艦隊の真後ろという、最高の伏撃ポイントを確保していた。

 

 だが、モニターに次々と浮かび上がる赤い輝点は、俺の予想を遥かに上回っていた。

 

「……MS一個大隊規模か」

 

 メインモニターを埋め尽くす熱源。

 

 旗艦と思われる大型ムサイを中心に、少なくとも六隻の巡洋艦。さらにその周囲を、パプア級やチベ級が固めている。それは、単なる増援という言葉では片付けられない、連邦の航路を根底から絶つための「遊撃戦隊」だった。

 

 敵の陣形は、すでに正面の我が主力艦隊を飲み込むべく左右に大きく翼を広げ、突入の構えを見せている。その巨躯の合間を縫うように、多数のMSの光が蠢いていた。

 

「各機、メインスラスター出力停止。慣性移動のまま息を潜めろ」

 

 俺たちは獲物を狙う獣のように、敵艦隊の背後でその機を待った。

 

 数分後。遠く離れた前方の空域で、無数の火花が散った。我が主力艦隊と、目の前の敵艦隊が接触し、互いにメガ粒子砲の応酬を始めたのだ。

 

 戦線が激しい光の渦となり、敵の意識が前方へと完全に固定される。この敵艦たちの隙間を縫って、中枢まで食らいつけるのは、今この瞬間しかない。

 

 

「――今だ。全機、加速開始! 第一目標、敵最後尾のムサイ。混乱に乗じて一気に中央を駆け抜けるぞ!」

 

 

 四機のジムが同時にバーニアを最大出力で噴射し、漆黒の戦場へと躍り出た。

 

 俺は先行しつつ、最短の航跡で最後尾のムサイへと機体を滑り込ませる。

 

 ターゲットは二つ。直衛のMSと、艦の頭脳であるブリッジだ。

 

 俺は機首を翻すと同時に、ビームライフルのトリガーを二度、迷いなく引いた。

 

 一射目が、背後を晒していた直衛機を貫き、瞬時に爆散させる。

 

 その爆炎を突き抜けるように放たれた二射目が、回避行動すらとれなかったムサイのブリッジを正確に射抜いた。

 

 暗闇の中で、巡洋艦の艦橋が音もなく蒸発し、火炎が吹き出す。

 

 爆発の光がモニターを白く焼くが、俺はそれを見届けることすらしない。スラスターを吹かせ、爆ぜるムサイを飛び越えながら、すでに視線は次なる標的――艦隊中央に鎮座するチベ級へと向いていた。

 

「一機撃破、さらに巡洋艦一隻大破! 敵陣形、最後尾から崩れます!」

 

 背後でリィンの報告が飛ぶ。

 

 だが、その直後だった。

 

 俺たちが作り出した爆炎と混乱を切り裂くように、前方から異質な熱源が飛び出してきた。

 

 センサーの警告音が、これまでになく鋭い音階で脳内に響く。ザクとは明らかに質の異なる反応。一機や二機ではない。それは太く力強い「線」を描くような、重厚かつ暴力的な加速だった。

 

(……なんだ、あの機体。ザクより一回りデカい。……重装甲の、スカート……?)

 

 脳裏の片隅に、霞がかかったような前世の記憶が明滅する。どこかの画面で見たような、黒と紫の重厚なシルエット。だが、それが何という名前で、どんな武装を持っているのかまでは思い出せない。

 

 ただ一つ、本能が警鐘を鳴らしていた。あのモビルスーツは、これまでの敵とは「格」が違う。

 

 不意を突かれた敵艦隊の悲鳴を切り裂くように、俺たちは死地へと突入した。

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