落第騎士の英雄譚ー始まりの分家ー   作:来世で会おう

10 / 22
第2章 時系列は七星剣武祭編に突入します。


第2章
第10話:白銀の残響、沈黙の対話


 1.日常への帰還

 黒鉄一輝と黒鉄剣心。

 破軍学園の歴史に刻まれるであろう死闘から数日。二人は驚異的な回復力で退院し、学園へと戻っていた。

 

 あの日以来、学園内の空気は一変した。かつての「落第騎士(ワーストワン)」への蔑みは「畏敬」へと変わり、分家の「操り人形」だった剣心を見る目は「得体の知れない怪物」への恐怖、そして一握りの期待へと変わっていた。

 

「……一輝殿。そのリンゴ、皮の剥き方が甘いです。0.2ミリの無駄があります」

「はは……。剣心君、退院してからさらに細かくなってない? 騎士にそこまでの精密動作は求められないと思うんだけど」

 

 学生寮、一輝とステラの部屋。

 剣心は当然のようにそこに馴染んでいた。分家を破門され、学生寮の自室も一時的に凍結されている剣心にとって、一輝が「僕の部屋に来ればいい」と誘ったのは自然な流れだった。もっとも、同居人のステラは顔を真っ赤にして「なんで男が増えるのよ!」と叫んでいたが。

 

「効率は美徳です。一輝殿の剣も、無駄を削ぎ落としたからこそ私に届いた。日常の動作こそが剣を練るのです」

 

 剣心は一輝の手からナイフを奪い、光速の魔力操作で完璧な螺旋を描きながら、リンゴの皮を芸術品のように剥いてみせた。

 

「……相変わらず、変なところで完璧主義ね、あんた」

 ステラが呆れ顔で紅茶を置く。

 

「でも、少しはマシな顔になったじゃない。前は鏡の中の自分を殺しそうな顔してたもの」

「……そうですか。自覚はありませんが、演算回路に余裕ができたのかもしれません」

 

 剣心は剥き終わったリンゴを口に運ぶ。

 その時、部屋の扉がノックもなしに勢いよく開かれた。

 

「お兄様! 剣心! ぐずぐずしている暇はありませんわ!」

 

 飛び込んできたのは珠雫だった。その手には一通の封書が握られている。

 

 2.七星剣武祭・強化合宿

 

「学園長から直々の命です。七星剣武祭に向けた『特別強化合宿』。場所は奥多摩の山中、破軍学園が所有する特別演習場です」

 

 珠雫の説明によれば、今回の合宿は選抜戦を勝ち抜いた代表メンバーによる合同演習だという。

 生徒会長である東堂刀華をはじめ、一輝、ステラ、そして──。

 

「……私の名前もありますね」

 

 剣心がリストを指差す。

 

「当然です。分家は破門されましたが、貴方は依然として破軍の『代表』です。学園長は、貴方の力を七星剣武祭の『隠し球』として使う気のようですわ」

 

「代表メンバー、か……」

 一輝が窓の外を見つめる。

 

「選抜戦は終わったけど、本番はこれからだ。ステラ、剣心君。全国の怪物が集まる舞台で、僕たちがどこまで通用するか……試してみよう」

 

 一輝の瞳には、かつての悲壮感はない。ただ純粋な、高みを目指す剣士の光が宿っていた。

 剣心はその光を見つめ、自身の内側で静かに眠る《天照》の鼓動を感じる。

 

(……一輝殿。貴方の成長は、私の予測を常に裏切る。ならば、この合宿で私は、貴方がさらに化けるための『試練』となりましょう)

 

 それが、自分を救ってくれた友への、剣心なりの恩返しだった。

 

 3.深山への旅路

 数日後。

 

 夏の強い日差しを遮るように、マイクロバスは木々が生い茂る山道を揺られながら進んでいた。

 七星剣武祭に向けた、破軍学園代表メンバーによる強化合宿。

 行き先は奥多摩の山奥、地図にも載らない修練場だ。

 

「……随分と深い場所まで行くんですね」

 

 窓外を流れる景色を眺めながら、黒鉄剣心は独り言のように呟いた。

 隣の席では、長旅の疲れか、ステラ・ヴァーミリオンが船を漕いでいる。通路を挟んだ反対側には、黒鉄一輝が真剣な表情で資料──対戦が予想される他校の選手データ──に目を通していた。

 

「不安ですか? 剣心君」

 

 声をかけてきたのは、前の席に座っていた生徒会長、東堂刀華だった。

 眼鏡の奥にある瞳は理知的で、同時に武人としての静かな迫力を宿している。

 

「いえ。……ただ、少し不思議な気分でして」

「不思議?」

「ええ。これまでの私は、こうした遠征もすべて『任務』でした。ですが今は……まるで遠足に向かう子供のように、心が浮ついている。それが自分でも可笑しくて」

 

 剣心の言葉に、刀華はふっと表情を緩めた。

 

「ふふ、いいことじゃないですか。張り詰めた糸は切れやすいものです。……でも、油断は禁物ですよ? 今回の合宿メニュー、私が考案しましたが……地獄を見てもらいますから」

「……お手柔らかにお願いしますよ、会長。私は病み上がりなのですから」

 

 冗談めかして返す剣心だが、内心では気を引き締めていた。

 雷切・東堂刀華。彼女の実力は本物だ。今の穏やかな空気の裏に、抜けば玉散る氷の刃を隠している。

 平和な会話の裏で、剣心の《八鏡(はっきょう)》は無意識に彼女の「呼吸」と「重心」を観測し続けていた。……これはもう、騎士としての職業病のようなものだ。

 

「──着いたぞ! 全員、荷物を持って降りろ!」

 

 顧問の先生の声が響き、バスが停車する。

 降り立った先は、濃密な魔力(マナ)と冷涼な空気に満ちた、隔絶された世界だった。

 

 4.消失した「音」

 到着後、すぐに基礎トレーニングが開始された。

 山道を走り、素振りを繰り返し、魔力制御の訓練を行う。

 日が傾き始めた頃、ようやく休憩の時間が訪れた。

 

「はぁ、はぁ……っ! すごいですね、一輝殿は……まだ走るのですか……」

 

 剣心が汗を拭いながら見遣る先には、休憩時間すら惜しんで森の奥へ走り込みに向かう一輝の背中があった。

 ステラが「もう、一輝ったら!」と呆れながらドリンクを用意している。

 平和な光景だ。

 だが、剣心の背筋に、不意に冷たいものが走った。

 

(……なんだ?)

 

 固有霊装《天照(アマテラス)》の演算機能──第一位相《八咫烏(ヤタガラス)》が、異常な数値を弾き出したのだ。

 

 森の奥。一輝が向かった方角から、突如として「環境音」が消失した。

 鳥のさえずり、風が葉を揺らす音、虫の音。

 それら全てが、何らかの巨大なプレッシャーに怯え、息を殺したかのように途絶えている。

 

「……ステラ殿、一輝殿を追いかけますか?」

「え? うーん、あと10分したら呼びに行こうかなって」

「……いいえ。私が今すぐ行きます」

 

 剣心の口調の鋭さに、ステラと刀華が怪訝な顔をする。

 説明している時間はない。

 剣心は弾かれたように駆け出した。

 胸騒ぎがする。

 かつて感じたことのない、「死」の予感。

 一輝殿の魔力反応が薄れているのではない。

 もっと異質な、底知れない「虚無」に飲み込まれようとしている。

 

 5.世界最強の静寂

 森の開けた場所。

 そこは、この世のものとは思えない静寂に支配されていた。

 月明かりだけが照明のように降り注ぐその空間で、剣心は息を呑んだ。

 

「……ッ、一輝殿!!」

 

 地面に、黒鉄一輝が崩れ落ちていた。

 外傷はない。だが、意識がない。

 まるで魂を抜き取られたかのような虚脱状態。

 そして、その傍らに佇む「影」があった。

 

 純白の装束。月光を織り込んだような白銀の髪。

 この世のあらゆる汚れを知らないかのような、透明な美貌。

 彼女はただそこに立っているだけで、森という空間そのものを「異界」へと変質させていた。

 

「……誰だ?」

 

 剣心の《八鏡》が即座に解析を開始する。

 しかし、返ってくるのは警告音(アラート)の嵐だけだ。

 

測定不能(エラー)』。

『生存確率:算出不能』。

 

 彼女の筋肉の弛緩、魔力の波長、重心の位置。あらゆる情報が「自然(ゼロ)」すぎる。

 そこにいるのに、いない。

 まるで風景の一部であるかのように、殺気すら存在しない。

 彼女は、倒れた一輝を一瞥もしないまま、独り言のように呟いた。

 

「……見事ね。私の一歩を、盗んだ」

 

 鈴を転がすような、美しい声。

 だが、剣心の本能が警鐘を鳴らす。

 逃げろ。関わるな。あれは「人」の形をした「災害」だ。

 だが、剣心の足は前に出た。

 

「……一輝殿から、離れていただこう」

 

 剣心は《天照》を抜刀し、瞬時に間合いを詰める。

 Sランクの身体能力と、演算による最短経路の踏み込み。

 音速に迫る神速の一撃が、彼女の無防備な背中へと放たれる。

 

 斬れる──そう確信した瞬間。

 

 カォォォン……

 美しい音色が、森に響いた。

 剣心の手首に、硬質な衝撃が走る。

 気づけば、彼女は振り返ってすらいなかった。

 ただ、左手に持った白い剣を、背中越しに「置いていただけ」。

 剣心の剣が、勝手にそこに吸い込まれ、止められたかのような錯覚。

 

「……あら」

 

 彼女は、散歩の途中で小石につまづいたかのように、ゆっくりと振り返った。

 その深紅の瞳と目が合った瞬間、剣心の中で散らばっていた情報(ピース)が、戦慄と共に一つの答えを結んだ。

 

 音を置き去りにする剣速。

 純白の装束。

 そして、世界中の剣士が畏れ、憧れる「最強」の称号。

 

(馬鹿な……。なぜ、こんな日本の山奥に『彼女』がいる……!?)

 

 剣心は、震える唇でその名を紡いだ。

 

「世界最強の剣士……《比翼》のエーデルワイス」

 

 6.次元の断絶

 

「重い剣ね。……でも、うるさいわ」

 

 彼女──エーデルワイスは、退屈そうに呟いた。

 剣心の指摘を肯定も否定もしない。ただ、そこに「在る」だけの絶対者。

 

「まさか、伝説上の怪物が、学生を半殺しにするとは」

 

 剣心はバックステップで距離を取り、正眼に構える。冷や汗が止まらない。

 

 相手は、世界三大魔人の一人。

 私の知る「Sランク」という枠組みすら、彼女の前では児戯に等しい。

 

「彼が挑んできたの。私はそれに応えただけ」

 

 彼女の言葉には、一片の悪意もない。

 ただ、嵐が過ぎ去るように、地震が大地を揺らすように、彼女という現象がそこにあっただけだ。

 

「貴方も、やるの?」

 

 その問いは、死刑宣告に等しかった。

 勝てる道理がない。逃げるのが最適解だ。

 だが、剣心の脳裏に、ボロボロになって戦った一輝の姿がよぎる。

 

「……友が傷つけられて、逃げる計算(ロジック)は持ち合わせていませんよ」

 

 剣心は《八鏡》の出力を限界まで引き上げる。

 

 第一位相《八咫烏》──全開。

 彼女の動き、視線、大気の揺らぎ、因果の全てを読み切れ! 

 

(……来る!)

 

 剣心の脳内に、未来図が弾き出される。

 

『彼女が右腕を上げる』→『右からの斬撃』→『左へ回避』。

 

 完璧な予測。

 剣心は左へ身体を沈める──はずだった。

 

「──ッ!?」

 

 回避動作に入ろうとした瞬間、右肩に激痛ではなく、冷たい感触が走った。

 彼女の剣が、すでにそこにあった。

 切っ先が、剣心の喉元数ミリのところで止まっている。

 

「……遅い」

 

 耳元で囁かれる声。

 いつの間に? 

 予測では、彼女はまだ「右腕を上げる前」だったはずだ。

 因果が逆転している。

 彼女の剣速は、剣心の「認識」や「音」すら置き去りにし、結果だけを先に突きつけてくる。

 

「く、おおおおおッ!!」

 

 剣心は咆哮し、無理やり身体を捻って距離を取る。

 蹴り飛ばされたわけでもないのに、剣心は弾かれたように後方へ転がった。

 

 7.選ばれた白刃

 泥にまみれ、息が上がる。

 Sランクの「史上最強」が、手も足も出ない。

 彼女は追撃すらしてこない。ただ佇んでいるだけだ。

 

(……勝てない。このままでは)

 

 剣心は《天照》の柄を強く握りしめる。

 勝つ手段がないわけではない。

 私には、まだ切っていない札がある。

 

 第二位相《八咫鏡(ヤタノカガミ)》を展開すれば、彼女の剣撃が生む物理エネルギーを反射できる。

 あるいは、第一解放《灼熱(プロミネンス)》でこの森ごと彼女を焼き払えば、痛み分けには持ち込める。あるいは……。

 

 魔人相手でも、Sランクの魔力量による「理不尽な暴力」をぶつければ、生存確率は60%まで跳ね上がる。

 それが、黒鉄の騎士としての「正解」だ。

 

 だが。

 

(……使うな)

 

 剣心の中で、強烈な拒絶反応が起きていた。

 それは倫理観ではない。もっと根源的な、剣士としてのプライドだった。

 相手は、《比翼》のエーデルワイスだ。

 剣の(いただき)。全ての剣士が目指す、遥かなる到達点。

 彼女は今、魔力も異能も使わず、ただ研ぎ澄まされた「剣技」だけで私を圧倒している。

 

(私がここで魔力(能力)に逃げれば……彼女は私を『剣士』としては見ない)

 

 ただの「魔力の高い子供」として処理される。

 記憶の片隅にも残らない、有象無象の一つとして。

 

(そんなものは、死ぬより屈辱だ)

 

 私は、あそこに行きたいのだ。

 一輝殿が目指し、そして彼女が立っている、あの「理屈を超えた場所」に。

 ならば、彼女と同じ土俵に立たなければ意味がない。

 

「……計算など、邪魔なだけか」

 

 剣心は、魔力の練り上げを解いた。

 解放しかけた《灼熱》の熱を捨て、守りとなる《八咫鏡》の回路を閉じる。

 裸一貫。ただの鋼と、自身の技量だけで、世界最強に向き合う。

 

「……まだ、やるの? 能力(それ)を使わなければ、死ぬわよ」

 

 エーデルワイスが、初めて少しだけ感情の乗った声で問うた。

 彼女には分かっていたのだ。剣心が膨大な魔力による「奥の手」を隠し持っていることを。

 

「……お断りだ」

 

 剣心は血の滲む唇で笑った。

 

「貴女は『世界最強の剣士』だ。……貴女のその美しい剣に対して、魔法という泥を塗るような真似はできません」

 

 剣心は構えを解き、自然体で立つ。

《八鏡》による予測は捨てる。

 感じるのだ。

 彼女の呼吸を。彼女の孤独を。彼女の剣が奏でる、静寂の音色を。

 

「……そう」

 

 エーデルワイスの深紅の瞳が、剣心を真っ直ぐに見据えた。

 ゴミを見る目ではない。一人の「敵」を見る目へ。

 

「来るなら、来なさい」

「……行くぞ」

 

 剣心は踏み込む。

 今までで一番遅く、しかし一番迷いのない一歩。

 予測ではなく、ただ彼女の剣に届きたいという、渇望の一撃。

 

 エーデルワイスの眉が、わずかに動いた。

 

 カァァァァァァァンッ……!! 

 二つの剣が交差する。

 剣心の剣は、弾かれなかった。

 エーデルワイスが、真正面から受け止めたのだ。

 

 鍔迫り合い。

 

 至近距離で、二人の視線が絡み合う。

「無音」の中で、魂が火花を散らす。

 

「……良い剣ね。さっきまでの、借り物の剣とは違う」

 

 エーデルワイスの口元に、微かな、本当に微かな笑みが浮かぶ。

 それは氷解した雪解け水のような、儚い美しさだった。

 

「貴方、名前は?」

「……黒鉄、剣心」

「そう。……覚えておくわ、剣心」

 

 彼女は手首を返し、柔らかな動作で剣心を弾き飛ばした。

 剣心は尻餅をつくが、もう追撃は来なかった。

 彼女は剣を収め、月光の中へと溶けるように歩き出す。

 

「今日はここまで。……あの子が目を覚ましたら伝えて。『合格よ』って」

 

「待て……!」

 

 剣心は呼び止める。

 戦いは終わった。

 だが、このまま彼女を行かせてはいけない。

 

「……また、会えるか」

 

 剣心は、自分でも驚くほど必死な声で問うた。

 Sランクの威厳も、計算高い理性もない。

 ただ、もっとその剣を知りたい、その高みへ行きたいという、純粋な渇望。

 それは、一輝に向けたものとはまた違う、未知の領域への強烈な引力だった。

 

 エーデルワイスは立ち止まり、肩越しに振り返る。

 

「……私がどこにいるか、貴方のその『眼』で探しなさい。……見つけられたら、また相手をしてあげる」

 

 悪戯っぽく微笑み、彼女はかき消えるように姿を消した。

 後に残されたのは、意識のない一輝と、心臓の早鐘が止まらない剣心だけ。

 

 森の静寂が戻ってくる。

 

 だが、剣心の中の静寂は、もう二度と戻らないことを知っていた。

 

「……探せ、だと?」

 

 剣心は熱くなった胸を強く押さえる。

 これは何だ? 

 悔しさか? 恐怖か? 

 いや、違う。

 

(……この熱は何だ。計算できない、この衝動は)

 

 それはまだ名前すら持たない、けれど強烈な「執着」。

 計算高い怪物の歯車を狂わせる、運命の出会いだった。

 

(続く)

 




連載の途中ですが、タグをオリ主最強→オリ主最強”格” に変更しました。原作キャラが強すぎました。
あと、名前呼びを許可されたので、ヴァーミリオン殿→ステラ殿に呼び方が変わりました。 仲良くなってよかったね。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。