落第騎士の英雄譚ー始まりの分家ー   作:来世で会おう

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第11話:怪物の休日、あるいは神殺しの予兆

 1.嵐のあとのカレーライス

 

「──剣心! 一輝!!」

 森の静寂を破り、ステラ・ヴァーミリオンの声が響き渡った。

 

 彼女と東堂刀華が駆けつけた時、そこには奇妙な光景が広がっていた。

 意識を取り戻し、呆然と自分の手を見つめる黒鉄一輝。

 そして、泥だらけの制服で、しかしどこか晴れやかな顔で月を見上げている黒鉄剣心。

 

「……二人とも、無事なの!?」

「ええ、なんとか。……少々、森の熊さんと相撲を取っていただけですよ」

 

 剣心は軽口を叩きながら立ち上がる。

 嘘ではない。相手が「熊」どころか「世界最強の神獣」クラスだっただけの話だ。

 

「……剣心君」

 

 一輝がゆっくりと顔を上げた。その瞳には、恐怖ではなく、掴み取った確かな「何か」の残り火が宿っている。

 

「彼女は……行ったのか」

「ええ。……貴方に伝言ですよ。『合格』だそうです」

「……そうか」

 

 一輝は深く息を吐き、そしてニカっと笑った。

 

「生きててよかった。……ありがとう、守ってくれて」

「勘違いしないでください。私はただ、自分の知的好奇心に従っただけです」

 

 剣心はそっぽを向く。

 素直になれない自分に苦笑しながら、彼は心の中で、あの白銀の残像に語りかけた。

 

(……逃がさない。必ず見つけ出す)

 

 2.Sランクの無駄遣い

 宿舎に戻った一行を待っていたのは、地獄のトレーニングの続き──ではなく、夕食の時間だった。

 今日のメニューは合宿の定番、カレーライスだ。

 

「よーし! お腹ペコペコよ! 私が最高に美味しいカレーを作ってあげるわ!」

 

 ステラが意気揚々と腕まくりをする。

 だが、その手にはなぜか「激辛スパイス」の瓶が大量に握られていた。

 

「ちょ、ステラ!? それ全部入れる気か!?」

「当たり前でしょ! カレーは辛ければ辛いほど代謝が上がって強くなれるのよ!」

「どんな理屈だそれは……!」

 

 一輝が必死に止めようとする横で、剣心は真剣な顔でまな板に向かっていた。

 彼の手元では、野菜たちが恐ろしい速度で均等に切り刻まれている。

 

「……ふむ」

 

 剣心の瞳が怪しく光る。

 固有霊装《天照(アマテラス)》の演算能力──第一位相《八咫烏(ヤタガラス)》の発動だ。

 

【演算開始】

 対象: 玉ねぎ、人参、ジャガイモ

 目的: 旨味成分(グルタミン酸)の最大化および、食感の黄金比の算出

 変数: ステラ殿の味覚(激辛耐性S)、一輝殿の披露度(糖質希求度A)

 

「……最適解は、玉ねぎを飴色になるまで炒める時間を3分12秒短縮し、隠し味にチョコレートを5.4グラム投入。さらにステラ殿の皿にのみ、カプサイシン濃度を通常の30倍に設定する」

 

 ブツブツと呟きながら、剣心は神速の包丁さばきを見せる。

 その動きは、先ほどエーデルワイスと斬り結んだ時と同じくらい洗練されていた。

 

「剣心君……君、能力をそんなことに使っていいのかい?」

「一輝殿。食事は騎士の身体を作る基礎です。ここに一切の妥協(エラー)は許されません」

 

 剣心はキリッと眼鏡(かけていないが)の位置を直す仕草をする。

 

「それに……計算外の美味を作れば、あの不機嫌な生徒会長殿も少しは表情を崩すでしょう」

 

 視線の先では、東堂刀華が「包丁の使い方がなっていません!」と男子生徒たちを指導している。

 剣心なりの、合宿の空気を和ませる気遣いだった。

 

「……君って、意外と世話焼きだよね」

「心外ですね。私は効率主義者です」

 

 出来上がったカレーは、まさに絶品だった。

 ステラは「辛い! でも美味しい! おかわり!」と三杯目を平らげ、刀華も「……悔しいけれど、完璧な味付けね」と頬を染めてスプーンを進めていた。

 

 騒がしくも温かい食卓。

 剣心は少し離れた場所で、静かにコーヒーを啜っていた。

 

(……悪くない)

 

 かつて分家の屋敷で一人食べていた、冷え切った食事とは違う。

「仲間」という変数が加わるだけで、味覚データさえも書き換わるらしい。

 

「──ねぇ、剣心」

 

 不意に、ステラが隣に座ってきた。

 

「なに、ニヤニヤしてんのよ」

「……ニヤニヤなどしていません。食後の血糖値上昇による生理現象です」

「ふーん。……まあいいわ。一輝を守ってくれたこと、改めてお礼を言うわ」

 

 ステラは少し顔を赤くして、小さな包みを差し出した。

 

「これ、実家から送られてきたヴァーミリオン皇国特産のクッキー。……あげる」

「……買収ですか?」

「お礼よ! 素直に受け取りなさい!」

 

 剣心はクッキーを受け取り、小さく笑った。

 

「ありがたくいただきます、皇女殿下」

 

 3.岩戸隠れの神探し

 深夜。

 生徒たちが寝静まった後、剣心は一人、宿舎の屋根の上にいた。

 

 山頂の空気は冷たい。だが、今の剣心の身体には、昼間の戦闘による熱がまだ残っていた。

 

「……どこにいる」

 

 剣心は《天照》を具現化させることなく、意識だけを世界へ拡張する。

 

 第一位相《八咫烏》──広域索敵モード。

 

 視覚、聴覚、嗅覚。五感から得られる情報を魔力で増幅し、半径数キロメートル以内の「微細な違和感」を探る。

 

(風の音、梟の羽音、一輝殿の寝息……)

 

 膨大な情報が脳内を駆け巡る。

 だが、見つからない。

 あの「白銀の静寂」だけが、世界から抜け落ちている。

 

「……クソッ」

 

 剣心は悪態をついた。

 敬語が崩れる。誰も見ていない場所でだけ現れる、年相応の少年の顔。

 

「あんな言葉を残しておいて……雲隠れとは、趣味が悪いぞ」

 

『見つけられたら、また相手をしてあげる』

 

 あの言葉は呪いだ。

 Sランクのプライドも、冷静な理性も、すべてを焼き尽くす甘美な呪い。

 

「……ならば、力尽くで探すまでだ」

 

 剣心は魔力を練り上げる。

《八咫烏》では足りない。ならば、もっと深く、世界の裏側(データ)を覗くための眼が必要だ。

 まだ制御しきれていない、第二位相の力を使ってでも──。

 

 その時だった。

 

「──おい、そこのSランク」

 

 下から、殺気を孕んだ声が聞こえた。

 剣心が眼下を見下ろすと、宿舎の敷地を囲むように、数人の黒い影が展開していた。

 

 学生ではない。

 プロの暗殺者。それも、黒鉄家本家が飼っている「掃除屋」たちだ。

 

「……夜分遅くに、随分と無粋な客ですね」

 

 剣心は屋根から飛び降り、音もなく地面に着地する。

 瞬時に「完璧な優等生」の仮面を被り直す。だが、その瞳の奥は、邪魔者を排除する冷徹な光で満ちていた。

 

「分家の裏切り者、黒鉄剣心だな。……上からの命令だ。『事故』に見せかけて処分する」

「おやおや。一輝殿ではなく、私がターゲットですか」

「Fランクなどついでだ。我々にとっての脅威は、本家の技術を知り尽くした貴様の方だ」

 

 黒装束の男たちが、一斉に魔導具を構える。

 銃火器型の魔導端末。放たれるのは鉛玉ではなく、収束された魔力弾だ。

 

「……ちょうどいい」

 

 剣心は《天照》を抜き放つ。

 

「今、私は虫の居所が悪い。……彼女を探すための準備運動(ウォーミングアップ)に付き合ってもらいますよ」

 

 4.神話の再現:八咫鏡

 

「撃てッ!!」

 

 リーダー格の合図と共に、四方八方から魔弾が放たれた。

 その数、数十発。

 回避ルートはない。生身の人間なら蜂の巣だ。

 だが、剣心は動かなかった。

 避ける必要などないからだ。

 

「──第二位相・展開」

 

 剣心が静かに告げると同時に、彼の周囲の空間が歪んだ。

 刀身から溢れ出した光が、八枚の巨大な「鏡」の形を成し、彼を取り囲む。

 

八咫鏡(ヤタノカガミ)》。

 

 それは、太陽神・天照大神が岩戸隠れの際に作られたとされる、真実を映す神鏡。

 剣心の魔力によって再現されたそれは、単なる物理障壁ではない。

 

反射(リフレクト)

 

 着弾した魔弾が、鏡に触れた瞬間に停止する。

 そして次の瞬間──倍の速度と威力を持って、射手へと跳ね返った。

 

「なッ……!?」

 

 ズガガガガガッ!! 

 自身の放った弾丸によって、暗殺者たちが次々と吹き飛ばされる。

 

 悲鳴を上げる暇すらない。

 物理法則の無視。運動エネルギーのベクトル反転。

 それがSランク・黒鉄剣心の「防衛システム」だ。

 

「ば、バカな……! 魔法の構成式を書き換えただと!?」

「書き換えてなどいません。ただ『お返し』しただけです」

 

 剣心は鏡の結界を解除し、悠然と歩み寄る。

 

「さて、次は私の番ですね。……貴方たちには感謝しています」

「な、なに……?」

「昼間の戦いでは、私は彼女への敬意から『能力』を使うことができなかった。……その鬱憤が、少々溜まっていたもので」

 

 剣心は《天照》を上段に構える。

 刀身が赤熱し、周囲の大気が陽炎のように揺らぎ始める。

 

「光栄に思いなさい。これは、神話の一端です」

 

「ひ、ひぃぃッ!?」

 

 暗殺者たちが後退る。

 本能が理解したのだ。目の前にいるのは学生ではない。

 人の皮を被った、天災そのものだと。

 

「《天照》・第一解放──」

 

 剣心が名を紡ぐ。

 それは、太陽のフレア。

 触れるもの全てを原子レベルで分解する、拒絶の炎。

 

「──《灼熱(プロミネンス)》ッ!!」

 

 ドォォォォォォンッ!!! 

 剣心が剣を振り下ろした瞬間、夜の闇が真昼のように照らされた。

 直線状に放たれた超高密度の熱線が、暗殺者たちの横を──あえて外して──走り抜ける。

 熱線は森の木々を灰にし、遥か後方の岩山に大穴を開けて蒸発させた。

 衝撃波だけで、暗殺者たちは吹き飛び、地面に叩きつけられて気絶する。

 

「……ふぅ」

 

 剣心は剣を振るい、残心をとる。

 刀身から立ち昇る煙が、月明かりに溶けていく。

 

「……火力調整(コントロール)、成功。これなら森火事にはなりませんね」

 

 一輝殿やステラ殿を起こさないよう、音と光を最小限(それでも爆音だが)に抑えたつもりだ。

 剣心は気絶した暗殺者たちを見下ろす。

 殺しはしない。

 彼らを突き出せば、本家の介入の証拠になる。これは理事長へのいい手土産だ。

 

「……さて」

 剣心は再び空を見上げた。

 

「見ていましたか? ……私の力」

 

 誰もいない夜空。

 だが、剣心には感じられた。

 世界のどこかで、あの銀色の瞳が、面白そうにこちらを見ている気配が。

 

「次は、貴女にこれを届けに行きます。……覚悟していてください」

 

 剣心は《天照》を鞘に納める。

 その口元には、完璧な優等生の仮面ではなく、獲物を追う狩人の、獰猛で純粋な笑みが浮かんでいた。

 

 合宿の夜は更けていく。

 だが、怪物の鼓動はもう止まらない。

 神話級の戦いの幕開けは、すぐそこまで迫っていた。

 

(続く)

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