落第騎士の英雄譚ー始まりの分家ー   作:来世で会おう

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少しの間ですが、実験的に毎日12:00(昼)予約投稿を使います。どうかご理解ください。


第13話:開幕、空前の怪物(前編)

 1.祝祭の計算式

 

 七星剣武祭。

 

 それは、全国の学生騎士たちが頂点を目指して競い合う、年に一度の夢の舞台。

 

 今年の会場となるベイサイドスタジアムは、収容人数六万人を誇る巨大な人工島だ。

 海風に乗って運ばれてくる熱気と歓声。

 空には各学園の校章を描いたホログラムの花火が打ち上がり、祭りの始まりを告げていた。

 

「……ほう。人口密度、騒音レベル、魔力濃度。すべてが私の想定の1.2倍で推移していますね」

 

 人混みをかき分けながら、黒鉄剣心は冷静に──しかし、どこか楽しげに周囲を見回した。

 

 今日の彼は、破軍学園の代表ユニフォームに身を包んでいる。黒を基調とした戦闘服は、彼の色白な肌と知的な風貌を際立たせており、すれ違う女性客からの視線が痛いほど突き刺さる。

 

「きゃっ! 見てあの人、すごくカッコよくない?」

「破軍の代表よ! Sランクの黒鉄剣心様だわ!」

 

 黄色い声援と共に、他校の女子生徒たちが色めき立つ。

 中には大胆にも連絡先のIDを書いたメモを渡そうとする者までいた。

 

「申し訳ありません。私の端末は現在、セキュリティ強化のため外部からのアクセスを遮断しております」

 

 剣心は完璧な営業スマイルでやんわりと拒絶する。

 嘘ではない。今の彼の端末には、妹たちからの応援メッセージと、一輝との特訓記録、そしてエーデルワイスに関する(ほとんど成果のない)捜索データしか入る余地はない。

 

「モテモテね、剣心。……あーあ、こっちは一輝がガチガチに緊張しちゃって大変だっていうのに」

 

 隣を歩くステラ・ヴァーミリオンが呆れたように溜息をつく。

 

 その視線の先では、黒鉄一輝が顔面蒼白でスポーツドリンクを飲み干していた。

 

「だ、大丈夫だよステラ。……ただ、ちょっと武者震いが……」

「武者震いでストロー噛み砕かないでよ!」

 

 一輝のガチガチぶりは相当なものだ。

 Fランクから這い上がってきた彼にとって、この大舞台はプレッシャーの塊だろう。

 

 剣心はふっと笑い、屋台で買ったばかりの巨大な綿あめを一輝に差し出した。

 

「一輝殿。糖分を摂取してください。脳の演算処理が追いついていませんよ」

「え、あ、ありがとう剣心君。……でもこれ、すごく大きくない?」

 

「店員が砂糖の結晶構造を均一にする技術を持っていなかったので、私が指導して再構築させました。計算外のフワフワ具合です」

「……どんな指導をしたんだい?」

 

 一輝が綿あめを口に含むと、その甘さに少しだけ表情が緩んだ。

 剣心なりの、不器用な激励だった。

 

「いいですか一輝殿。貴方が負ける確率は、私の計算上0.01%未満です。……もし負けたら、私のスーパーコンピューター並みの脳がエラーを起こして寝込みますので、責任を取ってくださいね」

「はは……それは責任重大だね。分かったよ、剣心君」

 

 一輝の目に、いつもの光が戻る。

 その様子を見ていた黒鉄珠雫が、すっと剣心の横に並んだ。

 

「……余計なお世話よ、分家の人。お兄様のメンタルケアは私の役目なのに」

「おやおや。貴女がやると、過剰なスキンシップで余計に心拍数を上げてしまうでしょう?」

「……チッ。一理あるのが腹立たしいわ」

 

 珠雫は悔しそうに舌打ちしつつも、剣心に向ける視線には以前のような殺気はなかった。

 

 合宿を経て、奇妙な信頼関係──あるいは「兄を守るための共闘関係」が築かれつつあるようだ。

 

 2.場違いなノイズ

 スタジアムの通路を歩いている時だった。

 剣心の足が、ピタリと止まる。

 

「……剣心君?」

「先に行っていてください。少し、気になるものがありました」

 

 一輝たちを先に行かせ、剣心は通路の脇にある柱の影へと視線を向けた。

 

 そこにいたのは、公式のユニフォームを着ていない、しかし異質な存在感を放つ集団だった。

 黒いローブを纏った小柄な少女。

 そして、派手な装飾を身につけた、どこか狂気を孕んだ目をした男。

 

 暁学園。

 

 裏社会で暗躍する、正規の登録枠にはない「影」の選手たち。

 彼らは剣心と目が合うと、ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、人混みの中へと消えていった。

 

「……チッ。薄汚い鼠が紛れ込んでいるな」

 

 剣心の口から、敬語が抜け落ちる。

 固有霊装《天照(アマテラス)》の第二位相──《八咫鏡(ヤタノカガミ)》の感覚機能(センサー)が、肌を刺すような悪意を感知していた。

 

(奴ら、私の『素性』を知っている目だったな)

 

 分家の裏切り者。Sランクの怪物。

 そんな肩書きなどどうでもいい。

 ただ、この神聖な祭典に、そして一輝達が立つべき舞台に、泥を塗るような真似をするなら──

 

「……徹底的に、掃除(クリア)するだけだ」

 

 剣心は一つ息を吐き出し、再び優等生の仮面を被って歩き出した。

 

 3.腐肉漁りの罠

 

 選手控え室への通路。

 剣心の初戦の相手は、すでに決まっていた。

 

 Bランク騎士、堂本カズヤ。通称《腐肉漁り(スキャベンジャー)》。

 

 実力はあるが、勝つためには手段を選ばないことで悪名高い男だ。

 

「……フン。Sランクだか何だか知らねぇが、所詮は温室育ちのお坊ちゃんだろ?」

 

 無人の通路で、堂本は歪んだ笑みを浮かべて待ち構えていた。

 彼の手には、何やら複雑な魔方陣が描かれたカードが握られている。

 

「俺の能力は『空間歪曲』と『視覚ジャミング』。……この通路に入った瞬間、テメェの平衡感覚はズタズタになる」

 

 堂本は、正面から戦うつもりなど毛頭なかった。

 試合前の通路で精神的に追い詰め、平衡感覚を狂わせた状態でリングに上がらせる。

 そうすれば、Sランクだろうとただの案山子だ。

 

 コツ、コツ、コツ……。

 革靴の音が近づいてくる。

 黒鉄剣心が、一人で歩いてくる。

 

「かかったな……!」

 

 堂本は魔力を解放した。

 通路の床、壁、天井に仕掛けられた魔法陣が一斉に発動する。

 

 ブォンッ……! 

 空間がぐにゃりと歪む。

 上下左右が逆転し、色彩が反転する。

 強烈な吐き気と目眩が襲うはずの「絶対的有利」な空間。

 堂本は勝ち誇った顔で、歪んだ空間の中に立つ剣心を見下ろした。

 

「ギャハハ! どうだエリート様! 立っているのもやっとだろ!? そのまま試合放棄してもいいんだぜぇ!?」

 

 堂本の嘲笑が通路に響く。

 だが。

 

「……ふむ」

 

 暗闇と歪みの中で、剣心の声はあまりにも平坦だった。

 

「視覚情報へのノイズ干渉。および三半規管への魔力波による直接攻撃。……なるほど、これが貴方の戦略ですか」

 

 剣心は、ふらつきもしない。

 それどころか、ポケットからスマホを取り出し、時間を確認する余裕さえ見せている。

 

「な、なんだと……!? なぜ平気なんだ!?」

「簡単なことです」

 

 剣心はゆっくりと顔を上げた。

 その瞳は、歪んだ空間の中でも揺らぐことなく、正確に堂本を射抜いていた。

 

「私は常に、五感から得られる情報を《八鏡》によって演算・補正しています。……貴方が作り出したこの程度の歪み、脳内で『正しい座標』に再計算して変換するのに、0.1秒もかかりませんよ」

「ば、バカな……! 人間の脳でそんな処理ができるわけが……!」

 

 堂本が後ずさる。

 剣心は溜息をつき、静かに右手を掲げた。

 

「それに……貴方は致命的なミスを犯しました」

 

 剣心の周囲に、光の粒子が集束する。

 それは剣の形ではない。

 八枚の、神々しい輝きを放つ「鏡」の結界。

 

「私は今、少々気が立っていましてね。……薄汚い鼠を見たせいで、視界を綺麗にしておきたかったのです」

 

「第二位相・展開──《八咫鏡(ヤタノカガミ)》」

 

 剣心の言葉と共に、鏡が眩い光を放った。

 

「貴方のその汚い魔法……視界に入りません。全て、お返しします」

 

「──ッ!?」

 堂本が悲鳴を上げる間もなかった。

 

 彼が展開していた「歪み」と「ジャミング」が、鏡によって完全反射され、倍の威力となって彼自身を襲ったのだ。

 

「う、ぎゃあああああああッ!!?」

 

 自らの魔法で視界を奪われ、平衡感覚を破壊された堂本が、地面を転げ回る。

 

 剣心はその横を、埃一つついていない足取りで通り過ぎていく。

 

「……試合会場で待っていますよ。這ってでも来てくださいね」

 

 冷徹な宣告。

 だがその瞬間、剣心はふと足を止めた。

 

 展開した《八咫鏡》が、微かな波動を拾ったのだ。

 スタジアムのどこかから降り注ぐ、極めて純粋で、透明な「視線」。

 

(……ああ)

 

 剣心の胸の奥にある熾火が、小さく揺らめく。

 魔力でも、殺気でもない。

 ただそこに在るだけで世界を切り裂くような、白銀の気配。

 

(……ええ、すぐに終わらせます)

 

 剣心は口元を緩め、愛しい気配に向けて小さく会釈をした。

「不純物」は排除した。

 

 あとはリングの上で、彼女に届くような「最強」を証明するだけだ。

 怪物は、光の射すアリーナへと歩みを進める。

 

 たった3秒で終わる処刑劇の幕開けへ向かって。

 

(続く)

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