落第騎士の英雄譚ー始まりの分家ー   作:来世で会おう

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第15話:暁の凶刃、鏡の死角【前編】

 七星剣武祭、大会二日目の朝。

 

 昨日の「三秒の蹂躙」は、大会史上最速の決着として瞬く間に世界を駆け巡った。Sランク騎士・黒鉄剣心の圧倒的な実力は、観客のみならずプロの騎士たちをも戦慄させていた。

 だが、当の本人は、そんな喧騒など視界にも入っていない。

 

「……ふふ」

 

 選手専用宿舎の一室。剣心は、胸ポケットから取り出した「白銀の花弁」を、朝日に透かして眺めていた。

 それは、昨日彼が控え室で見つけた、この世で最も美しい「合格通知」。

 

「私の剣を、見ていてくださったのですね。……そして、ここまで来いと、そう仰るわけですか」

 

 彼の瞳には、いつもの冷徹な計算高さとは違う、熱く、ぎらついた執着の炎が宿っていた。

 一輝やステラが「頂点」を目指すのに対し、剣心の視線はその先──遥か高みの空に座す、白銀の比翼へと向けられている。

 彼にとって、この大会は彼女という「神域」に触れるための階段に過ぎない。

 

「剣心君、おはよう。……って、またそれを見てるのかい?」

 

 ドアをノックして入ってきた黒鉄一輝が、苦笑しながら声をかける。

 一輝には、昨夜のうちに「彼女」の気配を感じたことを伝えていた。

 

「ええ。一輝殿、これ以上のモチベーションがどこにあるというのですか? 私の計算では、今の私は昨日の自分より1.5倍は効率的に動けますよ」

「はは……。剣心君がやる気なのは心強いけど、少し怖いくらいだよ」

 

 一輝は、友人の瞳の奥にある「狂気」に近い情熱を肌で感じていた。

 今の剣心は、彼女に届くためなら、目の前の敵が誰であろうと一瞬で焼き尽くし、踏み越えていくだろう。

 

 2.不純物の混入

 

 大会二日目のスタジアムは、昨日以上の熱気に包まれていた。

 ステラ・ヴァーミリオンの初戦が近づき、破軍学園のメンバーたちは代表専用の観客席へと向かっていた。

 

「よーし、私も剣心に負けないくらい派手に決めてくるわ! 見てなさいよ、一輝、剣心!」

「ああ、期待しているよステラ」

「ステラ殿。暴れすぎて会場の酸素を使い切らないでくださいね。計算が狂いますから」

 

 軽口を叩き合いながら歩く一行。

 だが、その時、剣心の《八鏡(はっきょう)》が、スタジアムの華やかな空気の中に紛れ込んだ「毒」を感知した。

 

(……チッ。またこの不快な周波数か)

 

 昨日、通路で感じたあの鼠どもの気配。

 

 暁学園。

 

 彼らの放つ魔力は、剣心にとって「彼女に見せるべき美しい舞台」を汚す、最悪の不純物だった。

 

「一輝殿。……少々、ゴミ掃除をしてきます。先に行っていてください」

「え? 剣心君、何かあったのかい?」

「いえ。私の演算の精度を上げるために、少し視界をクリアにしておきたいだけです」

 

 剣心は優雅に一礼し、一人でスタジアムの裏通路へと姿を消した。

 その足取りは静かだが、一歩踏み出すごとに周囲の温度が物理的に上昇していく。

 彼の中に渦巻く、彼女への執着という名の燃料が、不純物への怒りとなって発火し始めていた。

 

 3.掃除の時間

 

 スタジアムの最下層、一般人は立ち入り禁止の薄暗いメンテナンス通路。

 

 そこには、暁学園の構成員──風祭が、ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべて待っていた。

 

「ひゃっひゃっひゃ! やっぱり来たねぇ、エリート様。……そんなに殺気立って、どうしたんだい? もしかして、昨日の『ご褒美』がそんなに嬉しかったのかなぁ?」

 

 風祭は知っていた。剣心がエーデルワイスの花弁を手に入れたことを。

 そして、それが彼の逆鱗であり、同時に最大の弱点になり得ることを。

 

「……貴様のような下劣な輩が、彼女の名を口にするな」

 

 剣心の声から、一切の感情が消えた。

 いや、全ての感情が「殺意」という一点に収束した。

 

「計算は終わりました。……貴様たちがここにいる理由。ステラ殿の試合を妨害し、大会を混乱させること。……そして、私の『平穏』を乱すこと」

 

 剣心は右手をゆっくりと掲げる。

 具現化されるのは、黄金の光を放つ固有霊装《天照(アマテラス)》。

 

「貴様たちは、大きな間違いを犯した。……私は、一輝殿のようにフェアプレーを重んじるほど、お人好しではない。……彼女に見せる舞台に、泥を塗る者は──」

 

 剣心の背後に、八枚の巨大な「鏡」が展開される。

 それは太陽のように眩く、そして絶対的な力で空間を支配する。

 

「──分子レベルまで分解し、塵一つ残さず消去(クリア)します」

 

 通路の壁が、剣心の放つ魔圧でミシミシと悲鳴を上げる。

 Sランクの怪物が、その執着を牙に変えて、暁の刺客へと襲いかかろうとしていた。

 

 4.不純物の「排熱」

 

 スタジアムの地下、巨大な送風機が唸りを上げるメンテナンス通路。そこは祭典の華やかさとは無縁の、油と鉄錆の匂いが立ち込める奈落だ。

 

「ヒッ、ヒヒッ……! さすがはSランク、いい顔するねぇ。その澄ました顔の奥で、今にも発狂しそうな情熱が渦巻いてるのが見えるぜ?」

 

 暁学園の構成員、風祭は、天井から蜘蛛のようにぶら下がりながら、手にした歪なナイフを弄んでいた。

 

 彼の周囲には、影から生み出された数多の「泥の獣」が蠢いている。それらはスタジアムの観客の熱狂を「負の感情」へと変換し、結界を蝕むための触媒だ。

 

「……発狂、ですか。貴様の低俗な語彙では、私のこの『純粋な志』をそのようにしか定義できないのですね」

 

 剣心は一歩、また一歩と、油の浮いたコンクリートを踏みしめて進む。

 彼の足元からは、陽炎のような熱気が立ち昇っていた。

 その瞳はもはや、目の前の敵を「生命」として認識していない。ただの「排除すべきエラー」として、冷徹にロックオンしている。

 

「いいですか。私の視界は今、極めて良好なのです。彼女が遺していったあの花弁の輝きに比べれば、貴様の存在など、レンズに付着した塵芥に等しい」

 

 剣心の背後で、八枚の巨大な鏡──《八咫鏡(ヤタノカガミ)》が、静かに、しかし威圧的な回転を始めた。

 

(ゴミ)は、掃き溜めへ。……いえ、この世から消去すべきです。彼女が再びこのスタジアムを見た時、貴様のような不純物が一粒でも残っているなど、私の美学が許さない」

「ハッ! 理屈はいいんだよ! 喰らえッ、《万魔の影宴(シャドウ・パーティ)》!!」

 

 風祭の叫びと共に、数十体の泥の獣が一斉に剣心へと飛びかかった。物理法則を無視した角度からの、全方位同時攻撃。

 だが、剣心は剣を抜くことすらしない。

 

反射(リフレクト)──全事象反転」

 

 パリンッ、と。

 空間が割れるような硬質な音が響く。

 飛びかかった獣たちが剣心の身体に触れる直前、鏡の結界が発動した。

 

 獣たちの「突進速度」と「殺意のベクトル」が、鏡の面によって180度完璧に反転される。

 

「ギャアアアアッ!?」

 

 自らの爪で己を裂き、自らの牙で己を噛み砕く獣たち。

 それは「戦闘」ではない。ただの「自滅」の風景だ。

 

「な、なんだよその力は……!? 俺の影が、命令を聞かねぇ!?」

 

「当たり前です。私は貴様の影に干渉したのではない。貴様が放った『事象』を、私の演算によって上書きしたのです」

 

 剣心が右手をかざすと、八枚の鏡が中央に集束し、レンズの形を成した。

 

 その中心に、黄金の魔力が収束していく。

 

「貴様は先ほど、私の情熱を『発狂』と呼びましたね。……ならば、その『狂気』の一部をお見せしましょう」

 

 剣心の魔力が、爆発的に膨れ上がる。

 それは、一輝の《一刀修羅》のような命を削る輝きではない。

 

 周囲の熱エネルギーを強制的に吸収し、一点に濃縮する──太陽の「核」を模した、絶対的な熱。

 

「《天照(アマテラス)》・第一開放──《灼熱(プロミネンス)》」

 

 剣心の指先から、針のように細い、しかし太陽の表面温度に匹敵する「超高温の光線」が放たれた。

 

 シュオォォォ……ッ! 

 

「ひ、ひぃぃぃッ!?」

 

 風祭が咄嗟に影を壁にして防ごうとするが、無駄だった。

 影そのものが蒸発し、背後のコンクリート壁が瞬時に溶解して溶岩と化す。光線は風祭の右腕を掠め、その組織を一瞬で炭化させた。

 

「あ、あああああッ!! 熱い、熱い熱い熱いッ!!」

「騒がないでください。計算通り、即座に神経を焼いたので、痛みは数秒後に消失するはずです。……それよりも、貴様の汚い叫び声で『外』の喧騒を汚したくない」

 

 剣心は冷徹に歩み寄る。

 

 風祭の恐怖に満ちた瞳に映るのは、美しく、そして残酷な「愛の信奉者」の姿だった。

 

 3.スタジアムの異変

 

 その頃、地上ではステラ・ヴァーミリオンの試合が始まろうとしていた。

 

 しかし、入場口に立つステラは、微かな眩暈(めまい)に襲われていた。

 

「……何、これ。身体が、重い……?」

 

 ステラの強力な魔力が、まるで底なし沼に吸い込まれるように減衰していく。

 

 暁学園の残りのメンバーが仕掛けた、スタジアム全体を巨大な「魔力吸引陣」に変える大規模工作。

 

 観客の声援が「呪い」へと変換され、代表選手たちの力を奪っていく。

 

「ふふ……。いくら皇女様でも、これでは剣を振ることすらままならないでしょう?」

 

 対戦相手の騎士が、卑劣な笑みを浮かべてステラを見下ろす。

 一輝や珠雫も、観客席で異変を感じ取っていた。

 

「……くっ、この魔力の流れ、異常だ! 誰かがスタジアムの霊脈を弄っている……!」

「お兄様、私が止めに……っ、だめ、足が……!」

 

 破軍のメンバーたちが危機に陥る中、スタジアムの巨大モニターがノイズを走らせた。

 

 そして次の瞬間。

 

 ドォォォォォンッ!!! 

 地下から突き上げるような衝撃波が、スタジアムを激しく揺らした。

 

 4.鏡越しの介入

 

「……見苦しい」

 

 地下通路。

 半死半生の風祭を足蹴にしながら、剣心は《八咫鏡》を通じて、地上の「異常」を完全に観測していた。

 彼の視覚データには、ステラを苦しめる魔力の「糸」が、血管のようにスタジアム中に張り巡らされているのが見えている。

 

「私の目の前で……彼女(エーデルワイス)が見ているこの神聖な舞台を、これほどまでに汚すとは」

 

 剣心の眼鏡が、激しい怒りの魔力で青白く発光する。

 彼は懐から「白銀の花弁」を取り出し、愛おしそうに一度だけ唇を寄せた。

 

「……見ていてください、エーデルワイス。私は貴女の隣に立つに相応しい、唯一の『最強』であることを証明します」

 

 剣心は《天照》を上段に構える。

 その周囲に展開された八枚の鏡が、地下室の天井を突き破り、虚空へと浮上していく。

 

「《八咫鏡》・連動展開──《万象観測・真実の光(レイ・オブ・トゥルース)》」

 

 地下に居ながらにして、剣心の意識はスタジアム全体へと拡張される。

 地上の「呪い」の術式。その全てが、剣心の脳内モニターに赤く表示(デバック)される。

 

「──全て、反射(リフレクト)します。……一滴の不純物も残さずに」

 

 剣心の放つ黄金の光が、地下から地上へと、噴水のように突き抜けた。

 

(続く)

 

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