1.原初の白、終焉の光
「……ぁ、ああぁ……何なのよ、これ……。私の色が、私の絶望が……消えていく……!?」
サラ・ブラッドリーは、自身の足元から溢れ出す「純白の光」に、魂を削られるような恐怖を覚えていた。
彼女が描いた『一千人の絶望の叫び』──リングを埋め尽くしていた漆黒の亡者たちの腕が、その光に触れた瞬間に、まるで最初から存在しなかったかのように「透明」へと還っていく。
「サラ殿。貴方は言いましたね。色彩こそが情熱であり、愛であると」
深淵の底、沈みかけていた剣心が、ゆっくりと立ち上がる。
彼の周囲にあった八枚の鏡は、もはや存在しない。それらは一つの巨大な光の渦へと収束し、彼の右手に「形」を持って結実しようとしていた。
「ですが、光学の基礎を忘れたのですか? 貴方が誇るその極彩色は、光が物質に衝突し、一部の波長を
剣心の瞳から、黄金の紋様が消え、一点の曇りもない「白銀」の輝きが宿る。
それは、彼が焦がれてやまないエーデルワイスの剣気と、驚くほど似通った色をしていた。
「拒絶から生まれた偽物の色で、私の『真実』を塗り潰せるとでも? ……滑稽ですね」
「うるさい! うるさいうるさいッ!! 黙れぇッ!!」
サラが発狂したように、折れかけた筆を振りかぶる。彼女は自身の全魔力、全生命力を絞り出し、最後の禁忌を描き出した。
「《万魔の色彩》・最終章──『地獄に咲く、私の死』!!」
サラの背後に、スタジアムを覆い尽くさんばかりの巨大な「血のキャンバス」が出現する。そこには、彼女自身の心臓を核とした、悍ましくも美しい死の女神が描かれていた。
その女神が鎌を振り下ろす。物理防御も概念防御も無視し、触れた者の魂を強制的に「死という結果」へ書き換える、回避不能の終末。
しかし、剣心は動じない。
彼はただ、右手に集束した光を、静かに「剣」の形へと成型した。
「──第三解放・《
現れたのは、刀身すら光で構成された、実体なき神剣。
三種の神器、最後の一つ。事象を映す「鏡」でも、重力を縛る「勾玉」でもない。
それは、因果の糸を『切り分け』、真実のみを抽出する裁断の刃。
「色のない世界へ、送って差し上げましょう」
剣心が、静かに一歩踏み出した。
2.白銀の裁断
「死ねぇぇぇッ!! 剣心!!」
死の女神の鎌が、剣心の脳天へと振り下ろされる。
同時に、スタジアム中の空気がサラの怨念によって凍りつき、空間そのものが「死」の色に染まった。
だが。
シュンッ……。
音が消えた。
剣心が《草薙》を横一文字に振るった瞬間、スタジアムを支配していた狂気の色彩が、紙細工のように「左右」へと泣き分かれた。
「……えっ?」
サラの口から、呆けたような声が漏れる。
彼女が放った必殺の概念干渉。それが、剣心の振るった光の軌跡を境に、完全に「切断」されていた。
切り口から溢れ出すのは、血ではない。それは、色が意味を失い、ただの無機質な「情報」へと還元される際の、純粋な魔力の光。
「光は全ての波長を内包する。……故に、光の前で隠し通せる『嘘』など存在しない」
剣心は、止まらない。
死の女神の鎌を潜り抜け、最短距離でサラの懐へと肉薄する。
その動きには、もはや無駄な
「これが、私のバグ……私の『真実』です」
「待っ──」
サラが制止の声を上げる暇もなかった。
白銀の刃が、サラの胸元を、そして彼女の背後にそびえ立つ「地獄のキャンバス」を、真っ向から両断した。
ドォォォォォォォンッ!!
爆発ではない。
それは、世界が
スタジアムを埋め尽くしていた赤い雨、黒い沼、異形の怪異たち。
それら全てが、剣心の一撃から放たれた「白」に飲み込まれ、霧散していく。
「あ、あああああああ……ッ!! 私の、私の世界が……真っ白に……!!」
サラの悲鳴が、白光の中に溶けていく。
彼女が築き上げてきた狂気の芸術は、剣心の圧倒的な「真実」の前に、ただの一画も残さず消去された。
3.青空の帰還
光が収まった時。
スタジアムには、本来の、突き抜けるような青空が戻っていた。
観客席を覆っていた不気味な雲も消え、爽やかな海風がリングの上を吹き抜けていく。
リングの中央。
剣心は、消えゆく《草薙》の余光を纏いながら、静かに立っていた。
その足元には、固有霊装が砕け散り、意識を失って横たわるサラ・ブラッドリーの姿。
数秒の間、スタジアムは水を打ったような静寂に包まれた。
そして、一拍置いて──。
「……勝者、黒鉄剣心ッッッ!!!」
実況の絶叫と共に、鼓膜を破らんばかりの大歓声が爆発した。
「剣心! 剣心! 剣心!」
数万人の観客が、一人の「怪物」の名前を、今度は恐怖ではなく賞賛を込めて叫んでいる。
だが、剣心は勝利のポーズすら取らなかった。
彼はただ、乱れた前髪をかき上げ、胸のポケットに手をやった。
そこにある「白銀の花弁」が無事であることを確認し、安堵の溜息を吐く。
(……見苦しい姿を見せましたね、エーデルワイス)
剣心は、誰にも聞こえない声で呟いた。
《草薙》の開放は、彼の魂を削り、魔力回路に深刻な負荷を与えていた。視界は白く霞み、膝は今にも折れそうだ。だが、彼は背筋を伸ばし、悠然とした足取りでリングを降りた。
「剣心君!!」
花道の出口。そこには、一輝とステラが待っていた。
「すごい、すごかったよ剣心君! あの光……まるで世界そのものを書き換えたみたいだった!」
一輝が、自分のことのように目を輝かせて駆け寄ってくる。
「……計算違いですよ、一輝殿。……予定よりも魔力を使いすぎました。……少し、肩を貸していただけますか」
剣心が力なく微笑むと、一輝は慌ててその身体を支えた。
「当然だよ。……ゆっくり休んで。あとは、僕が諸星さんに勝って、君の待つ場所へ行くから」
「……ええ。……楽しみに、していますよ」
二人が言葉を交わした、その時だった。
4.嵐の予兆
「──フン。馴れ合いか。反吐が出る」
低く、しかしスタジアムの喧騒さえも圧し殺すような「
一輝と剣心、そしてステラの三人が、同時にその方向を凝視する。
薄暗い通路の向こう。
壁にもたれかかり、退屈そうに大太刀を弄んでいる巨漢。
《風の王》、黒鉄王馬。
「王馬……兄さん」
一輝の声が、強張る。
王馬は、ゆっくりと顔を上げた。その瞳には、先ほどの剣心の激闘に対する賞賛など微塵もなかった。あるのは、自分以外の全てを「塵」と断じる、圧倒的な強者の傲慢だけだ。
「……分家の小僧。サラのガラクタを壊した程度で、良い気になっているのか?」
王馬が一歩踏み出す。それだけで、通路の空気が物理的に重くなり、壁に亀裂が走った。
ステラが反射的に剣の柄に手をかけるが、剣心はそれを制した。
「……王馬殿。……貴方の『退屈』を埋めるには、今の私の光では足りませんでしたか?」
剣心は、一輝の肩を借りながらも、王馬の視線を真っ向から受け止める。
その瞳には、先ほどサラを破った時の「白銀の炎」が、まだ消えずに宿っていた。
「足りんな。……光など、俺の《天龍》が巻き起こす嵐の前では、一瞬で吹き飛ぶ灯火だ。……お前は次、俺と当たる。準決勝……そこが、お前の計算の終着点だ」
王馬は、一輝を一瞥もすることなく、剣心だけを見据えた。
「一輝のようなゴミとは違う、少しはマシな『玩具』だと思っていたが……期待外れに終わらせるなよ? 俺に一太刀も浴びせられずに壊れるようなら、その時はお前もろとも、
「……貴様ッ……!」
一輝が怒りに震え、前に出ようとする。だが、剣心がその腕を強く掴んだ。
「……いいでしょう、王馬殿。……貴方のその傲慢な『風』、私の鏡でどこまで跳ね返せるか。……
「ハッ。……精々、短い余生を楽しんでおくんだな」
王馬は背を向け、嵐のような気配と共に去っていった。
残された三人の間に、重苦しい沈黙が流れる。
準決勝。
それは、黒鉄家の本家と分家、その「王」同士が激突する、運命の交差点。
王馬という、文字通り「天災」を体現したような男を前に、剣心は残された僅かな時間で、さらなる進化を遂げなければならない。
(……王馬殿。貴方は強い。……私の今の演算では、勝率は1%にも満たない)
剣心は、遠ざかる王馬の背中を見つめながら、心の中で眼鏡を直した。
(ですが、彼女は言いました。……バグを見せてみろ、と。……その言葉がある限り、私の勝率は、無限大です)
七星剣武祭、準々決勝。
怪物は暁の魔女を屠り、ついに最強の「壁」へと手をかけた。
物語は、因縁が渦巻く準決勝──黒鉄王馬戦へと加速していく。
(続く)