1.絶対強者の「呼吸」
七星剣武祭、準決勝第一試合。
その開始を告げるブザーが鳴る前から、スタジアムの空気は物理的な質量を持って観客を押し潰していた。
「……信じられない。まだ、
観客席の最前列で、ステラ・ヴァーミリオンが戦慄に身を震わせる。
リングの中央に立つ男、黒鉄王馬。
ただそこに立っているだけで、スタジアム中の空気が彼という「核」に向かって収束し、真空の渦を作り出している。それは魔力という言葉では片付けられない、星の自転さえも狂わせかねない「暴力的なまでの存在感」だった。
「分家の小僧。……貴様の鏡、先ほどの試合で随分と派手に割れていたようだが、修復は済んだのか?」
王馬の声は低いが、スタジアムの隅々まで物理的な振動となって響き渡る。
「……ご心配なく。予備の
剣心が指先を鳴らすと、彼の周囲に十六枚の鏡《
「フン、数だけ増やして何になる。……理解しろ、剣心。貴様が積み上げたその精緻な
2.抜刀・天龍
「──来なさい、王馬殿。貴方のその傲慢ごと、跳ね返してあげましょう」
剣心の挑発と同時に、王馬が動いた。
いや、動いたと認識できたのは、剣心の演算回路だけだった。
「──跪け。《
王馬が大太刀を抜くと同時に、リング上の全方位から空気が消失した。
真空状態。そして次の瞬間、大気を切り裂く轟音と共に、巨大な風の塊が「龍の顎」となって剣心へと殺到する。
「──全事象、
剣心は即座に十六枚の鏡を多層化させ、衝突点へと集中させた。
ドォォォォォォォォンッ!!!
スタジアム全体が地震のような揺れに見舞われる。防御の余波だけで、強化コンクリートのリングが深々と陥没した。
「……ぐ、ぅぅっ……!?」
鏡の内側で、剣心の全身の毛細血管が弾け、口端から鮮血が溢れる。
防いでいる。確かに全ベクトルを計算し、完璧に中和しているはずだった。
だが──反射したはずの風が、王馬の手元に戻ることなく、空中で不自然に「再加速」し、剣心の背後から再び襲いかかってきたのだ。
「……計算、エラー……!? 反射したベクトルの『慣性』が書き換えられた……!?」
「驚くことはない。この空間にある空気は全て、俺の意思に従う下僕だ。……反射した程度で、俺の支配から逃れられると思うな」
王馬が指先を動かすたび、荒れ狂う風の龍は分裂し、三頭、五頭と増殖していく。
それはもはや「剣技」ではない。王馬という男を核とした、局地的な気象兵器の暴走だった。
3.計算機の限界突破
剣心は、自身の脳が焼き切れるような感覚を覚えた。
これまでの戦闘では、《八咫鏡》を数枚操作するだけで事足りていた。しかし、全方位から物理法則を無視した軌道で襲いかかる「意思を持つ風」を相手にするには、十六枚の鏡を独立させて並列処理する必要がある。
(……一秒間に、四億回の座標計算。……風の圧力から王馬殿の魔力残滓を抽出し、次の機動を先読みする。……可能だ。……私なら、可能だ!!)
剣心の魔力が、黄金から「青白い熱」へと変質する。
「──第二解放・《
剣心の周囲に展開された鏡が、勾玉の形をした「重力楔」を空間に打ち込む。
荒れ狂う風の龍たちが、重力の檻に捕らえられ、その動きを鈍らせる。
「ほう。風そのものを重くして、機動力を奪うか。……分家なりの『足掻き』、少しは楽しめそうだ」
王馬は薄く笑うと、大太刀を高く掲げた。
その刀身に、スタジアム中の風が収束し、不気味なほどの「静寂」がリングを包む。
それは、さらなる大災害の前触れ。
「だが剣心、忘れるな。……貴様がどれだけ鏡を磨こうとも、映し出す『自分自身』が空っぽであれば、そこにあるのはただの虚無だ」
王馬の言葉が、剣心の胸を鋭く刺す。
道具として育てられ、効率だけを追い求めてきた「始まりの分家」。
その心の奥底にある、自分でも気づいていない「恐怖」を、王馬は見透かしていた。
「……空っぽ、ですか。……ええ、そうかもしれませんね」
剣心は、血の混じった唾を吐き捨て、ひび割れた眼鏡を直した。
その瞳には、かつてないほどのドス黒い、そして純粋な「情熱」が宿る。
「……ですが、空っぽだからこそ、何者にも染まらず……貴方のその傲慢な『風』さえも、完璧に映し取ることができるのですよ!!」
4.激突の果てに
剣心の魔力が、黄金色から「白熱」へと昇華される。
十六枚の鏡が、王馬を取り囲むように巨大な円陣を形成した。
「三種の神器、同時接続──『擬似神域・
「ハッ、面白い。……なら、世界ごと吹き飛べ!! 《奥義・
王馬の一振りが、空間そのものを削り取る真空の嵐を解き放つ。
対する剣心は、全ての鏡を「反転」ではなく「吸収」へと転じさせた。
王馬の絶大なエネルギーを、一度鏡の中に閉じ込め、自身の魂を媒介にして「数倍」に増幅して撃ち返す──自壊をも厭わぬ、禁断のカウンター。
「──死ねぇッ!! 剣心!!」
「──墜ちなさい!! 王馬!!」
黄金の光と漆黒の風が、リングの中央で激突し、スタジアムを未曾有の閃光が飲み込んだ。
(続く)