落第騎士の英雄譚ー始まりの分家ー   作:来世で会おう

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第21話:天龍旋風、鏡界の軋み【前編】

 1.絶対強者の「呼吸」

 

七星剣武祭、準決勝第一試合。

 

その開始を告げるブザーが鳴る前から、スタジアムの空気は物理的な質量を持って観客を押し潰していた。

 

「……信じられない。まだ、霊装(デバイス)すら抜いていないというのに」

 

観客席の最前列で、ステラ・ヴァーミリオンが戦慄に身を震わせる。

 

リングの中央に立つ男、黒鉄王馬。

 

ただそこに立っているだけで、スタジアム中の空気が彼という「核」に向かって収束し、真空の渦を作り出している。それは魔力という言葉では片付けられない、星の自転さえも狂わせかねない「暴力的なまでの存在感」だった。

 

 「分家の小僧。……貴様の鏡、先ほどの試合で随分と派手に割れていたようだが、修復は済んだのか?」

 

 王馬の声は低いが、スタジアムの隅々まで物理的な振動となって響き渡る。

 

 「……ご心配なく。予備の演算資源(パーツ)は昨夜のうちに全て換装しました。……貴方の『天災』を観測するには、この程度の輝きは最低条件ですので」

 

 剣心が指先を鳴らすと、彼の周囲に十六枚の鏡《八咫鏡(ヤタノカガミ)》が展開される。通常の二倍。鏡一枚一枚が黄金の燐光を放ち、王馬から発せられる微細な風の乱れを、ナノ単位の精度で相殺(キャンセル)し始めた。

 

 「フン、数だけ増やして何になる。……理解しろ、剣心。貴様が積み上げたその精緻な論理(ロジック)など、俺の『風』の前では塵芥に等しいということを」

 

 

 2.抜刀・天龍

 

 「──来なさい、王馬殿。貴方のその傲慢ごと、跳ね返してあげましょう」

 

 剣心の挑発と同時に、王馬が動いた。

 

 いや、動いたと認識できたのは、剣心の演算回路だけだった。

 

 「──跪け。《天龍(てんりゅう)》」

 

 王馬が大太刀を抜くと同時に、リング上の全方位から空気が消失した。

 

 真空状態。そして次の瞬間、大気を切り裂く轟音と共に、巨大な風の塊が「龍の顎」となって剣心へと殺到する。

 

「──全事象、固定(ロック)。《八咫鏡》・第十六陣──『金剛(ダイヤモンド)』!!」

 

 剣心は即座に十六枚の鏡を多層化させ、衝突点へと集中させた。

 

 ドォォォォォォォォンッ!!! 

 

 スタジアム全体が地震のような揺れに見舞われる。防御の余波だけで、強化コンクリートのリングが深々と陥没した。

 

 「……ぐ、ぅぅっ……!?」

 

鏡の内側で、剣心の全身の毛細血管が弾け、口端から鮮血が溢れる。

 

防いでいる。確かに全ベクトルを計算し、完璧に中和しているはずだった。

 

 だが──反射したはずの風が、王馬の手元に戻ることなく、空中で不自然に「再加速」し、剣心の背後から再び襲いかかってきたのだ。

 

 「……計算、エラー……!? 反射したベクトルの『慣性』が書き換えられた……!?」

 

 「驚くことはない。この空間にある空気は全て、俺の意思に従う下僕だ。……反射した程度で、俺の支配から逃れられると思うな」

 

 王馬が指先を動かすたび、荒れ狂う風の龍は分裂し、三頭、五頭と増殖していく。

 

 それはもはや「剣技」ではない。王馬という男を核とした、局地的な気象兵器の暴走だった。

 

 

 3.計算機の限界突破

 

 剣心は、自身の脳が焼き切れるような感覚を覚えた。

 

 これまでの戦闘では、《八咫鏡》を数枚操作するだけで事足りていた。しかし、全方位から物理法則を無視した軌道で襲いかかる「意思を持つ風」を相手にするには、十六枚の鏡を独立させて並列処理する必要がある。

 

 (……一秒間に、四億回の座標計算。……風の圧力から王馬殿の魔力残滓を抽出し、次の機動を先読みする。……可能だ。……私なら、可能だ!!)

 

 剣心の魔力が、黄金から「青白い熱」へと変質する。

 

「──第二解放・《八尺瓊(ヤサカニ)》──『重力拘束(グラビティ・テザー)』!!」

 

 剣心の周囲に展開された鏡が、勾玉の形をした「重力楔」を空間に打ち込む。

 

 荒れ狂う風の龍たちが、重力の檻に捕らえられ、その動きを鈍らせる。

 

 「ほう。風そのものを重くして、機動力を奪うか。……分家なりの『足掻き』、少しは楽しめそうだ」

 

 王馬は薄く笑うと、大太刀を高く掲げた。

 

 その刀身に、スタジアム中の風が収束し、不気味なほどの「静寂」がリングを包む。

 

 それは、さらなる大災害の前触れ。

 

 「だが剣心、忘れるな。……貴様がどれだけ鏡を磨こうとも、映し出す『自分自身』が空っぽであれば、そこにあるのはただの虚無だ」

 

 王馬の言葉が、剣心の胸を鋭く刺す。

 

 道具として育てられ、効率だけを追い求めてきた「始まりの分家」。

 

 その心の奥底にある、自分でも気づいていない「恐怖」を、王馬は見透かしていた。

 

 「……空っぽ、ですか。……ええ、そうかもしれませんね」

 

 剣心は、血の混じった唾を吐き捨て、ひび割れた眼鏡を直した。

 

 その瞳には、かつてないほどのドス黒い、そして純粋な「情熱」が宿る。

 

 「……ですが、空っぽだからこそ、何者にも染まらず……貴方のその傲慢な『風』さえも、完璧に映し取ることができるのですよ!!」

 

 

 4.激突の果てに

 

 剣心の魔力が、黄金色から「白熱」へと昇華される。

 

 十六枚の鏡が、王馬を取り囲むように巨大な円陣を形成した。

 

 「三種の神器、同時接続──『擬似神域・鏡像世界(ミラー・ワールド)』!!」

 

 「ハッ、面白い。……なら、世界ごと吹き飛べ!! 《奥義・天龍旋風破(てんりゅうせんぷうは)》!!」

 

 王馬の一振りが、空間そのものを削り取る真空の嵐を解き放つ。

 

 対する剣心は、全ての鏡を「反転」ではなく「吸収」へと転じさせた。

 

 王馬の絶大なエネルギーを、一度鏡の中に閉じ込め、自身の魂を媒介にして「数倍」に増幅して撃ち返す──自壊をも厭わぬ、禁断のカウンター。

 

 「──死ねぇッ!! 剣心!!」

 

「──墜ちなさい!! 王馬!!」

 

 黄金の光と漆黒の風が、リングの中央で激突し、スタジアムを未曾有の閃光が飲み込んだ。

 

 (続く)

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