落第騎士の英雄譚ー始まりの分家ー   作:来世で会おう

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第4話:計算外の激情、深海の魔女

 

 

 翌朝。剣心はいつものように中庭で《天照》を振るっていた。

 

 しかし、今朝の彼は、自身の「完璧さ」に違和感を覚えていた。

 

 シュッ。

 

 斬撃の軌道。速度。角度。

 

 全てが計算通り、理想的な数値を示している。

 

 しかし、剣心の中のセンサーが、微細なエラーを警告していた。

 

 

 予定終了時刻との誤差:+0.05秒

 原因:思考の遅延

 

 

(遅い)

 

 剣心は舌打ちをした。

 

 剣を振るう瞬間、脳裏に昨夜の一輝の言葉がフラッシュバックするのだ。

 

 

 

『寂しいって。……誰か助けてくれって、泣いているように聞こえる』

 

 その言葉が、ノイズとなって思考回路に絡みつく。雑音が、計算速度を鈍らせる。

 

 

 

「……不愉快だ」

 

 

 

 彼は《天照》を乱暴に納刀した。

 

 これまでの彼なら、こんな感情的な納刀はしなかっただろう。道具に感情をぶつけるなど、非効率の極みだからだ。

 

 

 

(私は、彼に何を期待している? 救いか? 理解か? ……馬鹿げている)

 

 

 

 剣心は汗を拭い、逃げるようにその場を離れた。

 

 今日の彼は、自分が「完璧な機械」でいられる自信がなかった。

 

 

 

 2. 狩人の嘲笑

 

 放課後。剣心は次の試合までの空き時間、校舎裏のベンチで魔力循環の調整(メンテナンス)を行っていた。

 

 そこへ、耳障りな笑い声が聞こえてきた。

 

 

 

「ギャハハハ! おいおい、マジかよ『落第騎士』! 次の相手、俺だって分かってんのかァ?」

 

 不快な声の主は、去年の七星剣舞祭代表、桐原静矢(きりはら しずや)。通称『狩人』。

 

 彼は取り巻きたちと共に、一輝とステラを取り囲んでいた。

 

 剣心は、木陰からその様子を冷ややかに観察した。

 

 

 

(桐原静矢。能力は《狩人の森(エリア・インビジブル)》。姿と気配を消し、一方的に矢を放つ戦法。……性格はサディスティックで、弱者をいたぶることに快楽を見出すタイプ)

 

 剣心の《八鏡》が、桐原の危険度を弾き出す。

 

 

 戦闘能力評価:B

 人間性評価:E-

 対策:広範囲焼却、または探知魔法による位置特定で1.5秒以内に制圧可能

 

 

 剣心にとって、桐原は「取るに足らない雑魚」だった。関わる価値もない。

 

 普段なら、そのまま無視して立ち去っていただろう。

 

 だが、桐原の言葉が、剣心の足を止めた。

 

 

 

「お前みたいな才能のないゴミが、まぐれでいくつか勝ったからって調子乗んなよ? テメェは所詮、黒鉄家の面汚しなんだよ。さっさと辞退して、田舎に引っ込めばァ?」

 

 

 

 桐原は、一輝の胸ぐらを突き飛ばした。

 

 一輝は抵抗せず、ただ静かに相手を見据えている。隣のステラが激昂して殴りかかろうとするのを、一輝が手で制している。

 

「……桐原君。試合で決着をつけよう」

 

「あァ? 生意気なんだよ、Eランク風情が!」

 

 桐原が、一輝の顔に唾を吐きかけようとした──その時。

 

 

 

 ドォォン!! 

 

 凄まじい衝撃音が響き渡り、桐原たちの足元の地面が、爆発したかのように陥没した。

 

 

 

「な、なんだぁ!?」

 

 桐原たちが悲鳴を上げて飛び退く。

 

 土煙の中から、一人の男が静かに歩み寄ってくる。

 

 黄金の陽光を背負い、氷のように冷たい瞳をした男。

 

 

 

 黒鉄 剣心。

 

 

 

 彼は、霊装《天照》を抜いてすらいない。ただ、純粋な魔力の放出(プレッシャー)だけで、地面を砕いたのだ。

 

 

 

「……騒がしい。私の休息を妨げるな」

 

 剣心の声は低く、地獄の底から響くようだった。

 

 

 

「く、黒鉄……剣心……!?」

 

 桐原の顔が引きつる。

 

『史上最強の怪物』。学園最強の一角。自分たちが束になっても、指先一つで消し炭にされる相手。

 

 桐原の本能が、警報を鳴らしていた。

 

「な、何だよお前! 分家のくせに、俺たちに指図すんのか!?」

 

 桐原は虚勢を張るが、足が震えている。

 

 剣心は、桐原を一瞥もしなかった。彼の視線は、ただ一点、一輝の顔に向けられていた。

 

 

 

「一輝殿。……なぜ、黙っているのです」

 

 剣心の問いかけには、隠しきれない苛立ちが含まれていた。

 

「こんな下衆に、泥を塗られて、なぜ剣を抜かない。あなたのその『自由な剣』は、誇りを守るためにも使えないのですか」

 

 一輝は、剣心の激情に少し驚いたようだったが、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。

 

「ありがとう、剣心君。怒ってくれているのかい?」

 

「怒り? ……まさか。非効率な状況に呆れているだけです」

 

 剣心は否定したが、その拳は白くなるほど強く握られていた。

 

 彼は、自分がなぜこんなにも苛立っているのか理解できなかった。一輝が侮辱されることが、まるで自分自身の根幹を否定されたかのように感じたのだ。

 

 

 

(こいつは、私が認めた男だ。私が唯一、羨望した男だ。それを、こんな三流が……!)

 

 

 

 剣心は、ゆっくりと桐原の方へ顔を向けた。

 

 その瞳には、金色の魔力が渦を巻いていた。

 

「桐原静矢。……失せろ」

 

 

 

 たった一言。

 

 だが、そこには明確な『死の宣告』が含まれていた。

 

 

 

「ヒッ……!」

 

 桐原は腰を抜かしそうになりながら、取り巻きたちと共に蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 

「お、覚えてろよォ! 次の試合で、あの落第騎士をボコボコにしてやるからなァ!」

 

 捨て台詞を残して消える桐原。

 

 場には、静寂が戻った。

 

 

 

「……余計な真似をしました」

 

 剣心は、気まずそうに視線を逸らした。

 

 ステラが、目を丸くして剣心を見ている。

 

「あなた……意外と、熱いところあるじゃない」

 

「勘違いしないでいただきたい。騒音が不快だっただけです」

 

 

 

 剣心は背を向け、その場を去ろうとした。

 

 しかし、その行く手を阻むように、強烈な冷気が漂ってきた。

 

 

 

「……お兄様を助けたつもり?」

 

 

 凛とした、しかし絶対零度の冷たさを含んだ少女の声。

 

 通路の影から現れたのは、白い法衣のような衣服に身を包んだ、小柄な少女だった。

 

 

 黒鉄 珠雫(しずく)

 

 

 一輝の実の妹であり、今年入学したもう一人の天才。

 

 彼女の周囲だけ、空気が凍りついている。彼女は、蛇のような瞳で剣心を睨みつけていた。

 

 

「黒鉄珠雫殿」

 

「気安く名前を呼ばないで。……汚らわしい」

 

 珠雫は、露骨な嫌悪感を隠そうとしなかった。

 

 

「分家の最高傑作。お父様たちの操り人形。……あなたが、お兄様に近づくなんて、何の冗談かしら?」

 

 

 彼女にとって、黒鉄家(本家も分家も)は、愛する兄を冷遇し、追放した憎むべき敵だ。その分家が作り出した「最強の兵器」である剣心は、彼女にとって唾棄すべき存在でしかなかった。

 

 

「珠雫、やめるんだ。剣心君は助けてくれたんだよ」

 

 一輝が止めに入るが、珠雫の殺気は収まらない。

 

「お兄様は優しすぎます。こいつは、お兄様を『Eランク』と見下している連中と同じ穴の(むじな)ですよ。さっきの行動だって、自分の強さを誇示するためのパフォーマンスに決まっています」

 

 珠雫は、水魔法で空中に鋭利な氷の刃を生成した。

 

「お兄様の敵は、私が排除します。……たとえ、それが『史上最強』でも」

 

 

 一触即発の空気。

 

 剣心は、珠雫の敵意を真正面から受け止めた。

 

 彼の《八鏡》が、珠雫の能力を解析する。

 

 

 

 能力:水・氷操作。魔力制御技術はAAランク相当。

 脅威度:極めて高い。

 

 

 

 だが、剣心は《天照》を抜かなかった。

 

「……あなたの兄への愛情は、理解できます。ですが、見当違いも甚だしい」

 

「何ですって?」

 

「私は、一輝殿を見下してなどいない。……むしろ、彼こそが、私がこの学園にいる唯一の理由だ」

 

 

 

 剣心の言葉に、珠雫は虚を突かれたように目を瞬かせた。ステラも一輝も、驚きを隠せない。

 

 

 

「私は、彼が証明する未来を見たいのです。才能という鎖に縛られた私が、唯一見ることができない『自由な景色』を。……それを邪魔する者がいれば、私は誰であろうと排除する。それが、例え実の妹であろうと」

 

 剣心の瞳に宿っていたのは、冷徹な計算ではなく、狂信的とも言える執着だった。

 

 

 

 珠雫は、氷の刃を消した。

 

 彼女は、剣心の中に自分と似たもの──一輝への巨大な感情──を感じ取ったからだ。

 

「……変な男。いいわ、今回は見逃してあげる。でも、次にお兄様の邪魔をしたら、凍らせて砕くから」

 

 珠雫はフンと鼻を鳴らし、一輝の腕に抱きついた。

 

「行きましょう、お兄様。あんな変態、放っておいて」

 

「へ、変態……?」

 

 

 

 一輝は苦笑しながら、剣心に「ごめんね」と口パクで伝え、珠雫に連れられて去っていった。ステラも「あんた、やっぱり変人ね」と言い残して追いかけていく。

 

 一人残された剣心。

 

 

 

 彼は、深いため息をついた。

 

「……言質を取られてしまったな」

 

『彼こそが、私がこの学園にいる唯一の理由』。

 

 本人の前で、あんな恥ずかしい台詞を言ってしまった。計算外もいいところだ。

 

 剣心は、自分の顔が微かに熱いのを感じ、手で覆った。

 

 

 

 

 

 その日の夕方。予選リーグ第5戦。

 

 剣心の相手は、三年生のパワーファイターだった。

 

 

 

「うおおおお! 怪物だろうが何だろうが、俺の斧で叩き潰す!!」

 

 

 

 相手は大斧を振り回し、猛然と突っ込んでくる。

 

 いつもなら、剣心は冷静に分析し、最小限の動きで制圧するはずだった。

 

 

 

 初撃:縦斬り。回避行動Aを選択。所要魔力0.01。

 

 

 

 脳内で計算式が出る。

 

 だが、剣心はそれに従わなかった。

 

 

 

(イライラする)

 

 

 

 今日の出来事が。一輝への侮辱が。珠雫の敵意が。そして何より、自分の感情をコントロールできない未熟さが。

 

 全てが彼の中で渦巻き、黒いマグマとなっていた。

 

 

「……黙れ」

 

 

 剣心は、回避しなかった。

 

 彼は正面から踏み込み、《天照》に莫大な魔力を流し込んだ。

 

 

「《天照》・第一解放──《灼熱(プロミネンス)》」

 

 

 彼が初めて見せる、火力特化の技。

 

 黄金の刀身から、太陽のフレアのような爆炎が噴き出した。

 

 

 

「なっ!?」

 

 

 

 相手の斧ごと、防御魔法ごと、全てを焼き尽くす一撃。

 

 計算も、効率も、手加減もない。ただの八つ当たり。

 

 

 

 ズガァァァァァン!! 

 

 訓練場の結界が振動し、爆風が観客席まで届く。

 

 煙が晴れた後には、黒焦げになったリングと、気絶して白目を剥いた対戦相手、そして、まだ熱を帯びた刀を持って立ち尽くす剣心の姿があった。

 

 

 

「……勝者、黒鉄剣心!」

 

 審判の声が裏返る。

 

 観客は、恐怖で声を失っていた。これまでの「静かな処刑」とは違う、荒れ狂う破壊神」の姿に、誰もが戦慄した。

 

 剣心は、黒焦げの地面を見下ろした。

 

 

 

 魔力消費:想定の500倍

 戦闘評価:非効率、感情的、最低の出来

 

 

 

 自己評価は最悪だ。

 

 しかし、胸のつかえは少しだけ取れていた。

 

 

(私は、壊れ始めている)

 

 

 彼は《天照》を納め、空を見上げた。

 

 完璧な方程式は崩れ去った。残ったのは、不安定で、制御不能な、一人の人間としての感情。

 

「……桐原静矢と言ったか」

 

 剣心は、次に一輝と戦う男の名前を反芻した。

 

 もし、あの男が一輝に卑劣な罠を仕掛け、一輝の「証明」を汚すようなことがあれば。

 

 

(その時は、私が、この手で地獄を見せてやる)

 

 

 それは、騎士としての矜持か、それともただの私情か。

 

 今の剣心には、もう区別がつかなかった。

 

 

 

 翌日。天気は下り坂だった。

 

 空は重い雲に覆われ、今にも雨が降り出しそうだ。

 

 掲示板には、次の試合の組み合わせが張り出されている。

 

 そこには、注目の一戦が記されていた。

 

 

【第3ブロック 準決勝】

 

 黒鉄 一輝(Fランク) VS 桐原 静矢(Cランク)

 

 

 そして、別のブロックでは。

 

 

【第1ブロック 準決勝】

 

 黒鉄 剣心(Sランク) VS ……

 

 

 剣心は、一輝の名前を見つめる。

 

 その隣にいたのは、黒鉄珠雫だった。

 

「……今日はお兄様の試合よ」

 

 珠雫は、剣心を見ずに言った。

 

「知っています」

 

「相手はあの『狩人』。卑怯な手を使うことしか能がないクズ。……でも、相性は最悪」

 

 珠雫の声には、微かな不安が混じっていた。

 

 桐原の《狩人の森》は、姿を消して遠距離から攻撃する。一輝のような近接特化型で、魔力量の少ない騎士にとっては、天敵とも言える相手だ。

 

「あなたは、どう思うの? 計算機さん」

 

 珠雫が、挑発するように聞いた。

 

 剣心は、目を閉じてシミュレーションを行う。

 

 一輝の能力。桐原の能力。過去のデータ。環境要因。

 

《八鏡》が弾き出した勝率は──

 

 

 

 黒鉄一輝:1%未満。

 

 

 

 絶望的な数値。論理的に考えれば、一輝に勝ち目はない。姿が見えない相手に、どうやって剣を届かせるというのか。

 

 だが、剣心は目を開け、珠雫にはっきりと告げた。

 

「私の計算では、一輝殿の敗北です」

 

「……っ、やっぱりあなたは!」

 

「──ですが」

 

 

 

 剣心は言葉を継いだ。

 

 

 

「私の計算は、最近よく外れるのです。特に、彼に関しては」

 

 

 

 剣心は、微かに口角を上げた。それは、自嘲と、そして期待の混じった、人間らしい笑みだった。

 

「彼は、私の100回のシミュレーションを裏切り、101回目の奇跡を掴み取る男だ。……見ていなさい、珠雫殿。あなたの兄が、私の計算(絶望)を覆す瞬間を」

 

 

 

 珠雫は、目を見開いて剣心を見た。

 

 彼女は、もう言い返さなかった。ただ、深く頷いただけだった。

 

 

 

 遠くで雷鳴が轟く。

 

 狩人と落第騎士。そして、それを見守る怪物。

 

 運命の戦いが、始まろうとしていた。

 

 

 

(続く)

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