落第騎士の英雄譚ー始まりの分家ー   作:来世で会おう

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第6話:雷神の瞬き、怪物の休日

 1. 最強の招かれざる客

 桐原静矢との死闘から二日後。

 黒鉄一輝の傷は、驚異的な回復力と、魔法による治療によって癒えつつあった。

 

 快晴の日曜日。破軍学園の学生寮、一輝とステラの相部屋からは、香ばしい匂いが漂っていた。

 

「さあ一輝! 快気祝いよ! 私特製のハンバーグステーキ、たっぷり食べなさい!」

 

 エプロン姿のステラが、湯気の立つ皿をテーブルに並べる。

「ありがとうステラ。……でも、少し量が多すぎないかな?」

「何言ってるの。次の試合に向けて体力をつけなきゃダメでしょ。珠雫も食べるわよね?」

「はい。お兄様と同じ食卓を囲めるなら、毒でも食べます」

「毒じゃないわよ!」

 

 相変わらずの騒がしいランチタイム。

 一輝は苦笑しながらナイフを手に取ろうとした──その時。

 

 コンコン。

 控えめだが、律儀なノック音が響いた。

 

「? 誰かしら」

 

 ステラが扉を開ける。

 そこには、手土産のフルーツバスケット(高級メロン入り)を片手に、制服を完璧に着こなした男が立っていた。

 

「……ごきげんよう、ヴァーミリオン殿。黒鉄一輝殿の快気祝いと聞き、馳せ参じました」

 

 黒鉄 剣心だった。

 

 その場の空気が一瞬で凍りついた。

「はぁぁぁぁぁ!? なんであんたがここにいんのよ!?」

 ステラが素っ頓狂な声を上げる。

 珠雫は即座にフォークを構え、殺気を放つ。

 

「……不法侵入者。お兄様の命を狙う刺客ね。ここで始末します」

「待て待て珠雫! 剣心君も、お見舞いに来てくれたんだよ!」

 

 一輝が慌てて止める。剣心は、まるで招かれた客人のように堂々と部屋に入り込み、メロンをテーブルに置いた。

 

「一輝殿。体調の回復率は98%と推測していましたが、顔色は悪くないようですね。安心しました」

 

「あ、ありがとう……。でも剣心君、どうしてここが?」

 

「寮監に、君たちの部屋のセキュリティホールの場所を論理的に説明し、修正案を提示する代わりに情報を得ました」

 

「つまり脅したのね……」ステラが引いた目で見る。

 

 剣心は一輝の向かいの席に座り、ステラが作ったハンバーグをじっと見つめた。

 

「……ふむ。タンパク質、脂質、炭水化物のバランスは悪くない。だが、焼き加減に若干のムラがありますね。火力の制御(コントロール)が甘い」

 

「なっ……! 余計なお世話よ! 文句があるなら食べなくていいわ!」

 ステラが怒るが、剣心は「いただきます」と手を合わせ、一口食べた。

 そして、無表情のまま咀嚼し、飲み込む。

「……味の計算値は、予想を上回っています。美味しいですね」

 

「え……?」

 

「ヴァーミリオン殿の魔力制御の甘さが、逆に肉汁を閉じ込める『蒸し焼き』の効果を生んでいる。……計算外の美味です」

 剣心は、素直に称賛した(つもりだった)。

 

 ステラは顔を真っ赤にして、「べ、別にあんたのために作ったんじゃないんだからね!」と典型的なツンデレ反応を示す。

 

「……変な人」

 

 珠雫は毒気を抜かれたようにフォークを下ろした。

 一輝は、そんな奇妙な食卓を眺めながら、嬉しそうに笑った。

 かつて孤独だった「怪物」が、不器用ながらもこうして輪の中にいる。その変化が、一輝には何より嬉しかった。

 

「剣心君。今日の準決勝、頑張ってね」

 

 一輝の言葉に、剣心の手が止まる。

 今日の午後。剣心は、準決勝で生徒会長・東堂刀華と戦うことになっている。

 

「ええ。問題ありません」

 

 剣心は静かに紅茶を啜った。

「彼女の《雷切(らいきり)》は強力ですが、所詮は物理現象。計算できないものはありません」

 

 その言葉には、桐原戦の後のような迷いはなかった。しかし、どこか一輝に見せるための「強がり」が含まれていることを、一輝だけは感じ取っていた。

 

 2. 雷神の騎士

 午後。闘技場は、予選屈指の好カードに沸いていた。

 

【準決勝 第1試合】

 黒鉄 剣心(Sランク) VS 東堂 刀華(Bランク)

 

 一年生最強の「怪物」と、学園最強の生徒会長「雷切」。事実上の決勝戦とも言われるこの一戦に、観客のボルテージは最高潮に達していた。

 

 控室の通路で、剣心は対戦相手とすれ違った。

 眼鏡をかけ、長い黒髪を揺らす凛とした少女。東堂刀華。

 

「黒鉄剣心くん、だね」

 

 刀華が足を止める。彼女の周りには、ピリピリとした静電気が漂っているようだった。

 

「東堂会長。……お手柔らかにお願いしますよ」

「ふふ、君の口からそんな言葉が出るとは思わなかったな。……一輝くんの影響かな?」

 

 刀華は、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。

 彼女もまた、一輝の戦いに心を動かされた一人であり、同時に、剣心という存在の危うさを見抜いている武人だった。

 

「君は強い。その演算能力は、まさに神の御業だ。だけど……」

 刀華は腰の刀、霊装《鳴神(なるかみ)》に手を添えた。

「理屈で割り切れない速さがあることを、私は知っている。私の雷は、君の計算よりも速く、君を貫くよ」

 

「……試してみるといいでしょう」

 

 剣心は不敵に笑い、背を向けた。

 だが、その背中には冷や汗が流れていた。刀華の殺気は本物だ。隙を見せれば、計算する前に首が飛ぶ。

 

(面白い)

 

 剣心は、武者震いを感じていた。

 一輝との決勝へ進むための、最後の試練。これほど相応しい相手はいない。

 

 3. 雷光と計算式

 リングにて。

 開始の合図と共に、刀華は動かなかった。

 彼女は腰を低く落とし、抜刀術の構えを取る。その周囲に、バチバチと蒼い雷光が走り始める。

 

 伐刀絶技《雷切(らいきり)》。

 

 自身の電磁力で刀を鞘走りさせ、超電磁加速によって放つ神速の抜刀。

 その一撃は、認識不能の速度で敵を両断する。さらに、刀華の作り出す雷の結界(リバース・サイト)は、敵の足元の電位差を操作し、回避行動すら封じる。

 

 完璧な「必殺の間合い」。

 入れば死ぬ。入らなければ勝てない。

 

「……さあ、どうする? 怪物くん」

 刀華が静かに挑発する。

 剣心は、棒立ちのままだった。

《天照》も抜いていない。ただ、黄金の瞳で刀華を見つめている。

 

 対象との距離:10メートル

 周囲の電界強度:致死レベル

《雷切》発動予測時間:0.001秒未満

 

(速いな)

 

 剣心は素直に感嘆した。

 人間の反応速度を遥かに超えた領域。これを見てから避けることは不可能だ。

 

「……」

 剣心は、一歩を踏み出した。

 死の結界の中へ。

 

「!!」

 観客が息を呑む。自殺行為だ。

 

 刀華の眼鏡が光った。

 敵が間合いに入った瞬間、彼女の思考すら必要としない反射神経が、雷の引き金を引く。

 

 閃ッ!! 

 雷鳴が轟いた。

 視界を白く染める閃光。音速を超える抜刀が、剣心の首を狙って放たれた。

 誰もが、勝負あったと思った。

 

 だが。

 カォォォォォン……! 

 高い金属音が響き渡り、火花が散った。

 光が晴れた後、そこに立っていたのは──

 

 抜刀後の姿勢で固まる刀華と、

《天照》の鞘で、その刃を受け止めている剣心の姿だった。

 

「な……ッ!?」

 

 刀華が驚愕に目を見開く。

 彼女の《雷切》は、完璧だったはずだ。タイミングも、速度も、威力も。

 なのに、なぜ止められている? 

 

「……素晴らしい速さだ、会長」

 

 剣心は、至近距離で刀華に微笑みかけた。

「ですが、あなたの《雷切》には『予備動作』がないことが、最大の弱点でした」

「予備動作がないのが、弱点……?」

「ええ。あなたは、筋肉の動きではなく、周囲の電子の偏りをトリガーにして抜刀する。……だから私は、あなたの体を見る必要はなかった」

 

 剣心は、自分の足元の地面──そこにある微弱な電流の流れを読んでいたのだ。

 刀華が意識するよりも早く、電子が動く。その「雷の兆候」を《八鏡》が読み取り、逆算して先に鞘を置いておいた。

 

 未来予知ですらない。

 超高速の天気予報。

 

「私の計算式(せかい)では、雷が落ちる場所は、落ちる前から決まっているのです」

 

 剣心は、鞘で受け止めた《鳴神》を弾き返した。

 刀華の体勢が崩れる。

 

「しまっ──」

 

 剣心は《天照》を抜き放ち、刀華の首元に寸止めした。

 

「……チェックメイトです」

 

 審判が呆然としながらコールする。

「しょ、勝者、黒鉄剣心!!」

 

 会場が揺れた。

 学園最強の「雷切」が、真正面から破られた。

 しかも、能力によるゴリ押しではなく、純粋な読みと技術(計算)によって。

 

 刀華は、へたりと座り込んだ。

 そして、悔しそうに、けれど清々しく笑った。

「完敗だね……。まさか、私の雷を計算しちゃうなんて」

 

「紙一重でしたよ。計算が0.01秒ズレていれば、私の首が飛んでいました」

 剣心は手を差し伸べ、刀華を立たせた。

 二人の間に、剣士としての敬意が通い合う。

 

 観客席の一輝は、その光景を見て、身震いした。

 

(強い……。やっぱり剣心君は、僕が越えるべき最大の壁だ)

 

 4. 腐臭漂う来訪者

 試合後。

 控室に戻った剣心の元に、一人の男が現れた。

 黒いスーツに身を包んだ、神経質そうな男。

 倫理委員会の**赤座(あかざ)**だった。

 

「お見事でしたよ、黒鉄剣心くん。いや、次期当主候補と呼ぶべきかな」

 

 赤座は、ねっとりとした声で言った。

 剣心はタオルで汗を拭いながら、嫌悪感を隠さずに睨みつけた。

 

「赤座先生。……何の用です?」

「君に、本家からの『オーダー』を伝えに来ました」

 赤座は一枚の書類を提示した。

 そこには、黒鉄一輝の処分決定通知と書かれていた。

 

「な……?」

 

 剣心は目を見開く。

「先日の桐原くんとの試合で、黒鉄一輝くんの能力使用に不正の疑いがかけられました。彼は現在、委員会によって拘束されています」

「馬鹿な! 彼は正々堂々と戦った! 不正などあるものか!」

「ええ、ええ。私や君はそう思うでしょう。ですが、世論はどうかな? Eランクが代表候補を倒すなど、何か裏があると考えるのが普通でしょう?」

 

 赤座は、醜悪な笑みを浮かべた。

 

「そこでだ、剣心くん。君には、決勝戦で処刑人になってもらいたい」

「……処刑人?」

「そうです。不正を行い、学園の秩序を乱した『落第騎士』を、君という『正義の天才』が、完膚なきまでに叩き潰す。……彼を、二度と剣を握れない身体にし、精神的にも社会的にも抹殺するのです」

 

 赤座は、剣心の耳元で囁いた。

「それが、君のお父上の願いでもあります。『失敗作を一掃し、分家の威信を示せ』とね」

 

 剣心の中で、何かが音を立てて切れそうになった。

 ふざけるな。

 俺が望んだのは、そんな茶番ではない。

 俺が戦いたいのは、万全の状態の一輝だ。泥仕合ではなく、魂の削り合いだ。

 

「断る。……と言ったら?」

 

 剣心は低い声で唸った。

 

「おやおや。君は賢い子だと思っていたのですがね」

 

 赤座は、わざとらしく肩をすくめた。

「もし断れば、一輝くんはどうなるでしょうね? 不正の証拠を捏造され、即刻退学。……あるいは、事故に見せかけて消されるかもしれませんよ?」

 

「貴様ッ……!!」

 

 剣心は赤座の胸ぐらを掴み上げた。黄金の魔力が暴走し、部屋の照明が明滅する。

 だが、赤座は動じない。彼は知っているのだ。剣心が「黒鉄家」という鎖に繋がれた犬であることを。

 

「選びなさい、剣心くん。君の手で彼を終わらせるか、我々が闇に葬るか。……彼の命を救えるのは、君だけですよ」

 

 剣心の手から、力が抜けた。

 赤座を離す。

 

(……詰み(チェックメイト)だ)

 

 剣心は、絶望的な計算結果を前に、立ち尽くすしかなかった。

 最強の力を持ちながら、彼はまだ、権力という盤上の駒に過ぎなかったのだ。

 

 窓の外では、夕焼けが血の色に染まっていた。

 一輝との約束された決勝戦は、今、最悪の処刑台へと姿を変えようとしていた。

 

(続く)




次回、『落第騎士』vs『史上最強』
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