落第騎士の英雄譚ー始まりの分家ー   作:来世で会おう

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第7話:絶望の演算、あるいは愛という名の処刑

 1.汚された勝利

 破軍学園の地下深く、地図にも記されていない倫理委員会の尋問室。

 鼻をつくカビの臭いと、精神を削り取るような重苦しい静寂。そこに、一人の騎士が繋がれていた。

 

 Fランク、黒鉄一輝。

 両手足には魔力封じの重い枷。数日にわたる過酷な尋問と、生理限界を超えた不眠不休の拘束により、彼の体力はすでに底をついていた。

 

「……ッ、はぁ……」

 

 乾いた唇から漏れる吐息さえも、肺を焼く火のように重い。だが、その瞳に宿る意志の火だけは、どれほど打ちのめされても消えることはなかった。

 

 ガチャリ、と無機質な音が響き、重厚な鉄扉が開く。入ってきたのは、倫理委員会の赤座誠志郎だった。

 

「黒鉄君、まだ認めないのかね? 君があの桐原君との試合で『不正』を働いたことを」

 

 赤座は一輝の眼前で、嘲るように偽造された書類を振りかざした。

「君のようなFランクが、昨年の主席である桐原君を倒すなど、理屈が通らない。ドーピングか、あるいは違法な魔導具の使用か……。素直に認めれば、これ以上無駄な痛みを感じなくて済むんだよ?」

「……お断り、します。僕は……不正など、していない。あれは、僕が……僕自身の全てを懸けて、掴み取った勝利だ」

 

 一輝の声は掠れていたが、その言葉には何者にも侵しがたい矜持が宿っていた。

 赤座は不愉快そうに顔を歪めると、冷酷な宣告を突きつける。

 

「頑固だね。だが、それも今日までだ。決勝戦……君の相手は、Sランクの特待生。『史上最強』と謳われる黒鉄剣心君だ」

 

 一輝の眉がわずかに動く。

 赤座は一輝の耳元に顔を寄せ、粘つくような声で囁いた。

 

「剣心君は優秀だよ。我々の『オーダー』を完璧に理解している。彼は君をただ倒すんじゃない。君のような不正者が二度と剣を握れぬよう、衆目の前でその誇りごと『処刑』する。それが、彼に与えられた義務だ」

「剣心君が……そんなこと……」

「やるのさ。彼は黒鉄の血を引く人間だ。君のような『汚点』を掃除するためなら、彼は喜んでその力を振るうだろう」

 

 赤座が嘲笑を残して立ち去り、部屋は再び冷たい闇に沈む。

 一輝は鎖の冷たさを噛み締めながら、脳裏に浮かぶ彼の姿を追いかけた。

 どこか悲しげな瞳をした、孤独な最強。

 

(違う……剣心君は、誰かの駒になるような人じゃない。彼は、誰よりも……)

 

 一輝は拳を握ろうとしたが、指先一つ動かすことさえままならない。それでも、心だけは決戦の舞台を見据えていた。

 

 2.黄金の鎖

 同時刻。学園長室。

 窓の外には、空を引き裂くような土砂降りの雨が降り注いでいた。

 

 黒鉄剣心は、窓ガラスに映る己の貌を、底知れぬ無感情で見つめていた。その背後には、分家からの使者が冷然と佇んでいる。

 

「分かっているね、剣心。今日の決勝は、単なる試合ではない」

 

 男の声は事務的で、一人の少年を壊そうとする罪悪感など微塵も感じさせない。

 

「一輝は黒鉄の汚名だ。Fランクの不正によって本家の権威が揺らいでいる今、お前が圧倒的な制裁を見せつけねばならん。社会的に、そして肉体的に……彼を終わらせるのだ」

「……徹底的に、ということですね」

「そうだ。二度と剣を持てぬよう、その身体を、心を、徹底的に破壊しろ」

 

 剣心は黙ってその言葉を飲み込んだ。

 固有霊装《天照(あまてらす)》が、持ち主の抑え込んだ激情に呼応するように微かに震える。

 彼の伐刀絶技《八鏡(はっきょう)》は、非情なまでの「最適解」を弾き出していく。

 

【演算開始】

 

 プランA:命令を拒否する

 結果:一輝殿は委員会の手で裏から処理される。生存確率0.00%。

 プランB:手加減して一輝殿を勝たせる

 結果:彼の勝利は「八百長」として抹消され、新たな冤罪によって彼とヴァーミリオン殿は破滅する。騎士人生終了。

 プランC:命令通り、一輝殿を処刑する

 結果:彼は社会的・肉体的に死ぬ。だが、命だけは繋ぎ止められる可能性がある。生存確率15.4%。

 

【演算終了:解なし】

 

 どの未来を演算しても、一輝という光を救う道は閉ざされていた。

 剣心は、ガラスに映る自分を激しく睨みつける。

 

「……私は、奴隷ですか」

「何と言った?」

「いいえ。……承知いたしました、と。そう申し上げたのです」

 

 剣心は振り返り、完璧な特待生としての「仮面」を被った。

 使者が満足げに立ち去った後、剣心は血の滲むほどに拳を握りしめる。

 

「……『史上最強』? 笑わせないでください。私は、ただ一人の男の行く末すら守れない、ただの高性能な操り人形だ」

 

 3.紅蓮の皇女との対峙

 雨は激しさを増し、廊下には重苦しい空気が停滞していた。

 寮へ戻る剣心の前に、一人の少女が立ちはだかる。

 燃えるような紅蓮の髪。ヴァーミリオン皇国第二皇女、ステラ・ヴァーミリオン。

 その瞳には烈火のごとき怒りと、張り裂けそうな悲しみが同居していた。

 

「……道を空けていただけませんか、ヴァーミリオン殿」

「一輝が、どこにいるか知ってるんでしょ」

「倫理委員会の独房でしょう。私が教えるまでもありません」

「今日……あなたが戦うのよね。一輝と」

「左様です」

「一輝はボロボロよ! 不当な扱いで、立っているのもやっとのはずなの。そんな状態で戦うなんて、あんまりじゃない!」

 

「フェアではない、と?」

 

 剣心は薄く、冷たい笑みを浮かべた。わざと悪役を演じなければ、その瞳に宿る正義に射抜かれてしまいそうだったからだ。

 

「戦場に公平など存在しません。あるのは勝者と敗者だけだ。彼が弱く、隙があったから利用された。それだけのことです」

「っ……! あなた、それでも一輝のライバルなの!?」

 

 ステラが剣心の胸倉を掴み上げる。その手は激しく震えていた。

 

「メロンを持ってきてくれた時、あなたは楽しそうだった! 一輝の強さを信じていた! あれは、全部嘘だったっていうの!?」

 

 剣心の心に鋭い痛みが走る。《八鏡》が冷酷に警告する。ここで情を見せれば、彼女もまた黒鉄の闇に呑み込まれる、と。

 

「……あれは、私の計算違いでした」

 

 剣心はステラの手を無情に振り払った。

 

「彼は私のライバルに相応しいと誤認していた。ですが、所詮はFランク。権力という暴力の前に膝を突く程度の存在だ。……今日の試合、私は彼を壊します。完膚なきまでに」

 

「……絶対に、許さない」

 ステラの全身から、黄金の魔力が立ち昇る。それは怒りを超えた、純粋な魂の絶叫だった。

 

「一輝は負けない。どんなにボロボロでも、あなたなんかに……心のない人形なんかに、絶対に負けない!!」

 

 ステラは叫び、剣心を射抜くような視線のまま走り去っていった。

 一人残された廊下で、剣心は壁に背を預け、天を仰ぐ。

 

「……ああ、その通りだ。私は心のない、ただの人形ですよ」

 

 だが、彼女の放った言葉が、剣心の演算回路に一つの「ノイズ」を刻んでいた。

 

『一輝は負けない』。

 

 その計算不可能な感情論が、0.00%の絶望に、わずかな亀裂を生んでいた。

 

 4.最適解の崩壊

 決戦直前。剣心は一人、静寂の中で霊装《天照》を顕現させていた。

 鏡のような刀身に映る己の貌は、どこまでも冷徹で、どこまでも悲しげだった。

 

「……教えてください、八鏡。私はどうすればいい」

 

 彼は再び、能力を全開にする。

 彼を守れば悪意が動き、悪意を止めれば組織が動く。

 この盤面は、最初から詰んでいる。

 

「……ふざけるな」

 

 剣心は、歯が砕けんばかりに噛みしめた。

 Sランクの才能? 史上最強? 

 そんな肩書きが何になる。たった一人の尊敬する男を救えない力など、ただのゴミだ。

 

(もし、一輝殿……あなたならどうしますか?)

 

 剣心は問いかける対象を変えた。

 自身のスペックではなく、一輝の思考をトレースする。

 彼は計算などしない。彼は諦めを知らない。

 0.01%の勝機があれば、いや、0.00%であっても、彼は己の剣で道を切り拓くはずだ。

 

(そうだ……私は何を恐れている?)

 

 彼が壊れることか? 私が傷つくことか? 

 違う。

 私が恐れているのは、「私が彼を殺す」という事実から逃げることだ。

 保身のために「仕方がない」という言い訳を並べている自分こそが、彼を辱めている。

 

「……計算など、もういりません」

 

 剣心の中で、何かが音を立てて崩壊した。

《八鏡》の冷徹な演算音が止み、代わりに自身の激しい心音が鼓動を刻み始める。

 赤座の命令も、分家の意向も、もう関係ない。

 黒鉄一輝という男を、一人の騎士として救う方法は、たった一つ。

 

「私自身が、彼にとって最強の試練(かべ)となること」

 

 手加減などすれば、彼は侮辱されたと感じるだろう。

 ならば、やるべきことは一つ。

 殺す気で、全霊を以て叩き潰す。

 Sランクの暴力を、理不尽なまでの絶望を、一輝という男に叩きつける。

 それによってのみ、彼は限界を超え、この腐った盤面ごと私を粉砕し、真の勝利を掴む可能性がある。

 

「賭けましょう、黒鉄一輝。私の『絶対的な計算』と、あなたの『不確定な可能性』。どちらが上か」

 

 私はあなたを処刑するつもりで剣を振るう。

 だからあなたは、その理不尽を、運命を、そして私を──乗り越えてみせてください。

 

 5.死に体の行軍

 試合開始の鐘が鳴ろうとしていた。

 ドームの地下通路。湿った空気の中を、引きずるような足音が響く。

 

「……はぁ、……っ、ぅ……」

 

 黒鉄一輝は、壁に血の滲んだ手をつきながら、一歩、また一歩と前へ進んでいた。

 赤座による拘束が解かれたのは、試合開始のわずか数分前。

 全身の筋肉は断裂し、視界は白く霞み、呼吸さえもナイフを飲むような激痛を伴う。

 

(行かなきゃ……)

 

 意識の端で、暗闇が手招きしている。

『もう十分だ』『ここで倒れれば楽になれる』。

 だが、一輝の足は止まらない。

 

(待っているんだ……彼が)

 

 脳裏に浮かぶのは、自分を待つライバルの姿。

 黒鉄剣心。

 孤独な高みで、誰にも理解されない重圧を背負わされている、至高の剣士。

 

 一輝は気づいていた。

 剣心もまた、この悪意に満ちた舞台で戦っている。

 彼は今、一人でアリーナに立ち、一輝を待っているはずだ。

 宿敵(とも)を処刑するという、地獄のような役割を背負わされて。

 

「……待たせて、ごめん。……剣心君」

 

 一輝は血の滲む唇を噛みしめ、濁った意識を無理やり覚醒させる。

 ボロボロの身体に、魂の残火を灯す。

 

 行くんだ。

 

 彼の元へ。

 

 この醜悪な悪意を突き破り、約束の場所へ。

 

 6.最強と最弱

 七星剣武祭選抜戦、決勝。

 ドーム内は異様な緊張に包まれていた。

 対戦相手が現れない中、リングの中央には黒鉄剣心が一人、静かに佇んでいた。

 その姿は、神々しいほどの威圧感を放ち、同時に痛々しいほど孤独だった。

 実況のアナウンスが、無情にも一輝の不戦敗を告げようとする。

 観客の誰もが絶望した、その時だった。

 

 ズズッ……と、入場ゲートの奥から、何かが這いずるような音がマイクに拾われた。

 

 静まり返る会場。

 

 暗闇の向こうから、一つの影が、よろめきながら現れる。

 泥と汗にまみれ、死人のような顔色。

 それでも、その騎士は、一歩ずつ光の中へと歩みを進めてきた。

 

「……黒鉄、一輝……!」

 

 誰かの震えるような呟きが、ドーム全体に波及していく。

 一輝は眩いスポットライトを浴びながら、朦朧とする意識の中でリングを見上げた。

 そこには、完全なる「最強」として君臨する剣心が、静かに自分を見据えていた。

 

 剣心は、這い上がるようにしてリングに立った一輝を見下ろした。

 その瞳に憐れみはない。

 あるのは、魂を削り合える好敵手への、最大の敬意。

 

「……遅いですよ」

 

 剣心の静かな声が、一輝の耳に届く。

 一輝は膝に手をつき、肺を絞り出すように息を整えながら顔を上げた。

 

 その瞳に宿る、不屈の火。

 

 それを見た瞬間、剣心は確信する。

 彼は、死んでなどいない。

 

「……はは、ごめん……。少し、取り込み中だったから……」

 

 一輝はふらつきながらも構えを取った。

 固有霊装《陰鉄(いんてつ)》を顕現させる。その手は震えていたが、切っ先は寸分違わず剣心の喉元を捉えていた。

 

「……始めよう、剣心君」

「ええ。……見せてください、黒鉄一輝。……あなたの《最弱(さいきょう)》を」

 

 審判が開始の合図を上げる。

 剣心は《八鏡》を最大出力で展開し、一輝の全てを演算にかけた。

 

 手加減はしない。

 一瞬で、命を奪うつもりで叩き伏せる。

 それが、今日まで戦い抜いてきた彼への、唯一の答えだ。

 

 雷鳴が轟き、落第騎士と史上最強が、運命を懸けて交錯する。

 

(続く)




書き方を変えてみました。不評なら戻します。
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