落第騎士の英雄譚ー始まりの分家ー   作:来世で会おう

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第8話:鎖を断つ一太刀

 1.処刑のゴング

 

「始め!」

 審判の声が落ちた刹那、世界から音が消えた。

 観客が瞬きをするよりも速く、黒鉄剣心の姿が掻き消える。

 

八鏡(はっきょう)》による未来予測。

 

 一輝の重心移動、筋肉の収縮、視線の揺らぎ。五感から得られる膨大な情報(データ)から「回避不可能なルート」を瞬時に演算し、最短距離を走る神速の踏み込み。

 

「──ッ!」

 

 一輝の反応は遅れた。いや、万全の状態であっても反応できたかどうか。

 固有霊装《天照(アマテラス)》の切っ先が、一輝の肩口を深々と切り裂く。

 鮮血が舞う。

 一輝の身体が独楽のように回転し、リングの床に叩きつけられた。

 

「……ぐ、あっ……!」

 

 激痛が神経を焼き切る。ただでさえ拷問で衰弱した身体に、Sランクの魔力を纏った一撃はあまりに重い。

 会場から悲鳴が上がる。それは試合ではない。一方的な蹂躙(リンチ)の始まりだった。

 

 剣心は追撃の手を緩めない。

 立ち上がろうとする一輝の太腿を、無慈悲に鞘で打ち砕く。

 防御しようと上げた一輝の腕を、蹴り飛ばしてガードをこじ開ける。

 

「立ちなさい、黒鉄一輝。これで終わりですか」

 

 剣心の声は冷徹だ。

 だが、その剣筋は一輝の急所を──心臓や頸動脈を──わずかに、紙一重で逸らしていた。

 殺しはしない。だが、生かしてはおかない。

 徹底的に痛めつけ、心を折り、騎士としての尊厳を剥ぎ取る。それが「オーダー」だからだ。

 

(……もっとだ。もっと絶望してください)

 

 剣心は心の中で叫ぶ。

 私の計算を超えてくれ。この程度の痛みで折れるなら、君はその程度の男だったということだ。

 さあ、立て。立って、私を否定してみせろ! 

 

 2.最強の証明

 

「が、ぁ……はっ……」

 

 一輝は何度もマットに這いつくばった。

 視界は血で赤く染まり、左足の感覚がない。

 観客席からは「もうやめろ」「見てられない」という声が聞こえ始める。

 

「……私の計算では、次の3手で君の意識は完全に断たれます」

 

 剣心は一輝を見下ろし、冷淡に告げる。

 

「右脇腹への突き。左膝の粉砕。そして顎への蹴り上げ。回避確率は0.00%。……投了(サレンダー)なさい。今の君に、勝機など万に一つもない」

 

 それは事実だった。

《八鏡》が見せる未来において、一輝が剣心に触れる未来は一つも存在しない。

 完全なる詰み(チェックメイト)

 

 だが。

 

「……はは、相変わらず……几帳面だな、剣心君は」

 

 一輝は、血の泡を吹きながら笑った。

 その瞳は、絶望の淵にありながら、少しも濁っていない。

 

「……何がおかしいのです」

「嬉しいんだよ。……君が、手加減なしで……俺を殺しに来てくれているのが、分かるから」

 

 一輝は《陰鉄》を杖代わりに、ふらつきながらも立ち上がる。

 

「君は優しいから……本来なら、こんな役回り、一番嫌がるはずだ。……でも、君は迷わず剣を振るっている。それが、俺への敬意だって……分かるから」

 

 剣心の仮面(ポーカーフェイス)に、微かな亀裂が入る。

 分かっているのか。

 私が、どんな想いで君を斬っているのか。

 

「だったら……応えなきゃ、男じゃないよな」

 

 一輝の身体から、燻るような熱気が立ち昇る。

 限界を超えた心臓が、早鐘を打つ。

 一日の魔力をわずか一分で使い果たす、諸刃の切り札。

 

「……《一刀修羅(いっとうしゅら)》!!」

 

 青白い鬼火のような魔力が、一輝の全身を包み込む。

 身体能力の数倍化。痛覚の遮断。

 今の彼に残された、最後の生命の炎。

 

 3.計算外の領域

 

「……来ますか」

 

 剣心は《八鏡》の出力を極限まで高める。

 身体能力が上がろうと、動きが速くなろうと、関係ない。

 情報さえあれば、演算できる。

 

 一輝が消えた。

 ドームの床が爆ぜる音よりも速く、剣心の懐に潜り込む。

 

(速い──だが、見える!)

 

《八鏡》は一輝の斬撃の軌道を完全に予測していた。

 右斜め下からの斬り上げ。

 剣心は最小限の動きで《天照》を合わせ、弾き返そうとする。

 

 ガギィッ!! 

 金属音が響き、火花が散る。

 剣心の目が見開かれた。

 弾けない。

 予測通りの軌道、予測通りのタイミングだったはずだ。なのに、重さが違う。

 

(予測より、重い……!?)

 

 一輝は、剣心の防御を力ずくでこじ開けようとしていた。

 いや、違う。彼は剣心の「予測」を逆手に取っている。

 剣心が「ここで受ける」と予測したポイントに、あえてさらに深く踏み込み、全体重を乗せて押し込んできたのだ。

 

「おおおおおッ!!」

 一輝の咆哮。

 剣心の身体がわずかに後退する。

「史上最強」が、Fランクに押された。

 会場の空気が一変する。

 

「……っ、やりますね!」

 

 剣心は初めて感情を露わにし、剣を振り払う。

 攻防が加速する。

 一輝の猛攻は、神速の領域に達していた。

 だが、剣心もまた最強。一輝の速度に適応し、さらにその先を読み始める。

 

 予測:左からの薙ぎ払い → 対処:バックステップで回避

 予測:突き → 対処:刃で逸らす

(やはり、私の演算からは逃れられない!)

 

 剣心は冷静さを取り戻す。

《一刀修羅》の制限時間は短い。

 あと三十秒。二十秒。

 時間を稼げば、一輝は自滅する。

 だが、剣心は守りに入らなかった。

 そんな無粋な真似はできない。

 彼が命を削っているなら、私も命を懸けて迎え撃つ。

 

「決着をつけましょう、黒鉄一輝!!」

「ああ……行くぞ、剣心君!!」

 

 4.掌握される未来

 残り時間、十秒。

 互いに最後の一撃を放つ構え。

 剣心の《八鏡》が、一輝の最終攻撃(ラストアタック)を演算する。

 彼が狙うのは、おそらく最強の突き、第一秘剣《犀撃(さいげき)》。

 あらゆる生体情報が、その予兆を示している。

 

(……見えた)

 

 一輝の筋肉が収縮する。視線、呼吸、魔力の練り上げ。

 全てが「正面からの突き」を示唆している。

 その速度は音速に迫るだろう。だが、来る場所が分かっていれば、Sランクの反応速度でカウンターを合わせられる。

 勝率、100.00%。

 

 剣心は《天照》を構え、迎撃の態勢──必殺のカウンターの軌道を描く。

 一輝が地面を蹴った。

 剣心の脳裏に弾き出された「未来」通り、一輝が正面から突っ込んでくる。

 剣心はその未来に向かって、刃を振り下ろす。

 

「これで──終わりです!」

 剣心の刃が、一輝の首を捉える──はずだった。

 

 ブンッ! 

 剣心の《天照》が斬り裂いたのは、虚空だった。

 手応えがない。

 一輝の姿が、剣心の目の前で蜃気楼のように揺らぐ。

 

(なッ……!?)

 

 剣心の思考が凍りつく。

 なぜだ。私の《八鏡》は完璧だった。

 彼の筋肉の動きも、魔力の流れも、間違いなく「そこ」に踏み込む予兆を示していた。

 

 違う。

「予兆を示していた」のではない。

「予兆を見せられていた」のだ。

 

完全掌握(パーフェクト・ビジョン)》。

 

 一輝は、剣心が「情報を読み取って予測する」能力者であることを逆手に取った。

 自身の筋肉の緊張、視線、殺気。それらすべての情報をコントロールし、剣心に「正面からの突きが来る」という“偽りの未来”を信じ込ませたのだ。

 剣心が斬ったのは、一輝が作り出した「幻影(イメージ)」。

 実体の一輝は、剣心の迎撃動作(カウンター)によって生じた、ほんの一瞬の、しかし致命的な隙(わき)に滑り込んでいた。

 

「計算しすぎなんだよ……剣心君ッ!!」

 

 一輝の声が、剣心の懐深で響く。

 それは、データと理屈に縛られた怪物を解放する、泥臭くも温かい一撃の合図。

 

 5.自由への一太刀

 剣心は、がら空きになった自分の胴体と、そこに踏み込む一輝を見ながら、驚愕の中でどこか安堵していた。

 

 ああ、そうか。

 私の《八鏡》は、過去のデータから未来を導く。

 だが君は、その因果すら騙し、今この瞬間を書き換えてみせた。

 

(……負けましたよ、私の……最高のライバル()

 

 剣心は防御できない。

 一輝の全身全霊、魔力のすべてを込めた突きが、剣心の胸元へと突き刺さる。

 

「第一秘剣──《犀撃》ッ!!!」

 

 ドォォォォォォンッ!!! 

 衝撃波がドームの天井を揺らし、後方の壁が円形に吹き飛んだ。

 Sランクの防御魔力ごと、剣心の身体が弾き飛ばされる。

 霊装《天照》が光の粒子となって砕け散った。

 

 それは同時に、彼を縛り付けていた「分家」という名の鎖が断ち切られた瞬間でもあった。

 

 ドサリ。

 床に倒れ伏す剣心。

 その口から鮮血が溢れる。

 だが、薄れゆく意識の中で、彼が見たのは天井の照明──いや、今まで見たこともないほど眩しい「自由」の光だった。

 

「……見事、です……」

 

 その言葉を最後に、最強の怪物は静かに目を閉じた。

 直後、一輝もまた、《一刀修羅》の反動により、糸が切れたようにその場に崩れ落ちる。

 だが、彼は倒れる寸前、剣心の方へと這うように手を伸ばし、力尽きた。

 

 ダブルノックダウン。

 

 しかし、誰の目にも勝者は明らかだった。

 先に相手の「計算」を、そして「運命」を超えたのは、最弱(ワーストワン)の騎士だった。

 会場を支配していた沈黙は、やがて地鳴りのような、割れんばかりの大歓声へと変わっていく。

 

 それは、黒鉄家の呪縛が終わったことを告げる、祝福の音色だった。

 

(続く)

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