落第騎士の英雄譚ー始まりの分家ー   作:来世で会おう

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決勝戦の後日談です。


第9話:敗北の代償、自由の果実

【side :天照の不発、あるいは怪物の自殺願望】

 意識の暗い海の底で、黒鉄剣心は自問自答を繰り返していた。

 

 ──なぜ、私は負けた? 

 答えは明白だ。黒鉄一輝が強かったから。彼が私の演算を上回る「意志の力」を見せたから。

 だが、それは表層的な事実に過ぎない。

 冷徹な《八鏡(はっきょう)》は、敗北の瞬間まで、別の「勝利への最適解」を弾き出し続けていたのだから。

 

 私の固有霊装《天照(アマテラス)》は、本来「剣」だけの能力ではない。

 三種の神器を模したこのデバイスには、三つの位相(フェーズ)が存在する。

 

 第一位相──《八咫烏(ヤタガラス)》。

 五感情報の超高速演算による未来予測と身体制御。今回の試合で私が常時展開していた能力だ。

 だが、私にはあと二つの切り札があった。

 

 第二位相──《八咫鏡(ヤタノカガミ)》。

 あらゆる魔力干渉を反射・無効化する絶対防御領域。これを展開していれば、一輝殿の《一刀修羅》による身体強化の余波や、物理的な斬撃すらも、私に届く前に霧散していただろう。

 

 第三位相──《天叢雲(アメノムラクモ)》。

 広範囲への高密度魔力放出。ドーム全体を焼き尽くすほどの熱量を放てば、近接戦闘しかできない一輝殿に近づく隙すら与えず、遠距離から一方的に蒸発させることができた。

 

 Sランクの魔力総量(キャパシティ)に任せた「物量」と「異能」の暴力。

 それを使っていれば、勝率は100%だった。

 一輝殿がいかに認識を誤魔化そうとも、エリア全体を焼き払う攻撃に「死角」など存在しないのだから。

 

 ──では、なぜ使わなかった? 

 

 油断? 慢心? 

 

 違う。

 私は、「彼と同じ土壌()」で戦いたかったのだ。

 魔力という生まれ持った「才能()」で彼をねじ伏せても、それは分家の操り人形としての勝利にしかならない。

 私が欲しかったのは、才能の優劣ではない。

運命(計算)は変えられるのか」という問いへの答えだ。

 

 だから私は、Sランクの特権である広域殲滅能力も、絶対防御も封印した。

 ただの「剣士」として、黒鉄一輝に向き合った。

 それは、無意識下の自殺願望だったのかもしれない。

「この鎖を断ち切ってくれ」と泣き叫ぶ、私の魂の悲鳴だったのかもしれない。

 

 結果、私は敗れた。

 

 最強の力を持て余したまま、最弱の剣士に心臓を貫かれた。

 ……なんと滑稽で、なんと幸福な敗北だろうか。

 私の「計算」は間違っていた。けれど、私の「選択」は正しかったのだ。

 

 1.白い天井とリンゴの香り

 

「……ん」

 

 消毒液の特有の匂いが鼻腔をくすぐる。

 重いまぶたを持ち上げると、そこには見知らぬ白い天井があった。

 身体中が鉛のように重い。特に胸元──一輝殿の《犀撃》を受けた場所──には、呼吸をするたびに鈍い痛みが走る。

 

「……あ、気がついた?」

 

 横から聞こえた声に、剣心は首を巡らせた。

 隣のベッド。

 全身を包帯でぐるぐる巻きにされた、ミイラ男のような人物がそこにいた。

 黒鉄一輝だ。

 彼は器用な手つきで、ナイフを使ってリンゴの皮を剥いている最中だった。

 

「……一輝、殿?」

 

 声が枯れている。喉が渇いていた。

 

「無理して喋らなくていいよ。……水、飲む?」

 

 一輝は身体の痛みをこらえながら身を乗り出し、ストローの刺さった水を剣心の口元へ差し出す。

 剣心はされるがままに水を飲み、ようやく人心地ついた。

 

「……私は、どれくらい眠っていたのですか」

「丸二日だよ。僕も昨日の夜に目が覚めたばかりなんだ」

 

 一輝は苦笑しながら、剥き終わったウサギ型のリンゴを皿に置いた。

 

「すごい試合だったね。……君の傷、内臓まであと数ミリだったって。ステラが泣きながら『もう少しで人殺しになるところだったじゃない!』って怒ってたよ」

「……そうですか。それは、申し訳ないことをしました」

 

 剣心は天井を見上げる。

 記憶が蘇る。あの一撃。魂が震えた瞬間。そして、解放の感覚。

 

「……一輝殿。私は、愚か者です」

 

 剣心は独り言のように呟いた。

 

「私は貴方を殺すつもりで剣を振るいました。ですが、心のどこかで……貴方に救われることを望んでいた。Sランクの力(魔力)を使わず、剣技だけで挑んだのは、貴方に対する甘えだ」

 

 もし私が魔力を解放していれば、貴方は負けていた。

 そんな傲慢な言葉を、剣心は飲み込む。だが、一輝には伝わっていた。

 

「……うん、知ってるよ」

 一輝の返答は、あまりにも軽やかだった。

 

「君が《天照》の能力を全然使っていないことくらい、戦っていて分かった。……君は、僕を『試して』くれたんだろ?」

「試す……?」

「僕の《最弱》が、君の背負っている『最強』の運命を壊せるかどうか。……君は命がけで、僕に賭けてくれたんだ」

 

 一輝は皿からリンゴを一切れつまみ、剣心の口元へ運ぶ。

 

「だから、これは君の負けじゃない。……二人の勝利だ。食べてよ、勝利の味」

 

 剣心は目を見開いた。

 この男は、どこまでお人好しなのだろう。

 殺されかけ、散々痛めつけられた相手に、どうしてこんな屈託のない笑顔を向けられるのか。

 剣心はおずおずと口を開き、リンゴを齧った。

 シャリ、という音と共に、甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がる。

 

「……どう? 美味しい?」

「……ええ」

 

 剣心は噛みしめる。

 それはただの果物だ。病院の売店で売っているような、ありふれたリンゴだ。

 だが、その味は──

 

「……計算外の美味ですね、これは」

 

 剣心の目から、一筋の涙が伝い落ちた。

 それは彼が生まれて初めて流した、悔しさでも悲しみでもない、「幸福」な涙だった。

 

 2.小さな来訪者たち

 

「お兄ちゃん!!」

 

 突然、病室のドアが乱暴に開かれた。

 パタパタという足音と共に飛び込んできたのは、二人の小さな少女だった。

 

 剣心の腹違いの妹たち、沙耶(さや)結衣(ゆい)だ。

 

 分家で冷遇される剣心にとって、唯一の守るべき存在であり、彼が「最強」を演じ続けてきた理由()でもあった。

 

「お兄ちゃん! 生きてる!? 死んじゃやだぁ!」

「うわぁぁぁん! お兄ちゃんがボロボロだぁ!」

 

 二人は剣心のベッドにしがみつき、わんわんと泣き出した。

 

「……沙耶、結衣。痛い、痛いです。傷に響きます」

 

 剣心は困ったように眉を下げるが、その手は優しく妹たちの頭を撫でていた。

 

「すみません、心配かけて。……でも、もう大丈夫です」

「だって、テレビですごい血が出て……! 本家の人たちが『剣心は終わりだ』って……!」

「はい……。分家からの支援は、きっと打ち切られるでしょう。私たちは家を追い出されるかもしれません」

 

 剣心は淡々と告げる。それが敗北の代償だ。

 だが、妹たちは涙を拭って顔を上げた。

 

「いいもん! お兄ちゃんがいなくなるよりマシだもん!」

「そうだよ! 私たち、お兄ちゃんが辛そうな顔してるの、ずっと嫌だったんだから!」

 

 その言葉に、剣心はハッとする。

 守っているつもりだった。最強であり続けることで、彼女たちの居場所を作っているつもりだった。

 だが、彼女たちが本当に望んでいたのは、地位や名誉ではなく、ただの「兄」としての笑顔だったのだ。

 

「……そうですか。……ありがとう」

 

 剣心は深く息を吐き、憑き物が落ちたような顔で微笑んだ。

 

「これからは貧乏生活になるかもしれませんが……まあ、なんとかなるでしょう。私には、こんなにも頼もしい計算外(家族)がいるのですから」

 

 その光景を、一輝は隣のベッドで微笑ましく見守っていた。

 

 3.新たな関係、新たな脅威

 妹たちが落ち着き、看護師に連れられて待合室へ戻った後、再び病室に静寂が戻った。

 

 そこへ、今度はノックと共に二人の少女が入ってくる。

 ステラ・ヴァーミリオンと、黒鉄珠雫だ。

 

「……一輝! 起きて平気なの!?」

 

 ステラが一輝の元へ駆け寄る。その目は赤く腫れており、相当泣いた跡が見て取れた。

 

「大丈夫だよ、ステラ。……それより、挨拶しないと」

「ふんっ!」

 

 ステラは剣心の方を向き、バツが悪そうにそっぽを向いた。

 

「……勘違いしないでよね。あなたが手加減してくれたことは、一輝から聞いたわ。……その、命を助けてくれたことには、感謝してあげる」

「……手加減などという高尚なものではありませんよ、ヴァーミリオン殿。私はただ、自分のエゴを通しただけです」

 

 剣心は苦笑する。

 すると、珠雫が静かに剣心のベッドの傍らに立った。

 彼女は分家の人間を毛嫌いしているはずだ。その瞳には、複雑な色が浮かんでいる。

 

「……お兄様をあそこまで傷つけたこと、万死に値するわ」

 

 珠雫の言葉は鋭い。だが、以前のような氷点下の殺気はなかった。

 

「でも……お兄様が『楽しかった』って言っているから、今回は見逃してあげる。……それに、あなたのおかげでお兄様はまた一つ強くなれた」

「……光栄です、珠雫殿」

「勘違いしないで。次は私があなたをぶっ飛ばすから。お兄様の隣に立つのは私よ」

 

 そう言って、珠雫はプイと顔を背けた。

 どうやら、一輝のライバル(恋人枠ではないにしろ)として認識されたらしい。

 

「ふふ、賑やかだね」

 一輝が笑う。

 剣心もつられて笑った。

 かつて孤独だった「怪物」の周りに、今はこんなにも温かい空気が流れている。

 

「──ところで、剣心君」

 一輝が表情を引き締めた。

 

「ニュース見た? 赤座誠志郎が逮捕されたって」

「……ええ。当然の報いでしょう」

 

 今回の試合における不正──一輝への不当な拘束と、剣心への殺人教唆の疑い。

 理事長の黒乃と、ステラの皇室権限、そして何より一輝の勝利が世論を動かし、倫理委員会への捜査が入ったのだ。

 

 これで黒鉄一輝を縛る「公式な妨害」は消滅した。

 

「でも、これで終わりじゃない。……むしろ、本家はこれからが本番だ」

 

 剣心は自身の知る情報を口にする。

 

「私が敗れたことで、本家は焦っています。分家のSランクですら止められなかった貴方を、今度は本家の精鋭たちが狙ってくるでしょう。……『七星剣武祭』本戦。そこには、私よりも遥かに厄介な怪物たちが待っています」

 

「君より強い怪物が、まだいるのかい?」

「純粋な戦闘能力なら、私と互角以上の者はいます。……特に、昨年の七星剣王、『諸星雄大』。そして、今年の優勝候補筆頭……『王馬』」

 

 王馬。

 

 その名が出た瞬間、珠雫の肩が強張った。

 黒鉄王馬。一輝と珠雫の異母兄であり、風の魔人。

 

「彼らは、私の『計算』すら通じないデタラメな強さを持っています。……一輝殿、貴方の《最弱(最強)》がどこまで通用するか、見物ですね」

「……望むところだよ」

 

 一輝は拳を握りしめる。

 その目には、不安ではなく、まだ見ぬ強敵への期待が宿っていた。

 

「それに……心強い味方も増えたしね」

 一輝が剣心を見る。

 

「剣心君。君はもう、分家の命令に従う必要はないんだろ?」

「ええ。今日付で破門の通知が来るでしょう」

「だったら──これからは、僕の練習相手(パートナー)になってくれないか? 君の《八鏡》があれば、もっと強くなれる気がするんだ」

 

 かつての敵からの、共闘の申し出。

 

 剣心は驚き、そして──ニヤリと、挑発的な笑みを返した。

 

「……いいでしょう。ただし、スパルタですよ? 私に勝ったのですから、それ相応の負荷(メニュー)を用意させていただきます」

「お手柔らかに頼むよ、最強さん」

 

 二人はベッドの上で、包帯だらけの手を伸ばし、固い握手を交わした。

 窓の外では、雨上がりの青空が広がっていた。

 

 鎖から解き放たれた二人の騎士。

 彼らの本当の伝説は、ここから始まるのだ。

 

 ~第1章 完~

(続く)

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