『ディーラー』 作:栄養分
カラカラと金属製のボールがルーレット台の上を走るように回る。次第に勢いを失ったボールは中央の赤と黒に着色され、それぞれ数字の書かれたマスへと落ちていく。
「黒の13でーす。アディアス様がお賭けになられたのは赤色なのでぇ…またまた100チップを頂きますね!」
「っう…!ぐぐぐ…!でも!まだまだ掛け金はある!始まったばかりだよ『ルーレット』きゅん…!」
ここまでにすでに500チップを失い、脂汗を滴らせながらガチガチと歯を噛むアディアスとは対照的に未だ1枚も脱いでいない『ルーレット』はニコニコとした表情を崩さないまま再びルーレット台にボールを走らせる。
「ふふっ、そうですよぉ?さ、次はどうします?」
「………!く、黒だ!黒色に…100を賭ける!」
「はーい!」
その瞬間、『ルーレット』は足を掛けているルーレット台のくぼみの奥の方を踏み込んだ。
(…出し渋ってるなぁ…でも、そろそろ1回は勝たせとかないと…ねっ!)
踏み込まれたルーレット台の中では音を立てずに磁石が浮き上がったりスライドしたりする。これにより、『ルーレット』が止めたい場所に金属製のボールの中に仕込まれた磁石を台の磁石と反発させたり吸い付かせたりして誘導させるのが彼のイカサマだった。
踏み込み、離し、また踏み込み、磁力を上手く使い黒のマスにボールを止めさせる。
「黒の20!おめでとうございます!では賭けたチップは100枚でしたので…115枚にしてお返しいたしますね!」
「よしっ…!よしよしよし!!ぐふふ…!小さくともこれを積み重ねていけば…!…あ、あーところでその…『ルーレット』きゅん?」
「もー、アディアス様ったらせっかちなんだから…じゃぁ…はい!」
そう言って『ルーレット』は右手首に付けていたバニースーツのカフスを外し、テーブルの上にポトリと落として見せた。
「え…それ、だ、け…?」
「えー?だってアディアス様、ゲームの最低額でしか賭けてくれてないんだもん…そんな方にはちょっとした意地悪です!」
「そっ…!?むぐぐ…!」
事実アディアスはこのゲームの最低額の100チップずつしか賭けていなかった。連日訪れていた時は1000や1500チップなどを湯水のごとく積んでいたのだが今日は『ルーレット』の提示した勝負に勝てばいいという思考になっていて回数を増やすために最低額で回していたのだ。
とは言ってもこの『ディーラー』ではチップ1枚が金貨1枚と同等の価値がある、金貨1枚あれば2週間は働かずに三食すべてお腹いっぱいに肉や野菜、果物などの食事にありつけるレベルではあるのだが…このルーレット台では一度に最低でも100枚の金貨が動く。ゆえにこの世界で貴重な男子である『ルーレット』がディーラーでも遊べる人間は中々いないのである。
「ぐぐぐ…ぎぃ…!そ、それなら!次は500!500賭ける!!き、奇数に500だ!!」
「はーい!では回りますねぇ」
ダンッ!と机に置かれたチップの山を見て『ルーレット』はニヤリと妖艶に笑って見せた。
◆◆◆
「ぞ、ぞん、なぁ…!どうじ、で…!!」
それから30分後、僕の目の前でアディアス様はハンカチをギリギリと噛みしめながらボロボロ涙を流していた。
あれから2回ほどワザと負けてあげて左のカフスと付け耳を外し、アディアス様を上機嫌にした後、こちらも負けられないと威勢を見せてある提案をしたのだ。
「ねぇ…アディアス様?僕かっこいい女っぽいアディアス様がみたいなぁ…?次から1000枚で賭けてみない?そしたらぁ…次から脱ぐ部分をアディアス様が決めていいよ?」
これにまんまと引っ掛かり、アディアス様はそれから6回負けた。いやぁ勝った勝った!次のお給料が楽しみぃ!
「ア、アディアス様そろそろおやめください…!無理言ってベトネーゼ家の金庫から出してまいりましたがこれでは本当に財がなくなってしまいます…!」
傍に控えていたアディアス様の従者が額に汗をかきながら主を必死に止める…でもまぁ…もう無理だろうけどねぇ?
「う、うるさい…!もう少し…!次こそは…!『ルーレット』ォォ…!!」
すごい必死の形相…うーむ、これはもう一押しかなぁ…それじゃあ…
「アディアス様…大丈夫ですか…?僕、無理してほしくないです…ううっ…」
「…!だ、大丈夫だ!む、無理などしていないとも…!!…ッそうだ!おい!し、『支配人』はいるか!?」
「…はい、ここに」
心配して泣いているふりをしてみると、アディアス様が『支配人』を呼んで何やらぼそぼそと話をしている…多分お金の事だろうなぁ…
「…では、そのように…『バカラ』!契約書類とペンを!」
『支配人』に『バカラ』呼ばれた長く青い髪をポニーテールにした丸眼鏡のお姉さんが「お待たせいたしました」と書類一式を持ってくる…『バカラ』さんがアレを持ってくるってことは…おそらく…
「お、お待ちください!アディアス様!別荘どころか邸宅も質に入れてまで…!なんという…!これでは先代様に顔向けできません…!」
従者の人がオロオロと狼狽する…あらぁ…邸宅まで質に入れちゃうのかぁ…うーん…さすがにちょっとかわいそうかも……従者の人が。
「黙れ!これに勝てば賭けた金も大金で戻ってくる…!そして『ルーレット』も手に入る…!美麗な男子の種で私は母となるのだ…!!」
「…っ…アディアス様……なんと…なんという…でしたらもう私めに今ここで暇をくださいませ…せめて私をベトネーゼ家の時のまま終わらせてくださいませ…」
「かまわぬ!貴様は今限りでクビだ!…さぁ!『支配人』!これでいいか!?」
主の狂乱ぶりに従者の女性は気が抜けたように蝶ネクタイを外し、この場から去って行った。そして『支配人』に手渡された書類には『アディアス・ユス・ベトネーゼ』の署名が入っていた。
「…確認しました。では『バカラ』、アディアス様に金貨35000枚分のご融資を。そのままチップにして渡して差し上げなさい」
「ハッ!かしこまりました!」
金貨35000枚。これが今のアディアス様の全てだ。
僕はこれからこの全てを…
食べてあげる。
「そして『ルーレット』。アディアス様からのご要望だ…最後の1勝負…これにアディアス様が勝てば君の負けだ。そしてアディアス様はルーレットの【00】以外全てのマスにほぼ均等にベットする」
この言葉に場内がドヨリとざわめいた。
「そんなの賭けじゃないじゃん…!」
「なんでもありってこと…?」
「やだぁ…!『ルーレット』きゅんがあのババァのモノになっちゃうぅぅぅ…」
「…NTR…あれ?そう思うと何か興奮してきた」
「キッショ」
もちろんこれは『支配人』からの仕掛けである。【00】に入るように足で細工すればいいのだから…でも…
「…はぁい!わかりました!では最後のゲームに参りましょう!」
そんなのつまんないじゃん?
◆◆◆
「ッ!?『ルーレット』!?」
『ルーレット』がボールを台に走らせた瞬間『支配人』は異変に気付いていた。
いつも『ルーレット』がイカサマをするときにルーレット台の足元にあるくぼみの中のスイッチを操作するはずなのだが…
両足を地面にピタリと付けていたのだ。
(何をしている『ルーレット』ォォォ…!おい、おまっ、もしそれで負けたら…!くそっ!こんなことなら『支配人権限』とかなんとか言って無理やりにでも抱いておけばよかったァァァ…!!クソクソクソォァ!!)
これまで幾多の修羅場や死地を乗り越えてきて、汗を流すことはなかった『支配人』の首に汗が一筋伝う。
そして『ハイロー』もゲームの行方をバックルームからひょっこり顔を出して伺おうとしていた。
ちょうどその時勢いを失ったボールが台の中央へと落ちて行く。
「…ッ!」
「『ルーレット』きゅんは私のモノ『ルーレット』きゅんは私のモノ『ルーレット』きゅんは私のモノ『ルーレット』きゅんは私のモノ『ルーレット』きゅんは私のモノ…!」
カツン、カツン!とマスのフチに弾かれてボールが舞うように跳ねる。場内にいた者すべてが見守る静寂の中、台を見た『ハイロー』があくびをしながらつぶやいた。
「ん~~~???あ、『ルーレット』君の勝ちかぁ」
「へ?」「え?」「なっ」「は?」
「…ふふっ」
『ルーレット』が笑うと同時にボールは弱々しくもコトリと【00】のマスに落ちた。
それを見て真っ先に「ふえ?」と素っ頓狂な声を上げたのは『支配人』だった。
「【00】番です、35000チップ…ぜぇんぶいただきますね?アディアス様?」
【00】のマスから拾い上げたボールに軽くキスした『ルーレット』に場内から歓声が上がった。
『ルーレット』が歓声にこたえるように両手を振る中、なんとか平静を保った『支配人』が近寄り、耳元でささやく。
「…全く…お前という奴は…」
「ふふっ、もしかして操作してないの気づいちゃいました?」
「あぁ…ヒヤヒヤさせるなよ…寿命が縮んだ」
「はーい、でも勝ったからいいでしょ?」
悪びれる様子もなく『ルーレット』はチロリと舌を出して見せた。
「おまっ…!はぁ、もう……!!」
平静を装った『支配人』の仮面が少し崩れて頬が赤く染まるのと対照的に、一人、この状況を飲み込めない者がいた。
「……て、どう、して…どうしてどうしてどうして!!ぬぐあぁあぁぁ!!」
アディアスである。文字通り今この時を持って一文無しになった彼女は原因となった少年に詰め寄ろうとする。
「『ルーレット』ォォォ…!!お前ぇ…!男のくせにハメやがったなぁぁぁ!?」
「アディアス様…とっても残念ですが勝負は時の運…女神さまが微笑んで下さらなかったのです…」
「…は…?はあぁぁぁぁあ!!?イカサマだ…イカサマしたんだろ!!じゃないとあんな…!【00】に入るはずがない!!」
「イカサマだなんて…!ひどいです…僕一生懸命だったのに…」
「ッ…ぐっ…!」
潤んだ瞳にたじろぐアディアスの前にサッと『支配人』が割って入り、ビタリと眼前に契約書を見せつける。
「…アディアス様…いえ、アディアス・ユス・ベトネーゼ。金貨35000枚今すぐにお返し願おう…叶わぬ場合、貴女の家財は邸宅を含め一切を差し押さえさせてもらう!」
「ぐ、ぐぐ…!!うぐうぅ…うがあぁぁぁぁぁ!!!」
アディアスは一瞬縮こまったように姿勢をしくくしたかと思われたが、顔の毛穴という毛穴から汗を飛び散らせながら『支配人』の持つ契約書を奪い取りぐしゃぐしゃに丸め込んだあと、あろうことかそれを口に運び、飲み込んでしまう。
「むんぐむんぐ…!んぐっ…!ぐはぁぁ…!ぐ、ぐふふふふぅ…!契約書は無くなった…これで契約は無効だぁ…!!ぐふ、ぐふふふふふふ!!!」
そんな哀れなアディアスを前に『支配人』は顔色を変えるどころかニコニコと笑っていた。
「…おやおや。一応その紙は高級紙なんですよ…お味はいかがです?やはり市販の安物とは違いますか?」
「…10」
「うるさぁい!!…ふん!私は帰らせてもらう!『ルーレット』なぞもういい!代わりの美少年なぞどこかにおるわ!!それもアイツなんかよりとびきり綺麗なヤツがな!!」
「9」
「はっはっは…それはそれは…うちの『ルーレット』を上回る少年…お目にかかりたいものです……いるとは思いませんが」
「8」
「っ…!ぐぐ…!……む?」
「7…6…5…4」
「ル…『ルーレット』…?」
アディアスが気づいたころには『ルーレット』は穏やかでまるで慈愛を持った聖人のような顔でアディアスをじっと見つめながら何かのカウントダウンをしていた。
「3」
「まて、な、なんだ…そのカウントダウンは」
「2」
「『ルーレット』!!なんなのだ!」
「1」
「ひっ…」
「ゼロ♡」
カウントダウンが終わると共にアディアスは頭を抱えて防御の姿勢を見せた…が、特に何も起こらない。
「…?ふ、ふふ……ぐふふ、おどかしよっで、わだ、じ…をォ、ぐぉ……!?」
安堵もつかの間。アディアスの体内の内臓、骨、神経、皮膚、肉、そのすべてが軋み、ねじ切られるような痛みが全身を襲い始めた。
「いぎぃ…!ぎゅおおぉぉ…!!なに、を、じだあぁ…!?」
「何という事はありません…しいて言えば先ほどお食べになられた紙でしょうか」
「がぁ…が、か、みぃィ…!?」
「あぁ、失礼…正確に言えば紙に書くためのインクですね…『ルーレット』、ご説明を」
「はぁい」
ニコニコと先ほどまでと変わらない笑顔のままコツコツと歩いた『ルーレット』はそのまま『支配人』に絡みつくように腕を組む。
「今アディアス様の身体を蝕んでいるのはぁ…僕が作った特製の毒インクなんですよ」
「ど、くぅゥ…!?」
「んーと、材料はルビーサーペントでしょ?鋼サソリに…あと毒草を数種類ブレンドしたやつです!面白いのは体内に入れてから約10秒ほどで激痛を伴う初期症状が出るんです!」
「初期…!?ご、ごれ、が…!?」
「はい!あと30分もすれば内臓がボロボロになって腐り始めると思います!!」
「ひ、ひぃぃ…!ぐぶっ…い、やだ…ぎぎぃ…!」
激痛で地面を這いずることしかできないアディアスに『支配人』は新しい契約書を突きつけた。
「さて、アディアス・ユス・ベトネーゼ…もう一度こちらにサインを。そうすれば私としては命は助けて差し上げましょう」
「ひぎっ…ほ、ほんとうに…?」
「えぇ、本当です…いかがしますか?このまま死ぬか、それとも無一文になるか」
「ぐ、ぎぎ…ぎぃ…!さ、サイン…ずるゥ…!だから、だずげ、で…!ぐぎぃぃ…!」
「ではこちらにサインを…あぁ、きちんと綺麗にサインしてくださいね?」
激痛で震える手をなんとか抑え、アディアスは再び契約書にサインをし、『支配人』がそれを上機嫌で受け取って『ルーレット』の頭を撫でた。
「…いいでしょう。では邸宅や別荘、その他ベトネーゼ家の家財一切を我々が貰い受けます…『ルーレット』、解毒剤を」
「はーい…アディアス様、お口あーんってしてくださいね」
『ルーレット』が懐から液体の入った小瓶を取り出しアディアスの口に流し込むと、青紫になっていたアディアスの顔がみるみる内に元に戻っていき、痛みも少しずつ引いてくる。
「ぐっ、ゲホッ…ふぅ、ふぅぅ…!」
「…さてアディアス・ユス・ベトネーゼ。ゲームを続けられない者はここにいる資格はありません…『バカラ』、『ハイロー』。つまみだしなさい。」
「ハッ」
「潰せないのが残念だけど…はーい!」
両脇から抱えられたアディアスが『ディーラー』の扉から追い出される間際、まともに動くようになった顔でぎろりと『支配人』と『ルーレット』を睨んだ。
「覚えておけよ…!必ず…お前たちを…!」
「…フッ…残念ですが貴女は二度と我々の前に現れることはできない…なぜなら…」
『ハイロー』によって開けられた外への扉の先には甲冑を纏った女騎士たちが待ち構えていた。
「アディアス・ユス・ベトネーゼ!貴様には国庫からの横領の罪で指名手配がなされている!おとなしくついて来てもらおう!」
そのままアディアスは縄を討たれ、騎士たちに取り押さえられた。
「は……王国憲兵!?なんで、そ、そんな…!」
「ふふふ…随分と横領なさっていたそうですねぇ…?しかもその金はほとんど男娼などにつぎ込まれていたとは…さて、ここから先は我ら『ディーラー』には関係ありません…騎士の皆様、お勤めご苦労様です」
「……っ…ご、ご協力を感謝いたします…行くぞ!」
そうして無一文となり、罪人となったアディアスは引きずられるようにして騎士たちに連行されていった。
「…場内の皆様!実はアディアス・ユス・ベトネーゼ、彼女には王国の国庫からの横領の罪があったのです!それを我々が騎士団と協力し、今回の逮捕劇と至ることになりました…しかしながら、大変お騒がせを致しました…!」
『ディーラー』の客たちの中には『支配人』のその言葉にホッとしたものもいればギクリとしたものもいた。全員が潔白なものではないのだ…だが、ここでは金がある限り『客』となれる。しかしながら今回のアディアスのように出過ぎたものなどは見せしめるように裁かれるのだ。
「さて今回の功労者、『ルーレット』に大きな拍手を!」
バニースーツの美少年は大きな歓声と拍手に包まれる。
『ルーレット』はそれに答えるように綺麗な礼をした後に、『支配人』と共に控室へと帰って行ったのだった。