『ディーラー』 作:栄養分
アディアスの事件から1週間後…『ディーラー』の屋敷にて…
「むぅ…!」
ディーラーとしての仕事を終えた『ルーレット』は薄い水色の壁紙に、可愛らしいインテリアがいくつか置かれた自室の天蓋付きのベッドの上であるものとにらめっこをしていた。
「…お金が…足りない…!!」
あるものとは財布とその中身である。可愛いものや化粧品を買いそろえているうちにすっかり残り銀貨が3枚と銅貨が12枚しか残っていないのである。
銅貨は50枚で銀貨1枚の価値があり、銀貨は20枚で金貨1枚の価値がある。
食事は青いポニーテールに丸眼鏡の『バカラ』や他の料理上手なメンバーが作ってくれるから食費は気にしなくていいのだが、菓子やその他の嗜好品などは自身の金でやりくりしなければならない。そしてこの時の『ルーレット』には欲しいものがあった。
「くぅぅ…!フロスティ・ミュエルの化粧品…!初回限定セット品とかやめてよぉ…」
フロスティ・ミュエル。王国で展開されている貴族御用達の化粧品メーカーで、きめ細やかなパウダーや色鮮やかなリップ、日焼け止めや下地、香水などどれも一級品の物を扱うのだが、新作の化粧品を販売するにあたり限定のコスメセット商品を販売するとのことだった。お値段金貨1枚と銀貨10枚。どうやっても足りない。
「お給料まで10日もあるじゃん…はぁ…バッグとかいっぱい買っちゃったからなぁ…」
専用のウォークインクローゼットにはずらりとハイヒールやバッグ、ヒラヒラキラキラの服が並んでいる。どれも『ルーレット』が自分で購入し、コレクションしているものだ。
「…はぁ…こーゆー時冒険者っていうのはいいよねぇ…依頼をこなせばその場でお金がもらえるんだから…最近『お仕事』は『スロット』とか『ポーカー』ばっかりが行ってるから臨時収入が無いんだよねぇ…あ、そうだ」
ベッドから飛び起きてフリルのついたピンクの寝間着姿のまま『ルーレット』は部屋を出てある部屋へと向かった。その部屋の扉は黒く重厚な作りで、ドアノブは銀色に輝いていた。
「『支配人』ー!いるー?」
「!?『ルーレット』!?ちょ、まっ―」
ノックをせずに扉を開けると、灰色のウルフヘアの女性が『ルーレット』に対面する形で書斎机に向かって何かの本を読んでいた。が、目にも止まらぬ速さで切り刻まれ本はバラバラの紙くずとなった。
「『ルーレット』…!あれほどノックしろと…!」
「ごめんごめん!」
「まったく…お前は男だというのになんでこうも女の部屋に危機感なく入れるというのだ…襲われても知らんぞ?」
「あはは、よく言われ……ん?」
「!…な、ど、どうした?」
綺麗に黒系のインテリアで整えられ天井からは小規模ではあるがシャンデリアが吊り下げられているこの豪華な部屋で『ルーレット』はふんふんと鼻をひくつかせた。
「なんか生臭くない?」
「………。気のせいだ。あぁ、先ほど『チョウハン』からスルメとやらを貰ってな、それを食べていたんだお前にも分けてやりたかったが残念ながらこれが美味くてな、手が止まらなかったのだ。故にもう手元にはない、欲しければ今度買って来てやろう。話は以上か?書類仕事があるんでな、一人にしてくれないか?あぁ、1時間ほどな」
「うわめっちゃ早口……あっ、ふぅん…?」
早口ですました顔の『支配人』に『ルーレット』がにやりと笑い、ポケットから銅貨を1枚取り出すふりをして床に転がした。銅貨は上手くコロコロと『支配人』の方まで転がって行った。
「ごめーん!落としちゃった!取ってくれる?」
「!?」
その瞬間『支配人』は顔をひきつらせた。拾えない距離ではない。立ち上がって3歩も歩けば簡単に拾えるのだ…が、いま彼女にはそれが出来ない。
(ッぐおおおおお!!?待て待て待て!!『ルーレット』ッ!!!お、お前!え、もしかしてバレてる?下穿いてないのバレてる?てか一人で致してたのバレてる!?)
そう、下半身に何も穿いてないのである。
この世界の女性は性欲が高く…男女比が1:30と男性が少なく相手にされないという事もあるため一人で致すことが多い。が、通常の男性にはソレは受け入れがたく、汚らわしいものだと思われていて、女性は恥を忍んで必死に隠すのである。
………。『通常の男性には受け入れがたく、汚らわしいもの』、なのだが、
「あっれ~?もしかして『支配人』腰痛めてるぅ?」
「!」
少なくとも今ニヤニヤと笑う『ルーレット』は普通の男性…男子ではなかった。
少女のように小さく華奢な体、白い肌、雪のような白さの長い髪、長いまつ毛にキラキラと輝くような金色の双眼、声を紡ぐ唇は汚れのない薄いピンク色…仮にこれが生物学的にも女だとしても同性にも十分ウケるだろう。事実女装姿(いつものことだが)のブロマイドも令嬢などに飛ぶように売れている。これも令嬢たちが自らを慰める時のモノとして使われているらしいが。
(今痛めてるのは胃と心臓だよ!!!)
そして今『支配人』の中には2つの思考が巡っている。1つは何とか銅貨を拾って投げてやり過ごすこと。そしてもう1つは…
(ここまで来たらもうヤるか…?筋力は私の方が上だし、こうガバッと組み敷いて「お前がパパになるんだよ!」って…あとはもうベッドでペロペロにゃんにゃんで…うんもうそれでもいいかもしれない。私はよくここまで我慢してきたよ、『ルーレット』を拾ってもう8年か…よくやった私。後は任せ―――)
「あれぇ?『支配人』どうしてズボン穿いてないのぉ?えぇ~?てかショーツも穿いてないじゃんえっちぃ」
「エンッ!?」
思考にすべてを持っていかれていた『支配人』は『ルーレット』の接近に対処できていなかった。今『ルーレット』は『支配人』の真横に立っているのだ。
「………。けっ、健康法だ」
「へ?」
「ノーパン健康法だ。遥か古代文明では精神統一の修行の1つとして取り入れられてきた健康法でな。開放的になることでいついかなる局面においても最高のメンタルで事に挑むことが出来るようになる優れものだ」
「へぇ?えっちな本読みながらおまたいじるのも?」
「………」
「………」
「何が望みだ?」
「金貨5枚♡」
「持っていけ」
「まいどありぃ!」
この間、約10秒。『支配人』は懐から取り出した金貨を与えることで口止めに成功した。
ルンルン気分で『支配人』の部屋から出ようとする『ルーレット』はすでに限定のコスメセットの事で頭がいっぱいだった。
「…参考までに『ルーレット』…何を買うんだ?」
未だに下半身に一糸纏っていない『支配人』が普段の冷静な声で問いかけた。
「えぇ?コスメだよ?新しいのが出るんだ!」
「?今お前はメイクしてるのか?」
「?僕?今はしてないよ?すっぴんだよすっぴん。生まれたままのお顔だよ?」
「…お前化粧いらなくないか?」
両頬に両手の人差し指を当てながらパチパチと瞬きする『ルーレット』の顔は透き通るような白い肌で化粧などをしなくとも十分すぎるほど美麗であった。それは女性である『支配人』でさえも羨むほどに。
「あーっ!ひどいんだぁ『支配人』!僕が男だからってそんなこと言うの~?」
「そうではない…今のままでも綺麗だという意味だ」
「そっち?でもさ、もっと綺麗でいたいじゃん?…『お仕事』の時とか、さ」
「…悪かった。確かに最近お前には頼んでいなかったな」
「そーだよ。おかげで臨時収入が無いからお金足りないんだもん」
貰った金貨を両手で1つ1つジャグリングしながらドアノブに器用に素足の指を絡ませドアを開け出ていく『ルーレット』だったが途中で「あ」と思い出して振り返る。
「今度から1人でえっちする時はちゃんとカギかけた方がいいよ!!」
「…アドバイス、感謝する」
「じゃあね!」
バタンと扉が閉められ、『ルーレット』の立ち去る足音が遠くなったのを確認した後、『支配人』は即座に扉にカギをかけ、ベッドルームにあるクイーンサイズのベッドに逃げるように飛び込み枕に顔を押し当てながら叫んだ。
「ちくしょおおぉぉぉォッ!!私の意気地なしィィィ!!!どぉしてあそこで『だったらなんだ?お前でこの欲情を処理してやろうか?(イケボ)』くらい言えないんだよおぉォォォ!!」
『ディーラー』の『支配人』今年で28歳(独身)。143㎝の12歳の少年に翻弄されるいつもと変わらぬ光景であった。
この後、ほくほく顔でコスメセットを手に入れた『ルーレット』が売り場にて目撃され、その姿に同じく売り場に来ていた多くの令嬢の脳がその笑顔に焼かれ、その日の晩の『お供』として脳内で再生されたという…。