『ディーラー』 作:栄養分
夜、『ディーラー』が開店して客で賑わう中、この夜はあるテーブルが沸いていた。
「すごい…!自分でカードを全く触らずに2連続フルハウスだ…!」
「その前はストレートでしょう…!?さ、さすがは天運の『ポーカー』…!勝てるわけありませんわね…!」
テーブルには大きな依頼をこなして余裕が出来て遊びに来ていたビキニアーマー姿の冒険者。
そしてそれに向かい合い、グレーの目をキラリと光らせながら余裕の表情を見せるのは、褐色の肌に映えるようにウェーブのかかった赤いセミロングの髪を揺らすディーラー、『ポーカー』であった。
「くっ…!こんなことなら最初から娼館に行って男を買えばよかった…!散々じゃないか…!」
「カカカ!バッカだねぇ?アタシにポーカーで勝とうなんて100年は早いのさ。だから言ったろう?アタシと勝負するのはやめとけってな…まぁでもおのぼりさんにしてはアンタはいい腕だったと思うぜ?」
普段『ポーカー』は客同士が掛け合うポーカーのディーラーをしているのだが、まれに今日みたいに勝負を持ちかけられることがある。そんな時はしょうがなしに相手をしてやるのだが…『ポーカー』が負けた姿を見た者がいない。
「クッソォ…ここで大勝ちして行く娼館をグレードアップしようという算段が……一度でいいから『ストロベリー・ボーイ』に行きたかった…そのために地元のギルドから足を延ばしてきたってのに…!」
この世界の娼館は男性の貴重性からそれはそれは敷居が高く、営業には国が公認せねばならない故に店自体が少なく、あったとしても一度に最低でも金貨50枚を積まねば相手をしてもらえないような場所である。
そして今女が言った『ストロベリー・ボーイ』は超が付く高級店でその店の一番安い男娼でさえ金貨300枚は必要な店なのである。
「あん?アンタ『ストロベリー・ボーイ』の店に行こうとしてたのか?カァーッ、やめとけやめとけ。最近あの店はシケてやがるからよ」
「そ、そうなのか?」
「あぁ、3週間前に病気持ちの女が男娼にバレたってのに無理やりハメようとしてひどく騒ぎになってな…それから病気対策で店のお達しで他の客もおさわりは最小限。当分は挿入なしでキスも上の口しかダメだってんだからよ…楽しめねぇぜ?」
肩をすくめながらシッシッと「やめとけ」のジェスチャーをする『ポーカー』に冒険者の女はポカンとする。
「そうだったのか…あ、ありがとう、おかげでソッチの気落ちは無くなったよ…いやしかしなぁ…せっかく王都まで来たんだ…いい思いはしたかった…!」
「分かるぜその気持ち……あぁまぁそうだなぁ…勝負でいい気分にしてもらったしちょっとだけアンタにもいい思いをさせてやるよ」
「!?ほ、本当か!?」
「あぁ……おぉーい!!『ルーレット』!ちょっと来てくれ!!」
「?はーい」
喜怒哀楽の声がざわめく場内にたった一人ですべてを掻き消すほどの大声で呼ばれた『ルーレット』はディーラーの待機室から…今日はひらひらの短いスカート丈のメイド服姿でひょっこりと顔を出す。
基本的に『ルーレット』は場内に居ればその存在を知りうる邪な女どもから何とかお近づきになろうと囲まれてしまうため、自身がディーラーを務めるゲームの出番以外は待機室に引っ込んでいるのだった。
「…?お、女の子がどうしたってんだよ」
「お…?その反応…?クククッ…!まーまーまー、今にわかるさ…!」
この田舎から来た女冒険者は『ディーラー』という勝てば大金が手に入る賭博場は知っていても『ルーレット』の存在を知らなかったという客の中でも極めて稀な存在であったのだ。
…この時までは。
女冒険者の目線では、パタパタと走る『ルーレット』と呼ばれたディーラーがこちらに走ってくるのだが、何かがおかしい。このディーラーが場内に現れた瞬間、場の空気がじっとりと熱気に満ち溢れ始めたのだ。
「…な、なんだ…!?」
これでもこの女冒険者は地元では優れた冒険者で、戦いにおける空気の流れの読みや危機察知の鋭さが他の冒険者より頭一つ抜きんでていた。
だからこそ分かる。あのディーラーが出てきた瞬間、この『ディーラー』という違法賭博場が猛者ひしめき合う戦場の空気に変わったのだ。
『ルーレット』の後ろ姿を追う女貴族や令嬢の凝視する目、自分でも知っている豪商のなんとだらしのないにやけ顔、そして何より…目の前の『ポーカー』の絶品の獲物を見るかのようなじっとりとした獣のオーラ。すべてが異様だった。
「『ルーレット』ォ…♡今日も綺麗な髪だなぁ…?あぁぁ…!ったく…!欲しくなる…!」
近くまで来た『ルーレット』の細い腰をグイッと抱き寄せた『ポーカー』はそのまま口づけをしようと『ルーレット』の顔に自身の顔を近づけるが、ものの見事に『ポーカー』の鼻に頭突きが喰らわされる。
「んがっ!」
「だぁかぁらぁ…!『ポーカー』さん?そーゆーのはやめてくださいっていつも言ってますよねぇ…?」
「くぅ…!さすがアタシの『ルーレット』…そういうツンツンしたところもたまらねぇ…!」
「僕は『ポーカー』さんのものじゃないでーす」
目の前での光景に女冒険者はポカンとしていた。彼女の前では大柄な赤髪の女が、華奢で綺麗な白髪の少女と戯れているようにしか見えていなかった。別に女冒険者は同性愛者ではないので何を見せられているんだと頭が混乱する。
「で?なんで僕を呼んだんです?」
「ん、あぁそうだった…おいアンタ」
「…あ、あぁ、すまないな…えっと…その少女がどうした?」
その言葉に場内がどよめいた。
「ありえない」
「まさか知らないのか?」
「…だとしたら、知ったら沼るな」
「メイド『ルーレット』きゅんに興奮したからちょっとトイレでイってくる」
「イくな。普通に行け」
女冒険者は動揺して周囲をきょろきょろとする。何が間違っているのか?知らないとは何だ?沼とは?そして綺麗と言えども同じ女相手に欲情するという事はこの『ディーラー』とはもしかしてそういう店なのか?
混乱する女冒険者の前に『答え』はすぐに示されることとなった。
「ククッいい反応だぁ…!さぁ、サービスの時間だぜ『ルーレット』ォッ!!」
「ふえ?…きゃ!?」
「!?」
腰を抱いたままの『ルーレット』に向かって『ポーカー』がどこからか取り出したナイフをギラリと向け、手早く振るうと『ルーレット』の着ていたメイド服がはらりと斬り落とされた。
肌を傷つけることなく中に着ていた下着すら器用に斬られ、慌てふためき色々と隠そうとする『ルーレット』だったが、女冒険者は必死に隠そうとする白くきめ細やかな素肌の中に、女にはあるはずのないモノを一瞬垣間見えた。
「…!?えっ…!えっえっえっ!!?」
予想外の情報に混乱していた頭はさらに混乱し、語彙力を奪う。
「えっ、おんなのこ…でも、ち、ちん…!え、おとこの…???えっ?かわいくておとこのこ…?えっ…?」
開いた口がふさがらない女冒険者を見て『ポーカー』はニヤリと笑みを浮かべる。
「な?ちょっとだけいい思い…できただろ?」
「……夢でも、みてるのか…?」
「カカカ!無理もねぇ!コイツは『ルーレット』…ウチの大事な大事な男の子さ!」
「お、おとこの…こ…!こんな…きれいな…!あぁ…!!」
目の端に涙を浮かべ、恥ずかしさから白い頬をほんのりとピンクに染める少年に女冒険者は思わず手を合わせて拝み始めた。
「こんな美しい世界があったなんて…!もう、『ストロベリー・ボーイ』に行けなくていい…!天国はここにあったんだ…!」
「はっはっは!そうだろうそうだぶべらっ―!」
豪快に笑う『ポーカー』の顔に突如拳が飛んできて吹き飛び、壁に激突する。いつの間にか腰を抱いていた『ルーレット』は『ポーカー』の手元から離れ、ある女性の腕の中でファーのついた灰色の暖かなコートに包まれていた。
そのコートの主であり拳を飛ばした灰色のウルフヘアの女性は『ルーレット』をお姫様抱っこし、女冒険者へにっこりと、そして、冷たく微笑みかけた。
「…お客様申し訳ございません。ポーカーを担当するディーラーが急遽体調不良となってしまいまして…申し訳ございませんがゲームはお開きとさせていただきます…『ポーカー』には『支配人』である私から指導を行いますので…何卒ご容赦の方を」
その冷たい微笑みは全身の肌にざっくりと深く突き刺すかのようなプレッシャーを周囲一体に放ち、まるで全員にこの場内で見た『ルーレット』の姿を【忘れろ】と言わんばかりであった。
「ひっ…!?は、ははは、はいぃぃ!!」
「感謝いたします…さ、『ルーレット』、帰りますよ………それと『バカラ』。『ポーカー』を回収してきなさい」
「かしこまりました」
壁に叩きつけられ、すっかり伸びている『ポーカー』の足を掴み、ズリズリと引きずられていく姿を見た女冒険者の心の中には、今受けた『支配人』からのプレッシャーもあったが、『ポーカー』への感謝の心もこの場にいた他の客同様に持ち合わせていた。
(『ポーカー』の姉御…!ありがとう…!姉御の犠牲は忘れないぜ……!)
◆◆◆
2時間後。閉店後『ディーラー』屋敷内談話室にて。
「…何か申し開きはあるか?『ポーカー』?」
部屋の中央で椅子に座らせられ、グルグルに鎖で撒かれ気まずそうな顔をする『ポーカー』を『支配人』、『バカラ』、『ハイロー』が対峙するようにソファに座っていた。
「あー…いやぁそのぉ…へへっ…つい…」
「OK、『ハイロー』よかったな新しい『おもちゃ』だぞ」
「わぁい!!!」
「うおぁっ!?待って!大将!悪かった!!『ハイロー』だけはやめてくれ!」
巨大なハンマーを軽々しくぶんぶんと振り回しながらニコニコとにじり寄る『ハイロー』にガタガタと抵抗する『ポーカー』に『支配人』はソファのひじ掛けに肘をつきながらため息をつく。
「全く…どうしてお前はいつもこうなのだ…」
「で、でもよぉ大将!これでも抑えてる方だぜ!?あんなショタ、本来ならもう1000回…いや10000回は喰っちまってるよ!!」
「それはわかる」
「…『支配人』?」
「冗談だ『バカラ』」
呆れた顔で2人を見る『バカラ』には頭痛がしていた。実はこの2人とも性癖で言えばほぼ同じ性癖をしており、そういった本の貸し借りもよく行う仲ではあるのだが…一応抑え(本人曰く)が効く『支配人』とは違い、『ポーカー』はどうにも抑えが効かない事の方が多い。今回のように客の前で『ルーレット』を引ん剝くことや部屋に忍び込み、夜這いを仕掛ける事や、『ルーレット』が使用した後の風呂の湯でカレーを作り貪り食うなど、悪行が絶えない。
「…ふぅ…『ハイロー』ストップだ」
「えぇーなんでぇー?」
「なんでもだ……その代わり『ハイロー』には新しく来た『仕事』を頼もうと思う」
「!」
「し、『支配人』!?」
『仕事』と聞いて目をキラキラと輝かせる『ハイロー』とおろおろし始める『バカラ』。そして『ポーカー』はというと、どうにも嫌な予感がしていた。
「今回は『ハイロー』向きな仕事でな…対象を『好きに遊んでいい』そうだ」
「キャッハァ☆そうそうそういうの!そういう『お仕事』だぁいすきィ!」
「お待ちください!事後処理はどうなさるおつもりですか?あいにく『仕事』の予定日は『スロット』さんは動けません…私や『ルーレット』さんが出るならともかく…『ハイロー』さんが行かれるなら…!」
「問題ない。なぁ?『ポーカー』?」
「げぇ…やっぱり…」
げんなりとした顔ですべてを諦めた『ポーカー』は深くため息をついた。
「それが今回の罰ってか?」
「そうだ。きれいさっぱりよろしくな」
「はぁ……クッソォ…あれアタシでも吐き気するんだぜ…?」
「よかったじゃないか罰らしい罰だろう?」
「こんなことならやるんじゃなかったぜ…ちくしょう…」
「でもショタちん見たなら?」
「「悔いは無し」」
「『支配人』?」
低俗な部分で息の合う『支配人』と『ポーカー』に『バカラ』が頭を痛めながら静かに怒りをあらわにしていた。
………。
そんな彼女たちの輪から少し離れた窓際で、明るく薄らいでいく夜空を夢見る少女のような顔で眺めながら『ハイロー』はニコニコと笑っていた。
「るんるんるん♪はやく『お仕事』やりたいなァ…今度はどのハンマーを持って行こうかなぁ…♪でもやっぱり…」
だがその本来綺麗なエメラルドグリーンの2つの眼は
「ぶちぶちに潰せるハンマーがいいよねっ♪」
黒く澱んでいた。