世界の真理を解き明かした天才──に、憑依した地球人 作:刹那木ヤクモ
はい、よーいどん、で全員が順風満帆な人生が送れるわけもなく。人生というのは往々にして無理難題が付きまとうもので、それを初見で対応するというのは無理な話である。
「だからと言って2周目でより無理難題を押し付けて良い訳がなくて」
悲しきかな、私の声を聞く者は誰もいないようだ。洞窟だからそりゃそう。
そして、何もわからぬ状態で投げ出されてしまうと、それもまた詰みポイントなんですよね。助けてほしい。
光の入ってくる方を見ると、鉄格子の向こうには草木が揺れており、霧⋯⋯いや、雲も見える。かなり標高の高いところに作られた牢屋、かな。
転生後の待遇が悪すぎる、どうにかならんのか。ま、罰といえばそうかもしれない。⋯⋯動くか。ここに居たって、何が変わるでもない。
「ふっ」
思わず笑みが出てしまう。
「なんだ、転生したとていつもと変わらないな」
立ち上がり一歩踏み出してみると、カツン。音が鳴る。意識してなかったが、囚人服にしては身なりが整いすぎている。靴はずいぶん高級そうな革製、シャツやズボンも汚れはなく、とても幽閉されているとは思えないほどだ。別に綺麗であることに一切不満はない、ただ違和感と疑念が湧き出てくるだけだ。
「⋯⋯それはさておき」
鉄格子に近づくと、バチン、と薄い膜が張られ痛みとともに弾かれた。まあそう簡単に出られるわけもない、それは理解していたがにしても不可解な現象だ。頭が痛くなってくる。
ひとまず、現状整理から始めよう。山を掘られて作られたと思しき牢屋の中に監禁されている状態。まだ淡い光しか差し込んできていないため、恐らく時間は朝方だろう。牢屋にしてはやや広めで、光が行き渡っていない。捜索すべきはやはり光の届かない場所だろう。牢屋に閉じ込められてるくらいだ、やましいことのひとつやふたつ、もしかするともっと抱え込んでいるかもしれない。秘密を隠すなら闇の中、それは物理的でもそうでなくともだいたい同じことだ。
暗闇へと、壁面に手を添えながらゆっくり歩く。地面は均されているようで、よくイメージするほど歩きにくくはない。⋯⋯それにしても、前世を思い出す。暗闇、監獄、その末路──結局私は囚われる定めだとでも──いや、過ぎたことだ。
そして慎重に歩を進めていき闇に少し目が慣れた頃、変化が訪れる。
壁にとっかかりのようなものがある。これは何か意図して作られたものだ。そう感じ、動かしてみる。揺らしたり、引っ張ったり。そして、押し込んでみると──
「おー⋯⋯」
壁だと思っていた場所が奥にずれた、かと思えば左右に開きそこから明かりが入り、声も出てしまう。まず目に入ったのは椅子、机、そして真っ白であっただろう壁面を埋め尽くすほど書かれた大量の図や文字。
「⋯⋯テンション上がるな、これは」
推理モノだとしたら取り敢えず一通り見て回るのがキホンのキだろう。椅子には牢屋に一人という現状に相応しくないほど小綺麗な白色のロングコートがかかっている。机の上には羽根ペンのような筆記具と紙の山、そしてぐちゃぐちゃと線が走っている書きかけのページ。嫌でたまらないレポート課題を思い出してさっき上がったテンションが急下落。壁はよく見ると人の体が書かれており、そこに注釈が入れられているように見える。何か人体にかかわる研究をしていたのか?
ひとまず椅子を引き、書き殴られているものを見てみる。ただ、発狂したかのように引かれた線⋯⋯まだ理性を保っていたであろう時に書かれているものも全く読めない。ただ、直線で構成されたものと丸みを帯びたものがある程度纏って置かれている様は、故郷の文字に似ている感じもある。もしかするとド辺境の言語かとも思ったが、精巧なコートがその線の可能性を低くしている。
次は紙の山。適当に一番上から見てみる。表題と思しきデカ目の字、そして著者名かな? 2枚目、3枚目と次々捲っていくが読める文字は無い。一応、同一の言語で書かれているようだ。⋯⋯文法的な考察はできるかも知れないが、照合が出来ないため意味を推し量ることは不可能。仕方がない、いったん止めだ。
「いったん、手詰まりか。どうしたものかな⋯⋯ん? 」
更に奥。そこに、悪趣味な飾り付けをされた扉──さしずめ、地獄の門とでも言うべきものがある。
──なぜ、気づかなかった。トリックか?
厄ネタの予感もある。しかしこの状況の打破にもつながる気がする。⋯⋯ま、やってみるか。
重い扉を両腕に力を込めて押し開く。飛び出してくる悪臭、熱気に顔をしかめながら開き切り、一歩踏み入れる、その瞬間──
『管理者ナンバー1、《アスト・グラトナレジ》を確認しました。ようこそ、ようこそ。星墜機関、《星堕ちる夜に明ける夢》は、あなたを歓迎します。ようこそ、ようこそ──』
まさしく、機械音声。聞き取れたことはまず良かった点ではある、しかし名前以外のすべての意味が分からない、話者もスピーカーも見当たらない。ところどころ血のような赤──というか多分血がぶちまけられたであろう床。まさしく、厄ネタである。
「あー⋯⋯もしもし。質問、いいかな? 」
転生早々にしては情報が多すぎる。対話で何か引き出せればいいが──
沈黙。どうやらそう簡単には行かないらしい。本格的に手詰まりになってしまった。となるとさっきの紙束から何か情報を探るしかないな。⋯⋯本当に気が遠くなる。本当に。
◆◆◆◆
125枚目、解読不可。126枚目も⋯⋯当然。
「ふぅ──」
とても、とても大きなため息ひとつ。理由は簡単、多すぎる。異なる言語で同じようなことを書いてあるのはわかるのだが、いかんせんそのどれにも見覚えがない。あてもなくぺらぺらとめくり続けて、だいぶ時間がたってしまった。図解みたいなのは一応ありはするんだが、声と動作で何かをする、というところまではわかっても肝心の発声がわからない。
「まあ、やるしかないかな」
127枚目をめくる。
⋯⋯見慣れた図。書かれている言語は──読める。
「⋯⋯マジか、マジか! 」
半分──いや、九割期待していなかったがどうにかなるもんだ。
「《計り知れぬ運命への接触》⋯⋯」
読み進めていくと、現状打破の光が見えてきた。運命への接触──なぜ故郷の言語があるのか、何か誘導されているのではないか。そんな引っかかりがあるが、これ以外の道も見つからない。呪文詠唱、やってみるとしますか。
「《天才に任じられた者として告げる。まだ見ぬ明日のため、その身を神に捧げよ》──」
直後、落雷のような痛みが奔る。血を吐く、噴き出す。視界をジャックされたかのように意味不明なものが映る、それが、次第に悪化して──痛い、痛い、痛い! 頭が、割れる!
思考の、ゆとりも、ない! だけど、本能が意識を失うのはもっとヤバいと告げている⋯⋯! 」
「ぐっ、う、がぁぁぁぁ!!
狂う、狂えない、狂う、狂えない、狂って、死ぬ──死ぬか、死んでたまるか──!!
ふっ、と、突然痛みが消える。それどころか、肉体が消失したような感覚に──
ダイチ ウミ ソラ ホシ ユメ リソウ シツイ ケイショウ カミヲ コロス ヒマデ──
そして私は、夢の中で黎明を告げる鐘を鳴らす。
◆◆◆◆
『神ははじめに、世界を創造した。
つぎに、生命を創造した
さいごに、運命を創造した。
しかしその偉業には、手違いがあった。世界はかくあるべしと定めた運命には、生命体の《悪性》という計り知れない変数があった。神は怒り、嘆き、悲しみ。そしてある決断を下しました。
《すべて、私が管理しよう》、と』
プロローグは、これで終わり。きっと、意味がわかるときが来るでしょう。これは、支配からの脱却、その過程にして世界の運命の果て。反逆者たるあなたが呼ばれたのもまた必然。天才の最後の証明に、どうかお付き合いくださいませ──