柘榴の火   作:yuruyuru

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第1話

「おや、君も休憩かい?」

 

 麻帆良学園に点在する教員用の喫煙室。その場所を訪れた高畑。高畑・T・タカミチは先客へと笑いかけた。

 

 数人が灰皿を囲める程度の一室で壁に背を預けた男は出入り口から少し逸れた方向へ紫炎を吐いた。長くなった煙草の灰を灰皿へ軽く叩いて落とす。黒髪から覗く柘榴色の瞳が高畑へと向けられる。

 

「今、『夜』だからな? せめて終業と言え馬鹿」

 

 変わらず不遜な態度を向け悪態をつく彼の隣に並び煙草を取り出せば「ん」と無愛想な声と共にライターの火が差し出される。常と変わらずその火を借りて煙草の先を燃やす。

 

「タカミチは『休憩』か?」

 

 ライターをポケットへ入れた男は煙草を咥え直す。

 

 先の声かけに対しての意趣返しのつもりだろう言葉に高畑は思わず笑う。

 

「終業だよ。吸ったら部屋に戻って寝るだけさ」

 

「……明日が夜間警備で無ければ飲みに誘うんだがな」

 

「お互いにね。用事がない時にまた行こう」

 

「ああ、ついでに飯も奢ってくれ」

 

「飲みすら奢ると言っていと思うんだけど?」

 

 じゅ、と男の煙草が灰皿底の水に浸され火を消した。高畑の返事に男は幾分か不満を滲ませる顔を見せていたが、ふと空気が緩むと顔を見合わせお互いに笑った。

 

 冗談さ、またな。軽くそう言って挨拶には強い力で高畑の腕を叩いた男は喫煙室を後にした。

 

 高畑は喫煙室の扉が閉じるまでその背を見送り灰皿へ灰を落とした。

 

 男の名は秋人。ここ麻帆良学園で高等部教員を務める数少ない「魔法先生」の一人だ。いつもどこか頼りない皺のついた白いシャツと黒のスラックス。時期によってはジャケットを着ている。

 

 彼を見たことない人が見れば不真面目そう、の印象を受けるだろう。だが彼は高等部では真面目そのもの。生徒一人一人と真剣に向き合い好かれている。

 

 態度や格好をだしに叱られることもあるそうだが改善されたところを、少なくとも高畑は見たことがない。

 

 何より高畑にとって彼は数少ない気を許せる友だ。

 

 かつて別の場所で大きな事件に関わっていた高畑は魔法先生に尊敬や畏敬の目で見られることが多く、ただの教師やただの人として接する人は少ない。

 

 彼、秋人は出会った頃から変わらない態度で周りの魔法先生にたしなめられ、高畑の過去を聞かされたところで「だから?」と答えたらしい。ただの同僚であり生徒を重んじる、何より数少ない煙草仲間である彼とはすぐに意気投合し今では日が合えば週に一度程度は二人で飲みに行く仲だ。

 

 短くなった煙草を灰皿に捨て、高畑はポケットをあさる。

 

 いつからだろう。喫煙室へ行く際にいつも確認していたライターを「無くてもいいか」と思い始めたのは。

 

 翌日は高畑、秋人共に魔法先生のみが行う「夜間警備」の仕事が入っている。

 

 どこからか襲いくる魔族が居れば撃退する。ただそれだけの仕事だが、魔法を知らない一般生徒たちにバレるわけにはいかない。お互い認識阻害の魔法が正しく働いていることを確認して虚空へと足を踏み出す。

 

 空を歩く。これだけでこの世界ではとんでもない大ニュースになりかねない。

 

 秋人は学園を見下ろせる場所まで上がり体を伸ばしてあくびをした。

 

「寝不足は珍しいね」

 

「テスト期間はこんなもんだろ。高等部は外部への受験を控える学生も多いからな」

 

 厄介極まりない。言いながら袖のボタンを外す。彼の右手の指に嵌まる銀色の指輪。シンプルな作りのそれは魔法発動体となる触媒だ。

 

「今日は『客』も居るみたいだからそのうち目は覚める。ボーッとすんなよ、タカミチ」

 

 声をかけられぼんやり指輪を眺めていた視線を慌てて上げる。

 

「ああ、もちろん。前衛は任せてくれ」

 

 宙を蹴り敵に向かう高畑。

 

 英雄と共にあった一人、彼がそう呼ばれていることを秋人はよく知っている。その名に恥じない強さと責任感を高畑は持っている。まるでそう在らねばならないのだと、周りへ誇示するような強さと態度。魔法先生の多くはそんな彼を畏怖の目で見る。

 

 秋人は見え始めた敵の姿に詠唱を始める。

 

 だから何だと、言った覚えがある。今でもその心は変わらない。この学園で教師をしているのであればそれが全て。

 

 高畑が魔族の足を止め距離を空けたところで後方を担当する秋人たちが魔法で撃ち落とし送還する。

 

 どれだけ強くとも、どんな過去を持っていようとも。今の姿と立場以上に思うことはない。

 

 今の仕事は魔族を追い返すこと。

 

 不意に高畑の姿を目で追っていた秋人は違和感に気付く。

 

「(いつもより反応が鈍い?)」

 

 戦いの中でも隙のない英雄足り得ようとする彼にしては反応が鈍い。だが周りは気づかず「いつものように」最前線を高畑に預けている。

 

 変わりなく強いが、いつもと違う。

 

 念のため攻撃魔法ではなく防御魔法の詠唱を溜め、手元に転移魔法符を置く。使わなければそれがいい。

 

 秋人の目の前でそんな祈りは無に帰した。

 

 一体の魔族と背後に隠れるようにもう一体の魔族。壁役と本命。普段の高畑ならば即座に気付いて対応出来る程度の浅知恵。

 

 しかし。高畑は後硬直時間のある技を壁役へと放った。

 

 本命の魔族が愉悦に顔を歪ませ手を上げた瞬間、事態に気付いた高畑と魔族の前に転移魔法符を使った秋人が割り込んだ。魔族の黒い爪が防御のため固められた秋人の右腕へ深く食い込み、シャツを破り肉を抉る。

 

 背後で名を呼ぶ高畑へ振り向くことなく溜めていた防御魔法をその場へ展開する。

 

「保って数秒、ボーッとすんな」

 

 前を譲るように足を引けば小さく謝り拳を握り直した高畑が前へ出る。

 

 敵との間を隔てる防御壁はすぐに消え、再び片腕を振りかぶった魔族は目に見えない強い力に吹き飛ばされ消えた。他に魔族の姿がないことを確認し高畑は慌てたように振り返った。

 

 引き裂かれた右腕を圧迫し抱えた秋人の手元から赤い雫が滴り落ちる。

 

「秋人くん!」

 

「死にはしない……滅茶苦茶痛いけどな」

 

「治癒魔法は」

 

「俺程度の魔法では意味がない。悪いが先に離脱する」

 

「もう魔族の気配はない。僕も一緒に後方へ下がろう」

 

 大袈裟な。痛みに表情を歪めたまま笑う秋人を支え、高畑と秋人は二人で戦線を離脱した。同じように夜間警備を担当する魔法先生たちに心配と、怪訝な視線を向けられていた。

 

 後方で控える支援担当の魔法使いに治療を施された秋人の右手にはきつく包帯が巻かれている。

 

 軽く動かす程度には問題ないが魔法での完治は難しい。スリングを通す必要もない程度ではあるが重い物を持つことや、もちろん戦闘も避けるように。

 

「学生に説明がめんどくさいな。犬に咬まれたことにでもするか」

 

「気にするのはそこなのかい……?」

 

「あー。後は服か。労災の申請も面倒だし、一般の同僚にも説明するの面倒。面倒だらかだよ」

 

「ふ、はは。気が抜けるなあ。遅くなったけど庇ってくれてありがとう」

 

「飲み会一回分な、あー焼肉でも良い」

 

 両方行けばいいよ、そのうちね。

 

 高畑の言葉に秋人は「その言葉忘れるなよ」と笑い、煙草を片手に取って見せた。吸いに行こう。言葉の無い誘いに高畑もまた笑って応じた。

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