柘榴の火   作:yuruyuru

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書いてて楽しかった。


第13話

 夜闇に閃光が翻り掠めた頬が引き攣る痛みを伴う。明らかに自分が当たっても問題ない程度に近くを通り過ぎて行った魔法の出所を一瞥する。いつぞやかに八咫の鏡の複製品を持って高畑と自分に向けた男だ。

 

 夜間警備は学園と学生たちに関わることだというのに。秋人は呆れながら視線を敵へと戻す。夜間警備に着いた時から敵意は分かりやすく向けられていた。上手く収めると言った学園長には文句を言っても良いだろう。学園長への文句を考えていると敵が上空から落ちた魔法の力に押しつぶされて消える。

 

 先ほど魔法が掠めていった頬に触れると過剰なまでに痛みと違和感を感じる。軽い火傷程度だろう。

 

 何も事情を知らない同僚に心配され「何ともない」と笑って返す。視界の端で怪我の元凶である男を見るも責められるのを恐れてか早々に引き上げる最中だ。

 

 不意に秋人の心配をしていた同僚が何かに驚きその場から立ち去った。敵はもう居ないはずだが。同僚が驚きを感じていた自身の背後を振り返ると、上から降りてきた暖かな温度を伴った手が火傷の近くに触れる。

 

「魔法が当たったように見えたけれど、大丈夫かい?」

 

「問題ねえよ。だから手を離せ」

 

「どうせ君は傷が浅いと処置もしないんだから、手当に行こう」

 

 頬から離れた手はすぐに秋人の手を取り、思い出して敵が居ないことを確認してから後方へと下がっていった。

 

「なあ、さっきの。誤解されてると思うが良いのか?」

 

「君が軽傷だと処置しないのは事実だよ」

 

「……うーん、それは確かに事実なんだけどなあ。そうじゃないんだよなあ。とりあえず手を離せって」

 

 教員寮に向かう道でようやく手を離され秋人は苦笑いを浮かべた。

 

「他の魔法先生に恋仲だと思われるだろ? と言ってるんだ」

 

 問いかけ声をかければ高畑は足を止めて秋人を振り返り首を傾げた。

 

 本当に分かっていない表情を見せる高畑の前で深くため息をつき、秋人は大きく足を踏み出して高畑に触れ合うほど近寄り片手を伸ばした。驚き固まる高畑の頬に少し冷えた秋人の手が乗る。

 

「こんなことをしてたんだ、お前は」

 

 からりとそれだけを告げ、ここまで来たなら俺の部屋に行こう、と高畑の横を通り抜けた。

 

 冷えた手に強い熱が籠もり、夜風がそれを冷やすと秋人が振り返り手を差し出した。さあ手当をするんだろう? 誘われるままに足を踏み出し、秋人の部屋へと向かった。

 

 夜間警備後の学園は静かでふたりの足音は強く反響した。

 

 

 冷えた空気が満ちる秋人の部屋は生活感が感じられなかった。真白なベッドに教科書が詰め込まれた本棚。使った痕跡の無いキッチンと何も並ばず何も敷かれていない机と椅子。本棚に並ぶ教科書でかろうじて教師か学生かの判断がつく。

 

 彼らしいと思いながら、あまりの色の無さに高畑は言葉を失う。

 

「この程度の傷なら勝手に治るだろうに」

 

 ふたり分の椅子なんてないからな。不遜に言い捨てた秋人は部屋の中唯一の椅子に勢いよく座ると袖口で火傷を擦った。こら。高畑から叱る声が届いてもそ知らぬ顔で笑う。赤く滲むように色を変えていた彼の頬は朱を強く熱を上げる。

 

 人で居たいと願いながら自身の身は省みない。思えば庇われたときもそうだった。高畑が敵の魔族に狙われているときも自分の身体を盾にして庇った。焼肉と酒を奢ろうという話になった原因だ。

 

「……家の中の物、勝手に使わせてもらうよ」

 

 自らを蔑ろにする姿に苛立ちと熱に似たものを心に込め、高畑は応急処置の道具を用意する。冷えた布に湿布。氷はあるだろうかと開けた冷蔵庫には酒が数種類だけ入れられていた。

 

 勝手に冷蔵庫覗くな。どこまでも気だるげな「いつもの」声が聞こえてくる。音を立てて冷蔵庫の扉を閉める。

 

 秋人の前に戻り冷えた布を差し出せば彼は軽く礼を言って頬に当てる。

 

 それが「用意された回答」に聞こえるのはそういう目で見てしまっているからか。高畑は自分で処置をする秋人を見て眉間に皺を寄せる。

 

「君は、あの時どうして僕を庇ったんだい?」

 

「ん? ……どの時だ?」

 

「夜間警備で僕を庇って右腕を怪我をしたじゃないか」

 

「ああ、お前の様子がおかしかったからだが」

 

「君なら無傷で制圧出来ただろう」

 

「『人』に出来る限界はあの程度だ。違うか?」

 

 どこまでも「人」だというのに人として見れば違和感が強い。ただ強い魔法使いの出来る範囲であれば秋人の言うことは正しいのかもしれないが、本当に人なら自らの被害を厭うはずだ。

 

 高畑は応えられず、口をつぐむ。

 

 それを目の前の秋人に伝えたところでどれほど響くのか。

 

 自分の言葉が届くのか。

 

 友として時間を過ごしていたはずだが高畑には自信が無い。

 

「どうした、酒でも飲むか?」

 

 仕方ない、注いでやろう。隣を往き過ぎ冷蔵庫に向かうであろう秋人の手を掴んで止める。

 

 少しだけ冷えた手を掴んでも、力を込めても、掴まれた彼は表情を変えず何なら掴んだ高畑を心配する表情を浮かべる。

 

「君の本意が知りたい」

 

 それは精一杯の問いかけだった。

 

「ずっと伝えてる。手を離せ」

 

 それは「いつもの」彼の返事だった。

 

 人でありたいという彼の願いと思いを反映され、魔族の本能を抑えつけた。歪に歪み、本意など誰にも見えない。それはきっと秋人本人にも。

 

 離せと告げても動かない腕。振り払おうと力を込めればより強く。圧力を感じていただけの腕に痛みが混ざり反射的に身体強化をかけ、慌てて強化を解く。高畑は素の力でしかない、強化をかけて振りほどけば怪我に繋がりかねない。

 

「誰にでもそうするのかい?」

 

「は……?」

 

 腕から視線を外し高畑に視線を合わせた。誰にでもそうするのか。そう聞いた声は酷く優し気だった。だが、高畑の本意が見えない。穏やかな声色でも彼の目は酷く冷たい。これまでに見たことがないほどに。

 

「例えばそう、明らかに君を狙って魔法を放ったあの人に腕を掴まれても君は『人だから』と強化を解いてこの状況に甘んじるのか」

 

 誰が魔法を放ったことまで見えていたのか、という疑問と高畑が何を聞きたいのかという困惑。何より高畑に「答えるべき」回答を探し秋人は小さく口を開いた後に閉じた。

 

 誰に対しても抵抗はすると言えば高畑相手に強化を解いた理由が無い。人だから怪我はさせたくないと言えば良い。一般に「人」は他の人を傷つけることを日常としないのだから。

 

 だが、それは「嘘」だ。

 

「友は……友を傷付けはしないだろう?」

 

「……『君』は、そう思うんだね」

 

 柔らかく腕が離され安堵した秋人がいつものように揶揄おうとした瞬間間近から感じる威圧に両腕を防御のために差し出した。

 

 低く鈍い音に鋭い痛み。よろけて壁に背を付いた秋人は緩めた胸倉を掴まれ抑えつけられ再び壁に背を打ち付ける。

 

 胸倉を掴む腕を引きはがそうと腕に触れるが力は緩みの気配を見せず壁と腕に挟まれ息苦しさが迫る。

 

「君の友がただ優しい人だと言うなら、僕は違う。僕は君を壊したいとさえ思う」

 

「離せ! タカミチ……!」

 

「君は人の定義も友の定義も間違ってる。気付いているはずだよ。だから君はさっき言い淀んで、僕に回答を求めたんだ」

 

「俺は――」

 

 強くなる抑えつける力に反射的に魔力を練り上げ柘榴色が仄かに光を内包し秋人は意識的に魔力の滲みを抑え込んで視線を逸らした。

 

「人なら、友でも暴力を振るわれれば抵抗する。君もその力で抵抗したら良いじゃないか」

 

 体が持ち上がるような錯覚を覚えるほどの力は戯れとは思えない。息苦しさと痛みに抵抗の力が緩む。

 

「君を壊したら、君は『君』を晒してくれるかい?」

 

 顔を逸らし高畑の眼前に晒された耳元で響く声が震わせる。

 

 放してくれ。弱弱しい秋人の声は届かない。




この先何があったかはご想像と妄想にお任せします。
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