柘榴の火   作:yuruyuru

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第15話

 業務を終えて日の暮れた帰り道を歩く高畑は不意に足を止める。

 

 街灯に照らされてもなお迫る夜の闇に沈む学園の外。広間を囲む休憩用のベンチの下に淡い光が灯る。色を持たない明らかに魔法を使われた光は高畑が近づくとゆっくりと紐のように長くなった先を持ち上げて高畑へと向ける。

 

「秋人くんの」

 

 蛇の形になった淡い光は高畑の見上げ、誰の魔法かを口に出されると頭に当たる部分を持ち上げ一方向を見やる。高等部の教員が暮らす寮のある方向だ。

 

 何を伝えたいのか。

 

 教員寮を見ていた視線を落とすと蛇だった魔法が光の残滓となり消えた。

 

 互いに休みとなる日はまだ先だ。それに秋人が魔法に頼って人を呼び出すとも思えない。たまたま高畑が通りかかったが他の魔法使いに見つかれば危ぶまれる。何故送ってきたのか。

 

 思うより早く足は高等部教員寮に向かう。

 

 インターホンを押すがいつかのように駆け込む音は無い。代わりに寮の廊下から誰かの足音が高畑に近付いた。

 

「あれ、高畑先生ですか?」

 

 高畑にとって見知らぬその人はビニール袋を手に提げて軽く頭を下げる。

 

「先輩のお見舞いに来られたんですか?」

 

 お見舞い? 高畑の疑問に高等部教員と見られる男は手に下げたビニール袋を少しだけ持ち上げて見せる。

 

 なんか風邪引いたみたいで、薬とか食料品とかのパシリ行ってきたんすよ。よく飯奢ってもらったりしてるから不満はないんですけどね。

 

 楽し気に笑いながら伝えられた事実に高畑が返事をするのをためらうと「たしか煙草仲間でしたよね、これお願いします」とビニール袋を託される。返そうとする前に男は笑顔で走り去っていった。

 

 ビニール袋の中身を確認すると食べやすいゼリーやスポーツ飲料、一般的な風邪薬が詰め込まれている。

 

 再度インターホンを押す。しばらく無音の後、重く鍵の回る音がする。扉の開く気配がなく、外から扉を開くとやたらと重い扉の向こう側からずるりと何かが滑り落ちてくる。

 

 熱いそれを慌てて抱き留める。

 

「何で、お前が……」

 

 人の通常体温よりも明らかに熱い体から弱り切った声が漏れ聞こえる。

 

「君の後輩から色々託されたんだ。ベッドまで運ぶよ」

 

 呻くような声で反抗している声が聞こえてくるが無視してベッドまで運ぶ。座らせるように降ろすも姿勢を保てそうになく、身体を支えてそのまま寝かせる。

 

 出会ってから何年にもなるがここまで弱った姿を見るのは初めてか、違う弱りを見たのはつい最近か。余計な考えを振り払い、ビニール袋の中から頭を冷やすためのシートを取り出す。汗に濡れた額を拭ってからシートを貼ってやると弱り切ったお礼の言葉が吐き出される。

 

「色々言いたいことはあるだろうけど今は休むんだ。治ったらどれだけでも文句を聞くから」

 

「覚えてろ……」

 

 憎々し気に掠れた言葉を残して秋人は目を閉じた。未だ湿布に隠れた首筋に触れるも彼は目覚めない。

 

 触れた首から伝わるのは異常な高熱。せめて寝やすいように。汗を拭き服を着替えさせる。体を上体持ち上げても目は覚めない。

 

 勝手に病院に連れて行ったら流石に本気で怒られるだろう。既に本気で嫌われてはいるかもしれないがむざむざこれ以上嫌われに行く必要はない。

 

――恋仲だと思われるだろ?

 

 先日秋人に言われた言葉を思い出すと作業の手が止まる。結局あの後明確に否定をしていない。

 

 今同じ問いをかけられることはないと断言できるがもしも同じ言葉をかけられたとしたら否定するだろうか。否定できるだろうか。

 

 動きを止めて物思いに耽る高畑の背後で鈍い落下音が響いた。振り向いて確認するとベッドから落ちたのか床からベッドへ這い上がろうとする姿が見え慌てて駆け寄った。

 

 自重すら持ち上げられない秋人の体を持ち上げてベッドへ座らせる。体は相変わらず熱く、目は何処を見ているのか不明瞭なほど虚ろだ。

 

 明日病院へ行こう。問いかけた言葉に彼は首を傾げた。

 

「おまえ、『あの時』の子どもに似ているなあ」

 

 掠れ弱々しいながらも聞こえた言葉に今度は高畑が首を傾げる。

 

「人は、すぐそだってすぐ死ぬから……、あれももう死んだのか。助けてやったのだが」

 

 今話しているのは秋人ではない。過去の、違う呼称で呼ばれていた存在だ。

 

 それに気付いた高畑は何かを聞こうと口を開くが聞くべき問いに行き当たらない。助けた子どもとは? 聞いて何になる。魔族について。聞くべきかもしれないが聞きたくはない。

 

 体を支えながら考え込んでしまった高畑の頬に彼は熱い手のひらを当てた。

 

「この存在が、恐ろしいか……?」

 

 傲慢で上位の存在からかけられた言葉。高畑は頬へ置かれた手に自身の手を重ねて首を横に振った。

 

「どれだけ長く生きていても、どれだけ強くても。僕は君を恐ろしいと思ったことはない」

 

 初めて焦点のあった瞳が高畑を捉え、少しだけ微笑んだ。

 

 そうか。

 

 一言だけを残し彼は高畑へ倒れ掛かるように再び眠りに落ちた。

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