柘榴の火   作:yuruyuru

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第16話

 目が覚めると早朝の白い明かりが薄くぼけてカーテンの向こう側から部屋の中を照らす。汗でべたつく服が気持ち悪く体を起こす。

 

 肌が引き攣るような違和感を感じ首筋に手を当てれば汗で取れかかった湿布に手が当たる。勢いよく剥がしてごみ箱の方向へ捨てると机に突っ伏して眠る人が見えた。

 

 そちらへ歩み寄ろうとして頭の中が一回転するような違和感を覚え動きを止める。眠る前よりもマシにはなったが勢いよく動けば「また」ベッドから落ちるだろう。

 

 喉が渇き頭が痛く目が回る。

 

 自分が潰していた枕を持ち上げ、机に突っ伏して眠る人へ投げつける。勢いのない枕は狙った頭ではなく彼の足下へと落ちたが彼は体を起こし秋人を振り向いた。

 

「おはよ――」

 

「飲み物とタオルをくれ。食い物は要らん」

 

「ああうん、少し待ってね」

 

 寝起きのぼんやりとした声でそう返した高畑は机に置いた眼鏡をかけ手慣れたように冷蔵庫から飲料を取り出すとコップへ注ぎ投げられた枕と共にベッドサイドのローテーブルへ置いた。そして浴室からタオルを数本取り出し同じようにローテーブルへ置いた。

 

 秋人が両手で抱えているコップが空になると高畑の手が差し出される。

 

「おかわりは要る?」

 

「いい、要らねえ。お前、今日も仕事だろ。今のうちに帰って二度寝しとけ」

 

「君は、」

 

「おかげで多少マシになった。上司の独断で有給使うために今週は休みだしな、大人しくしてる。鍵、そこにあるからかけて帰れ」

 

「ん。何かあればいつでも携帯に連絡してほしい。それじゃあ、お大事に」

 

 何時まで看病していたのか。普段から数段ぼんやりした様子で高畑は示された鍵のスペアを手に取ると部屋を後にし外側から鍵をかけた音だけが秋人に届いた。

 

 音を聞き届けテキトウに体を拭いた秋人は再びベッドの上へと倒れこんだ。

 

 高畑が寝ぼけていて良かった。心底安堵しながら、再び旧い夢の中へと戻った。

 

 

 翌日の夕刻、秋人は図書館島に居た。過去の実績で借り受けた一室。中央に一組の机と椅子、部屋を取り囲む本棚には適当な魔法の本と魔法陣学の本。中央の机と椅子、ある程度の大きさの床を囲うように水が循環している。

 

 足を水に浸し座り込んだ秋人は水に手を触れ水球として取り出すと凍らせ適当に水へ投げ込んだ。体の熱はほとんど取れ、身体もある程度快復した。水の中に目を向けると仄かな光をたたえた蛇が部屋を巡るように泳いでいる。

 

 あの蛇は魔法陣学を使った唯一の成功作。自分の体、人の体を生かした自分自身と言い換えても良い魔力の一部を渡して作った使い魔か小間使いに近しい魔法だ。意志か自我に近い物を持ち最悪発動だけしておけばそれ自身が考えて秋人を手助けする。

 

 先日から熱に浮かされていた秋人にこの蛇を行使した覚えは無い。けれど熱を出していた時から今に至るまで、この蛇は秋人の傍に居る。意図を持って呼び寄せれば蛇は素早く秋人の下へ戻り隣で顔を見上げ「待ち」の姿勢になる。

 

「少し休むから、見張り」

 

 用件を言いつければ蛇は部屋唯一の入り口へ向かう。

 

 足を水へ浸したまま後ろ向きに倒れ目を閉じる。

 

 

「こら、病み上がりなんだから水から足を出しなさい」

 

 上から落ちてくる言葉に目を空開ければ眼鏡をかけた友が困り果てた顔で見下ろしている。

 

「引っ張ってくれ」

 

 友に向けて両手を緩く持ち上げれば彼はため息を吐きながらも差し出された手を掴んでゆっくりと自ら引き上げる。その勢いで体を起こして立ち上がる。水の残る素足で歩き見やるのは部屋の入口。

 

 見張りを任せた蛇は間違いなく入り口に居る。魔法自体が消えたわけでもなく、見張りという与えた命令を放棄したようにも見えない。

 

「熱は引いてるみたいだね?」

 

「おかげさまでな」

 

「そうか、良かった……」

 

「……聞きたいことは聞け」

 

 変わらない口調。以前までと同じ荒っぽくも近しい言葉。

 

 高畑は一度目を伏せて片手を差し出した。中にあるのは貸し与えられた秋人の寮部屋の鍵。まずは返すね。軽く投げて寄越された鍵を秋人はポケットへしまう。

 

 で? 続きを促せば高畑は柘榴色へ視線を合わせる。

 

「夜中に一度起きたこと、覚えてるかい?」

 

「覚えてる」

 

「……」

 

「何が聞きたい」

 

 あれは秋人だったのか。子どもとは何のことか。王である頃に人を助けていたのか。聞きたいのは、本当に聞きたいのは何か。

 

――この存在が、恐ろしいか……?

 

 恐ろしくない。あの時問われた高畑の回答に高畑自身は強い確信がある。だが流れるように出てきた言葉に自身で違和感を覚えている。

 

 恐ろしいと思わない。そう答えはしなかった。

 

 恐ろしいと思ったことはない。そう答えた。

 

「君は、いや。僕はこの学園で会うより前に君と会ったことがあるんだね?」

 

「……そうだ」

 

「一度もそんなこと言われたことがない気がするけど」

 

「最近までただの教師だったんだ、言う機会もないだろ」

 

 部屋の外側に向けて歩き出す。水の上に足を下ろし、波紋を立てることもなく歩いていく。

 

「お前が手を出すほどに焦がれる『俺』は何なのか。お前が覚えてない時に会ったやつか、ここにいる俺のことか、ここで考えていた。結論が出なくてな」

 

 振り返った足下で水が波紋を集めるように揺れる。

 

 集まるように揺れ動いていた水面は波を放つように動きを変える。肌身で感じるほどの魔力の圧が放たれる。

 

「『人』は話し合いで解決することが多い。それで分からないなら、もうひとつのやり方しかないだろ?」

 

「僕に、病み上がりの相手をさせるのかい?」

 

「ふ、はは。安心してくれ、病み上がりで影響があるとしたら――加減が出来ない程度さ。やりすぎないようには気を付けよう」

 

 さあ、構えろ。秋人の差し向けた片手に光の蛇が収まり杖の形へ変化する。

 

 戦う必要は無いのでは。高畑の反論を打ち消す攻撃の気配に彼は体を引いた。轟音を立てて落ちる魔法の雷。何の防御もなければ怪我では済まない威力だ。

 

「俺の魔力切れは狙わない方が良い。あとヒントは、そうだな。夜間警備では『魔法使い』として動いていたが、俺は『魔法剣士』スタイルが好きだ」

 

 がんばれ。楽しそうに、学生へ向けて注意事項を説明する口調の秋人が軽く宙を蹴りあがる。




戦闘は大カット予定。
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