数日の休暇を取らされた秋人は数日ぶりの職場と溜まりに溜まった仕事の量に辟易していた。数日の担当授業を代わっていた同僚に謝罪と礼、溜まった仕事の消化。
通常業務が消えるわけでもなく、通常業務を終えて陽が落ちてから溜まった仕事に手を付ける。外が暗くなり教務室にほとんど誰も居なくなってから秋人は煙草を片手に教務室を出た。
吸わなければやってられない。煙草を握った右手が痺れるような痛みを訴えるが知らないふりをして誰もいないであろう夜遅くの喫煙室の扉を強く開いた。
「こんばんは」
室内から声をかけられてようやく落ちていた視線を上げる。
「タカミチ……『休憩』か?」
先日のやり取りを思い起こす言葉に煙草を片手に持った高畑は薄く笑う。
「残念ながら『休憩』だね」
「指導員も大変だな」
「君もやるかい? 推薦くらいなら出来るよ」
「要らんめんどくさい」
即答されて思わず高畑が煙を吹き出した。
隣で煙草に火を点けて吸い始める秋人に合わせて二本目に火を灯す。
どちらからの話題も無く煙草が半分ほど灰になる。
傷は問題ないのか、仕事に支障は出ていないか。聞くべきことは高畑の心に溜まっているが、きっと隣に居る友はそんな言葉を望まない。
だとすれば何を聞くべきか。学生たちの事か。学生たちもきっと彼の右手に傷があること程度は知っているだろう。
話題がない。
どうしようか迷う高畑の隣で灰皿に灰を落とした秋人が小さく笑った。
「傷は問題ない。痛み止めが効いてるし、動かないわけでもないから休みで溜まった業務以外に何も問題はないさ。気にしすぎるな」
無作法な態度を取るくせに誰よりも人の感情に気付く。聞きたかった答えと、慰めを送られて高畑の笑みは曖昧に歪む。
「僕の油断が原因だと思うとそうも言えないんだけどね」
「だからそれは奢れと言っただろ?」
「……ありがとう」
「どういたしまして――なんだが、油断をしたのは珍しいな。気になるやつでも出来たのか?」
煙草を皿に捨てた秋人にそう問われた。火が水に溶ける音が鳴る。
気になる人?
油断だけでも珍しい隙のない友人が固まった姿を前に秋人は片手を軽く振った。ゆっくりと視線は秋人へ向けられるがどこかぎこちない。
「良いことだが、命を危険に晒すなよ」
どこまでも良い友人の秋人が笑う。
「君は、そういう人は居ないのかい?」
目の前を過ぎる「気になる人」の存在から何とか気を逸らそうと高畑は問いかけた。長くなった灰を捨てる。
秋人は狭い喫煙室を越えて遠くへ視線を投げた。
「もう長く居ないな、そんなのは」
「過去には居たんだね」
「はは、酒が入って覚えてたら話してやるよ。法に触れない相手なら大事にしろよ」
右手を痛めているためかいつものように体を叩かれることなく秋人は左手を軽く振って喫煙室を後にした。
気になる人。秋人に言われた油断の原因。
あの日、夜間警備をこなすにあたって油断をしていたつもりは無かった。ただ、背後に「魔法使い」としてひかえる秋人、彼が強い魔法使いであることを書類と、過去の実績からの知識として知っていたが「何故」そこまで強いのか。戦いの中でぼんやりと考えてしまっていた。
だから気になる人というのは間違いではない。
高畑だけが残された深夜の喫煙室。秋人が立ち去ったその場所に憎々し気な視線を向ける人が居た。