秋人は病室の窓から暮れる陽を眺めていた。
高畑と向かった遺跡で高畑が魔法道具で造られた師匠を打倒し、魔法そのものが解除された。先に物見を行っていた人員も回収し大怪我を負っていた秋人はそのまま病院へと送られた。腕がちぎれたわけでも無い怪我であればこの世界の病院でほぼ完治する。一部背を叩きつけた際に体の中に傷が入っていたらしく半日程度の安静を言いつけられ、病院に居る。
面倒が過ぎるため途中で逃げてやろうと考えていたが、病院へ同行した高畑に「この人は逃げるよ」と余計なことを言われたおかげで片腕に魔力抑制効果と緩衝材付きの手錠を嵌められてベッドへ括られている。
魔法を使えなければ魔力制御の術式の調整も何もできない。
そもそも制御術式を入れた指輪はベッドの隣で何かの本を読んでいる高畑の手元に残されているままだ。
「もう手錠は取ってくれても良いだろ」
「あと少しじゃないか。せっかちだね」
「暇な時間は性に合わない。傷はもう問題ない」
「だーめ」
子供に言い聞かす大人の口調で返され秋人は思わず舌を打った。
「じゃあせめて指輪を返せ」
「ああ、それは構わないよ。ありがとう、おかげで師匠を抑えられた」
差し出された手にシンプルなシルバーのリングを乗せ返す。
リングを左手の人差し指に戻した秋人は首を傾げる。
「おかげで? おかしなことを言うなあ。この指輪に込めた魔力も術式も俺にしか使えないし自動発動するようなものも無い」
「……僕を騙したかい?」
「お前が勝手に勘違いしただけさ。お前が勝ったのはお前の力でしかない。俺が手を貸すでもなく自覚できたようで良かったよ」
ベッドに体を預け白の天井を見上げる。
そういえば。声をかければ柘榴色の視線だけが隣を見やる。
「君は僕の師匠と会ったことがあるかい? 出会い頭、驚いているようだったけど」
「容易に盗み聞きされる場所では話せない」
重い音を引きずり秋人が片腕を持ち上げる。鎖に繋がれた片手。
話を聞きたいなら手錠を外せ。無言の圧力に高畑は手錠へカギを差し込んだ。
「支払いはしてくれたのか?」
「勝手についてきたとはいえ依頼があっての負傷だから問題ない」
日が暮れ温度が下がり始めた室内、ベッドから勢いよく体を起こした秋人はベッドから降りた。右腕には違和感もなく完治している。
宿としている家へと戻り秋人は卓を間に向き合う椅子のひとつに勢い良く腰掛けた。
「さて、先に明日の準備をするか話を聞きたいかどっちだ?」
「準備手伝うつもりはあったんだね。話から聞こうか」
「じゃあ話そうか。と言ってもそう大した話じゃない。多くの人は魔族を敵と思ってるだろ?」
「まあそうだね」
秋人の向かいに腰かけると秋人が魔力を用いた光でふたつの人のような形を作ると机の上に並べた。片方の人の形には羽が生えている、魔族なのだろう。机の上で人の形が魔族を打倒す。
「魔族も同じさ」
指先を向ければ魔族だった影は倒れたまま怯えるように後ずさる。
「いつからだろうな、会話できる知性がありながら武器を向け始めたのは」
秋人が作る魔法陣からひとつ、ひとつと光が増えていく。
「そう、だから」
何人か集まった人間側の光が形を整えていく。
高畑にとって見知った人たち、偉大な魔法使いたち、英雄とも呼ばれる人たちの姿によく似ている。
「――この集団は恐怖の対象だった」
「魔族側の視点は考えたこともなかった」
「はは、俺たちもだよ。あの頃は特に俺たちの存在は鬱陶しかったんだろう。俺たちはそっちの戦争に興味が無くてな、邪魔しないから殺さないで欲しいと交渉したのがガトウさんだった」
魔族の光と人間の光のほとんど消え、ひとり分が残る。
「その時は別に戦ってないが、強い人だろうとは思った。だからお互いの『脅威』としてあの遺跡で再生されたんだろう」
こん。秋人が指先で机を叩くと光が全て消える。
「今更だけど、夜間警備で魔族を相手にするのは良いのかい?」
「無為な争いは避けたいが、襲われるなら迎え撃つ。それで弱い方が負けるのは普通の事だろ。魔族は特に人より個々の強さにこだわるから、負けたならそれまで」
さ、明日の準備をしようか。
何ともない調子で秋人は立ち上がり、撤収の準備を始める。少ない自分の荷物を鞄に詰め込み押し込む姿は高畑の知る「人としての」秋人だった。
先ほど話していたのは違う存在。「魔族の王としての」秋人。
自分の友はどちらなのだろうか。
どこか引っかかりを覚えながら高畑もまた麻帆良に戻る準備を始めた。