柘榴の火   作:yuruyuru

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捏造あります。


第9話

「弟子を取る気はない」

 

 それは秋人が正体を学園の長に知られ改めて条件付きで魔法先生となり過ごして数日後の事。

 

「頑(かたく)なだね」

 

 彼の魔力を制御する銀の指輪は高畑の指に通されたまま。

 

 彼らは秋人が借り受ける図書館島の一室に居た。広い空間に幾らかの本棚、中心には机と椅子。椅子は最近ひとつ増えてふたつになり、向かい合うそれにふたりは座っている。

 

「知っての通り俺は『普通の魔法使い』じゃない。普通を学び理解はしても咄嗟の状況ではボロが出る」

 

「これまで長くボロを出していなかったのに?」

 

「真実を写す鏡を咄嗟に誤魔化せず割っただろうが。おかげで全てバレた」

 

「……割れたわけじゃなかったのか」

 

 手元のカップから珈琲を流し飲み、ため息ついでに机に手をついて秋人は立ち上がる。

 

「俺は魔法使いの弟子はとらない。これは俺のためだ」

 

「僕から学園長に伝えておこう」

 

 ふたりが話しているのは学園長、近衛から秋人に宛てられた「お願い」だ。学園で学ぶ生徒の中には魔法を知り、扱おうとする学生も居る。普段の授業と同様に魔法でも教鞭を取らないか。というお願い。

 

 お願いであることを強調されていたから断ったところで彼が学園から追われることは無いだろう。

 

 珈琲を片手に高畑は背を向けた友を見た。

 

 友、秋人は既に背後の空間に魔法陣を浮かべ、一冊の本を手に何かを作っている。

 

 普通の魔法使い、普通の人ではない彼は暇な夜にこうして図書館島の部屋にこもって魔法を使うらしい。趣味か研究か。高畑がそれを知ったのも数日前。

 

「そういえば、君は普段無詠唱魔法を使っているけれど此処で見るのは魔法陣が多いね」

 

 声をかけると秋人は手元の魔法陣を手のひらほどの大きさにまで縮めて椅子へ戻った。

 

「その場に留まらせる魔法は継続的に魔力を使う。魔法陣は作り方によって複雑な魔法をその時に込めた魔力量で継続させることができる。言い換えれば自走する複雑な魔法にもなり得る」

 

 彼の手のひらに収められた魔法陣が淡く発光するの陣を起点に蝶や魚、鳥の形をした光が部屋に散った。それぞれが形に合った動きで部屋の中を飛ぶ。

 

「――昔、陣を使った魔法に秀でた人間に会ったことがある。そいつにとってはこんな魔法も児戯に等しいだろう。それがどうにも、悔しくてな」

 

「その言い方だと会ったのは『秋人くん』じゃなさそうだけど、それでも……悔しい?」

 

「そう。と言ってもこれが『悔しい』という感情なのは今になって分かったことだけどな」

 

 空に散った光たちはしばらくすると部屋の壁にぶつかり消える。

 

 数があっても壁や床を見て避けられれば良かったがまた失敗だよ。秋人が手を握ればその中にあった魔法陣が弾ける音を立てて割れ消える。

 

「短い命の人間がどうしてあれほど精緻な魔法を作れるのかと興味を持った。見ているだけでは分からなかった。だが観察しているうちにアレは寿命で死んだ。後を継いだ人間も居たがあの人間ほどの力はなかった」

 

「魔法世界で人として学んだ方が早くない?」

 

「バレるだろ。いずれはそうしても良いが準備が足りない上に、アイツが一人分の時間で成し遂げたなら俺もそうしたい」

 

「君の動機が妙に子供っぽいのはさておき、その人はひとりだけでそれを成し遂げたのか気になるね」

 

 高畑がそう言うと秋人は動きを止めて目を閉じた。

 

「……アレには弟子と協力者が居た。俺の記憶とこの島の知識で不足だと思うか?」

 

「その人の実力が僕には分からないけれど、人の大きな功績は誰かの協力を得て成していることが多いと思う」

 

「そうか、そうか……。そうだな。はは、まいったな。分かってたことから目を背けていたみたいだ」

 

「弟子を取るか、誰かと協力する気はないのかい?」

 

「弟子はない」

 

 強い魔法使いが育ちそうなのに。冗談めかした言葉に秋人は机を軽く指先で叩いた。

 

「協力者は?」

 

 答えはない。

 

 秋人はただ腕を組んで椅子に深く座り背を預ける。

 

「協力しない、もしくはしたくないのは相手が『人間』だから?」

 

「そこに忌避感はない。あったら人に成ってまで過ごしはしない」

 

「じゃあ」

 

「怖いんだよ。人と成り過ごして、人は……そう。『一丸となる』ことで強い力を持つことを再認識した。俺はまだ人として過ごしたいが異種としての恐怖も強い」

 

 当たり前のように告げて彼は目を閉じた。眠るわけでも休息を取るわけでもなく、考えている。

 

 自分がその協力者になろう。

 

 安易にその言葉を口に出来ない高畑は中身を飲み干したカップを静かに机へと置いた。

 

 知識面で秋人に及ばないのはもちろん。彼の本質が魔族にあることは魔法先生であり、魔法世界で悠久の風という組織に与する高畑にとって警戒と恐怖の対象になる。彼が理不尽に襲われない限り武器を向けてこないとひとりが分かっていても、彼を知らない人たちにとって「魔族の長」という存在は恐ろしいものとして映る。

 

 何より歯痒いのは秋人がそれをおそらく理解して口に出さないことだ。言ってくれれば頼まれたからと理由を付けて協力者になれるが、彼は口に出さない。誰よりも高畑のために。

 

 不意に目を開けた秋人は再び高畑に背を向けて何かの魔法陣を浮かべた。

 

「お前に贈りたいものがあるのを忘れていたよ、タカミチ」

 

 魔法陣には秋人が手を向けた場所から文字が刻まれていく。タカミチにとって見たことのない言語。

 

「お前が俺を信用するなら、だけどな」

 

「この、魔法陣のことを言ってるかい?」

 

「そう。これはこの国でいう『言霊』の力を増幅する魔法陣だ。俺で実験はしているが詠唱魔法が使えないお前の力になるかどうかは試してみないとわからない」

 

 球状に魔法陣が重なっていく。

 

「僕に詠唱魔法が使えるかもしれないと?」

 

「かもしれない、だ。お前に魔法陣を仕込む形になるから俺を欠片でも疑っているなら受け入れない方がいい。受け入れたら最後これに手を出せるのは俺だけだから。どうする?」

 

 球状の魔法陣を背後に浮かべ秋人は片手を差し出す。

 

 高畑はその手を取るか、迷った。

 

 友人である彼に対しての疑いは無い。けれど、魔法先生としてはその手を取るのが正解なのかは微妙だ。

 

 もしも――もしも彼が学園を裏切るようなことがあれば。

 

 一瞬だけ迷った後に高畑は差し出された手を取った。

 

 彼は裏切らない。

 

 確信があった。

 

「俺を信用するなら、俺はその信用に応えよう」

 

 つないでいない片手に小さくなった魔法陣が集約され、集約された魔法陣は繋いだ手の中に取り込まれて消える。

 

 これで?

 

 体に何の異常も見られず首を傾げた目の前で秋人は手を離して隣に並び同じ方向を見た。

 

 試してみればいい。

 

 秋人が詠唱をして魔法の矢を一本、虚空へと放った。同じようにしてみろ。言外の指示に高畑は恐る恐る片手を向ける。

 

 そして震える声で拙い詠唱で放たれた光が前方へ飛んでいった。自分の手から放たれた初めての魔法に惚ける高畑の目の前で片手を振って意識を自分に向けさせ、秋人は笑った。

 

「さて、これは結構な代物でな?」

 

「渡してから言う?」

 

「はは、俺はそういう人間なんだ。じゃあ、お礼に俺の研究手伝ってくれよ?」

 

 手始めにこの辺りは覚えてもらおうか。

 

 秋人の魔法で本棚から何冊もの分厚い本が浮き上がり勢い良く机の上に落とされた。それなりに忙しいんだけど。文句を返しても秋人は楽しげに笑うだけだった。

 

 彼を警戒すべきという懸念は何処かへ消えていた。

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