暗い路地裏で目を覚ました。
部屋着のままだからか少し肌寒く、またばら撒かれたゴミ達から僅かな異臭が鼻腔を刺激している
だがそれでも、酷い頭痛と吐き気の中で全身が歓喜に打ちひしがれている。
先程まで神を名乗る、顔の無い男に死を告げられ狼狽えていたのが遠い昔のように思えた。
両腕を頭上に伸ばして勢いよくガッツポーズを作る。
「ここがオルタマジック★タイム*1の世界……!」
そう、それは自身の大好きなアニメ"オルタマジック★タイム"の世界に転生出来たからに他ならない。
オルタマジック★タイム……略してオルマジ
それは日本中のオタク達の心を鷲掴みにしておきながら原作者の急死によって未完となった悲劇の作品だ。
内容をざっくり説明すれば、アーティファクト*2という不思議物質の力によって魔法少女となった主人公の少女達がアンデッド*3と呼ばれる怪物達から世界を守り救うという王道ストーリーで
主となる魔法少女達はもちろん、その敵となるアンデッド達の抱く背景や意志が人気となった作品
未完のまま終わって久しいが、それでも根強いファンも多い。
勿論俺もその一人であり
そして偶然にもその世界に転生するチャンスを得たのが俺であると、顔の無い男が言っていた。
当然初めは信じられなかった
そもそも自分が死んだという事すら疑わしいというのにそんな都合の良い話が飲み込める筈も無い。
だけどももし、もしもその話が本当だったならと信じたがった気持ちも同時にあった
だから怪しいと感じつつもその話に乗って、今こうして見知らぬ場所で目を覚ました。
普通、夢や幻の類であったならこんな事は起きない
明らかにおかしな事だ。
だがだからこそ信じられる
あの男の言っていた事は本当だったのだと。
「そう、ここは夢にまで見たあのオルマジの世界なんだ
つまり……つまりは最早幻となったアニメの続きをこの目で見届けられる!
そうと決まればまずは今がどの位の時期なのかを把握しなきゃいけないな」
顔の無い男が言っていた"▉▉▉▉▉▉▉▉"という言葉も気になる
まさか魔法少女である彼女達だけでは対処出来ない何かがあるんだろうか…
ちょっとしたネタバレを踏んだような気もしながら、路地裏から出ようと歩を進める。
幸いそこまで広い路地でもなかったようですぐに出られそうだった。
土地勘が無いため何度か迷子になりかけながら歩き行く
そうして少しして、ふと異臭に慣れかけた鼻に強烈な刺激を感じる。
「これは鉄の匂いと……腐臭?」
錆びたような強烈な鉄分の臭いに、まるで大型動物が死んでいるかのような悪臭
ありえない事だった
これまで投げ捨てられていたゴミや排気ガスの臭いは散々嗅いでいたが、こんな恐ろしい臭いは無かったのだから。
そして聴いてしまった
ピチャピチャと湿った何かを啜る音を、悍ましい呼吸音を。
決して踏み込むべきでない予感が背中を駆けずり回る
ここはオルマジの世界、そうつまりは
もしもそんな怪物と遭遇してしまったなら?
生身の身体じゃまず助からない
アイツらは動きも速く、力も常人のそれを遥かに超えている
何せ魔法少女である主人公達ですら常に死と隣合わせの戦闘になる相手だ。
俺は悩んだ
来た道を引き返すか、このまま"何か"から隠れながら進むか
だが引き返したとして、その先に道が無かったら?
そうなればその"何か"の次の標的は自分だ
逃げ場の無い袋格子、助かる術は無い。
「マジかよ……やるしかないのか?」
奴らは一度死んでるからなのか五感が弱い
少なくとも、戻るよりも進む方がずっと分の良い賭けのように思えた。
息を潜めて背中を丸める
何者も自分に気付かぬように
それはずっと忘れていた生物的恐怖を思い出させるようで、とても、怖かった。
だからだろうか
普段ならしない筈のミスをしたのは。
音がした
小石を蹴って、躓いたのだ。
そして目が合ってしまった
アンデッドではない
アンデッドではなく、ソレに食われている人だったであろうモノに。
原型は無かった。
「ぁ……嘘………だろ…………?」
そうして何も理解しないままに全てを理解した。
あのアンデッドはオルマジ第1話…最初に出てきたアンデッドにして最弱のアンデッド
そして人とアンデッドとの絶望的な力の差を見せ付けた、最悪のアンデッドだ。
食人鬼と呼ばれるソレは獲物を痛ぶり弄ぶ習性がある
おそらくはその肉もそうした後なのだろうと察せられた。
そして自らもそうなるであろう事も。
<まだ、まだ満ち足りない……我慢ならん。
だから役に立てお前も>
腐りきった食人鬼がこちらを振り向き、俺を睨む
決して大きくはない声量で呟くように嘆いている。
その意味が少しだけ理解出来るような気がして、けれどもやっぱり恐怖は拭えなかった。
「た、助け……」
怖くて仕方がなかった
少し都合の良い事が続いて調子に乗っていた
自分の選んだ選択に心底から後悔した
何故、こんな危険な世界に行きたいなどと思ってしまったんだろうか。
……助けは来ない。
何故ならば
それでも……
「助けを……」
走る?無意味だ
戦う?無意味だ
命乞いなど何の意味も成さない
一体この場で何が出来ようか。
もう一度、あの時に戻れたらなどと空想する。
それでも尚
やはり諦めきれるはずが無かった。
助けを求める
ひたすらに、出来うる限りの祈りを込めて。
……そうして希望は成った。
「これは……懐中時計?」
いつの間にか手に持っていた
古い古い懐中時計
それが暖かな光を帯びて、己の存在を主張した。