DCコミックス二次創作   作:スカンジナビア半島

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ナイトウィング/レッドフード:We were Robin!

 

 

ゴッサムは暴力と不正が支配するソドム。

そこで戦うには、いかなる邪念と邪悪を克服する必要がある。

故に、バットマンは培った体術と知識を用いて犯罪者を誅し続ける。

悲鳴と矯正が木霊する夜、蝙蝠はひとり空を飛び、狩りをする。

 

彼は狂いかけていた。

日々終わらぬ戦いによって、さすがの闇の騎士にも限界が来た。

摩耗しきった精神は、暴力を楽しむ自分を自覚させた。

当然の話だ。己の研鑽と鍛錬の成果を試し、成果を上げる。

楽しくないはずがない。

 

そして、彼は救われた。

生来の善性と輝き、そして彼を凌ぐ才気に溢れた少年が、

暴力と狂気の戦いを余すことなく肯定し、

己が地獄に連れ去った駒鳥は、

いつしか蝙蝠の心を守護する騎士と成っていた。

 

その駒鳥の名はディック・グレイソン。

バットマンを救った男。

――――俺が世界で最も嫌う二人の男のうちの一人。

 

######

 

今宵も山羊の名を持つこの都市は血を流す。

真紅のフルフェイスマスクをつけ、

“ある男”が着古していたジャケットとアーマーを纏う青年。

仮面の下は二十歳になるかならないか。

ジェイソン・トッド、レッドフード。

 

吐き出すのは弾丸。重低音が立て続けに鳴り響く。

眉間に穴を開けて倒れた、みすぼらしいなりの男が三人。

怯えて逃げ去った親子。

両手に握りしめた二丁拳銃、トリガーからは指を離さない。

 

「ギィィアァーーーーーーーーッ!!」

 

絶叫と一緒に、パーカー姿の顔中痣だらけの男が落ちてきた。

地面に激突する寸前、鼻先が触れる距離で、

足首に巻き付いたワイヤーが落下を止めた。

 

「また殺したのか」

 

「お前の指図を受ける気はねえぞ」

 

黒一色に、青い翼を胸につけた青年が降りてきた。

べつに待ち合わせをしていたわけではない。

ただ偶然居合わせただけだった。

ディック・グレイソン。かつてのロビン、

今はナイトウィングを名乗っている。

軽やかな足取り、涼しげな雰囲気のまま、ナイトウィングは

レッドフードと向き合った。

 

「まだ銃を捨ててないのか? 彼も悲しむ」

 

悲しげにナイトウィングは視線を下にずらした。

露悪的に銃を誇示して、レッドフードは鼻で笑った。

 

「文句があるなら無理やり止めてみな」

 

「連絡先は教えてくれても、頑固さは直らないんだな」

 

肩を竦めて、ナイトウィングは静かに首を振った。

 

「そういう所は彼にそっくりだよ」

 

嫌に気に障る言い方だった。

自然と殺気が放たれる。

ここで殺りあう気はないから行動には移さないが、

レッドフードの声が自然と荒くなる。

 

「ああ?」

 

「帰ってこいよ、ジェイソン。

 僕もアルフレッドもお前を待っている」

 

「はっ、笑わせるなよ。

 俺は今でもお前とあの男の命を狙ってるんだぜ?」

 

一笑に付して、レッドフードはグラップネルガンを使い、

アパルトメントやビルを伝って飛んで行く。

無言でナイトウィングもついてきた。

気に入らない。速度を上げてワイヤーを巻く力を強める。

体にかかるGが強くなり、手慣れたものであるジェイソンをして辛いものがあった。

 

星空をバックに、赤い仮面と黒に青が飛び交う。

仮面の下の息が荒くなり、筋肉が悲鳴を上げ始めた。

それでも背後のディックは涼しい顔なのだろう。

振り切るのは不可能だ。嫌というほどわかっている。

彼はいつでもジェイソンの前を走っていた。

楽しそうに飛び、どんな時でも明るさと楽しむことを忘れない。

 

自分とは正反対だ。

この、ディック・グレイソンの模倣として訓練を受けた自分とは違う。

紛い物ではない天性の大鳥。

 

超高層ビルの屋上にたどり着く。

ぴたりと貼り付いてナイトウィングも来た。

 

「ついてくんじゃねえよ」

 

「行き先が同じなだけさ。

 そう怒るなよ。楽しく行こう」

 

遥か眼下には、夜中だというのに走る車が。

両目の灯りが暗闇を照らしているが、

それが何の効果も齎さないことは運転手も気づいているだろう。

ここはゴッサム。夜に出歩く者は死の危険が色濃く付き纏う。

 

「屋上からっていうのも芸がないと思わないか?」

 

「インターフォンでも鳴らせばよかったと言いたいのか」

 

「冗談だって。なあ、ジェイソン。

 もう少し肩の力を抜こうぜ?

 楽しむのは大事だって昔から教えてるじゃん」

 

両手を上げて、ナイトウィングはおどけてみせる。

いつものやり方だ。ディック・グレイソンは普段からお喋りだが、

任務の最中はそれがより一層強く現れる。

これから銃撃と悲鳴、血飛沫が舞い散る戦場に向かうというのにだ。

 

しかし、レッドフードは理解している。

それこそがディックの最も重要な長所なのだ。

沈黙と怒声、罵声、銃声。正気を保つには骨が折れる。

光がなくては、ゴッサムで希望を見失わずにいるのは困難だ。

 

「なんだ、へそを曲げたか?」

 

「黙ってろ」

 

ドアを開けて、トラップがないか確認する。

警報機は前もって麻痺させた。

監視カメラまでは無力化できなかったが、

見つけ次第、撃ち壊していく。

 

大事なのは先手。

そして、ペンギンがいるだろう場所に辿り着くこと。

 

「レッドフード」

 

二丁拳銃を握りしめ、

体中の筋肉に緊張を漲らせたレッドフードは振り返った。

ナイトウィング、ディック――血の繋がらない兄が、

真剣な顔でこちらを見つめていた。

 

「殺すなよ。撃つのは肩か足だ。お前なら造作もないだろ」

 

「お断りだ」

 

即答してジェイソンは、屋上から階段へと繋がるドアを蹴り飛ばした。

勢いよく開いて、階下に続く非常階段を二人は降りていく。

広い回廊、埃ひとつ落ちていない床。

きらびやかではないが趣味の良いアンティーク。

こういう場所でも、いや、だからこそ悪徳は栄えるものだ。

 

曲がり角に身を寄せて手鏡で先を調べると、

予想どおり屈強なゴロツキ、佇まいを見るにプロが三名いる。

一人は肥大化した筋肉と、ここまで臭ってきそうな臭い息を吐いていた。

RPG-7を担いでいるのが一人、ナイフが一人、ヴェノム使用者が一人だ。

 

「よし。指をくわえて見てな、ナイトウィング。

 俺が真のゴッサムの守護者を見せてやるぜ」

 

こちらに気づいていない今が好機。

そう判断したレッドフードは単身突撃を仕掛けようとする。

だが彼の頭上を軽やかに跳躍した影があった。

重力の軛をものともせずに、音もなく気配もなくプロに迫った。

 

「ヤッホー!」

 

三角飛びから宙で一回転してのローリング・ソバット。

ナイフの男が一瞬で沈む。

意味不明の叫び声を上げたRPG-7が懐からリボルバーを抜くも、

それより速くディックのエスクリマ・スティックが銃を弾き飛ばした。

ディックの背後から猛獣の唸り声めいた音が聞こえる。

ヴェノムを注入した薬物中毒者が、仲間ごと体当たりを仕掛けた。

 

「危ない危ない」

 

銃を失った男の側頭部に足の裏を当て、

そこを基点に横っ飛びに軽業師が跳んだ。

蹴られた方は、もろに壁に激突して意識を失い、

蹴った方はというと、天井に着地し、

ヴェノム中毒者の頭上に踵落としを決めた。

 

「あーらら。お固いのね」

 

だがそれだけでは倒せない。

ナイトウィングの足を掴んだ、ドラッグで顔面が醜く歪んだ男が

丸太のように太い腕で攻撃を仕掛けようとし、

両足の膝裏を撃ち抜かれてバランスを崩し、

すかさずナイトウィングがエスクリマ・スティックを突き出す。

前歯をへし折って相手の口内にねじ込み、電撃を流して意識を奪った。

 

焦げた臭いが辺りに立ち込め、

口笛を吹いたディックが涎を、近くにあった布切れで拭いた。

 

「どうした? ヤバかったじゃねえか。

 俺が手を出さなかったらどうなっていたろうな」

 

「おいおい、指をくわえて黙って見ているつもりだったわけか?

 銃に頼って鈍ってるんじゃないか。

 いい機会だ、その鉄の塊を、せーので捨てよう。ポーンと」

 

ニヤリと笑ってナイトウィングが投げる素振りをした。

口の減らない奴だ。

仮面の下で憮然としたレッドフードがずかずかと歩き出し、

意識を失った奴らの頭に狙いを定めて引鉄を引いた。

 

銃声が金属音に防がれた。

跳弾が足元の男に当たるが致命傷ではない。

 

「邪魔すんな」

 

「するに決まってるだろ」

 

至近距離で睨み合う二人。

仮面越しだが、レッドフードの瞳に怒りと苛立ちが燃え上がるのが誰にでもわかる。

銃口がナイトウィングの眉間にぴたりと止まった。

 

「わかるだろう? こいつらは何度も同じことをやる。

 お前たちのやっていることはぬるいんだ。

 俺たちは人気商売じゃねえし、玩具やファンアートやファンフィクの素材でもねえ」

 

「ファンフィクってなんだ……?」

 

ファンフィクションを知らないとは、とジェイソンは呆れたが、

ナイトウィングは自分がどれだけ無知を晒したか気にしてもいない。

自分のヒーローネームで検索したこともないのだろう。

ディックもブルースも、極めて時代遅れと言わざるをえなかった。

恐怖を与える側のはずが、今や都市伝説として面白おかしく扱われている。

それがどういう意味か、わからないはずはないのだが。

 

「とにかく。だからといって僕たちが処刑人になるべきじゃないさ。

 お前も子供の頃から見てきただろ。

 バットマンは街が清浄に動くまでの劇薬。

 それでいい。それ以上になるべきじゃない。ゴッサムに殺し屋はいらない」

 

先に緊張状態を解いたのはディックだった。

両手にあるスティックを振り回して軽く銃を叩く。

前を歩く彼の背中を撃とうと思えば撃てる。

頭に風穴を開けるというのは魅力的な話だが、ジェイソンは舌打ちしてやめた。

今はこんなことをしている場合じゃない。認めたくないが事実だった。

ナイトウィングも昔、言っていた。熱くなった時こそ考えろと。

 

それからもディックはぺちゃくちゃと喋りながら敵を無力化していく。

まったく、少しは黙ることができないものなのか。

 

「それでさぁ。こういう所でファーストフード店を開くのってどう思う?

 高層ビルの一室でハンバーガーっていうのも乙なもんじゃないかなって」

 

口と足を同時に動かす。

最高速度に達した走りだが息切れひとつない。

おまけに警戒は怠らないと来ている。それはレッドフードも同じだ。

だが不愉快極まりない。こちらは少し息が上がっている。

 

「妙だな。嫌に人が少ない。

 てっきりわらわら出てくるものと予想してたが」

 

「気をつけろよ。

 何かが僕たちを視ている気配がする」

 

前を走る黒と青の男は、うってかわって真剣な口調になった。

 

「誰がお前の言うことなんざ聞くか。

 勝手に言ってろ」

 

「冷たいな」

 

苦笑するナイトウィングの背後で、レッドフードは警戒の度合いを最大に高める。

不意打ちに対応、ではなく先手を打てるようにだ。

彼の勘はよく当たる。信頼に値するものだ。

 

ペンギンがいる場所はもうすぐのはずだ。

偏執的に規則的に整備された直線と直角の道を通り過ぎ、

ディックとジェイソンは社長室の前に来た。

周囲には窓も何もない。

それが意味するものは、銃声が教えた。

 

ナイトウィングが跳躍し、レッドフードが伏せる。

小口径ではないことから、ペンギンのアンブレラガンではない。

着地したナイトウィングに橙色の影が突進した。

 

「ナイトウィング!!」

 

銃を向けると、レッドフードの肩に激痛が走った。

投擲されたナイフが深々と刺さっている。

抜かずに殴りかかる。

 

ジェイソンのバトルセンスは特筆すべきものがある。

マーシャル・アーツに関してなら、歴代ロビンでもトップと言える。

そのジェイソン、レッドフードの鋭い突きが容易く受け止められて、

あろうことか銃口まで突きつけられた。

 

引かれた引鉄、タイプライターの音が頭上を通り過ぎた。

下段逆回しを仕掛けたジェイソンの足が軽々と掬い上げられ、壁に叩きつけられた。

 

「よりにもよってお前か、スレイド!!」

 

「依頼を受けた。襲撃者は生きて返すな、とな」

 

歴戦の猛者を思わせる罅割れた声が聞こえた。

スレイド、デスストローク。

簡単にはいかないとわかっていたが、まさによりにもよってだ。

戦闘のプロフェッショナル。金で動く世界最強の傭兵。

スーパーパワーはないが、それ以上に武術の脅威がある。

 

ナイトウィングが横蹴りを繰り出すも当たらない。

射線が読みやすい至近距離となると、早々に銃を捨てて刀を取り出した。

鉄を斬り裂く名刀ならば、デスストロークが振るえばオリハルコンも断つ。

自前のナイフとエスクリマ・スティックを同時に刀で受け流すと、

返す刀で横一文字に薙いだ。

レッドフードのジャケットが斬り裂かれ、

アーマーの下から血が流れ始めた。

ナイトウィングがデスストロークと数合打ち合う。

初めは互角だったが、たちまち押され始めて頬を峰でぶたれた。

加勢しようとしたレッドフードを、ナイトウィングが手で制し、

二本のエスクリマ・スティックをくるくると回し、

デスストロークに手招きした。

「来い、傭兵(エクスペンダブル)。

 格の違いを教えてやる」

「良いだろう」

デスストローク――オレンジとブラックのツートンカラーのマスクの下が、

獰猛に笑ったように感じられた。

だがそれは一瞬で終わり、息もつかぬ猛攻がナイトウィングを襲う。

エスクリマ・スティック。多様な用途があり、

ディック・グレイソンの戦術眼、動体視力、

運動神経をもってすれば無敵の武器になりうる。

だが、相手は人体改造を受けた超人の再生力を持っている。

どこまで持ち堪えられるか。

横幅3mの中で二人が激闘を続ける。

足幅を前後に開いてスレイドが唐竹割りを仕掛け、

ディックは斬撃をいなして、もう一方で肘を逆から叩いた。

会心の一打のはずが、こちらが仕掛けた攻撃よりも腹に貰った膝の方が痛い。

刀の握りが弱くなったが、罅が入っただけで折れてはいない。

逆手に持ち替えて、しゃがんだ姿勢から上へと斬り上げる。

痛みで意識が朦朧としたディックの手からエスクリマ・スティックが弾かれ、

彼の胸の表面を、弾丸よりも速く強力な一撃が抉った。

追撃を避けるために傷を無視して、そらした上体をそのまま背後に倒し、

ディックは逆立ちから強烈なスピンをかけた。

顎をかすめ、よろめいたデスストロークがまたもナイフを投げるも、

読んでいたディックが跳ね起きて距離を取る。

獲物は一つ、出血は浅いが、胸という心臓に近い場所を叩撃されるのは

精神に多大な負荷をかけるものだ。

膠着状態で睨み合う両者。張り詰めた空気の中、スレイドが刃に付着した血を凝視した。

「やはり、お前は素晴らしい。

 戦闘能力、ポテンシャル、そして技量で圧倒されても折れない精神力。

 私が直々に指導すれば、お前ならば瞬く間に私を超える戦士になるだろう」

「金で人を殺すことをやめれば、

 あんたはいつでも僕より凄いヒーローになれるよ」

「ふっ…………」

デスストロークが正眼の構えをとった。

そこから続く攻撃は突きしかない。

息を潜めていたレッドフードが背後をとった。

ディックの落ちた武器は彼の4m背後に転がっている。

取りに行くには隙がデカいが、かといって一つだけで倒せる相手でもない。

「手を出すな、小僧」

振り返ることなく、レッドフードの動きを把握していたスレイドが釘を差した。

「お前に興味はない。

 張り合うためだけの浅薄な殺人肯定で、私たちに並べると思うな」

「言ってくれるじゃねえか、ロートルが!!」

ジェイソンが一気にデスストロークへと距離を詰めた。

ナイフを横腹に突き刺しにかかる。

だが呆気なく、刀から右手を離したスレイドの拳槌打ちを食らい、

跳ねた裏拳がジェイソンの仮面を砕いた。

「下がれ、臆病者。

 ここに腑抜けた荒くれ者は必要ない」

「舐めんじゃねえぞ!!」

ナイトウィングはまだ動かない。

ジェイソンは必死にスレイドの手を掴み、

そのまま半身のスレイドをナイトウィングに向かせた。

「ナイスだ、レッディ」

好機を見たディックが、スレイドの首に棒を押し当てて地面に倒した。

「見たか!!」

「そうだ、見たか。

 こいつはうちで一番、体術が凄いんだぞ」

「茶化すんじゃねえよ!!」

怒鳴るジェイソンを受け流して、

ナイトウィングはスレイドを拘束し始めた。

抵抗する様子はない。

完璧に負ければ潔く結果を受け入れる。

これが傭兵の在り方というものかと、ジェイソンは分析した。

「良い部下を持っているようだな」

そう言ったスレイドの仮面を、ジェイソンが蹴り飛ばした。

下から現れたのは眼帯をした壮年の男性。

白髪であり、ロマンス・グレーではある。

「ナイトウィングをぶっ殺す男に敗北したんだ。

 自分の見る目のなさを嘆くことだな」

「そうそう、そういうこと」

ヘラヘラ笑うディックにむかっ腹がたち、

なにか追求しようと口を開いたその時、

スレイドの様子がおかしいことに気づいた。

風を切って羽ばたく音が聞こえてきた。

ナイトウィングも気づき、辺りを見渡している。

すぐに事態を把握して、デスストロークの口元を検めた。

口の中を探ると、奥歯が超音波発生装置に改造されている。

デスストロークの指から仕込みナイフが飛び出し、ロープを切った。

咄嗟にナイトウィングが頭を床に強く叩きつけて意識を奪ったが、

これ以上は時間をかける余裕がなさそうだ。

「離れるぞ!!」

叫んだディックの後を追って、ジェイソンが走る。

穴だらけになった社長室のドアを蹴り飛ばし、

すぐに手近な棚とソファで簡易なバリケードを作った。

「クソッ! ここにも窓がない!!

 ペンギンはどうやって仕事をしてたんだ! 監獄かよ!?」

「まんまと誘き出されたってことさ。

 落ち着こうぜ、ジェイジェイソン」

「焦ってはいねえよ。つか、なんだその呼び方は」

事実だった。恐らくスレイドが呼んだのはマンバットの群れ。

閉所で扱う怪物たちではないのだが、数で攻められるのは面倒だ。

だが特に心が乱れるということはない。

骨の髄まで叩きこまれた教えと訓練によって、

ジェイソンは絶えない水の心を修得させていた。

ガタガタと震えるバリケードの前で、

ナイトウィングが回収していたスティックを繋げ、一本の棒にする。

握りと強度を確かめてから、頭がおかしくなったのか彼は笑い声をあげた。

「なにがおかしいんだよ」

「いや、懐かしくてさ。

 昔はお前とこういうシチュエーションにしょっちゅうなってたなあって」

「そうだな。お前の軽口も相変わらずだ」

「ならお前のへそ曲がりも相変わらずさ。

 いつも僕の後をついてきて、ああだこうだ文句を言って。

 ボロボロになってケイブに戻ったもんだった……楽しかったな」

ソファとクローゼットで急造のバリケードが悲鳴を上げている。

体勢を整えて、静かに敵がやってくるのを待つ。

二丁拳銃がジェイソンの両手にずしりとのしかかった。

ロビンをやっていた頃は使うなんて想像もしなかった武器だ。

「知っての通り、俺の親父はハイエナのクソだった。

 探していたお袋はクスリ欲しさでジョーカーに俺を売りやがった。

 まあ、それは今となっちゃどうでもいい。

 端から俺には血の繋がった家族なんていなかっただけのことだ」

ディック・グレイソンが物憂げにこちらの話を聞いているのがわかった。

「あいつに会って、俺は家族を知った。

 アルフレッドのお陰で、家っていうのは帰ったら

 飯を用意してくれるものなんだとわかった」

ディック――初めての兄に銃を向ける。

「そして、あんたは俺の初めての夢だった。

 もしお前らに俺の痛みの少しでも味わわせる奴がいようもんなら、

 俺は誰だろうがぶっ殺してやる」

半分砕けた仮面を脱いで、数回上に放る。

こちらがどう思っていようと何も変わらない。

蘇ってわかったのは、こいつらが何も変わらず、

ジョーカーは相変わらず生き続け、

慕っていたバーバラが女性の尊厳を踏みにじられて

足を奪われていたということだけだ。

たとえば、ジェイソンにとってあの薄暗い洞窟が初めての故郷だったとしても、

彼らにとってはしょせん、自分はディックの代わりだっただけのことだ。

そういうことだ。結局のところは。

「…………そう思っていたのは俺だけだったんだから、笑えるよな」

粉砕したバリケードとドアの向こうから、マンバットの集団が現れた。

自爆機能を作動させ、仮面を投擲する。

先頭に爆発が起こって、視界が炎で覆われた。

マンバットは蝙蝠のコスチュームを纏った人間ではなく、

蝙蝠になった人間だ。ゴッサムを最も象徴する存在といえる。

超音波で周囲を察知する蝙蝠に目眩ましは効かない。

だが音での撹乱はできる。出会い頭の一撃には、脳が不意打ちを受けていることだろう。

ディックが我先にと棒を突き出し、高飛びの要領で跳躍した。

青と黒の影を、マンバットの間から突き出た一撃が襲う。

自由になったスレイドの獲物だ。

乱戦において長い獲物は不利かもしれないが、ここまで密集地帯であるなら

隙間を掻い潜って攻撃できる武器は有利だ。

マンバットを足場にして、バネの如くナイトウィングが跳び回る。

俊敏な動きに蝙蝠たちがついていけていない。

そこをレッドフードが潰していく。

蝙蝠とは鳥と違って哺乳類なことから、頑丈な骨を持っている。

だが皮膜である翼はそういうわけではない。

弾丸で穴を開ければバランスを崩してのたうち回る。

こいつらは血清を呑んで異形化した元人間。

無理やりこの姿にされた輩も多い。

犯罪の犠牲者を殺すのはジェイソンの望むことではない。

従って無力化に留める。

デスストロークがマンバットの集団――五匹はいるだろう――の間から、

適切な距離を保ち、攻撃を仕掛けてくる。

それをいなしたディックへと、残像を残す連撃が繰り出される。

一打、棒の先端を叩き逸らし、ビリヤードのように

ナイトウィングが芸術的に穴を突く。

二打、足払い、ではなく斜め上から太腿を断つ上段。

マンバットを足蹴にして敵の背後に回る。

間髪入れずにレッドフードが飛び蹴りで怪物を押しのけ、攻撃への道を作った。

スレイドがリボルバーで早撃ちを仕掛けるも、

ジェイソンがグラップネルガンで銃を取り上げ、

ディックが投げナイフで敵のポーチとホルスターを破壊した。

同時の役割分担。

示し合わせたわけではない。

これがナイトウィングとレッドフード。

闇に身を置いた狂人より授かった知識、訓練、薫陶に培われた

血より濃い絆で結ばれた、かつての駒鳥がふたり。

「見事な連携だ。凄まじい共闘経験が成せる芸術と言っていい。

 ……レッドフードか。覚えたぞ、その名」

「覚える必要はないね」

膝の力を抜き、体重の落下を前進のエネルギーに変換。

非の打ち所のない一突き。スレイドの喉仏を真っ直ぐに強打した。

喉が潰れる音がジェイソンにも聞こえ、

血を吐いたデスストロークが壁際に追いやられた。

好機だというのに突撃を控えたのは、ナイトウィングの勘か。

だがレッドフードはお構いなしにトドメを刺しに行く。

ディックが止めようとするも、スレイドがにやりと笑ったのが先だった。

十分な距離で銃を撃つが、至近距離なこともあり、

蹴りで銃把を跳ね上げられた。

もう一方の銃の引鉄を引こうとするが、それよりも相手のほうが速い。

腕を掴まれる瞬間、ナイトウィングがジェイソンを庇った。

それでも狙いを変えて対応できるのがスレイド・ウィルソンだ。

ディックの腕を掴み、くるりと回転するとそのまま投げ飛ばした。

壁へと向かうはずが、そこだけ強度が弱い。

いや、窓硝子にそれらしい溶接をしただけだったのだろう。

ゴッサムが一望でき、大地震を経験した都市のビルとは思えない軟さで壁が砕け、

ジェイソンの目の前で、彼を庇ったディックが落ちていった。

呆然と見送るばかりのジェイソン。

口の中が乾き、自分の立っている地面が大きく揺らいだ気がした。

次の刹那、ジェイソン・トッドに身を焼くほどの怒りが湧き上がった。

絶叫、咆哮をあげて、レッドフードがスレイドを殴りつけた。

クロスカウンターを食らって鼻から血が流れる。

ジェイソンの勢いは止まらない。

ひたすらに尽きない攻撃を、がむしゃらに、されど的確に放ち続ける。

拳の骨が折れだし、

鼻血で呼吸が難しくなっていく。

ジェイソンはひたすらに叫び、スレイドを殴り続けた。

猛烈なボディブローを喰らい、ジェイソンがくの字に折れ曲がった。

後頭部に打撃を貰い、意識が飛びかけた。

スレイドが腰の入ったアッパーを繰り出すが、動作がそこで止まった。

遮二無二に踏んだ歴戦の傭兵の足が、動きのキレを鈍らせた。

頭突きで顎を砕き、ジェイソンは血まみれの顔面に笑みを浮かべると、

スレイドにトドメを刺そうとし――

誰かのことを思い出して距離を取った。

レッドフードがいた場所を外れることのない目潰しがよぎった。

冷たい激情に晒されても、あくまでクールに最後の銃を抜いて撃つ。

心臓に全弾を叩き込み、スレイドの意識を刈り取った。

「あてが外れたな」

崩れ落ちたスレイドを前に、ジェイソンは銃をホルスターに収めた。

「チンピラはとっくに卒業した」

「でも銃はどうかと思うぞ」

声のした方から、ナイトウィングが這い上がってきた。

裂傷と痣が多数刻まれているが命に別状はなく、

ムカつくくらいにピンピンしている。

「“生きてて嬉しい”は?」

「テメエを殺すのは俺だ」

「あーらら」

ディックが頬を掻いて苦笑した。

スレイドの側に膝をついて軽く傷を調べた。

「脳を潰せば死ぬって知ってただろ?」

「こいつからは色々と聞かなきゃならないことがあるだろ」

「……成長したな」

しみじみ呟き、ジェイソンに手を掲げる。

「とりあえず。もう何度言ったかわからない言葉を言わせてもらうぞ。

 “悲しくなかったわけないだろ。目の前が真っ暗になった”」

初めは何のことだかわからなかったが、

ややあって理解したジェイソンはむすっと黙ってそっぽを向いた。

それから、おざなりにディックの手を力いっぱい叩いた。

顔を顰めて、痺れた手を振ってナイトウィングは言った。

「また一緒にやってみようぜ。

 今になって気づいたんだけどさ、僕の青とお前の赤。

 ピンと来るものがないか?」

「ねえよ」

「スーパーマン・カラーだ!!」

ナイトウィングが力強く親指を立てて、

レッドフードは無視して歩き去っていく。

「そうだ。ジェイソン!

 自分の名前で検索するのは控えた方がいいぞ!!

 ああいうのってとんでもないからな!!」

「知ってるんじゃねえか!!!」

######

『ジェイソン。

 あの後、スレイドから情報を聞き出してブルースに報告した。

 ジョーカーとレックス・ルーサーにクリプトナイトを売りさばいていたんだってさ。

 ペンギンを捕まえることはできなかったけれど、時間の問題だ。

 あとさ、アルフレッドと話し合って作戦を立てたんだよ。

 まず僕とアルフでケイブの飾り付けをする。

 そしてお前がやってきて軽く“やあ”とブルースに挨拶。

 僕とアルフで盛大にお祝いをする。彼は何も言えない。パーフェクト・ミッションだ。

 いつでも帰ってこいよ、ジェイソン。おまえはいつだって僕の弟だからな。

                       ディック』

『親愛なるジェイソンへ。

 久しぶりね、元気にしているかしら?

 アルフレッドもティムもディックも、もちろん私も心配しているわ。

 ちゃんとご飯食べてる?

 あなた、好き嫌い多かったから、そういうのはきちんと気をつけてね。

 そうそう、私ね、頑張ってバットガールを再開したの。

 大学にも通っているわ。あなたも通ってみない? ハンサムな弟って自慢したいのよ。

 色々言いたいことはあるけど、あまり自分を責めないで。

 みんなが貴方を愛しているんだから。

 それじゃあ、直接会える日を楽しみにしているわ。

                         バーバラより』

アウトローズの基地。

スターファイア、コリーが乗ってきた宇宙船を修理したものの中で、

ジェイソン・トッドはメールをチェックした。

『バーカ』

『おめでとう、バブス』

返信を送り、ジェイソンはモニターから離れようと席を立つ。

今朝来たものの二つにチェックを入れて、ある名前のフォルダ、

そのまた名前別にされてあるフォルダにそれぞれしまう。

結局は、自分が生き返って暴れまわっても彼らは何も変わっておらず、

残ったのは身内に心配ばかりかける放蕩人間ができあがっただけだった。

だが、良い変化、好ましいものも確かにある。

知らないアドレスからメールが一通来た。

そして、遅れてもう一通。

「ジェイバード! どこ行ってたんだ!?

 おまえがいないと始まらないぜ!」

「そうそう。ロイったら、貴方がいないとお喋りが少しだけ静かになるのよ」

「ちっげーよ! コリーだってベッドの上でぼんやりしてたじゃねえか!!」

「それはあなたもでしょぉ?」

わいのわいのとやかましい変わった友人二人。

どちらも行き場がないが、不思議と馬が合った。

メールを読むのは後にして、ジェイソンは今度こそ席を立った。

 

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