「おそらく、君は私が思うよりも遥か前に、その才能の片鱗を見せていたのだろう」
「マジで? やっぱりそういうのって、世界最高の探偵にはわかっちゃうもん?」
「私がどれくらいの探偵かは置いとくとして、
ジャスティス・リーグ・インターナショナルにいた時。
君の周りはいつも馬鹿な出来事に溢れていた。
ブルービートル……
テッド・コードは大変に優れた知性の持ち主だったが、君と会って変わった。
ジョン・ジョーンズも君達を指導してからは、オレオの摂取量が激増した。
ビリーなどは、まだ未来ある少年の心に
トンチンカンへの深すぎるトラウマを負った……
キャプテンアトム……原子を支配する超常の力の持ち主は、
君達に会うと自分の力が避妊薬扱いされると激しく苦悩した。
ガイはとくに変わらなかった」
「んんんんん? 俺は疫病神って遠回しに言ってない?
んんんんんんん?」
「違う。それが君ということだ。
スーパーマンは人々の心に希望を与え、
ワンダーウーマンは女性に己の力強さを思い出させる。
しかし、君は誰もの心にユーモアを与えるということだ」
深刻な面持ちのブルースが重々しく語るのに耳を傾け、
マイケル・ジョン・カーターはグラスに入ったウィスキーを一息で煽った。
強い酒精が喉を打ち、胃を揺さぶり、マイケルは酒臭い息を吐き、
憂いを帯びた瞳を揺らめかせて口を開いた。
「もっともらしく語ってるけど、
要約すると俺は周りをアホにするってことだよね?」
########
ブースターゴールドは思った。
またあそこに行くのかと。
あそことは、ブースターゴールドの資料が保管されたバットケイブ。
彼が歴史とマルチバースを守護する、
偉大にもほどがあるイケメンヒーローであることを証明する唯一の場所。
公表すれば世界中の女人が列をなしてブースターと火遊びをしたがるのは、
文字通り火を見るより明らか。
されど、背負った悲劇が色男を飾るともっぱらなブースターの使命が、それを許さない。
ブルースもディックも死んだ現在、
記録を回収しに行かなくては、何かあった時に危険だ。
ふたりとも大変に偉大なヒーローではあるが、
この世界は何が起こるかまったくわからないもの。
クライムシンジケートによって正体(シークレット・アイデンティティ)を剥がされて
ディック・グレイソンが死に、ブルース・ウェインも死んだという事実は、
マイケルも暫く心が沈んだものだ。
そして気を取り直したブースターゴールドは、スキーツを連れてバットケイブに忍び込んだ。
来る度に罠にかかったり警報機にかかったりしているが、
今回はスキーツに入念な調査をしてもらった。
バットケイブは強い暗闇の臭いがする。
蝙蝠と鼠が息を潜めて獲物を待ち構えており、
立ちはだかる黒色と滑りのある岩壁が、マイケルを威圧的に睨めつけていた。
慎重に罠をくぐり抜け、設置された数十のブービートラップを
リンボーダンスや小粋なステップで躱した。
「こんにちはー、今日はバットケイブに来ています」
「どうして潜入リポート風なんですか?」
「雰囲気を出すためだー」
ヒソヒソと囁き合って抜き足差し足忍び足で、
ブースターとスキーツは資料のある場所へと向かう。
蝙蝠の視線を感じるが、いちいち気にしても仕方がない。
「やっぱバットケイブは怖いな」
「ビビっているんですか?」
「ビビるとか、あんまりいい言葉じゃないからやめてね」
唇に人差し指を立て、
ブースターは姿勢を低くし、ケイブの最奥に辿り着いた。
巨大なペニー硬貨、巨大なトランプのカード、
体長10m以上はあろう恐竜のロボットがある。
入ってそうそう、ブースターとスキーツを時間の流れが歪んでいる感覚が襲った。
ぶるり、と身震いして二人は顔を見合わせた。
「誰かが時間を止めたのかな」
「たぶん、そうですね。
巻き戻った方かもしれませんけど、観測結果によると違うみたいです」
「誰だろ。まあ候補者多すぎるからどうでもいいか。
俺達もこういうの使えたら便利なのになあ」
ブースター達は、止まった時の世界や時間の歪んだ世界には適応できる入門者だが、
時の流れそのものに干渉はできない。
使えたら便利だろうが、
実際のところ敵が時間を止めてもこちらは関係ないのだから、
あまり役に立たないというのが体感的な感想だ。
「俺けっこう考えるんだけど……誰かが時間を止めるのを待って、
女子更衣室の前に立ってたら凄くないか」
「何がですか?」
「ナイスバディの女の子が見放題だろ。
100-60-90のヌードとか、これもう……凄いぜ」
「んー……その数字で思いつくのが、
貴方のIQの変動値くらいですし、特に凄いとは」
「俺のIQは固定値だよ!!」
そんな、いつものやりとりをし。
二人は秘密を共有した世界でたった二人の友のために、黙祷を捧げた。
それから捜索を始める。
もちろん内部にも罠は仕掛けられているが、アルフレッドの仕事場なので
さほど無茶なものは仕掛けられていない。
広さはそれほどでもないが、一つ一つに膨大な金をつぎ込んだ機器が並んでいる。
今は誰もいない時間と調べはつけていたが、
無人の最中でもコンピュータは都市中の犯罪を克明に記録していた。
「さてさて、俺のプリチィな寝顔写真は……」
「動くな」
ブルースに聞いていた保管場所に向かうと、
頭に銃を突きつけられた。
両手を上げてヘラヘラとニヤけ面で、ブースターは振り返った。
銃を握っていたのはレッドフード。
一度死んで蘇った元ロビンことジェイソン・トッドだ。
「ごめんごめん。驚かしちゃっか。
ブルースとディックが死んだって言うから来てみたんだよ。
だってほら……あいつら俺の知り合いだったからさ」
「あんたみたいな馬鹿を相手にしているほどヒマじゃねえよ。
とっとと帰れ。あとな、あんたがマスコットしてる
歯磨き粉が甘ったるいが、どうなってやがる」
「まあまあそう言わずに」
レッドフードは銃を持っているが、バットファミリーは徹底的な不殺集団。
昔はヴィランから盗んだバイクでヴィランを轢き殺す
やんちゃな行いをしていたそうだが、
もうすっかり更生しているらしい。
殺しに来はしなだろうと踏んだブースターは、揉み手で媚びへつらうことにした。
「いやあそちらも人手が足りないんじゃないかと思いましてねえ。
ここはいっちょTVスターの俺が手を貸してやろうかなあと。
どうです? お互い箔が付いて悪い話じゃないでしょう?
良いスケを紹介したりもしちゃったりなんだったりという特典もありますでゲスよ」
視界の隅っこでスキーツが行動している。
ブースターより早く接近に気づいた高性能アンドロイドは身を隠して
スニーキングしていた。
ジェイソンの表情は仮面に隠されていてわからない。
だが怒ったのは気配で察することが出来た。
結構怖いな、ともブースターは思った。
歳は十つ近く離れているが、声が上ずりそうな気迫がレッドフードにはあった。
さすがはバットファミリーといったところか。
「テメエの手助けなんて誰が借りるか。
そもそもお前のファンサイトなんて二、三個しかねえじゃねえか。
この情報化社会でネット人気のない奴はいらねえ。とっとと失せな」
ネット人気……ブースターゴールドとも深い因縁がある単語だ。
エロンゲイテッドマンことラルフ・ディブニーが自分のヒーロー名を検索し、
その後一ヶ月は部屋で枕を涙で濡らしたという悲劇は忘れられない。
もちろんブースターゴールドも調べたが、
Wikipedia先生ですら二、三行の記述しかなかった。
なぜかタレント名鑑の方が情報が多いという事実に打ちのめされ、
テッドと飲んだビールの苦さにはほろりと来たものだ。
羽の生えた弁当箱に酷似したスキーツから精密動作用のマニピュレーターが伸び、
棚をゴソゴソと探っていた。
ずんぐりとしたフォルムから細い両腕が飛び出す光景は、はっきり言って不気味ではある。
スキーツから注意を逸らすためにブースターは揉み手で愛想笑いを浮かべた。
「へへっ、そいつぁすいやせんでした。
だが覚えておきな、ジェイソン先輩……俺はブースターゴールドだぜ?」
「知ってる」
スキーツが資料を取り出したのを確認して、
マイケルはすぐにその場を離れることにした。
「わかりました! ジェイソン先輩がそう仰るなら俺も涙を呑んで下がり――」
ゴツゴツとした内壁にタイル状に敷き詰められたスクリーンの電源が、一斉についた。
ゴッサムで起こる犯罪――中でも一際大きくて警察の手には余る事件。
犯罪者を表したドクロのマークに、色とりどりの蝙蝠のマークが接近していく。
最も大きなドクロは、誰も向かっていない。
「チッ、話は後だ。撃ち殺されないのを感謝するんだな」
銃を下ろしたジェイソンの背後には、
かさばる資料をえっちらおっちら、ふよふよと奮闘するスキーツがいる。
不味い、とブースターが声を上げる前に、ジェイソンはスキーツが何をしているか目撃した。
「お前ら!!」
すぐにスキーツから資料をひったくって内容を検分する。
油断なく向けられた銃口が、ジェイソンの驚愕に合わせて大きく揺れ、
顔をあげた赤面の青年はスキーツとブースターを信じられないものを見る目で睨んだ。
「……これはどういうことだ?」
資料にあったのは、ブースターとスキーツがボロボロになって倒れている写真。
全身が痣だらけ血まみれのマイケルに、
内部が露出する程に半壊したスキーツの無残な姿。
そして、テープレコーダーを再生するとマイケルの美声が流れ始めた。
『――ザザッ。……ごめん、テッド……ごめん……許してくれ。
俺は――バーバラを……助け……』
ケイブ中に鳴り響く警報を他所に、呆然とジェイソンが佇んでいた。
記録に記された日付とデータは、バーバラがジョーカーに撃たれて
人間としての尊厳を踏みにじられた事件を指していた。
ブースターは少し迷ったが、
目の前の彼はディックが自慢の弟と話し、
ブルースもまた、無言のなかに絶大な信頼と賞賛を表すほどのヒーロー。
あまり好きじゃない空気になったのを察したブースターは、
おどけて両腕を広げ、
小気味良いステップをしながらジェイソンへと駆け寄った。
「とりあえず行こうぜ。
事件なんだろ?」
#######
ジェイソン・トッド……バットファミリーの中でただ一人、銃器を得物にする男。
それすなわち、アウトローである。
マイケルは大型バイクに跨って疾走する彼と並走して飛行しており、
スキーツはジェイソンの肩に乗って超高性能AIを活かしてナビゲートしていた。
ブルースとディックを理由は知らないが憎悪して
命を奪わんと長らく付け狙ったというジェイソンへの警戒心は未だにある。
だがジェイソンは己を泣く子も黙るアウトローだと自称していた。
アウトローならばニュアンス的に悪人ということではないだろうと、マイケルは推測している。
話していいものか迷ったが、おおよその経緯をマイケルは語り終えた。
聞いている間はずっと押し黙っていたジェイソンは首を傾げた。
「どうして馬鹿の振りをしているんだ?」
「世間を欺いて正体を悟られないようにするためだ。
見ての通り俺はイケメンだけど、
その裏でスーパーマンやグリーンランタン並の偉業を成し遂げていたと
悪党どもに知られるのはまずいわけさ」
「これを他の奴らには話しているのか?」
「ブルースとディックは知っているよ。
あとほら、ブルースが時間旅行に追いやられていた頃、
ティムに相談を受けてさ。頑張ってはぐらかしたけど、まだ疑ってるっぽいな」
「私が頑張って弁解しました」
「つまり……俺はまた三番目ってことか」
切なげにジェイソンは溜め息をついたが、
ブースターは聞かなかったふりをした。
レッドフードは二代目ロビン、今やファミリーを背負って立つ身だ。
父にも兄にもまだまだ教えを受けたかったことだろう。
宇宙一の魔窟、ゴッサムは齢二十を少し越えた青年には重すぎる。
「待った、あそこに車が止まってるぞ?」
ブースターが指さした時には、ジェイソンは既に向かっていた。
時刻はもう深夜の3時。
街中が犯罪の発生場所となっているのに、
軽ワゴン車が無防備に止まっているのは怪しすぎた。
「周囲の解析が終わりました」
「サンキュー。俺達はこれが終わったら向かうから、
お前は先に行っててくれ」
「了解です」
バイクを止めて降りたジェイソンは慎重にワゴン車に近寄り、
運転席の方を覗き見た。
案の定、ゴロツキがドライバーに銃を向けて金を要求している。
即座に強盗の腕を撃って無力化し、銃把で殴り意識を奪った。
「すまん、助かった!!」
「べつにいい。にしてもこの時間にゴッサムをうろつくとは……
あんたは旅行者か何かか?」
人の良さそうな顔立ちの運転手が媚びた笑みを浮かべて頷いた。
「出張で来てたんだが参ったよ。ゴッサムは予想以上だな!」
車の縁に腕をのせ、銃を軽く振ってジェイソンは事もなげに告げた。
「そいつは災難だったな。
じゃあ俺にも、後ろの彼女らを紹介してくんねえか?」
レッドフードの発言に男の笑みが凍りつく。
スキーツの解析によって車の重量がちょうど
女性10名分の重さが加わっていると判明している。
しかし、それを抜きにしても一目瞭然の怪しさだった。
深夜のゴッサムでは犯罪遭遇確率が400%とされている。
これは目的地に行くまでで強盗に遭い、
目的地でマフィアと違法な取引をし、
バットマンに遭遇して警察に引き渡され、
腐った警官に違法な取り引きを持ちかけられるという順序があるからだ。
なお、これに護送車が急襲されることも加算すれば
500%と見るのが正しいのではないかという
異議も最近は出ていることを追記せねばならない。
ゴッサムで深夜出歩く者には、まともな人種は皆無と断言していい。
観光だろうと手ぶらで外に出ればたちまち鴨にされる。
車で移動すら難しい。
「どうした? 後ろに乗ってるんだろ?
暗幕で後部座席を隠しているのは、彼女らが照れ屋だからか?」
助けたはずの男が顔を真っ赤にして怒り任せにナイフを取り出した。
それくらいでバットファミリーを出し抜けるはずもなく、
車から引きずり出されて尋問されているのを他所に、ブースターは後ろのドアをこじ開けた。
「よーしよしいい娘だ。
このハンサムさんが来たからにはもう安心!
俺にアドレスを渡す準備をしな!」
後部座席に押し込められていたのは、下着姿で猿轡を噛まされていた女性達。
一様に恐怖に怯えきった目で見ているが、
ブースターは華麗なウィンクで緊張を解しにかかった。
「誰が捕まるかボケが!!
テメエに相応しいのはアドレスじゃなくてボケナスだ!!」
だが女達の尻の下に隠れていた屈強な大男が、がばりと跳ね起きて
マシンガンを乱射してきた。
マイケルの鍛えられた体へと立て続けに弾丸が撃ち込まれた。
「おいおい……」
ブースターゴールドが博物館から盗んだパワードスーツは、
銃弾程度ではビクともしない。
薄い膜となって全身を覆うフォースフィールドは、そこらの銃器に遅れを取りはしない。
むんずと大男の銃を掴み、
スーツの機能であるマグネットパワーを解放した。
機能不全を起こして動かなくなったマシンガンから手を離すと、
懐から手榴弾を取り出して自棄っぱちに振りかぶった。
「いや落ち着けって」
マイケルは動じずに滑らかな動作で手榴弾を回収し、
掌を合わせて爆破を抑え込んでから大男を完全に捕縛した。
「さあ、仔猫ちゃんたち、僕の胸に――」
捕まっていた女性たちが我先にと、マイケルとは逆側のドアから飛び出して
互いにしがみつきあって泣き出した。
困惑してポリポリと頬を掻いたブースターは、お手上げとばかりに両手を上げる。
それを見ていたレッドフードは感心したように息をついた。
「なるほど、ホラじゃなかったのか……」
「写真があるのに疑ってたのかよ」
「いや……ブルースが言っていたからな。
なんだろうと最後まで疑い抜け、と」
仮面越しに給水し、レッドフードが首を振った。
「だがディックは信用できる相手には最大の敬意を払えと言っていた。
あんたはすげえ硬派なアウトローだ」
「ありがとう」
熱い握手を交わし、爽やかな笑みをマイケルは浮かべる。
おそらくはジェイソンも同じ顔をしているのだろう。
無表情な仮面が穏やかに笑っていた。
仮面が笑うというのは、ありえないように思われがちだが、事実はそうではない。
異世界のヒーロー、スパイダーマンを主な撮影対象としている写真家、
ピーター・パーカーは著書にて、自分はスパイディのマスクがにっこり笑う時まで
シャッターを押すのを待つと語っている。
ありえないことに思われるかもしれないが、
撮影者と心が通じ合えば、仮面とて着用者の感情を映し出すのは自然之理。
いわんや仮面の主がバットファミリーの一人ほどの男になれば当然であった。
「じゃあ、もういっちょ行くか。
スキーツが先に行って事態を食い止めてる」
そうブースターに肩を叩かれたジェイソンの通信機から声が聞こえた。
通信相手はバーバラだったが、向こうから聞こえたのは切羽詰まった女性の声だった。
『こちらワンダーウーマン。
バットガールに頼まれて援護に来ていたのだけど、知っているわね?』
「あんたの手助けが必要とは思えなかったが、一応は」
彼女の声が聞こえたブースターが気まずそうに頬を引き攣らせた。
彼とワンダーウーマン、ダイアナは犬猿の仲、
というよりはダイアナが一方的に嫌悪して見下していると言っていい。
それもこれもマイケルが記者と飲んだ時、調子に乗ってあることないことペラペラ喋ったせいだが、
ブースターが置かれている立場としては名誉挽回のしようもない。
『少しまずいことになっているわ』
「やっべえ、帰りたくなってきたぜ……」
『そこにブースターゴールドもいるわね?』
後ずさりしたブースターを監視しているのかと疑うタイミングで、
ダイアナの声音が冷たくなった。
間を取り持つジェイソンが状況を尋ねた。
「どういうことだ?」
『スキーツが危険よ』
レッドフードがブースターの反応を確認した時には、
そこにはすでにレッドフードと事件の痕しか残っていなかった。
#######
ブースターゴールドのオリジン、
それもまたアウトローではあった。
博物館の目玉展示品と警備アンドロイドをかっぱらって
時間旅行までしたのだから、ローからはとっくにアウトであった。
「他のファミリーはどうしてるんだ?」
「ティムはタイタンズ、ダミアンはシャザムとスーパーガールと組んでどっかに行った」
ゴッサム美術館に潜入したジェイソンとマイケルは、ひそひそと会話する。
セキュリティも構造も頑強。
三日に一回は美術品を盗もうと犯罪者が来るために、
自然と堅い要塞とならざるを得なかった場所だ。
「とりあえずワンダーウーマンと合流するか」
光源ひとつない廊下を二人は足音を殺して進む。
深夜の美術館というのはあまり良い気分がするものではないが、
ジェイソンはそんなものに臆しはせず、ブースターにとっては未来のバイト場だ。
曲がり角から二人が首だけを伸ばす。
中央にはホールに続く扉があり、厳重な電子ロックがかけられてあるが、
怪力によってねじ壊されてあった。
そして仁王立ちして二人を待っていたのがワンダーウーマン。
世界中の男女問わずの憧れ、その美しさは大理石をも粉砕する。
綺麗なバラには棘があるというが、ダイアナほどの美神ともなれば、
その棘は原子を切り裂く魔剣とする。
「やぁーやぁー、ご機嫌麗しゅうワンダーウーマン様」
揉み手をしてへこへこしながらブースターが先んじた。
相棒の危機と言われているのに緊張感のかけらもない振る舞いに、
ダイアナは軽蔑を露わにしてマイケルを見下した。
「ジェイソンが来たなら心強いかしら?」
マイケルを無視してダイアナがジェイソンに声をかけた。
揉み手の行き場がなくなってしまったマイケルだが、特に気にしない。
「……やっぱり怒ってる?」
「そうね。これまであなたにどれだけ名誉を傷つけられたかしら」
そう言われればブースターにも返す言葉はない。
彼女の名誉に泥を塗るつもりなど毛頭なかったのだが、
記者と飲んでいておだてられれば舌がペラペラと回ってしまう。
ワンダーウーマンとワンダーな関係といった未来のプランを現実のように語り続ければ、
彼女といえども激怒しようというものだった。
「ワンダーウーマン、スキーツに何があった?」
無言でダイアナが指差した方。
ホールを覗き見ると三名のヴィランがスキーツを人質に取っていた。
25世紀の警備アンドロイドのスキーツだが、実力は
一流ヒーローにも引けを取らない。
もちろん、ブースターにスーパーマンにバットマン、
ワンダーウーマンといった超一流。
ランクでいえばSS級ヒーローには一歩劣るが、
それでも簡単には負けないはずだ。
三名のヴィラン。
クロックキングとスポーツマスターとヘラクレスがいる。
ヘラクレスはギリシャ神話のスターであり全能の神ゼウスの息子だが、
太古にアトランティス人に封印されたことで心が崩壊していた。
本来は高潔な半神だが、敵となっては驚異極まりない。
他の二人、クロックキングは時間と空間を操るしか能のないD級ヴィランで、
スポーツマスターはあらゆるスポーツを極めた体術の達人。
ブースター達ならばどうとでも御せる奴らだ。
しかし、そのスポーツの王者がスキーツを拘束している。
鎖でぐるぐる巻きにされたブースターの相棒は沈黙を保っているが、
見たところ目立った外傷はない。
「よく聞け、ブースターゴールド!
このロボットの命が惜しければ、今すぐこちらに投降しろ!!」
声高らかにスポーツマスターが要求しており、
クロックキングが酷薄な笑みでこちらの出方を待っていた。
「どうして着いたとバレたんだ?」
「クロックキングの能力だろう。
奴は時空の支配者……あそこだな」
ジェイソンが指差すと天井近くに直径50㎝程のリングが浮かんでいた。
たしか、あれに飛び込むと異空間に追放されるというアーティファクトだ。
ザターナにでも聞けば詳しいことがわかるかもしれないが、
ここには魔術や神秘に通じる者はいない。
「あそこから空間を通して覗いているってわけか」
場所を変えての不意打ちが出来るとも思えないブースターは顎を撫でて思案する。
何故奴らが自分を捕えたいのかはわからないが、
それは奴らを倒して聞き出せばいいだけのことでもある。
「よし、行ってくるから二人は頃合いを見計らってくれ」
要求に応じるしかないと腹を括ったブースターが
レッドフードとワンダーウーマンに指示した。
ジェイソンは素直に応じたが、もう一人の方が意外そうに眉を上げた。
「ずいぶんと素直ね。
あなたはもっと不平を言う輩だったはずよ」
「輩とか……ひどいこと言うね。
まあ、女神な君にはわかんないだろうけど、
スキーツは俺の親友なんだよ」
思わず揶揄を込めたブースターの返答に、
ワンダーウーマンは肩を竦めて首を振った。
両手を上げてブースターは中に入った。
展示された美術品をかっぱらったクロックキングの後ろには数個のアタッシュケースがあり、
自我が混濁しているヘラクレスが口の端から涎を垂らしていた。
「なんだなんだ、ヘッポコが雁首揃えちゃって。
俺とコネを作りたいってのなら、マネージャーを通せよ」
「私はお前に興味はない」
シルクハットにスーツのクロックキングが杖をコツコツと鳴らした。
深い皺が刻まれた壮年の口元が横に歪んだ。
「だがあの男がお前に興味があってな」
「駄目です、ブースター!
私は無視してここから逃げてください!」
「馬鹿言うなよ、相棒。
お前が逆の立場だったら、絶対そんなことしないだろ」
スポーツマスターが喚くスキーツを小突いた。
逃げるよう訴える声にノイズが混じり、ブースターの拳が強く握られた。
「ヴァニッシングポイントは何処だ?」
クロックキングが単刀直入に尋ねてきた。
ヴァニッシングポイント、ブースターの基地でもある場所だ。
宇宙の営み、時間の流れから独立しているお陰で、全ての並行世界と時間軸を観測することが出来る。
「ヴァニッシングポイント? 知らないぞ」
すっとぼけたブースターだが、クロックキングがニヤリと笑った。
「そう言うだろうと思っていたが、
こちらには貴様を殺してでも連れて帰れと言われている」
「ハムスターが金貨を運べるかよ」
「ぬかせっ!!」
クロックキングが指示を飛ばし、
スポーツマスターがゴルフクラブをフルスイングした。
常人ではありえない威力の打球がマイケルの額を打った。
意識を奪いかねない威力だが、マイケルは構わずに挑発する。
「どうした? リトルリーグでももっとマシな球を打つぞ」
弾かれた打球がマイケルへと襲いかかり、すんでのところで躱した。
あらゆるスポーツを修得しているスポーツマスター、
決して弱いわけではないが常人ヴィランの域を出ていない。
避けずに攻撃を受け止め続けるブースター。
展開しているフォースフィールドで被弾のダメージは抑えていても、
アーチェリー、サッカーボール、ホッケーと多様な攻撃を乱れ打ちされた。
スポーツとは多くが中国武術に由来している動き。
軌道を見切るのは中々に苦難だが、スキーツを抱えながらでは満足な威力を出せない。
「行け、ヘラクレス!」
到底扱いきれないはずなのに平然と飼い犬扱いされているヘラクレスが、
クロックキングの指示に従ってブースターに襲いかかった。
ヴィラン二名の意識がギリシャ神話の英雄に集中し、
それを逃さずにジェイソンが狙撃した。
スポーツマスターの腕から落ちたスキーツが、ダイアナの真実の縄によって救い出され、
拘束している鎖を素手で引き千切ったダイアナがブースターに加勢した。
ヘラクレス、全能の神ゼウスの子息。
かつてのブースターならば5秒で死んでいただろうが、
今は彼よりも五回りは大きい半神と光線で来ていた。
巨大な腕を振り回し、その風圧だけで美術館にヒビが入る。
ゴッサムに建つ以上は対邪神程度ならば予想していて当たり前な建築物。
それを以ってしても、ヘラクレスの攻撃には直撃せずして呆気なく悲鳴があがる。
飛び退って突進を躱したブースターが、敵の背中にビームを打った。
ヘラクレスの進行方向には両腕を広げたワンダーウーマン。
その美しき威風堂々たる佇まいには、戦闘中だからこそ引き立つ戦慄があった。
「憤ッッ!!」
裂帛の気合を入れてダイアナが真正面からヘラクレスと組み合った。
数mの後退をして、かろうじての膠着に持ち込んだ
ワンダーウーマンが噛み締めた歯から、ブースターに叫んだ。
「ヘラクレスはこの私に任せて。
貴方はクロックキングとスポーツマスターを……ぬぅんっ!」
全力でヘラクレスを投げ飛ばしたダイアナは、原子を斬り裂く魔剣と
万象を防ぐ盾を取り出し、英雄に備えた。
一瞬だけダイアナ達と、目の前の神々の戦いに圧倒されているクロックキング達を見やり、
ブースターは銃を構えてやってきたレッドフードの肩を叩いた。
「俺はダイアナをサポートする。
お前にあいつらを任せるぞ……やれるな?」
「誰に言ってやがる」
「良い返事。その意気だな!」
笑顔でサムズアップし、ブースターはヘラクレスに攻撃を仕掛けた。
ヘラクレスの突破力とプレッシャーにダイアナも攻めあぐねて、
攻撃を出す機を見失っている。そこをブースターがヘラクレスの足を取った。
「今だ!」
大振りを仕掛けていたヘラクレスだったが、
軸足を取られたことで一歩間合いが遠のいた。
空振った腕をダイアナが剣で斬り裂き、
ヘラクレスの喉から苦しむ声が漏れた。
しかし、次にはブースターの首根っこが掴まれて虫のように持ち上げられる。
危険を察知して藻掻いたマイケルの顔面に、ヘラクレスの渾身の一撃が突き抜けた。
あまりの威力で背後の壁が粉砕され、ブースターが吹き飛ぶ。
宙で受け止めたダイアナごと転がり、
スキーツが体当たりで留めた。
「大丈夫!?」
「おおおおおお……いってえぇ! マジでいってえええええ!!」
ブースターのトレードマークな
ゴールデンゴーグルに大きな亀裂が走り、
フォースフィールドを展開するスーツが機能不全を起こしていた。
顔面が真紅一色に染まり、鼻梁が妙な方向に曲がっている。
折れた鼻を無理やり戻してマイケルはダイアナに
必死に笑いかけた。
「どう、出来る男がリターンした?」
緊張感の欠片もないブースターの振る舞い。
前歯が五本欠けた血だらけの顔に、
さしものワンダーウーマンも怯んだ。
「……まあ、貴方も大した胆力ね」
「惚れただろ」
「残念ながらそれはありえないわ」
ヘラクレスはこちらへと狙いを定めたまま。
一歩毎に踏みしめているためか、
床が陥没して地響きが轟く。
向こうではジェイソンとヴィラン達が交戦しているが、
残念ながら苦戦しているようだ。
「とりあえずヘラクレスってどんな奴?」
「知らないの?」
「神話関係は疎いし歴史も疎い。
逸話とかは置いといて、この時代のあいつは何処から来たんだ」
「アーサーが言うには、古代のアトランティス人が異次元空間に封印していたみたいね。
封印が解かれた時にアーサーが交戦して押し返したらしいけれど……」
「ふむふむ。スキーツ、お前はどう思う?」
話を振られたスキーツの電子頭脳が起動して事態を整理し始めた。
「クロックキング達にヘラクレスを長時間飼いならせるとは思えません。
行動を見ても、内心は常に怯えていると見ていいです。
なら、ここにどうやって来たかのルートを特定しましょう。
時空の歪みを観測してみますね」
「オッケー。じゃあお前は奴が来た方法を調べるとして……」
「もっと良い方法があるわよ?」
ダイアナが不敵に笑って真実の縄をぱん、と張った。
その一動作だけで小規模のソニックブームが発生して、
マイケルの髪がちりちりと揺れた。
「本人に聞けばいい」
「なるほど……」
顎に手をやったマイケルへとヘラクレスが痛烈な一撃を放った。
身を屈めて避けて顎にカウンターを食らわせたが、
ヘラクレスはびくともせずにブースターに掴みかかった。
ビームの推進力で距離を取ると、背中を向けて逃げ出す。
「おらっ、来いや!」
ヘラクレスを引き付けてワンダーウーマンから引き離し、
ブースターゴールドは走りだした。
ダイアナは交戦を続けるジェイソンと合流しようとするが、
彼女の目の前でレッドフードの仮面が打たれて飛んだ。
身をのけぞってたたらを踏んだジェイソンを掴み、
ワンダーウーマンが元ロビンを助け起こす。
二人にスポーツマスターが床にワックスをぶち撒けて、エアホッケー攻撃をしてきた。
音速で飛んでくる円盤。
地を這う攻撃にワンダーウーマンがジェイソンを掴んで飛んだ。
するとスポーツマスターが
サッカーボールを何個も蹴りあげて対空攻撃を繰り出した。
天井に幾つも突き刺さるボールを避けて、
ワンダーウーマンは抱きかかえられているジェイソンを見下ろした。
「手こずっているわね」
「ああ……くそっ、戦法は知ってるのに上手くいかない」
「ふっ、憐れだなレッドフードよ!
だが仕方あるまい。本来は時間と空間を操る私はとても強くて当たり前!
今日をもって、私は全世界のヒーローのアークヴィランとなるのだ!!」
「調子に乗るんじゃねえぞ」
悪態をついてジェイソンは額に手を置いた。
「いつも冷静でいられるようになるのはあたりまえだとバットマンは言ったし、
相手の動きを常に読んで動けるようになったら一人前だとナイトウィングは言った。
二人がいなくなってようやく、俺にはどちらもできてないと思い知る。
……自分が情けなくなるよ」
「ずいぶんと弱気ね」
「戦えば戦うほど己の力不足がわかるんだ。
俺は……ディックに気にしない方がいいと何度アドバイスされても、
ファンフィクやファンアートを検索するのをやめられねえ。
ネット人気から離れられないんだ」
「ファンフィクってなに?」
スポーツマスターが打ち出した高速のゴルフボールを、
ダイアナはキャッチし、そのまま握り潰す。
彼女の掌から真っ白な球の破片が粉塵となって落ちていった。
「それなら貴方はマイケルとヘラクレスをお願いできるかしら」
「しかし……あんた一人で大丈夫なのか?」
「愚問」
ジェイソンの疑問を一刀両断し、
ダイアナはぶら下げていた青年をヘラクレスの方に投げ飛ばした。
「ブースターを見て学びなさい、ジェイソン!
自分を見限っていい時はないものよ」
スポーツマスターとクロックキングを相手取り、
ワンダーウーマンは大きく両腕を広げた。
これぞ、二名のヴィランを相手取る上での最適解。
女神の強大なプレッシャー、慈悲深き膂力を開帳するファイティングポーズ。
スポーツマスターがフェンシングを構えて刺突を繰り出し、
対するダイアナは手の甲で弾き、腕を振りかぶり、
敵の肋骨を毟りにかかった。
だが、攻撃はありえない距離に移ったクロックキングとスポーツマスターに躱された。
クロックキングは時間に干渉する能力の持ち主。
懐中時計の針を回せば時間を巻き戻せ、
秒針を指で止めれば時を止める。
「ふん……小細工を弄してそれか」
鼻で笑ったダイアナは両腕を同時に振るい、
鎌鼬を作り出した。
スポーツマスターとクロックキングの両脇を、身震いする空気の断裂が通りすぎ、
果敢に攻撃を仕掛けていく。
突けば躱され、バットを腹に食らう。
内臓が揺れようと気にせずに回し蹴りをスポーツマスターの頬に放つが、
またも虚空を切って、頭部へと膝を出すが、軸足の脛を払われ、
頭頂部をホッケースティックが直撃した。
視界が明滅する中、頭を大きく振り、
ダイアナはまっすぐに肘を張って指さした。
「そこのヴィラン」
ホッケーマスクにアメフトのユニフォーム、
脛にはレガース、足にはリングシューズという、
全てのスポーツを一身でプレイできるよう考案された武装をしている
スポーツマスターを指名する。
剛毅な笑みを浮かべて手招きし、
ダイアナは傲岸不遜と受け取られかねない仕草をした。
「全力の一撃を出せ。戦士になるチャンスをくれてやろう」
悪人二人は気づけばホールの隅を背にしていた。
ダイアナは気づいていないが、クロックキングはここまで十は時間を巻き戻している。
しかし、時間を巻き戻すとは即ち、敗北の一手にすぎない。
一度やる毎に同じ行動を避けようとする心理的恐怖が植え付けられていくもの。
言うのは簡単だが、実行するのは難しい。
じわじわと慎重ににじり寄り、なおかつ相手の心を挫く攻撃を続ける必要がある。
しかし、彼女はワンダーウーマン。綺麗な薔薇には刺があるが、
彼女ほどとなるとその美しさは鼠を狩る獅子の牙。
一度潰された退路を進もうとし続ければ、いつかは成功しただろうが、
スポーツマスターの眼にはダイアナの気高き闘志に触発し、
爽やかなスポーツマンの光が宿っている。
「馬鹿め! そんな提案に誰が乗るか!」
「わからん男ね、クロックキング。
ならば黙ってばかりのスポーツマスターをどう説明する。
彼にはわかっているのよ。真の戦士は全力の勝負に言葉はいらないと」
クロックキングが狼狽えた様子で相棒を注目した。
たしかにそうであった。スポーツマスターはいつもならそれなりに話す男。
しかし、ワンダーウーマンを見てからというもの、沈黙を保っている。
ギリシャ神話の世界にあるアマゾンの島では日々、アマゾネスが切磋琢磨し、
拳で鍛え合うと聞く。そこで生まれ育ったダイアナを見て、
スポーツマンシップが燃え上がるのは、なるほど道理であった。
武器の全て――竹刀、フェンシング、ホッケースティック、バット、
エアガン、ビーダマン、ヨーヨー、MTGのカードを捨て、
スポーツマスターは無数の棘が生えたグローブを装着し、構えた。
「よかろう。己の拳に全身全霊を賭けるがいい」
相手の鬼気に喜び、
ダイアナもまた、アマゾンの女戦士の礼儀として、
あらゆる武器を捨て、防具も捨てる。
現るは剥き身の絶世の美女。
武器、防具という枷から解き放たれた、
右ストレートを打つために産まれし女神。
「ふっ……血が湧きよるわね」
「シィッ!」
全身の意識を集中した拳、マッハストレートをスポーツマスターが放った。
フォーム、脱力、拳の握り。どれもが申し分ない。
対するワンダーウーマンが狙うはクロスカウンター。
棘の生えたグローブがダイアナの顔面の皮膚を突き破り、
表皮と急所の瀬戸際まで相手を引き付け、
そこから一歩踏み出せば渾身のストレート。
音が光となってスポーツマスターの頬を捉えた。
打撲音ではなく、金属音となり、衝撃が閃光となり辺りを照らす。
クロックキングから悲鳴が湧き、
顔が大きく歪んだスポーツマスターは、
己の全てを持ってして敗れた者特有の羨望の眼差しで勝者を讃えた。
「見事」
「言うに及ばずよ」
倒れたスポーツマスターの上を真実の縄が飛空し、
クロックキングの胴体をついに捉えた。
その光景を戦闘のさなかに見ていたレッドフードが嫌気がさして舌打ちした。
「おい何やってるんだよ!?
攻撃が緩んでるぞ!」
ヘラクレスの猛攻を紙一重で躱し、
なおかつ反撃も欠かさないブースターに、ジェイソンはついていくので必死だ。
「お前まさか! なんかどうせ俺は一回死んでるしとか!
ディックになれない半端者とか思ってるんじゃないだろうな!」
叱咤を無視してジェイソンはヘラクレスの喉仏を狙う。
だが銃弾も剣も通らない敵にどう立ち向かえというのか。
いくら考えても彼には思いつかない。
ヘラクレスの突進突撃が埃と瓦礫を巻き上げてレッドフードを襲う。
とっさに身を捩ったが、風圧だけで半身を抉られたような衝撃だ。
「あのなあ、ジェイソン。
テッドが死んで、俺もずっとあいつを生き返らせようとしたし。
家でゴロゴロしてTV観てたら、
ひょっこり帰ってくるんじゃないかって夢見たよ!
だって他の奴ら、けっこう生き返ってるもん!!」
ブースターが喉を振り絞って叫びながらヘラクレスと真っ向から打ち合う。
ガントレットからレーザーはもう出ない。
身体能力だけで張り合うしかないが、ヘラクレスの猛攻には殺されないだけで精一杯。
《黄金の男》と未来では呼ばれるヒーローの背中にも、雨だれのように血が流れだした。
頭を鷲掴みにし、幽鬼の双眸に憎しみと狂気を滾らせた
ヘラクレスが何度もブースターの胸を打つ。
至近距離から出来る限り打撃軌道をずらしながら、ブースターは背後のジェイソンに叫んだ。
「でも帰ってこねえ! あいつ生き返らねえ!
神様がいるなら本当にクソッタレだが、
どうやら俺達には運も強さも足りなかったらしいな!」
「レッドフード! これよ!!」
ダイアナがクロックキングから取り上げた円盤を、
ジェイソンに投げ渡した。
「今から伝える数字にダイヤルを合わせて、ヘラクレスに潜らせなさい!」
教えられたとおりに横にあるダイヤルを回すと、
ヘラクレスを連れてきたらしき円盤が光り始めた。
だが帰り道を開いても、果たしてジェイソンにヘラクレスを送らせることが出来るか。
「あのブースターも昔は、
スーパーガールの3サイズくらいのIQしかありませんでした」
横でふよふよ浮かんでいるスキーツが優しく諭した。
「頑張りましょう。及ばずながら私も手伝います」
「行くぞ、スキーツ! 合体攻撃だ!!」
ブースターとスキーツの間に強大な電磁領域が展開された。
二人を結ぶ直線上には何もなく、ただ瓦礫だけが吸い込まれていく。
ヘラクレスがとどめを刺そうと拳を振り上げる刹那、
マイケルは指を鉤爪に握ってヘラクレスの両肩の一地点を打った。
人体の構造上、点かれれば動きを遮られざるをえない秘孔を突かれ、
ギリシャ神話最強の英雄の動きが停止する。
「神様にも通じたぞ、サンキュー、バッツ!!
飲んでる時も話は冷静に聞いとくもんだぜ!!」
硬直から解放されたマイケルが敵の背中に回り、
あらん限りの余力でヘラクレスをジェイソンへと押し出した。
強力な磁石となってジェイソンの持つポータルに吸引されていくヘラクレスだが、
門から約二mのところで踏みとどまっている。
ダイアナもヘラクレスに真実の縄を投げてサポートするが、
どれだけ頑張っても一m以上の距離には縮まってくれない。
徐々に力場に慣れてきたヘラクレスの動きに活力が戻ってきた。
大きく息を吐いて思考を研ぎ澄ましたジェイソンが、懐からリボルバーを抜く。
狙うのはヘラクレスの肩。ブースターが突いた場所。
――そこから眼球へと狙いをずらして引き金を引いた。
「フェイントってやつだ。
英雄様には難しかったか?」
弾丸がヘラクレスの両目と衝突する。
目玉といえど鋼鉄の弾とヘラクレスの眼球ならば、
負けるのは銃弾の方だが、視界への攻撃に怯まないものはいない。
怯んだヘラクレスへとブースターとダイアナが最後の力を振り絞って押し出し、
ようやくと半神がポータルへと吸い込まれて、
封印されていたアトランティス人の作りし迷宮へと帰っていった。
轟音と激闘が過ぎた静けさの中、
へたり込んで一息ついたブースターが立ち上がり、
同じく座り込んだレッドフードに手を貸して立ち上がらせた。
「まあ、なにが言いたいかっていうとな。
死んだから駄目なんじゃなくて、死んで生き返った俺、凄えって思っとけよ。
その方がブルースもディックも喜ぶんじゃないか?」
「簡単に言ってくれるな」
「あなたも昔は類まれな才能を無駄にしていたものだけど」
気絶したスポーツマスターとクロックキングを担ぎあげて、
ダイアナがゴッサム市警に引き渡しに瓦礫の中を過ぎながら、
ブースターゴールドを興味深げに見つめて呟いた。
「人間って変わればこうまで変わるものね」
「ありがとう、ワンダーウーマン」
「ダイアナでいいわ、マイケル」
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「いいのか? ワンダーウーマンはあんたのことを高く評価したみたいだぞ」
「評価? チッチッチッチッ、違うなあジェイソン君。
彼女はとっくに俺に惚れっ子だぜ!?」
「……そうなのか? どう見ても見なおした程度のものに……」
「女心がわかってないなぁ。
去り際に俺をじっと見つめた瞳を見ろよ。恋のカクテルよりもホットに潤んでたぜ。
こりゃあ、警察にあいつらを渡したら、
すぐに戻って俺にルームキーを渡すと見たね!」
「ま、まああんたほどの男がそう言うのなら……」
これまでのことをワンダーウーマンは忘れている。
あの後、その場でヴァニッシングポイントに帰還し、
時間移動のために周囲に放出されるクロノアルエナジーによって、
ジェイソン以外の全員の記憶はブースターに関して消去されている。
疲れきってヘトヘトなところ、
シャワーを浴び終えたブースターは部屋着に着替え、
ベッドで寝るつもりのところだった。
「おかえりなさーい」
嬉しそうに駆け寄ってきた少女はラニ。
25世紀よりも未来にてダークサイドからマルチバースの崩壊を食い止めた事件で、
おしっこを漏らしそうになっていたという運命的な出会いを果たした少女だ。
「おう、ただいま」
女の子の頭を優しく撫でていると、
ラニはいってん、申し訳無さそうにもじもじとしはじめた。
「トイレなら行ってきていいよ」
そういうと後頭部に衝撃がやってきた。
頭を抑えて見上げると、マイケルの妹、ミッチェルが立っていた。
「なんだよ。ハードな愛情表現だな」
「いいからラニの話を聞いて」
言いつけ通り静かにラニが話を切り出すのを待っていると、
彼女は後ろで組んでいたように見えていた両手を前に突きだしていた。
その手には割れた写真立てがあり、マイケルとテッドが映っていた。
「ごめん……マイケルの部屋で遊んでたら壊しちゃって」
「あら~~」
割れた写真立てを、ためつすがめつ上下左右から確かめた。
これは大昔、テッドの部屋からいらないだろうと無断で拝借してきたもの。
今となっては形見の一つだった。
「まあ、気にすんなよ。物ってのは壊れるもんだ」
「でも大事なものなんでしょ……許してくれるの?」
泣きべそをかきそうになっているラニを、ブースターは両腕を広げてウィンクした。
「そうだなあ、仲直りのハグをしてくれたら考えてしんぜよう!」
暖かいハグを躱し、
少女の頭をわしゃわしゃと撫でると、ラニがくすぐったそうに身を捩った。
『クロックキングは時間と空間の干渉者たる王だが、
あんたが関わってるものみたいな
世界の理から外れたものに関与できるほどの力はない。
しょせんは三流ヴィラン。
指示を与え、ヘラクレスを同行させた者がいるはずだ。
そして声をかける相手がクロックキング程度ということは、
黒幕は人望と交渉力の不足がとてつもなく、
同時にヘラクレスを御せる程の力を持っているはずだ。
俺も調べてみるが力になれるか、わからん。
とりあえず気をつけてみてくれ。
何かできることがあったら俺に言ってくれ。
PS.バーバラのこと。俺はあんたを心からリスペクトする。
実は最近、俺がどんどんボンクラになってないかと悩んでいたんだが、
あんたを見ていて自信が持てた。
よかったら俺達のSNSアカウントも見てくれ。
それじゃあ、色々気をつけて。
TwitterかFacebookかインスタで待ってるぜ!』
教えられたアカウントにアクセスすると、
どう見てもプリクラかなにかで撮影した
レッドフードとアーセナルの写真が出てきた。
「真っ赤っ赤なコンビだな」
ブースターは頬をかいて困惑し、
それから背伸びして微笑ましい思いでツイートを眺めた。
「まっ、青と金よりも統一感があるか」