白い雲が、まるで水滴のように青空へ混ざり込んでいる。
風が、破壊を呼んでいた。
ブースターゴールドとスキーツ。
タイムマスターとして偏在する歴史、多次元世界を守護する彼らへ、
ロイヤルフラッシュギャングが襲いかかっていた。
「万年C級ヒーロー風情がぁッ!!
このロイヤルフラッシュギャングに勝てると思ってかあ!」
「我らが貴様のようなキッカーを、素寒貧にしてくれる!」
「相も変わらずモブ戦闘員みたいな立ち位置しやがって!
このブースターゴールド様は、
ポーカーなんてやらなくても億万長者だぜ!」
お伽話に出てくる西洋風の長剣を振りかざし、
トランプのキングのコスチュームをした男が斬りかかった。
ブースターはガントレットでそれを受け止め、
腹に当身を叩き込む。
その周囲を、
金色のボディに黒いスキャンカメラを備えたスキーツが援護していた。
エジプトのハラール広場。
世界的に貴重な美術館もあり、
国の要とも言うべき場所だが――
同時に、悪徳の栄えと同義の地でもある。
エジプトが
「穏やかなマッドマックス」と称される所以でもあった。
トランプの柄を制服にしたギャングが、
ブースターへ攻撃を仕掛ける。
だがその顎を、
エージェント・37――ディック・グレイソンが蹴り飛ばした。
「ぐぉぅっ!」
昏倒した敵を乗り越え、
数十人はいるフラッシュギャングの屈強な構成員が雪崩れ込む。
それを影のようにすり抜け、
ディックは的確に打撃を決めていった。
「やるねえ!
相変わらず動きが冴えてるぅ!」
背後から襲いかかってきたギャングを裏拳で倒し、
ブースターが口笛を吹く。
跳躍したディックは宙を回転し、
ブースターの背中へと着地した。
「生きてて嬉しいぜ、ディック!
おまけに久々に組めるなんてな!」
「そっちも相変わらずでよかったよ」
周囲を取り囲み、こちらの動向をうかがうフラッシュギャング。
街中だというのに、
一切の躊躇もない。
「そういやスパイをやってるんだって?」
「その名もエージェント・37さ。
ところで最近、テーマソング作りにハマってるんだけど、
こういう時に流すものだと思わない?」
ブースターはシンパシーを覚え、頷いた。
相変わらず、理解(わか)っている男だ。
「流石だな。
ちょうど俺もそう思っていたところだぜ!」
「BGMは任せてください。
ハードなロックを奏でますよ。
ついでに合いの手も担当します」
「おっと、先を取られちまったか。
なら俺も合いの手を買って出ようかな!」
戦場となった都市で、ヒーローを倒さんとする
ロイヤルフラッシュギャングへ向けて、ディックはすたすたと歩いていく。
広大なネット空間へダイブし、絶えずお気に入りの曲をダウンロードしている
――歩く違法音楽再生機器、スキーツが
七〇年代スパイ映画チックな音楽を流し始めた。
そのリズムに乗って、ディックは自作のテーマソングを歌い出す。
「ボン、ボバ、ボンボンボン
(フウッ、フウッ、フウッ!)」
先に棍棒を振り下ろしてきたギャングを裏拳で倒し、
左右から迫る敵を跳躍して開いた両足で同時に薙ぎ倒す。
「あのハンサムは誰だー
それはーそれはーエージェント・37~
(イエイ、イエイ!)」
歌を口ずさみながら、ディックは無駄のない動きで次々と敵を制圧していく。
「番号が三七なのは、彼がアホなんじゃなくて、
五徹明けの筆記試験でしくじったからさ~~。
本来なら七番がお似合いだぜ!
(ダブル・オー・セブン!)」
敵の意識は、ほぼすべて若きスパイに集中した。
合いの手を入れる以外にやることがなくなった二人は、
いつしか戦闘を半ば観戦する側に回っていた。
「最近さ、思うんだけどよ。
この時代に俺の先祖がいたわけじゃん?」
「……嫌な予感しかしませんが」
「ならきっと、俺の前世もいるんじゃねえかなって。
それがディック・グレイソンだったりしない?」
「ハァ…………?
何をトチ狂ってそんな結論に至ったんですか」
「トチ狂ってねえよ!!
とにかく聞けって!」
小さく咳払いし、ブースターは気取った調子で語り出す。
「まず、あいつも俺もイケメンだ。
この時点でほぼ確定だろ?」
「確定ではありません」
「浮名が絶えないのがディック・グレイソン。
浮名を“ホラ”で吹くのが、このマイケル・ジョン・カーター!」
「方向性が違いすぎます」
「極めつけは――
プレイボーイが“あいつ”なら、
俺は“プレイボーイが愛読書”だ!」
「そこ誇るところですか?」
「同じ魂を持ってないほうが不思議ってもんだろ!」
「この世は不思議に満ちていますからね……」
二人がくだらない会話を続けている間に、
ディックは最後の一人を床へ沈め、こちらへ手を上げた。
ブースターがそれに応え、歩み寄る。
意識を保っていたギャングの一人の胸ぐらを掴み、
エスクリマスティックをちらつかせて、ディックが尋問を始めた。
「お前たちが最近捕まえた“デカブツ”はどこだ?」
「ハッ! 誰が言うかよ――ボゴォッ!?」
嘲笑を浮かべた哀れなギャングの頭部が鷲掴みにされ、
次の瞬間、地面へと叩きつけられた。
衝撃で地響きが起こり、
アスファルトにはくっきりとトランプのジャックの顔型が刻まれる。
「五二枚分、やってみる?」
「ヒィッ!
言いまちゅ、言いまちゅからやまちぇ!!
なんてクソちゅうちょのないやちゅなんだ……!」
「大したもんだぜ」
血だらけになって屈服した犯罪者の様子を見て、
ブースターは素直に感心した。
さすがはバットファミリーの一員だ。
尋問ひとつ取っても、拷問ではなく“尋問”の域に留めたまま、
そこへ芸術点まで加点してくる。
なかなか真似できる芸当ではない。
もしブースターが同じことをすれば、
力加減を誤って、
地面に真っ赤に潰れたトマトを作ってしまうだろう。
古代ナスカの地上絵は、
かつて「巨人の拷問の結果ではないか」という説が囁かれていた。
悪しき巨人を、正義の巨人が尋問する際、
大地に強く押し付けた痕跡が地上絵になった――という話だ。
便器にひり出した“うんこ”の絵まで存在することから、
専門家の間でも渋い顔をされる奇説ではあったが、
こうしてプロの仕事を見学していると、
なるほどと頷けなくもない。
尋問が終わり、
血の泡を噴いて気絶したギャング。
白状した情報を確認した三人が、
ターゲットが安置されている場所へ向かおうとした、その時だった。
ついさきほど、ディックが起こしたものとは比べ物にならない、
大きな地響きが周囲を揺らした。
ここはアフリカの某国。
マッドマックス度はさして高くないが、
爆発や銃声、乱痴気騒ぎは日常茶飯事である。
ギャングとヒーローの戦いを
特に慌てることもなく観戦していた民衆たちの
コーヒーブレイクが、悲鳴へと変わった。
「お前が所属しているスパイラルは、アレが欲しいんだろ?
結局、どうするつもりだ。引き渡す?」
「念のため確認しに来ただけだよ。
好きにしていい」
ディックは肩をすくめる。
「今、僕はスパイラルに追われてる最中だからさ。
追手のエージェントを倒しすぎたせいで、
ちょっと心配になって見に来ただけだし」
「それにしても……大きいですね」
尖塔とほぼ同じ高さの鋼鉄恐竜が、ゆっくりと姿を現した。
メタルギアRAY。
翼を折り畳んだ翼竜を模した、巨大無人兵器だ。
かつてプロフェッサー・ズームが持ち運んでいたものだが、
フラッシュたちに倒されて以来、所在不明となっていた。
頭部を真紅の装甲で固めた、
威圧感あふれる鋼鉄の竜が、
ブースターたちへと照準を合わせる。
「さしずめ、野生化してたところを
ロイヤルフラッシュギャングが運よく捕まえたってところかな」
「でも、あいつらにそんなことできますかね。
“野生のメタルギアも捕まえればチョロい”なんて、
自然の掟――ルール・オブ・ネイチャーにも限度がありますよ」
「とりあえず、あいつはこの来世様に任せときな!!」
「……来世?」
訝しむディックを背に、
左脚部を大きく引いて突進してきたメタルギアRAYを、
ブースターが真正面から受け止めた。
両足で踏ん張るも、
アスファルトが林檎の皮を剥くように捲れ上がっていく。
ブースターは両手にマグネティックフィールドを展開した。
磁界に弾かれたメタルギアは頭部装甲を開き、
内部に露出したプラズマ砲の放射口から光線を放つ。
「ぎょえええっ!!」
直撃を受けたブースターは、
フォースフィールド越しであっても大きく吹き飛ばされ、
高層デパートの壁面にめり込んだ。
「スキーツ。
あいつにハッキングを仕掛けることは?」
「現在、試行中ですが難易度が高いですね。
直接ジャンクションできれば、何とかなるでしょう」
「じゃあ、二十五世紀のハイテクを活かして、
真っ向から破壊するとか?」
「人には向き不向きがあります」
メタルギアの片翼から榴弾が複数射出される。
状況を確認しつつ、
スティンガーを肩に担いだディックがそれらをかわしていく。
「私を足場にしてください、前世!」
「えっ、前世って何!?
……まあ、とりあえずお言葉に甘えて!」
大地に突き刺さった榴弾が爆発する前に、
縦にも横にもランチボックスなスキーツの背へと飛び乗った。
歩行戦車の両肩に搭載された機銃が二人を狙うが、
展開したフォースフィールドが弾丸の大半を弾き返す。
不安定な足場で重心を保ちながら狙いを定め、
未来の警備アンドロイドが問いかけた。
「バットファミリーって、銃を使えるんですか?」
「使わないのと、使えないのは別問題なのさ」
そう言って、ディックはトリガーを引いた。
携行型ミサイルが吸い込まれるように発射され、
機銃二基へと正確に直撃する。
怨嗟の呻きを上げるように揺らいだメタルギアは、
こちらへと口先を向け、
再びプラズマ砲を吐き出した。
光がスキーツの金色のボディを下から照らし、
金色の放射が二人を掴み、弾き飛ばす。
「サンキュー、ブースター!!」
「ヒュウッ!!
来世、かっこいい!」
三人の獲物に逃げられたと察したRAYが、
憎々しげに方向転換する。
その巨体の動きだけで、
周囲の柔らかい建物が次々と崩れていった。
アフリカは地震も湿気も少ない土地だ。
そのためか、
どんなビルもゼリーのような脆さを持っている。
拳を打ち合わせ、
ブースターは余裕しゃくしゃくに首を二度鳴らした。
「そろそろ、勝負を決めるとすっか!」
「なにか考えはあるの?」
「おう!
前に話しただろ?
『タマキンヒュンヒュンしてディックインサート作戦』!」
「……アレか。
何度聞いても酷い作戦名だな。
おまけに僕だけ実名だし。
酔ってる時のテンションって怖い」
憮然とした青年スパイが、
メタルギアの真正面へと走り出す。
モノアイが彼を捉え、
照準を合わせた、その瞬間。
ディックの両目に装着された暗示装置――
ヒュプノスが作動した。
世界を股にかけた対メタヒューマン諜報機関、
スパイラルのエージェントに支給されるヒュプノス。
コンタクトレンズ型のそれは、
高性能EMPとしての役割も果たしていた。
照準が大きく逸れた地点へ榴弾が放たれ、
左右から旋回したスキーツとブースターが同時に攻撃を仕掛ける。
ガントレットとアンドロイド武装の連続打撃に、
鋼鉄の恐竜は混乱し、巨体を揺らした。
「オッケェ」
口笛を吹き、
グレイソンがスティンガーの引き金を引く。
ミサイルは一直線に飛翔し、
メタルギアのモノアイへと正確に直撃した。
黒煙を噴き上げ、
膝をついたメタルギアRAY。
だが、歯車と歯車が軋むような悲鳴を上げながら、
それでもなお立ち上がろうとする。
退避する術を持たぬスパイへ向け、
最後のプラズマ砲を放とうとした、その瞬間。
「ブースター!
エージェント・37が!!」
スキーツの決死の叫びよりも早く、
灼熱の青空に金色の星が舞い降りた。
高速回転しながら突入したブースターが、
ディックを狙った破滅の放射を
フォースフィールドで真正面から受け止める。
そのまま勢いを殺さず、
金色の拳がメタルギアの頭部を貫いた。
鋼鉄の恐竜は、
ようやく力を失い、
巨体を傾けて沈黙した。
---
「怪我はありませんか?」
案じる未来の警備アンドロイドに、
スパイラルのエージェントは額の汗を甲で拭い、
短く答えた。
「大丈夫だよ。
彼のおかげさ」
「ええ。
ここだけの話、彼はなかなかやりますからね」
「どうよ!!
ディック&ゴールズ!
すげえイカしたチームプレイだったよな!」
純白の歯を見せて手を振る黄金の男に、
ディックは軽く手を振り返し、
深くうなずいた。
「ああ。
僕が神に感謝することがあるとすれば、
彼がヴィランじゃなかったってことくらいだぜ」
---
ブースターゴールドが、
己の運命に直面するよりも前。
彼の住処は、
どこにでもある家賃六百ドルのアパートだった。
二十五世紀の未来から武装とアンドロイドを盗み出したものの、
名誉と金を求めた彼の心は、
いつまで経っても満たされることはなかった。
唯一、
彼と不滅の友情を結んだヒーロー――
ブルービートルの死。
それが、
この頃のブースターを、
さらに強い拝金主義へと駆り立てていた。
ファイアことベアトリス。
キャプテン・アトム。
シャザム。
荒み切ったブースターを励まそうとする者は多かった。
だが、
かつての友を頑なに拒み続けた彼の周囲からは、
いつしか人が去っていった。
「ひどい生活をしているようだな」
部屋に上がり込み、
開口一番にそう告げたのは、
マーシャン・マンハンターだった。
名は、ジョン・ジョーンズという。
床には散乱した衣服。
片付けられていない食器。
それ以外には、
私物と呼べるものはほとんど見当たらない。
冷蔵庫からオレンジジュースを取り出したマイケルは、
近くにあったコップへ無造作に注ぎ、
ジョンへと押し付けた。
「なんだか久しぶりだな。
とりあえず飲んでいけよ」
両手でコップを受け取り、
ジョンは黙したまま、
努めて平静を装っている。
「……牛乳の方が好きだ」
「わがまま言うなよ」
来客に背を向け、
テレビの電源を入れる。
ヒーロースーツを脱いだマイケルは、
ぼんやりと画面を眺めていた。
ニュースでは、
太平洋を航行していた船舶から
カドモスの生物兵器が脱走したと報じている。
十を超える生物兵器が、
巨大タンカーの上で暴れ回っていた。
「お前も来い」
「どうしてだよ?
いつも通り、
栄光あるスーパーヒーロー達が何とかするだろ」
「……お前も、その一人だろう」
不意に、
胸の奥から苛立ちが湧き上がる。
セレブになることに固執するマイケルは、
テレビ局へと電話をかけた。
「よぉ!
みんなの人気者、ブースターゴールドだ!
ドデカい事件がテレビに流れてるじゃん。
ここはさ、
元ジャスティスリーグの俺様を
コメンテーターに起用してみないか?」
「マイケル!!」
ジョンが受話器を奪い取り、
無断で通話を切った。
「テッドが死んで、
塞ぎ込む気持ちはわかる。
だが、
いつまでそうしているつもりだ?」
ジョンは静かに続ける。
「お前も、本当はわかっているはずだ。
金や名誉の中に、
君の望むものはないと」
「言ってくれるじゃねえか、火星人が」
眉間に皺を寄せ、
未来からの来訪者は立ち上がり、
不満げにかつての仲間を睨みつけた。
「お前みたいな偉大なヒーロー様には、
わからねえだろうけどな」
声が荒くなる。
「俺達がクソだったせいでテッドが死んでも、
世の中は何も変わらねえ。
わかるか?
俺には、金が必要なんだよ!
わかったら、さっさと出て行け!!
接待オレオを期待してんじゃねえぞ!」
玄関のドアを開け放ち、
ブースターゴールドは怒鳴り散らした。
ジョンは、何も言えず、悲しげに首を振る。
その姿を見て、
ブースターの胸が、
ほんの一瞬、軋んだ。
「……考え直さないか?」
「よっぽどヤバいことが起きたら、
俺も人助けとやらをしてやるよ!
何をやったって、
待ってるのは俺の顔に泥を塗った二十五世紀だけどな!!」
口角泡を飛ばして怒鳴る自分を、
時間移動したブースターゴールドが、
厳しい目で見つめていた。
彼は時折、
こうして過去の己を見に来る。
愚かだった自分を、
客観的に見つめ直すために。
それは、
タイムマスターに連なる者の特権だった。
マーシャン・マンハンターの、
つぶらな両目には、
はっきりと失望が浮かんでいる。
悄然として去っていく背中から、
過去のマイケルは逃げるように目を逸らした。
現在のブースターゴールドだけが、
いつまでも、
その背中を見送っていた。
#####
「元気か、プラちゃん」
リップ・ハンターのタイムラボ。
アリゾナの僻地にあるそこは、
歴史とマルチバースを守護するヒーロー達の基地であり、
同時に、ヴァニッシングポイントの牢獄へ送る前の
留置所としても機能していた。
タキオン粒子と酷似した性質を持つ、
時間移動に必要なクロノアルエナジー。
それで構成された牢獄を前にして、
ブースターは歩み寄る。
コンビニで買ってきた雑貨品を差し出すと、
幽閉されたスーパーマン・プライムは、
忌々しげに唾を吐いた。
「お前のような馬鹿が触ったものなど、いらない」
「なんだよ、酷いこと言うじゃん。
せっかくなんだから、
ちょっとずつ打ち解けていこうぜ」
「誰がお前のようなグズと――」
取り付く島もない態度。
マイケルは頬を掻き、
肩を竦める。
怒りを見せない彼に、
プライムは逆に訝しみ、眉をひそめた。
「お前が守ろうとしている連中が、
何と言っているかわかるか」
プライムは、
嘲りを含んだ声で続ける。
「バカなヒーロー。
最低のヒーロー。
ジャスティスリーグの面汚し。
誰もが見下し、揶揄するクソッタレだ」
「そうだな」
即答だった。
「だから僕と組めよ」
クロノアルエナジーの格子へ顔を近づけ、
プライムは醜悪な笑みを浮かべる。
「一緒に教えてやろう。
この世界が、
どれだけ矛盾に満ちているかをなぁ!!」
「悪いけど、やめとくわ」
申し出を断られ、
滅びた世界のクラーク・ケントは、
露骨に嘲りを浮かべた。
「臆病者め!
変革がそんなに怖いか、このバーーーーカ!!」
子供じみた罵声。
「そういうのは、
とっくに悩み切ってるからいいんだ」
ブースターは、
静かに言葉を返す。
「お前も、
もう少し世界に目を向けてみろよ。
巻き返しってのは、
誰にだって許されてるんだぜ?」
「ハンッ!」
鼻で笑われる。
それでも、
《黄金の男》は懐から、
一冊の本を取り出した。
こっそりと、
格子の隙間から差し出す。
「なんだ?」
眉を上げ、
警戒しながら本の端を掴むプライム。
「俺が厳選した、とびっきりのエロ本ですよ、旦那。
こういうの、ホントは禁止されてるからな。
後で読んでくだせえ」
「いるかぁっ!!」
怒号と共に、
目の前で引き裂かれるピンナップ。
紙片が舞い落ちる。
残念そうにそれを見下ろしつつ、
比較的、損傷の少ない写真だけを拾い上げると、
ブースターは踵を返した。
「じゃあな。
また来るぞ」
「二度と来んな、クソヒーロー!!」
明確な拒絶の言葉。
だが、
ブースターは特に堪えた様子もなく、
牢獄を後にする。
応接間へ戻ると、
妹のミチェルと、
ラニが待っていた。
「お帰りなさーい」
少女の笑顔。
それだけで、
異界の怪物との会話に沈んでいた心が、
静かに洗われていく。
「ただいま、ハニー!
良い子にしてたかな!?」
「今日はね、
ミチェルとサイコロで遊んだよ。
大金持ちになっちゃった!」
「へぇ。
じゃあ後で、
俺も混ざっていいかな」
ラニが来てから、
タイムマスターの研究室は様変わりした。
床には玩具が散らばり、
テレビの前には、
ゲーム機が並んでいる。
普段は妹が相手をしているが、
少女とのひとときは、
報われない戦いを続けるブースターにとっても、
貴重な安らぎだった。
テーブルに広がるボードには駒が二つ。
サイコロの目で人生が決まるという、
まるでブースター自身の人生を写したかのようなゲームだった。
すると、
リップ・ハンターの研究室の奥から、
スキーツが静かに浮遊して現れる。
「上司がお呼びですよ」
「一時間経ったら行くって、伝えてくれよ」
「緊急の用事だとか」
「行ったほうがいいんじゃないの?」
二人にそう言われ、
歴史の守護者は煩わしそうに頭を掻きむしった。
「なんだよ!
俺はついさっき帰ってきて、
プライムボーイと面会したばかりなんだぞ!?
俺たちはあいつの手下かよ!」
ぶつぶつと不満を漏らしながらも、
ラニの頭を優しく撫で、
ブースターはリップ・ハンターの部屋へ向かう。
「あの子が来てから、もう長いですね」
「そうだな。
お前、子ども好きだったっけ?」
「子どもは、あまり好きではありません。
うるさいですし、非理性的ですし、
人工知能の私には、
必要性を感じられない存在でした」
少し間を置き、
スキーツは続ける。
「……これも、
私が冷血になりきれないアンドロイドだからでしょうか」
「……へへっ。
そんなことないぜ、相棒」
「へへっ。
照れますね」
照れ隠しに鼻の下をこすり、
ブースターはスキーツの肩を軽く叩いた。
スキーツもまた、
ささやかに肩をぶつけ返す。
ブルースやディックは、
彼らの使命を知っている。
だが、
唯一生き残った“親友”との、
言葉を必要としない関係は、
何ものにも代えがたい。
「イエーイ」
「イエーイ」
「まあ、とにかくラニのことは気に入っています。
彼女が来てから、
あなたも明るくなりましたしね」
スキーツは続ける。
「今の私は、
さながらロビンを引き取ったブルースを見守る
アルフレッドといったところでしょうか。
心が温かくなるものです」
そんな、
どうでもいい会話を交わしているうちに、
目の前のドアが静かに開いた。
リップ・ハンターの研究室だった。
「マーシャン・マンハンターが姿を消した」
前置きのない一言。
だが、
それだけで、
文句を言うつもりだったブースターの目の色が変わる。
「いつからだ?」
「わからない。
だが、ここ数週間分、
彼が存在していた痕跡が消えている」
リップ・ハンターは淡々と続けた。
「プロフェッサー・ズームが、
他の世界から戻ってきた時期が怪しい」
「すでに居場所は特定した。
ただちに向かってくれ」
「こちらも、
お前が回収した異世界の異物とともに、
色々と調べておく」
「それで、何処なんだ?」
「こちらの西暦で言えば、
3000年に該当する未来世界だ」
リップ・ハンターは、
一拍置いて言葉を重ねる。
「可能なら、
彼が攫われた理由も掴め」
「よっしゃ!
すぐ行くぞ、スキーツ!」
奮起したブースターが、
その場を駆け出す。
だが、
いつものように、
愛想もジョークもなく、
リップ・ハンターは釘を刺した。
「マーシャン・マンハンターを無事に救出した後は、
――わかっているな?」
#####
異世界――いわゆるパラレルワールドに来たことは何度もあるが、
ここはその中でも、とりわけ珍しい世界だった。
辺境の惑星、キャメロット・ナイン。
アーサー王とグィネヴィアによって統治されている、
比較的、平和な王国である。
「31世紀の未来にアーサー王っていうのも、
おかしなものですね」
往来を行き交う人々を、
スキーツが物珍しそうに見物している。
膨大な知識を持つアンドロイドにとっては、
興味深い光景なのだろうが、
ブースターはさしたる関心を示さなかった。
「アーサー王って、アクアマンのことか?
アトランティス人って、そんなに長生きだったっけ」
「円卓の騎士のアーサー王ですよ。
知らないんですか。
ディズニーが映画にもしましたよ」
歴史の授業では赤点の常連だった
全宇宙の歴史を司る男は、
甚だ遺憾そうに首を振る。
「31世紀の王様だぞ。
知ってるわけないじゃん」
「歴史というよりは、神話の存在ですね。
帰ったらラニに教えてもらうといいですよ」
「おいおい、あいつはまだちっちゃいんだぜ?」
「貴方は脳みそがちっちゃいんだぜ?」
「ちっちゃくねえよっ!!」
神話の王が治めている国と言われると、
なるほどそうなのかと、ブースターにも思えた。
遠くには純白で荘厳な城がそびえ、
近くには中世の建築様式を模しながらも、
高度に発達した文明の気配が漂っている。
今、彼らがいるのは市場だった。
ごった返す人混み。
それだけが、この国の平和な日常を物語っている。
人々の肌の色は多種多様で、
獣人、ドワーフ、単眼種、異形の種族も混在し、
外見も実に多岐にわたっていた。
ルネッサンス時代にも行ったことのあるマイケルの目にも、
この光景は極めて新鮮に映る。
「さて、どうするかね」
「リップ・ハンターが入力したデータによりますと、
町外れにある城が、
この世界のジャスティスリーグの基地だそうですよ」
「ウォッチタワーじゃないの?」
「どうやら、カドモスが宇宙を掌握しているため、
ジャスティスリーグといえど、
あまり目立った行動はできないとか」
「カドモスって、あの遺伝子研究所のか。
どんな世界になってんだよ」
「とはいえ、アーサー王も、
まさか本人ってことはないでしょうし、
カドモスも同じ名前の別組織と考えるのが妥当でしょうね。
ジャスティスリーグも同じく」
「とりあえず、そこに行ってみるかね。
ここが西暦3000年なら、
俺のことを知ってるはずもないだろ」
行動方針について話していると、
通りの喧騒が一極に集中し始めた。
人垣がブースターたちの進行方向から逆走し、
その奥から、奇妙な動物に乗った荒くれ者たちが現れる。
「へっ、テメエら呑気に真っ昼間から
ショッピングしやがってよぉ!
どうせエトリガンにぶち殺されるまでの
余命だってのに、真面目なこった!」
「俺ら先見の明がある賢者たちはよぉ、
カスどもに
惑星亡命作戦へ募金してもらうぜぇ!
クソったれアーサーを信じた
低能さを恨むんだなあ!」
「ここはいっちょ、
アクアマンに貢献してやっか!」
「だから、アクアマンは別のアーサーですよ」
疾走したブースターが、
ラクダと鳥を混ぜたような風体の動物に騎乗する犯罪者を、
真っ直ぐ殴り飛ばした。
落馬して鼻血を流し、
気絶した同胞を目にして、
強盗団たちが荒ぶる。
「なんか金色のバカそうな奴が出てきたぞ!」
「古くせえ金メッキなんて着やがってよぉ!!
俺たちの貯金箱の扉を
開けちまったようだなぁっ!?」
「はした金にもならねえだろうが、
身ぐるみかっさらってやるぜぇ!」
「おっと、俺のことを知らないなら教えてやるぜ。
ファンタジーなボンクラどもが!
俺はブースターゴールド!
誰も知らない最高のヒーローだ!」
交戦態勢に入ったチンピラ連中を前に、
両の拳を構えたブースターが啖呵を切る。
悲鳴と絶叫が起きる中、
敵陣へとブースターが突っ込んだ。
「しゃあっ!
テメエら、ぶっ殺しちまいな!!」
「ボス!
後ろから、ちべたい空気が迫ってきてます!」
「おうよ!
何だとォッ!?」
部下の発言に、
首領らしいオーク然とした男が驚愕して振り返る。
その隙にマイケルはドロップキックをお見舞いし、
リーダーを討ち取った。
呆気ないボスの敗北にどよめき、
背後からの冷気に怯える盗人風情が、
次々に凍っていく。
人々の歓声とも恐慌ともつかないざわめきが、
一瞬で広がった。
氷を出した主をスキーツが探すと、
緊張を孕んだ声でブースターに耳打ちした。
「第一ヒーロー発見です。
アイス……トーラ・オラフドッターがいますよ」
「トーラが!?」
意外な名前を聞き、
鳩が豆鉄砲を食らったような表情になったマイケルは、
無言で、氷の肌に寒色のドレスを纏った美女が
しずしずと歩いてくるのを待った。
トーラ・オラフドッター。
北欧の異民族の姫君。
氷を操り、《アイス》の名で
ジャスティスリーグ・インターナショナルにも所属していたヒーローだ。
お淑やかで押しの弱い性格だが、
ガイ・ガードナーに付き纏われ、
ファイアことベアトリスと親友だったりと、
頭のおかしい人間と縁の深い美女でもある。
目の前までやって来たトーラは、
ブースターの瞳を真っ直ぐ見つめ、
郷愁の滲む微笑みを送った。
「相変わらずね、バスターゴールド」
「ブースターゴールド。
なんでみんな、そんなに
“バ”と“ブ”を間違えるの?」
過去に行って、昔の仲間と会う時に、
度々起こる現象がある。
それと同じように、
アイスの視線が、
ブースターの生え際と頭頂部に向かった。
「ちょっと、髪の毛が薄くなったかしら」
「なってねえよ!!」
「頭髪スキャン、やります?」
「やらねえよ!」
そんな懐かしいやり取りを交わし、
かつてのJLIの友人、アイスは腹を抱えて大笑いした。
----
「覚えているかしら?
あなた達、ジョンのオレオのクリームを
全部マヨネーズに変えたでしょ」
「ああ、あいつに殺されかけたな」
「寝ているガイの髪を切ったことは?」
「キノコヘアーの真ん中をバリカンで剃って、
リアルディックカットにしたことなら、
俺の武勇伝トップ10に食い込んでるぜ!」
「バルダに本気で殴られたこともあったわね」
「スコットに地球の郷土料理だって騙して、
適当に作ったゲテモノ料理を食わせた時か。
ついでにファイアのホームページに
キショいファンを装ったメールを送った事件で、
ボコられた痕はまだ残ってるよ。
やっぱ捨てアド使うべきだったな」
アイスに案内され、
ジャスティスリーグの基地へ辿り着いた二人は、
応接間で思い出話に花を咲かせていた。
互いに、まともとは言い難い思い出ばかりだが、
トーラは本当に楽しそうだ。
「不思議なものね。
別のアースなのに、
こんなに同じ思い出を持っているなんて。
ジョンにも、早く会いたいわ」
「きっと喜ぶよ」
窓の外には、
青空の下、心地よい風にそよぐ草原が広がっていた。
室内の調度品はどれも質の良さが窺えるが、
どこか買ったばかりのようにも見える。
未来のリーダーは、
あまりに大きすぎる城を避け、
体裁を気にしているのだろう。
「はじめはファイアも、
『どうしてこんなカスヒーローと
組むことになっちまったのかしら』
って不満そうにしていたけど……
私には、あの日々が本当に幸せだった」
「俺もだよ。
みんなで巨大宇宙ネズミに追いかけられたり、
色々あったけど、
ファンキーな毎日だった」
「そういえば、テッドは一緒じゃないのね。
もしかして、病気にでもかかった?」
一瞬、返答に窮したマイケルだったが、
多くのものを押し殺し、
おどけてみせた。
「元気にしてるよ」
「本当に?
心臓病が悪化したりは……?」
「ハハッ。
あいつの心臓病なんて、
血糖値に注意してりゃ仮病と変わんねえよ」
語ろうとはしないが、
三千年の時を経ても生きている不死者となった彼女だ。
血色の良かった肌は氷色へ変わり、
新雪のようだった髪も、
より深い白へと変化している。
「31世紀って、
俺の名声は轟いてたりする?」
「全然。
アリエルも、JLIのことは
名前しか知らないそうよ。
私がいなかったら、
門前払いだったかも」
「それは残念だ」
詳しく詮索することはしなかったが、
人々の言動からは、
敬意と同時に、どこか恐れも感じられた。
静かながらも、
喧騒を好む彼女にとって、
三千年の未来は、
決して居心地の良い場所ではないのだろう。
それでも、
別世界とはいえ、
テッドやラルフのことを語る気には、
どうしてもなれなかった。
扉が重々しく開かれ、
尊大な面持ちの男性が応接間に入ってきた。
青いスーツに赤いケープ、
胸元には大きな“S”の字。
見知った外見ではあるが、
浮かべている表情は、あまりにも違っていた。
朗らかにブースターと話していたアイスが、
一転して興味を失ったように視線を逸らし、
単刀直入に切り捨てた。
「あなたに用はないから、
バットマンかアリエルを連れて来てくれる?」
「おやおや。
JLIとかいうマヌケチームにいたせいか、
私の偉大さが理解できないようだな。
おやおや」
「あの……アイス。
この人、誰なんだ?」
「スーパーマンによく似ていますね。
きっとコスプレしているファンボーイに違いありません」
冷静に判断を述べたスキーツに、
世界最高のヒーローに酷似した男は、
嘲りを含んだ笑みを歪めた。
「なんだぁ!?
バスターゴールドにベン・トーは、
私のことを忘れたってかぁ!?
私の名はスーパーマン!!
お前らクソヒーローとは、
ひと味もふた味も違う!!」
「あっ……どうやら人違いをしていらっしゃるようですよ。
俺はブースターゴールド。
あんたみたいな、エラそうで馬鹿っそうな輩は、
見たことも聞いたこともございません」
「そして私は弁当ではなくスキーツです。
ですが、これは予想外にマズいですよ、マイキー。
あの男のDNAデータが、
スーパーマンと一致しています」
「ふふっ。
スーパーマンは、
ちょっとやそっとじゃ怒らないのさ!」
二人の無礼な態度に、
未来のスーパーマンは腕を組み、
余裕を装っているが、
額に浮かぶ青筋は隠しきれていなかった。
そんなアホ染みたスーパーマンの背後に、
赤みがかった茶色の髪を刈り上げ、
凛とした佇まいの美女が現れ、
彼から距離を取って同じソファに腰掛けた。
「ブースターゴールドね。
お会いできて光栄よ。
私はアリエル・マスター。
ジャスティスリーグの暫定的リーダー。
そこのアンドロイドは、スキーツね」
「これはどうもご丁寧に。
実は俺、色々あって、
今の時代まで生きててさ。
マーシャン・マンハンターと行動してたんだけど、
攫われちまったのよ」
「マーシャン・マンハンター!?
スーパーマンのパクリじゃないか!
スーパーマンがいる限り、
誰だろうと木っ端にしかならないさ!」
「ちょっと待って……。
こいつ、もしかして、
自分のことを『スーパーマン』って
呼んでるの?
許されて小学生までがギリギリラインなやつだよね?」
頬を引きつらせながら、
ブースターがスーパーマンを指差す。
アリエルは、
すまなそうに眉尻を下げた。
「ごめんなさい。
彼は、知能指数が四歳で止まっていて」
「おかしなことを言うじゃないか、
うちのリーダーは」
立腹したスーパーマンは、
そっぽを向いた。
ブースターとアイス、
そしてスキーツが、
冷めた目でそれを見ている。
「やっぱり、そうだったか。
いったい、どうしてそんなことに?」
「それは……言えないわ。
でも、これだけは覚えておいて。
この時代に蘇る際に、
スーパーマンはケント家のことを全て忘れ、
バットマンは幼少期のトラウマを過去に置き去りにし、
ワンダーウーマンは慈悲の心を失っているの」
「烏合の衆だ、これ!!」
あまりに酷い現状に、
時空の守護者は顔を覆って呻いた。
「そう。
だから申し訳ないのだけれど……
彼らに、あなた達が知っているような
ジャスティスリーグの姿を期待されても、
応えられるとは、到底思えないの」
「はぁっ!?
私はこの時代に来たことで、
かつてのスーパーマンから
三千倍にパワーアップしたんだが!?
何なら今すぐ、
私の偉大さを見せてや――」
「ぐえっ!!」
意気揚々と窓から、
遥かな空へ飛び立とうとしたスーパーマンは、
敢えなく下へと落ちていった。
城は崖の上に建っている。
相当な高さだろう。
ため息をつき、
アリエルが淡々と告げる。
「驚かせてしまったなら、ごめんなさい。
彼は興奮すると、
自分が空を飛べなくなったことを忘れてしまうの。
力が強いだけの木偶の坊と考えて、
差し支えないわ」
「そうかぁ……じゃあ……この出会いはなかったことに……」
「25世紀から来た貴方達は知らないかもしれないけど、
31世紀は、こうなの」
マーシャン・マンハンターの救助に
協力してもらえればと思っていたが、
こうも期待外れの事実ばかりが判明しては、
どうしようもない。
ブースターは、
手短にここから立ち去る決断をした。
「わかったよ。
お邪魔しました」
「会えて嬉しかったわ、アリエル」
「25世紀のスーパーアンドロイドチックに、
お暇しますね」
ブースター達が席を立ち、
エントランスへ向かう。
気まずそうに、
アリエルが彼らの後に続いた。
その瞬間だった。
――ガァン!!
マイケルの鼻先をかすめるように、
扉が勢いよく蹴破られた。
「アリエルとスーパーマンはいるか!!
敵だ!!
悪魔の軍勢が、
城下町の民衆を洗脳してやって来おったわ!!
我らが出陣の時ぞ!!」
気を失いかけた男が扉をどかして起き上がると、
そこには、
血の滴る剣と、
魔物の首の束を担いだバーバリアンが、
仁王立ちしていた。
その横には、
見知ったダークヒーローが付き添っている。
「ダイアナ……」
「どういうことかしら、ワンダーウーマン?」
「あっ……やっぱり、そうなのね」
「凄いことになってますね」
諦観したようにブースターが呟き、
スキーツが小さく頷いた。
未来に蘇ったブルース・ウェインが、
意外そうに眉を上げる。
こちらのバットマンと比べ、
どこか険が落ちているようにも見えた。
「ブースターにアイスか。
まるで、昔に戻ったかのようだな」
「よう、バッツ」
ビッグスリーの中でも、
比較的まともそうなバットマンに、
ブースターは安堵し、
手を挙げて挨拶を返した。
「まるでJLIの再結成みたいだな」
「なら、喜ばしいかもしれないがな」
遠くで、
ワンダーウーマンとアリエルが、
静かに言い争っている。
ブースターは、
どこか上の空でそれを聞いていた。
「首を刈ってはダメか?」
「ダメよ、ダイアナ。
あなたは慈悲の女神なんだから」
「しかし、昔の私は、
何故そんなものをやっていたんだ?
慈悲で敵の首が刈れるとは思えん!
セミスキラの誇りに殉じようではないか!」
「あなたはヒーローなのよ!?」
頭痛の種になりそうなやり取りを、
ブースターは努力して聞かないようにしつつ、
ふと、
城の外に感じる、
膨大な数の気配に気づいた。
片眉を上げ、
窓の外へ視線を移す。
「敵に、マーシャン・マンハンターがいる。
かつてのJLIのリーダーと、
戦うことになるな」
その名に、
声を上げようとした瞬間。
――ドォン!!
破壊音が、
直接鼓膜を叩いた。
真新しい応接間の天井から、
シャンデリアが落下する。
「さあ!!
敵の来襲だ!!
そこのマヌケヅラよ!!
加勢するなら、
名を名乗るがいい!!」
「ブースターゴールドだよ!!
一緒に戦ったことがあっただろ!?」
「今は物忘れを議論する時ではないな!
このダイアナに続くがいいわ!」
鞘から抜き放った剥き身の剣を片手に、
セミスキラのプリンセスが、
外へと駆け出していく。
呆気に取られつつも、
ブースターはすぐに後を追った。
外を取り囲むのは、
一面の敵。
だが、その姿は、
戦闘に長けた者のそれではなかった。
城下町にいた一般市民が、
虚ろな瞳のまま整列し、
その上空には、
かつての戦友、
マーシャン・マンハンターと、
イエローランタンのシネストロが浮遊していた。
「ジョン!!
それに、シネストロもいるぞ!!」
ブースターの声が、
戦場に響いた。
「間違いない!
エグいM字額がなくなって、
ふさふさヘアーになっても、
あの堅物っぽい顔つきは、
そうそう間違えねえ!!」
「3000年の時代に蘇ったのは、
ヒーローだけではない、
ということだな」
31世紀の現実を突きつけられ、
ブースターは改めて言葉を失う。
その時だった。
崖の下へ落ちていたはずのスーパーマンが、
再び空……ではなく、
よじ登るように戻ってきた。
「マーシャン・マンハンター!?
たかが滅んだ火星人風情だ!!
私がいれば、
一瞬でボコれるさ!!」
「お前だって移民で農家の息子だろ!!」
思わず叫んだブースターに、
バットマンが低く同調する。
「その通りだ、クラーク。
威張るなら、
もう少し知性とステータスを持つんだな」
「だから私はクラーク・ケントじゃない!!
全ヒーローをデコピンで倒せる、
偉大な鋼鉄の男が、
農家なんて、
くだらない家で育ったわけあるかぁ!!」
憤怒するスーパーマンを、
スキーツですら、
冷ややかに見つめていた。
「……私がアンドロイドだから
疑ってしまうのかもしれませんが、
はっきり言って、
大丈夫なんですかね、こいつ」
「二人とも、
あいつのことは無視しろ。
弄りたくなったら、
『クラちゃん』と呼べば愉快だぞ」
「今度、その名前で呼んだら、
貴様のコウモリ耳を、
引き千切るからな!!」
傲慢で、
自尊心だけは異様に豊かなスーパーマンが、
マーシャン・マンハンターへと突進した。
精神年齢は、
かつての本人と比べれば赤子同然だが、
振るう豪腕は、
大地を砕き、
空を穿つ。
――だが。
緑肌の、
体毛一つない火星人には、
傷一つつかない。
それどころか、
カウンター気味に放たれた一撃で、
スーパーマンは、
再び絶叫とともに崖の下へ消えた。
「あいつ、
本当に空、
飛べねえの……?」
「フゥッ!!
血が沸く、
血が沸くッ!!」
「おまけに、
ワンダーウーマンは、
完全に蛮族だし……」
満面の喜色で、
ワンダーウーマンがマーシャン・マンハンターへ特攻する。
スーパーマンと違い、
瞬殺は免れたダイアナは、
戦の匂いに高ぶった剣筋を、
隠そうともしない。
「気を取り直せ。
私は、アイスと協力して、
操られた人々を対処する。
お前達には、
シネストロを任せよう」
「げぇっ……。
まあ、
リバースフラッシュよりはマシか。
黄色って、
エゴマニアが多くて嫌なんだよなあ」
「鏡を見ているみたいですものね」
「そうだな!
まずは隣の黄色をスクラップにしてやろうかな」
「矮小な黄色ごときが、
高貴な黄金に敵うはずがないと、
見せてやりましょう!!
いよっ、今日もイケメン!! フウッ!!」
調子のいいことをほざきながら、
25世紀製の高性能警備アンドロイドが、
率先してシネストロへと挑んだ。
飛行するスキーツは、
絶えず改造を施した武装を展開し、
ミサイルを連続で撃ち込んでいく。
「笑止!!」
嘲笑したシネストロが、
ソリッドライトのシールドを展開し、
攻撃を完全に防いだ。
爆炎が周囲を包み込み、
一瞬、視界が遮られる。
その背後へ回り込んだブースターが、
拳を振り抜いた。
「己が、
ジョーダンではないことを、
嘆くのだな!!」
黄色のソリッドライトが、
ブースターの足首へと絡みつき、
眼下に生成された、
巨大な黄色のミキサーへと、
叩き落とした。
スイッチが入れられる前に、
ガントレットレーザーで装置を破壊。
脱出したマイケルに向かい、
シネストロは嗤う。
精巧に構成された弩を構え、
引き金を引いた。
「危ねえ!!」
身を捩って矢を回避する。
――だが。
地面に仕掛けられていた
トラバサミが、
ブースターの片足を挟み込んだ。
「ぐっ……!!」
激痛に、
思わず膝を折る。
「ハァーッハッハッハ!!
ジョーダンとフラッシュがいないと聞いて、
攻め込んでみれば、
やはりこの程度!!」
「だが、無理もあるまい。
この偉大なるシネストロに、
見合うのは、
我が宿敵のみ!!」
「くそっ……!
やっぱムカつくわ!!
このハンサムさんを見下すとか、
お前、
どんだけ偉いんだよ!!」
「せいぜい、
同レベルではありませんか」
「やかましいわ!!」
足に向けて、
レーザーを何度も放つ。
罠を破壊することには成功したが、
その隙に、
敵の猛攻が始まっていた。
フォースフィールドの殻が、
ひび割れていく。
力場越しにも、
確かな衝撃が伝わった。
「ちぃっ……!!
タダで済むと思うなよ!!」
「ハル・ジョーダンを、
こちらに呼び寄せるか!?」
「呼ばねえよ!!」
「愚かな。
唯一の勝機を、
自ら捨てるとはな!!」
「アークヴィランだからって、
いっつも接待してもらえるわけねえだろ、
ハゲ!!」
その瞬間だった。
ブースターの胸へ、
凶悪なモーニングスターが直撃した。
回転しながら吹き飛び、
草原を抉り、
血反吐を吐く。
激昂したシネストロは、
完全に冷静さを失い、
猛攻を重ねてくる。
何度も被弾しながら、
それでも立ち上がり、
クールに、
ソリッドライトの構成体を撃ち落としていく。
破壊された光が、
黄色の鱗粉となって舞った。
距離を一気に詰め、
ブースターの拳が、
ついに相手の頬を捉える。
ひしゃげた顔で、
シネストロがよろめいた。
無言のまま、
黄色に輝く小型戦闘機を、
十機も生成し、
ブースターの周囲を旋回させる。
「小ささなら、
負けていませんよ!!」
必死に援護するスキーツが、
レーザーを放つ。
だが、
粉砕されたと思われた戦闘機の中から、
黄色のネットが展開され、
スキーツを包み込んだ。
捕縛されたアンドロイドは、
草原へと叩き落とされ、
縫い止められる。
助けに向かおうとしたブースターの横顔を、
シネストロの拳が打ち抜いた。
「ぐっ……!!」
意識が飛びかけた瞬間、
操られた民衆が、
一斉にブースターを取り囲み、
羽交い締めにする。
「憐れなものだ。
最高のグリーンランタンが、
不在なばかりに」
罪のない人々に、
半ば折り重なるように密着されれば、
下手に動けば、
彼らを傷つけてしまう。
ヒーローの生態を、
シネストロは完全に理解していた。
「この卑怯者め……!
せめて、おっぱいの大きいレディを、
優先的にやりやがれ!!」
「最低な要求だが、
仕方ない。
誰であろうと、
女体は好きなものだ」
「ここは情けをかけてやろう」
「ええっ!?」
自分で口にした要求とはいえ、
予想外の返答に、
ブースターは思わず声を上げてしまった。
だが、それも無理はない。
シネストロといえば、
ストイックで冷徹な判断力、
そしてハル・ジョーダンへの
異常な執着で恐れられる男だ。
それがまさか、
性欲への共感を示すとは。
実際に、
わざわざ交代してのしかかってきた、
巨乳の女性の胸の重みを感じながら、
ブースターは必死に思考を巡らせる。
「…………ちくしょう。
ここまでってことだな」
「案ずるな。
命まで取る気はない」
「我らのリーダーは、
ヒーローに、
想像の限りの艱難辛苦を
与えることを目的としている」
「殺してくれ!!
情けをかけられてまで、
生きる気はねえ!!」
「ふむ。
その乳房の大きい女性の存在そのものが、
私の情けなのだが」
「しかし、その意気は良しとしよう。
苦しまぬよう、
殺してくれる」
「ああ、頼むよ、シネちゃん。
あんたみたいな、
ダンディなちょび髭に殺されるなら、
願ってもねえ」
「その存在理由が不明なヒゲの魅力には、
マリオだって、
裸足で逃げ出すさ」
「どうやら私は、
お前を見くびっていたようだ」
満足そうに、
鼻の下のヒゲを撫でながら、
シネストロは評価を改める。
前にも、
こうして交渉したことがあるが、
つくづく扱いやすい男だ。
自分とは、
正反対だな――と、
ブースターは内心で自己分析した。
「だが、一つだけ、
頼んでいいか」
「最期に言い残すことじゃない。
最期に、
聞きたいことなんだが」
「言ってみろ」
「死ぬ前に、
せめて、
最高にして偉大なる、
ハル・ジョーダンの伝説を、
聞きたいんだ」
「ほぉ」
アークヴィランの顔に、
満面の笑みが浮かんだ。
好敵手の名を思い浮かべた時にだけ現れる、
アークヴィラン特有の表情だった。
「冥土の土産か?」
「それもあるが、
それだけじゃねえ」
「俺たち、
31世紀に蘇ったわけじゃん?」
「つまり、
また未来に蘇るかもしれねえ」
「その時のために、
語るべき、
最高最強のヒーローのことを、
知っておきたいんだ」
「……なんと」
感銘を受けたように、
シネストロの瞳が震えた。
「ヴィラン仲間ですら、
至らぬ境地を求めるとは……」
「冷静にして、
実に的確な判断!!」
「ブースターゴールド!!
私が賞賛するに値する男だったか!!」
あまりのチョロさに、
ブースターは、
内心で逆に不安になりつつも、
蛮勇に賭けた。
これ以上ふんぞり返ったら、
ひっくり返るのではないか、
というほど尊大な態度で、
シネストロは語り始める。
「ならば、
今こそ語ろう!」
「最高にして、
鮮烈なグリーンランタン――
ハル・ジョーダンの伝説を!!」
「お断りします」
「ぐぉっ!?」
「お断りします」
「ぐぉっ!?」
捕らえられていた場所から、
慎重に地面へと穴を掘り進めていた
理知的な元・美術館警備ロボが、
イエローランタンの頭部へと
体当たりをかました。
相棒が作り出したその一瞬の隙を逃さず、
ブースターは腕を伸ばしてレーザーを放つ。
無防備な状態で直撃を受けたシネストロは、
まるで糸が切れた操り人形のように、
地面へと崩れ落ちた。
のしかかっていた民衆を、
できる限り紳士的に退かせながら、
ブースターは一番下敷きになっていた女性のポケットへ、
名刺とプロマイドをそっと忍ばせる。
そして勝ち誇ったように、
両腕を大きく掲げてガッツポーズを作った。
「やった!
完全勝利!!」
「まあ、私が心のないアンドロイドでなければ、
ドン引きしているところですが……
やりましたね」
「イエーイ!」
「イエーイ!」
手と翼でハイタッチを交わす二人。
勝ち目を見抜けたのは、
完全に幸運だった。
蘇ったヒーローたちは、
機械か魔術のどちらかが欠落しているのか、
誰も彼もが、
“大事な何か”を失っている。
それがヴィランにも当てはまると悟ったのは、
敵が
『巨乳大好き』
という、たった五文字に共感を示した瞬間だった。
あくまで推測に過ぎないが、
シネストロの場合、
ハル・ジョーダンへの妄執以外のものを、
ほぼすべて失っているのだろう。
意識が朦朧としたシネストロが、
地面に伏したまま怒声を上げる。
「ふざけるな……!
卑劣な手を使いおって!!」
「やかましいわ、ボケ!
俺は勝つのが大好きなんだよ!」
「……そういうことは、
思っても口に出さない方がいいと思いますが」
「聞いていけぇ……
ジョーダンの伝説を聞いていけぇ……!!」
呪詛を吐くヴィランへ、
ブースターは容赦なく
とどめの一撃を叩き込み、
完全に昏倒させた。
ワンダーウーマンの加勢へ向かおうとした、その時――
ブースターの目に、
信じがたい光景が映り込んだ。
倒れ伏しているジャスティスリーグの面々。
唯一、意識を保っているアイスが、マーシャン・マンハンターの攻撃を凌いでいる。
周囲一帯は彼女の氷に包まれ、
その中央で戦う二人ではあったが、
スーパーマン、シャザムと並ぶ強さを誇るジョンを相手取っては、
残念ながら旗色が悪い。
「ジョン! 目を覚まして!
あなたと同じJLIにいたトーラよ!」
掌から巨大な氷を放ち、
変幻自在である火星の末裔の攻めを凌ぎながら、
アイスは懸命に呼びかけていた。
だが耳を貸さないジョンは、
落ち窪んだ双眸を恐ろしく光らせ、
両腕を三倍の太さに変形させたうえで、
アイスの氷を粉砕していく。
「ここは撤退しましょう」
血相を変えたアリエル・マスターが駆け寄ってきた。
「でも俺は、あいつを助けに来たんだ!」
「ブースター、引き際を見極めましょう。
ジャスティスリーグや民衆を庇いながら
マーシャン・マンハンターと戦うのは無理です」
「クソっ……みんなのリーダー、
ジョン・ジョーンズを見捨てるってのかよ。
俺はあいつを心の中で
“ジョジョ”って呼んでたんだぞ!?」
眉間の皺に悔しさを滲ませながらも、
ブースターは泣く泣く決断を下した。
「……仕方ねえ。
だが洗脳された人々は連れて行こう。
スキーツもフォースフィールドを展開して、
アイスと一緒に救助するんだ。
俺はジョンを食い止める」
ガントレットが光輝き、
ブースターはジョンの前へと立ちはだかる。
「元気か、ジョンの旦那!」
返答はない。
代わりにジョンが触手を繰り出す。
咄嗟に軌道を見切り、
合間へビームを撃ち込むが、
やはり対戦相手の力は圧倒的だった。
「トーラはスキーツと一緒に、
みんなを連れて退いてくれ!
民間人も忘れるなよ!」
「でも、貴方だけで大丈夫なの!?」
「おいおい、俺だってスーパーヒーローだぜ?」
ニヒルに言い返し、
操られた友との交戦を続行する。
アイスの気配が消えたのを察すると、
ブースターは攻撃の手を激化させた。
腕甲で棘へと変化した腕の薙ぎ払いを防御。
左側面から来た一撃を一歩踏み込んで躱し、
至近距離から両腕による打撃を試みる。
だが地中に這わせていたジョンの腕が伸び、
マイケルの顎を強打した。
衝撃で頭頂部から大地に叩きつけられ、
一瞬、視界が遮られる。
だが考えるよりも早く、
ブースターは両腕のレーザーを駆使し、
逆立ちのまま上昇していった。
上下が反転した世界の中で、
アイスたちが民衆とヒーローを避難させているのが見える。
同時に、
意識を操られたマーシャン・マンハンターが
追いすがってくるのも見えた。
思考が揺さぶられ、
遮二無二に放ったパンチは虚空を切る。
消えた敵を探す刹那、
大気に全身を溶け込ませたジョンの痛烈な連打が襲い、
ブースターは手も足も出なかった。
「しゃあねえ。あまり使いたくないが奥の手だ!」
タコ殴りにされたブースターが、
苦し紛れに体内を巡るエネルギーを意識する。
右手を翳し、ブースターの右手首に装着された
簡易タイムマシンの操作にとりかかる。
時空転移の対象は使用者本人だ。
歴史を渡り歩くブースターの体内は、
タイムストリーム内を流れるクロノアルエナジーに満ちている。
以前にクロノアル病という、全身の細胞がランダムに
一部分ずつタイムスリップしてしまう奇病を患ったこともあった。
深刻な奇病だったが、克服してからは
彼自体が生きるタイムマシンになっている。
その気になれば単独で時空移動ができるようになっていた。
克服した今でもブースターゴールドは、
クロノアルエナジーの過充填による上位存在への変容のリスクを抱えているが、
この状況ではプラスに働いている。
「じゃあな、ジョンジョン。
絶対にまた来っからよ!」
殿を担った彼はそう言って時空転移し、
その場から立ち去った。
#####
キャメロット・ナインを統べるアーサー王の城。
かつての旧友、ジョンを見捨てる形で
戦闘から離脱したブースターは、スキーツからの連絡を頼りに
ここまでやってきた。
ジャスティスリーグのリーダー、
アリエル・マスターはアーサー王と話し合いをしており、
割り当てられた広い部屋に、
ビッグ3とアイス、そして彼女の膝に乗ったスキーツがいた。
「あぁーー、ハードウェアがキンッキンに冷えていくぅ」
「快適かしら?」
「いいですよぉ、これぇ」
「何故だ……まるで活躍できなかった。
私はスーパーマンだぞ?
《鋼鉄の男》に比べたら、ワンダーウーマンもバットマンも
買いかぶって、コミックのおまけが良いところだ……」
寝っ転がれば呑み込まれそうなほど柔らかいベッドに腰掛け、
スーパーマンは頭を抱えてブツブツと念仏を唱えていた。
「フラッシュとグリーンランタンは帰ってこれない。
ファイアストームに行く手を阻まれ、激戦を繰り広げているそうだ。
お前はどうすればいいと思う?」
「俺に聞いてるのか?」
「この中でまともなのは、お前達と私だけのようだ」
壁に背をもたれかけて、マイケルは首を傾げた。
こちらの時間で言う千年前なら、あまりないことだ。
バットマンが、ボンクラで名高いブースターゴールドに意見を求めるなど。
「俺が思うに、マーシャン・マンハンターは
わざわざ拉致されて洗脳されたわけだよな。
それなら相手の狙いを見つければいいんじゃないか?」
「彼には抜きん出た精神感応の能力があります。
悪用の手段は枚挙に暇がありませんよ」
「とっととマーシャン・マンハンターの居場所を掴んで、
首領もとっちめてやろうぜ」
「しかし、手札がな……
お察しの通り、今のジャスティスリーグは、なんというか……」
膝の上で頬杖をついたバットマンが、
指を曲げてブースターを呼んだ。
不審に思ったが大人しく従うと、
世界最高の探偵が耳打ちしてくる。
「どうやったら、このバカげたコスチュームを脱げると思う?」
予想外の発言に、間の抜けた声が出た。
「ハァ?」
「やはり私にこんなことは向いてない気がするんだ。
現状はともかくとして、将来的には引退を考えている。
さしあたって、どうやればコスチュームを
脱ぎやすい状況にするかの意見を聞きたい。
億万長者として帰還したいんだ」
「おまえ……マジで?」
「マジだ」
「なんでそうなるんだよっ!!」
激怒して叫んだ彼に、部屋中の人間の視線が集まる。
気まずさが脳裏をよぎったが、
ブースターはそのまま押し切った。
「ビッグ3だろ!?
みんながお前らを尊敬していたよ!
なのに何だってんだよ!」
「落ち着いて私の話をよく聞くんだ。
記憶の限りでは、バットマンというのは確かに偉大だった。
どんなことをしても何故かなんとかなったしな。
それはきっと、私に膨大な資金があったからに違いない」
「なわけねえだろ!!」
勢い任せに壁を思いっきり叩くと、
大穴が開いて隣の部屋が丸見えになった。
「なら、いつも朝晩の食事に困らなかったのは?」
「お前の育ての親が、真心込めて飯を作ってたからだよ!」
「どんな無礼を働いても、周囲が折れてくれたのは?」
「おめえの息子と親友が、
四方八方に頭を下げてフォローしてたからだよ!!」
「だがそれでは、まるでバットマンが
いい歳こいて執事や養子に世話を焼かせてばかりの子どもみたいじゃないか」
「そう、かも、しれない、けど……そうじゃない。
バットマンはいつも正義を求めて戦い、
スーパーマンは高潔さと純朴な精神で、凍りついた心にも安らぎをくれた。
ワンダーウーマンは――おい、そこの蛮族!!
暖炉で魔物を焼き鳥にするんじゃねえっ!」
怒鳴られて、ガーゴイルの串焼きをじっくり火にくべていた
最強のアマゾン族が立ち上がり、ブースターを見下ろす。
彼女に凄まれた時はいつも膀胱の蛇口が半分開いていたが、
ついに全開にする時が訪れたかもしれない。
緊張するマイケルに、
無言で醜悪な形相のまま事切れた双翼の魔物を差し出し、
短く問いかけた。
「まだ新鮮だ。食べるか?」
「いらねえよっ!!」
払いのけて荒々しく部屋から飛び出す。
靴の裏に、絨毯の下にある磨かれた大理石の質感が伝わった。
民衆が洗脳された事件の収拾に慌ただしい城内で、
アイスが追ってくる。
「マイケル! 待って。
一人だけでどうするつもり」
素っ気なくマイケルは答えた。
「何とかするよ。
あいつらの力を借りなくても、どうにかできるって」
「ねえ、よく聞いて。
彼らはまだヒーローとしては新米なのよ。
もちろん、色々と問題を抱えているのは一目瞭然だけど。
ほんの少しだけ辛抱強くいましょう?」
「俺はジョンじゃないんだ。
ベビーシッターなんてやるかよ」
回り込んで宥めすかそうとするアイスの肩に手を置き、
進行方向からどかそうとする。
だが彼女は毅然とした面持ちで動かなかった。
トーラはそういう娘だった。
気性が荒く、喧嘩っ早いファイアの影に隠れがちだが、
お淑やかで大人しい普段からは想像もできない強さがあった。
「でもね、私たちだって似たようなものだったじゃない?
覚えてる?
あなたと付き合っていたロシア人の……
アナスタシアっていう娘」
「よく覚えてるよ。
彼女との夜は、シベリアの吹雪のように
危険な魔力を持っていた」
「今だからバラすけど、彼女はスパイだったの」
「マジかよっ!?」
「貴方から去ったのは、
ロケットレッドとジョンが一緒に
プーチンを説得してくれたからなのよ」
青天の霹靂を受けたように、
ブースターは呆然と立ち尽くした。
そういえば、やたらと彼女について
ロケットレッドが根掘り葉掘り質問していたが、
てっきり祖国から遠く離れた地で活動する寂しさから
嫉妬しているのだとばかり思っていた。
ロケットレッド。
名前も赤ければ外見も赤く、
中身はさらに“アカい”という複雑な立場にいる
ロシアのヒーローだったが、
その正義の血は、燃え立つような赤さでもあった。
「じゃ、じゃあアニーが
ピロートークで
『ウォッチタワーで
あなたのゴールドをブースターさせたいわん』
って囁いていたのも……」
「政府の命令よ」
なんということだ。
数々の修羅場を潜り抜けてきたマイケルを襲う、
未曾有の残酷な真実。
信じたくはなかった。
あの“アカヒーロー”から、
知らずに受けてきた恩に、
ブースターは謝りたいと感じていた。
これが感謝というものなのだろう。
もちろん、ジョン・ジョーンズにも
謝りたい気持ちが込み上げていた。
「テッドとマリオカートしてたら、
ジョンにこっぴどくドヤサれたのも
彼女の陰謀だったのか!?」
「私の記憶が確かなら、
それって全世界が
核戦争の危機に立っていたからじゃなかった?」
「……うん」
「じゃあ、関係ないわね。
でも、それってたしか
ヴィランに転向した彼女も関わっていたわ」
「ええ……」
バッサリと切り捨てられ、
衝撃の事実の連続に、
ブースターは完全に困惑していた。
「わかったでしょう?
私たち、何度もみんなに助けられてきたのよ。
だから今度は、私たちがそうしましょう?
お互い、色々経験したのだし」
「トーラ……」
彼女とて、
誰も生きていない時代に一人、
“氷の女神”として畏敬を集めた不死者だ。
言葉にせずとも、
ブースターの両肩にのしかかる重荷を
悟っていたのだろう。
本当に、素晴らしい女性だった。
つくづく、ガイ・ガードナーと
付き合っていたのが残念でならない。
「わかったよ。
俺たちも、いつまでも
子どものままじゃいられないんだよな」
「そうね。
でも私は、彼らのこと、
けっこう好きよ?」
理由がわからず押し黙ったヒーローの胸を、
親しみを込めて叩きながら、
女神は付け加えた。
「まるで、昔の私たちみたいじゃない」
「まず作戦を立てよう。
俺たちとスーパーマンが
マーシャン・マンハンターと戦い、
ワンダーウーマンとアイス、バットマンが
撹乱込みで、ここの連中を相手に乱闘を起こす」
「以降は私が指示を出していく。
そういうことでいいな」
監獄惑星、タクロン=ガルトス。
宇宙中の選りすぐりの悪人が幽閉される星だ。
キャメロット・ナインの牧歌的で幻想的な光景とは、
まるで別物の、雑多で汚らしい景観が広がっている。
マーシャン・マンハンターがいるという場所であり、
渋るアイスを説き伏せて、同行してもらった。
「それにしても、よくこの短期間でわかったな」
「秘密の情報屋がいるのさ」
歴史というものは、考えるだけで頭が痛くなる。
今回の場合は、少し先の時間軸へタイムワープし、
ジャスティスリーグとカドモスが戦った場所を
検索したに過ぎない。
未来を覗き見して答えを得る。
緊急事態でもなければ、使いたくない手段だ。
まるで、自分が思いもつかない
巨大な存在のマリオネットになったような
気分にすらなる。
電光掲示板が点滅し、
澱んだ雲が下を向いて歩く人々の気力を覆い隠す。
いるだけで気が滅入るような場所だった。
間違っても、こんな場所で
眠りから覚めたくはない。
そんなことを考えつつ、
ブースターは手に入れた情報を整理する。
「ジョンは、
テリーっていうカドモスのトップが
幽閉しているらしい。
お前らが、ここに閉じ込めたんじゃないか?」
「テリー?
ワンダーツインの片割れか!?
私たちの元仲間で、
テリの双子の兄じゃないか!
姑息な裏切り者だ!」
急に興奮し、
スーパーマンが怒鳴り出した。
「テリって?」
「現状ではフラッシュを担当している少女だ。
10代の精神に、20代前半の肉体を持つ
純真な天才科学者。
元はカドモスが誇る
ワンダーツインの片割れだ」
「とりあえず、
スーパーマンが狙っている女の子だと
覚えておけ」
「…………んっ?
それってロリコンじゃね?」
「ロリコンじゃないし、狙ってもいない!
次に私を侮辱したら、
命がないと思え!」
「気にするな。
そう言って、いつも三分で忘れるんだ」
相手にされない鋼鉄のヒーローが一人、
喚き散らす。
位置情報を確認し合うと、
未来のジャスティスリーグに向けて、
旧JLIが散開していった。
「俺が今から向かうのが、
テリーとやらが潜伏している場所だ。
スーパーマンとワンダーウーマンは
ついて来い」
「承知。
旧友との再会と激闘に、
血が沸き立ちよるわ!!」
「ニュースでは、
リーダーはこの私ということにしておけ」
まだ、変わり果てたジャスティスリーグに
戸惑いはあるものの、
徐々に適応し始めたブースターが、
二人の肩を強く叩いた。
「よっしゃ。
じゃあ、頼りにするぜ」
「達者でな、ブースター」
「死なないでね」
「任せとけって。
JLIは無敵だ」
人混みの中へと紛れていった
バットマンとアイスを見送り、
マイケルは、未来に表示されていた
目的地へと向かう。
遠く、数キロ先からでも
目視できそうな氷柱が屹立し、
三人が走り出したその前方で――
銀髪で細身の少年が、
崩壊した建物から飛び出した。
「うぉっ!?
誰だ、こいつ!?」
校正済み本文(分割⑤)
「彼がテリーだ」
「この裏切り者め!
スーパーマンの正義の鉄槌を受けるがいい!」
粋がるスーパーマンを、
隣のワンダーウーマンが静止した。
泡を噴いて気絶しているテリの首根っこを掴み上げ、
邪魔にならない場所へと放り投げる。
崩壊した建物の瓦礫の中から、
緑色の怪物がゆっくりと起き上がった。
操られた旧友の姿を前に、
ブースターゴールドは無表情のまま、
冷静に相棒とアイコンタクトを交わす。
「ヤッホー、ジョンジョン。
超元気そうじゃん。
こいつが、お前を攫って洗脳した奴か?」
返事はない。
ただ敵を察知しただけの火星人が、
次の瞬間、跳躍した。
超音速の突撃をフォースフィールドで防ぎ、
サイドに回ったマイケルのガントレットと、
スキーツのレーザーが側頭部を掠める。
一瞬、動きが止まっただけで、
すぐに活動を再開したジョンが、
ブースターに体当たりを仕掛けた。
抑えきれず、
数軒分の建造物が崩れ落ちる。
「懐かしいな。
俺がJLIに入った時も、
こんな感じで瓦礫が広がってた。
最終的には、
バッツが加入を許可したんだ」
電磁の火花をぶつけ、
辛うじて距離を取ったブースターは、
夜の空と、
早くも崩壊した街並みを指差した。
「目を覚ませ。
お前はヒーローだろ?」
腹部に、
爆弾が炸裂したかのような衝撃が走る。
腕を鞭のように変形させて叩きつけられ、
もう一方の腕が粘着質の不定形へと変わり、
ブースターの上半身を包み込んで離さない。
ジョンの両斜め後方から、
スーパーマンとワンダーウーマンが
同時に攻撃を仕掛けた。
だが、
読んでいたかのように背中から生えた触手が
二人を捉え、
数回振り回したのち、
放り投げた。
着地を誤って尻もちをついたスーパーマンと、
荒々しくも無事に着地したワンダーウーマン。
そこへ、異形の追撃が迫る。
「スーパーマンは、
こんなことで負けないぞ!」
「来い、来い、来い!
我が首級を狙うなら、
この程度では終わらんわ!」
スーパーパワー持ちを遠ざけ、
ジョンは、
自分を助けに来たヒーローを抱え上げ、
空へと浮かび上がった。
「こうなったら、
自爆覚悟で抜け出しましょう!
0.1%の確率で、
無傷で切り抜けられるはずです!」
もがき苦しむブースターは、
一か八かで顔面に両腕のガントレットを密着させ、
全力でレーザーを撃ち込んだ。
焼け落ちたジョンの肉片が炭となって落下し、
顔面が黒焦げになったブースターは、
為す術なく墜落した。
「ぐおぉっ!!
超ヤベえ!
前が全然見えやしねえ!!」
「視神経に傷を負ったようです!
気をつけてください!」
「くそっ!
あいつには遠慮ってもんがねえのか!!」
磁界を展開したマイケルは、
必死にジョンの位置を探る。
だが、
動きが速すぎて、
闇雲に放った攻撃は
ことごとく空を切った。
右肩に手痛い打撃を受け、
ガムシャラに逃げ出したブースターは、
無様に転倒する。
四つん這いになったブースターの前に、
マーシャン・マンハンターが
圧倒的な威圧感を放ちながら迫ってきた。
それはまるで、
悪ガキを叱る雷親父のようだった。
「ちくしょうっ!
できねえっ!
目を覚ましてくれよ、ジョンッ!
俺たちはなあ、
誰よりも包容力のあるあんたを影で
マーシャン・マンハンター……
“ママ”って呼んでたんだよ!
ママを殴るなんて、
ボクチンには絶対に無理ゲボァッ!!」
苦し紛れの泣き落としも、
一片の情けもなく、
ジョンの蹴りがブースターを吹き飛ばした。
「冷静になってください!
今さらそんな手を使っても効きませんよ!」
傷だらけになり、
まるでボロ雑巾のようになった軟派な男へ、
異星からの来訪者にして、
かつてのリーダーがトドメを刺しにかかった。
右腕を鋭利な剣へと変形させ、
その刃を首筋へ当てる――
だが、不可解なことに、
その動きは途中で止まった。
「…………ブースターゴールド……」
「ママっ!?
正気に戻ったのか!」
「お前たちは……
いつも私に厄介事を押し付け、
面倒なことばかりしでかし。
不愉快で、うるさく、憎たらしい……」
「しっかりしろ!
その辺は巻きで回想して、
いいことを思い出すんだ!!」
敬愛するヒーローが、
自分の中の悪魔と戦っている。
ブースターは必死で呼びかけた。
意識が朦朧としたまま、
うわ言のように言葉を紡いでいた怪物の双眸が、
ぴたりとブースターを捉える。
「だが……
愛する者も、故郷も失い、
孤独だった私にとって。
どんな時もユーモアを忘れない
JLIの姿は……
まさしく、希望だった」
「ジョン……」
「私に、
もう一度見せてくれ」
「まっかせろい」
安請け合いしたブースターが、
残る力を振り絞って立ち上がる。
クロノアルエナジーが、
身体に刻まれた傷を修復しようと
働いているはずだったが、
スピードフォースのように即座には癒えない。
だが、
ジョンの動きが止まってくれたおかげで、
磁界による反発から位置は特定できていた。
空中戦では分が悪い。
そもそも、
全パラメータで分が悪い。
まともに戦えば、
勝ち目はない。
それでも気負うことなく、
相手の出足を待った。
ジョンが右足を踏みしめ、
突進しようとした瞬間、
フォースフィールドのドームを展開し、
その動きを止める。
足元から伸びる触手を読んで、
低空を風のように飛翔し、
次々と生える魔の手を躱していく。
業を煮やしたジョンは、
力任せにフォースフィールドの破壊に取りかかり、
何度も莫大な威力の攻撃を叩き込んだ末、
ついにそれを破壊しきった。
ブースターに狙いを定めた、
マーシャン・マンハンターが
勝負を決めようとした、その刹那。
「この宇宙最高のヒーローを、
忘れてもらっては困るな!」
「隙を見せるか、
愚か者め!」
触手がフォースフィールドに弾かれ、
足止めを失ったスーパーマンとワンダーウーマンが、
今度こそ、
渾身の一撃をジョンに叩き込んだ。
完全な不意打ち。
意識の外からの強襲に、
ジョンはついに昏倒した。
間髪入れず、
スキーツが強力な麻酔を注入する。
「まあ、
厳密には俺が倒したわけじゃないけどさ」
倒れた友を拘束し、
担ぎ上げながら、
ブースターは照れ隠しのように言った。
「そうそう、
そんな簡単に強くなれるわけないだろ。
これでも、
けっこう頑張ってるんだぜ?」
両手を腰に当て、
得意満面で胸を張るスーパーマンが、
高らかに笑った。
「ハッハッハ!
やはりスーパーマンは最強だな!」
「なかなかに楽しい戦いだった。
礼を言おう、
ブースターゴールド」
威張り散らすスーパーマン。
ワンダーウーマンが、
静かに握手を求めてきた。
未熟であることは否めない。
だが、
今はそれを責めても仕方がない。
ブースターは、
そう結論づけた。
「お前たちも、
立派なスーパーマンと
ワンダーウーマンだったよ。
これからも、
頑張ってな」
互いに励まし合う、
どこか長閑な光景の中で、
スキーツが思い出したように口を開いた。
「それで結局、
ジョンを洗脳したのは
誰だったのでしょう?」
#####
明かり一つない暗闇の中。
一人、平凡な顔つきの男性が、静かに歩を進めていた。
「ズームは実によくやってくれた。
多くの異世界の技術に紛れて奪取した、このパトランプ付きのヘルメット。
皮肉なものだな。
O.M.A.C.のシルエットと、まったく同じとは」
手の上で弄ばれるのは、
一見すれば何の変哲もないヘルメット。
動物――とりわけ猿の脳を刺激し、
あらゆる能力を引き上げる危険な代物だった。
「31世紀のジャスティスリーグは、
厳密には彼ら本人ではない。
遺伝子に“適合者”としての資格を持つ者へ
ヒーローのDNAを注入し、
人格と能力を上書きするプログラムの産物だ」
ゆっくりと、
かつて執務室で使っていた高価な安楽椅子に腰掛ける。
「まったく……
アリエル・マスターとワンダーツインも、
恐ろしいことを考えつく」
傍らには、
赤いケープに青のスーツ、
胸に“S”の紋章を抱く異星の怪物。
彫像のように、
一切の動きを見せず立ち尽くしている。
「久しぶりに会えて嬉しかったよ、
ブースターゴールド。
もっとも――
君は、アリエルの仮面をかぶった
“私”に気づくことはなかったがね」
JLIとスーパーバディを束ねてきた、
往年の敏腕スポンサー。
マクスウェル・ロードは、
無数に設置されたモニターを、
まるで芸術品を鑑賞するかのように眺めていた。
「マーシャン・マンハンターの比類なき精神感応能力。
それを31世紀の技術力で解析し、
さらに異世界のガジェットを組み合わせることで……」
静かに、しかし確信に満ちた声音で語る。
「我がブラザー・アイは、
さらなる高みへと到達するだろう」
#####
「何処へ行くんだ?」
時間犯罪者が収容される牢獄へ向かうマイケルを、
リップ・ハンターが訝しげに尋ねた。
聞かれた方も、抱えた差し入れを不思議そうに凝視し、
出ない答えに首を傾げる。
「何処だっけ……今って、誰も牢屋に入れてないんだったか?」
「ここ数ヶ月はな」
「そうだったかなあ」
釈然としない面持ちではあったが、
ブースターは気持ちを切り替えて、
ラニが待つリビングへと向かった。
途中で着信があり、
宛先を確認せずにメールを読む。
『どうしてか知らないが、
今、言わなければならない気がした。
この間、お前と……誰かの活躍をTVで観たが、
いい顔をするようになったな』
マーシャン・マンハンターからのメールを
丁寧にお気に入りに登録してから、返信を打つ。
『サンキュー。今度会ったらオレオを奢るよ』
マリオカートに夢中になっている
ラニの小さな後ろ姿に、自然と口元が緩み、
隣に腰を下ろしてコントローラーを握った。
「俺もやっていいかな」
「マイキーって、こういうのできるのー?」
「ふふん、チーム内でも一番マリカーが上手かったぜ!
いつも俺のワリオは、真っ赤なちょび髭の後ろを付いて行ったもんだ。
決めゼリフの
『Mario, I'd Like to Fuck
(ワリオ様がカマ掘ってやるぜ、マリオボーイ)』
が出たら、相手はとっくに俺のケツを追ってる始末だ!
そう、これぞまさにMILぐぇっ!」
お気に入りのジョークを言い終わらぬうちに、
妹のミチェルにスリッパで頭を強打された。
ケタケタと笑うラニを他所に、
ミチェルとスキーツがゴミを見る目で見下ろしてくる。
気圧されたブースターは、
黙ってゲームに集中することにした。
「私達もやりましょうか」
「いいですね。私のヨッシーは、
エメリッヒ版ゴジラ並に速いですよ!」
「それ、速いか……?」
マニピュレーターをにょきりと生やしたスキーツが、
楽しそうにコントローラーを手にする。
そんな日常の中、
ブースターは誰かに言いたいことがあったような気がしたが、
思い出せず、そのままキャラクターを選んだ。