子供の頃、マイケルはヒーローの番組を観ながら、
こう考えたことがある。
ヒーローはどうやって生まれるのか?
ろくでなしな酒浸りの父は、ことあるごとに母を殴り、
どうすることもできないマイケルは、妹に被害が及ばないように
図書館やミュージアムに連れて行ったものだ。
物語として編集された過去の偉人の業績や、
展示されたコスチュームは、マイケルの目にも輝かしく映った。
将来、スポーツ賭博で未来を喪った末に警備員として働くことになる美術館で、
警備アンドロイドにしてはやけに金ピカな飛行物体に尋ねたことがあった。
「なあ、チビ助。
スーパーマンやバットマンになるにはどうすればいいかな?」
「子供は嫌いなので話しかけないでください。
さっさと帰ってママのおっぱいでも吸うことですよ」
歴史と多元宇宙の守護者ブースターゴールドは、
初めてヒーローに憧れを抱いた日を回想して思った。
アレってスキーツだったんじゃん。
昔のあいつは嫌な奴だったんだなあ、と。
######
世界最高の探偵。ワールズファイネストの片割れ。
ゴッサムの守護天使。人類最強。
バットマンを形容する呼び名は数多い。
だが彼の真の恐ろしさは、知恵、強さ、資金、狂気にあるのではない。
バットマンが世界崩壊の引き金を引く張本人になりうるとすれば、
それは人間への底なしの不信と疑惑からだ。
常に家族、仲間の弱みを探る目を光らせ、
一挙手一投足をサンプル材料にするバットマンと
友好的な関係を結ぶには、優しさと愛情に加えて
留まるところを知らない度量が必要とされる。
そんな彼の脅威と狂いの体現こそが、
全世界監視衛星ブラザーアイ。
ヒーローの遍くを暫定ヴィランと考慮する創造主の
異常性が投影された人工知能搭載のそれは、
犯罪の帝王マックスウェル・ロードによって
全人類を意志のない怪物に変えるナノマシン噴射兵器に変わった。
「ディックからの連絡は?」
世界で唯一、マックスウェル・ロードの脅威を覚えている
ジャスティス・リーグ・インターナショナル。
そのリーダーを務めているブースターゴールドがバットマンに聞いた。
「まだだ。私が検討をつけた50箇所を捜査中だが、
やはり不眠不休で動いても一週間はかかる」
「やっぱベアあたりにも手伝ってもらえばよかったんじゃ?」
「いや。彼はスパイラルでの戦いを終わらせたばかり。
言うなればスパイとして最も高いコンディションを維持している。
時間、効率ともに、一人で一週間ぶっ続けこそが最上だ」
「そうか……」
画面には逃げ惑う人々がOMACウィルスを注入され、
水銀色の怪物に変えられていく様が流れ、
他のブラウザでは戦いに勤しむヒーローの姿が流れていた。
「ブラザーアイの場所は?
宇宙にあるんだろ?」
「スパイラルの技術を吸収したチェックメイトだ。
ヒュプノスを使って迷彩を施してある。
宇宙で活動できるのがブルービートルとアトムと君では、虱潰しは無理だ」
「過去に戻ってあんなにマックスを調べたのになあ。
こんな時、ママだけでもいてくれたらよかった」
マーシャン・マンハンターやガイ達は、
マックスウェルの催眠にかかり、記憶を欠落している。
彼らの中ではブルービートルとドミトリは自殺し、
マックスウェルは清き慈善活動家として記憶されている。
ヒーローだけでなく、下手に接触すれば、オレオが好きな優しいママとすら
敵対しかねないのがJLIの現状だった。
「ブルービートルならどう考えるかわかるか?」
両手を組んで思案に沈むバットマン。
コーヒーを載せてスキーツが飛んできた。
テッドが開発した飛行機バグは小回りは効かないが、
武装と設備においては目を瞠るものがある。
移動式バットケイブという設計思想は
量産には適さないが、周囲すべてが敵という状況では
優れた牙城となってくれる。
「お前のほうが探偵としては上だろ」
「だが事実としてマックスウェルの尻尾を掴んだのは、
正真正銘テッドだけだ。ガイも度々彼こそ、
世界最高の頭脳の持ち主と語ったが、あながち間違いではない。
彼は誰よりも広い思考野を持っていた」
「ふーむ」
表示されているデータをマイケルは睨み、
テッドになった気分で推理した。
とりあえず彼ならば、難しいことを考える時にも軽口を叩くはずだ。
頭に一番に浮かんだ軽口に挑戦してみた。
「おっぱいパーン……」
「失策ですね。適性外のことをしたせいでヤワな脳みそが、
さらにふんわりハンバーグになりました」
「真剣に考えてるのを茶化すなや!!」
「ですが皮肉を言うのも仕事です。
なぜなら今の私は、まさにアルフレッド……」
飲み終わったカップを載せて、スキーツはキッチンに戻っていく。
ふてくされたブースターだが、脳がいくらかクリアになった。
直感的に閃いたことを提案してみる。
「ママ、ガイ、ミラクル夫妻の場所を検索してみてくれ。
もしかしたら変な動きをしている奴がいるんじゃないかな」
「やってみよう」
表示されるマーシャン・マンハンター達の位置情報。
ブースターには異常がわからないが、
バットマンはすぐに気づいた。
「ガイの位置がおかしい」
「あいつは頭もオカシイからな」
「そうだがそうじゃない。
同じ場所をずっと徘徊している。
おまけにここはウォッチタワーが墜落した場所だ」
「なるへそ。ビンゴだな。
マックスウェルの虚栄心はヒーローをおちょくることに使われる。
それならJLIのチームメイトを操って、
ヒーローの砦に陣取るってのは中々にそれらしいぜ」
「よくわかったな」
「テッドとドミトリの仇だ。俺だって頑張れるさ」
胸を叩いてマイケルが請け負う。
後のドアが開いてファイアとアイスが顔を出してきた。
どちらも外に出て救助活動をしながら情報を集めてきた。
「二人とも、まだマックスが何処にいるかわからないわけ?」
「まずいわ……いっそ危険を冒してでもジョンに事情を話すべきじゃ」
「いいや、それはダメだぜトーラ。
あいつもマックスの洗脳にかかってる。
俺達が何か言っても解くには至らねえだろう」
「あなたは彼にとっての問題児だから無理だけど、
人を選べば上手くいくってことも――」
「そんなことねえよ!
ママに一番可愛がってもらったのはボクちゃんだぞぉ!?」
ムキになって否定したブースターを宥め、
バットマンは椅子を回転させて
ファイア&アイスに言った。
「奴の場所の検討はついた。
出発の支度をしろ」
「さすがバットマンね!」
「それに比べて、どっかのリーダーの頼りないことったらねえわ!」
「…………」
渋い顔になったブルースだが、
マイケルが頼んだ通り黙ってくれていた。
ジャスティスリーグ・インターナショナルのリーダーという重役を担う上で、
マイケル・ジョン・カーターが一番に懸念したのは、
勢い余って伸び続ける己のハンサムレベルの高さだ。
これまで何度も世界を救ってきたブースターゴールドの成長速度は凄まじく、
今の彼が正体を明かせばプレイボーイパワーで
ディック・グレイソンにも勝てるだろう。
ローマは一夜にしてならずというが、
マイケルに集った女性陣によるハンサム帝国は一夜で興りかねない。
歴史にブースターゴールドが刻まれる可能性を、
少しでも潰す必要があるのだ。
そのためにバットマンと話し合った上で、
ブースターの手柄は可能な限り
バットマンのものにすることに合意していた。
「操縦しているハイメに、
今すぐウォッチタワーの墜落場所に向かわせよう」
「よし。あのクソッタレの命運もここまでだ」
コクピットに行くと、
ゴーグルをかけてマニュアルを読むテッド。
加えてキャプテンアトムのナサニエルに、
新たなロケットレッドのガブリル・イヴァノビッチがいた。
「こうして悪しき資本主義者が
正義の共産主義者に倒される様子がYouTubeにアップしました。
この活動によって、今や閲覧数は3千を上回っているのです」
「ふーむ……スターリンも草葉の陰で喜んでいることだろう。
まさかこの時代に、お前ほどの熱心なコミュニストがいるとはな……」
「実に光栄です」
胸に手をあてて恭しく一礼したガブリルに、
ネイトは戸惑った。
「そう畏まらなくていいぞ。
お互い軍属だが、同時にヒーローだ。
あまり硬くならずに肩の力を抜こう」
「そんな。貴方は偉大なる先達、同士ドミトリの盟友。
我が先達の友ならば、我が先達も同然!
だから一緒の動画をアップしていいですか?」
「……かまわない」
「さすが! 見込んだ通り、傲慢な米軍の豚でも
貴方は違うなあ!」
戦う前から憔悴しだしたネイトに、
ガブリルは肩を寄せて笑顔で撮影を開始した。
二人のやりとりを見守りつつ、
ブースターはハイメの肩に手を置いた。
「よう、ハイメ。調子はどうだい?」
「全然わからない!
本当に天才だよ、テッドさんって!」
「お前にはスカラベがあるんだ。
出来ることをやればいいさ。
今から言う場所にバグを飛ばしてくれ」
「奴の居場所がわかったのか」
「ああ。いざっていう時は期待してるぜ、ネイト」
リーダーに頼られたことに、
キャプテンアトムは力強く首肯し口元を引き締めた。
「任せておけ。
この場にいない戦友達の分も戦おうではないか」
#####
ウォッチタワーが墜落した付近。
住宅街には遠いが、市街地からはあまり離れていない。
現在はOMACが暴れているために人通りがないのは救いだ。
抉れた大地と焼けただれたビルが痛々しい。
「ここにガイがいるのね」
「急に襲われても慌てるなよ。
迅速に奴の意識を奪おう」
気負って呟くトーラに、ブースターが釘を刺す。
「それにしても、未だにブースターがリーダーって信じられない」
「大丈夫だ。私の目から見ても、昨今の彼の成長は目覚ましい。
マックスを追い続ける意志を最も強く見せてもいる」
マイケルに茶々を入れるベアを、
副リーダーのネイトが保証してくれる。
キャプテンアトムがブースターゴールドをリーダーに推薦した。
軍属であり、度々ヒーロー仲間にもそのことを揶揄されるが、
本来のナサニエル・クリストファー・アダムの
観察眼と柔軟性は高いものがある。
そんなネイトの軍人として大丈夫なのか心配になる
マイケルへの信頼は、勇気づけられるものがあった。
「何をやってるんだ、お前ら?」
墜落したウォッチタワーの前を、
グリーンランタンのガイが陣取っている。
短髪に粗野な顔立ち、ガラの悪い目つきと、
いつもと変わらない外見。
だがJLIと会っても罵声の一つも浴びせないことが、
異常性を際立たせていた。
「おっ、ガイじゃねえか。
お前もここにいたのか、奇遇だなあ」
ヘラヘラと笑って両腕を広げて近づくマイケルの足元に、
緑の弾丸が刺さった。
表情を崩さずに左の眉をあげて首を傾げた。
「どうしたんだよ。俺は敵じゃねえぞ」
「マックスウェル・ロードを殺しに来たんだろ?」
「オレ達はそんなことをしに来たわけじゃないですよ。
何度も一緒に頑張ってきたじゃないですか」
ハイメが前に出て呼びかける。
前に突き出したガイの腕に緑のリングが光る。
閃光が煌めき、ハイメにソリッドライトで構成されたジャベリンが射出された。
「クソッ! やっぱりやるしかないのか」
背骨に埋め込まれるブルービートルのスカラベ。
テッドはついぞ持てなかった古代エジプトの秘宝を起動し、
昆虫の脚が背中から前面に伸びて、ハイメの全身を青い装甲が覆った。
片手がシールドになり、攻撃を跳ね返す。
背に浮かぶ翅を羽ばたかせて、
ハイメがガイのエメラルドライトを引き受けた。
戦いが始まると、周囲に続々とOMACが降りてくる。
「全員、手はずはわかるな。
彼らはあくまで中身はただの人だ。
無力化に留めろ。多少は傷つけても大丈夫だ」
「私がガイと話してみる!」
「ちょっ、トーラ!」
指示を与えるバットマンの横を、アイスが飛び出した。
追うファイアの背後をOMACが攻撃してくるが、
ロケットレッドがそれを阻んだ。
腹部に突進をもらったOMACだが、
別のOMACが次々にのしかかり、仲間ごと
ガヴリルを圧迫しようとする。
「ぐおぉっ! 負けん!
我が血の一滴までも、全てのコミュニストと
牙を持たぬ弱き人々のために尽くす所存だ!」
こらえるロケットレッドを中心に、
ブースターがフォースフィールドを展開し、
OMAC達を弾いた。
「お前ら一箇所に留まるな!
数でやられるから、機動力を維持してくれ!」
死角から打たれたOMACのパンチを一歩前に進んで避け、
密着した水銀色のナノサイバネティクスの体に
小型のEMPを仕掛けた。
テッドが死ぬ前に開発した、
ブラザーアイのナノウィルスを除去する装置だ。
バットマンによって改良が施され、
威力は減ったが量産が可能になっている。
電磁パルスが放出され、痙攣したOMACが倒れ、
中から人の体が現れた。
「よし! ちゃんと効いた!」
上空から放たれたビームを浮遊して誘導し、
別のOMACに当てるよう仕向けた。
次々にナノ改造された怪人が射つ赤い光線が直撃し、
ナノボディの者達が倒れていく。
倒れたOMACには、可能な限りEMPを付けて作動させていく。
戦場の真っ只中だが、OMACとは常人も超人も問わず
兵器に変えるウィルスだ。
だが狙う相手はあくまでヒーローとヴィランに限られている。
バットマンの狂気が、最悪の形で発現されたものと言えるだろう。
「ここは私とロケットレッドに任せろ」
「おい、いいのかよ!?」
ブースターゴールドの背後に降り、
キャプテンアトムが量子光線を撃ちながら
OMACを撃退していく。
だが倒しても倒してもOMACは空から降りてくる。
しまいにはOMACがOMACを盾にしながら円陣を組み、
距離を詰めてきた。
「やっぱ無理だ!
こいつら、微妙に賢くなってる!
全員片付けてからにしようぜ!」
「OMACと言えど、あまり大量に投入しては
他のヒーローに怪しまれるはずだ。
早期決着を望むのは、奴も同じのはず。そこを突こう」
ブースターの進行方向にいるOMACを殴り飛ばしながら、
キャプテンアトムが一時的に道を作り出した。
「彼の言う通りだ。ここは任せた方がいい」
攻撃の雨を潜り抜けながら、
バットマンが一人、また一人とOMACにバットラングを投擲する。
多くは躱されるが、何人かに直撃し、電磁波が流れた。
「思い直してください、ガイさん!
テッドさんを殺したのはマックスウェルなんですよ!」
「言ってること、おかしいだろ。
あいつはJLIの創始者で、チェックメイトの首領だぞ。
テッドは自殺したんだよ!」
ブースターとバットマンがウォッチタワーに走り出し、
それを止めようとするガイが、ハイメと取っ組み合いになる。
「あなた、テッドさんのこと話してくれたでしょ!
何の力もないのに、誰にも負けなかった凄い奴だったって!
そんな人が自殺するわけない!」
「お前はまだガキだからわかんねえさ。
大人は、人には言えねえ事情を一つは抱えるもんなんだよ」
「そんなまともなこと言うなんて、どうしちゃったんですか!?
いつもの、なりふり構わないクソッタレの思考に戻ってくださいよ!
どう考えてもおかしいでしょ!!」
深い青色のボディに黒い縁を取った両目のハイメへ、
数々のエメラルドミサイルが飛来する。
冷静にビームを撃ち、漏れた物は左腕を斧に変えて砕いた。
だがソリッドライトで構成されたそれらは内部構造まで再現されており、
攻撃すれば霧散するのではなく、爆発していく。
それによって視界が遮られたブルービートルに、
ボクシンググローブが痛打し、倒れた。
「落ち着いて、ガイ!
貴方はマックスの洗脳なんかに負けるはずない!!
どうやったって、貴方とOMACが協力しているのはおかしいじゃない!」
「ちっ……まさか愛しのハニーとまで戦わねえといけねえとはな」
「何よ、ハニーって!?
気持ち悪いにもほどがあるわーーーっ!!」
舌打ちしたガイに激昂したファイアが、
全身をグリーンフレイムで包んで特攻を仕掛けた。
「好機! 死ねい!!」
全力で拳をガイに叩き込んだベアに、
リングで作ったホースによる水攻めが浴びせられた。
野性的な印象だがスパイとして訓練を積んだ
洗練された戦士であるファイアの火の威力が、
緑の光にかき消されていく。
「頑張って! 貴方なら立ち向かえるわ。
だって貴方は、みんなが言うように
クソボケマヌケのトンチキ野郎だけど、
仲間を思う気持ちだけはいっちょまえだもの!!
自分の数少ない美点を、無くしてはダメ!」
トーラの必死の説得に、ガイの攻撃が緩んだ。
「違う……あいつは……自殺を……」
「べつに立ち向かわなくていいわ!
この際、良い感じにトーラから引き離していい理由を
おっ立てるがいい!」
「テッドと貴方とマイケルで飲んだ時に言ってたでしょう!?
『僕が死ぬとしても、ガイより先だけは嫌だなあ、あっはっは』って!
そんな彼が自殺するなら、
貴方を道連れにして、これまでの恨みを晴らしたはずよ!」
「ちくしょう……俺はどうしちまったんだ……!」
トーラの言葉によって、
震える手で頭を押さえたガイが地面に落ち、
蹲って唸り続けた。
その上を、マイケルとブルースとスキーツが跳び越え、
ウォッチタワーへと入っていく。
通路を走る足を止めず、
背後を振り返ってマイケルが叫んだ。
「意外と簡単に解けそうだぞ!?
どういうことだよ!!
俺、似たようなシチュエーションで
すっげえ苦労したんだぞ!」
「それだけガイの精神が強力ということだ。
加えてトーラの人物評は当たっている。
あの男は間違いなくロクデナシで頭がイカれているが……
奴だけが、テッドの死を聞くや
真っ先に君のもとへ駆けつけた」
「そうだったな」
バットマンに諭され、マイケルは思い出した。
テッドの死に、誰よりも悲しんだのはガイ・ガードナーであり、
敵討ちの相棒にその場にいたワンダーウーマンではなく、
世界中に見下されていたブースターゴールドを選んだ。
彼は、たしかにそういう男だった。
「だが、これは少し考え直す必要があるな。
洗脳を解く方法があるなら、
他のヒーローにも働きかけるのはありだ」
「反対です。
私の洗脳解除コードは、相手の意識を絶たないと駄目ですし、
お言葉ですが、貴方がたお二人に
トーラとガイほど深い関係にある人物はいますか?」
「いないな。
ディックは洗脳にかかっていないし、
アルフレッドを巻き込むわけにもいかない」
「特にマイケル。
ご自分の人望が、
ネリカスよりあると勘違いしてはいけません」
「俺だけ強調しなくていいよ!?」
唾を撒き散らして叫んだ黄金の男の頭を、
銃弾がかすった。
すぐに止まったブースターがガントレットを前に突き出し、
曲がり角からこちらを伺う者に言った。
「出てこいよ。優しくしてやるぜ」
出てきたのは前からではなく、上。
換気口の格子を外して落ちてきた
チェックメイトのエージェントが、
ブースターに肘打ちをした。
それをガードすると、
もう一方の手が拳銃を握り、
ブースターの目を狙う。
引き金を引くのと同時に銃口に手を被せ、
当て身を食らわせた。
チェックメイトとは国連主催の
対メタヒューマン組織。
今はマックスウェル・ロードが牛耳っている。
黒い制服に身を包んだ彼、彼女達は、
ブラックキングのマックスから降った命令に
背くことはない。
「誰を相手にしているかわかっているのか」
各所に身を潜め、こちらの隙を探っていた
エージェント達が、湧いてくるように現れる。
銃声が響こうがお構いなしに地面を低く滑り、
バットマンが敵の足を挫き、首に貫手をする。
スーパーパワーを持っているのに、
対人戦ではバットマンの方が
どうしてか倒していく速度が上だ。
一人一人に力をセーブして戦わなければならない
ブースターと違い、
超常的なパワーを持たないバットマンだからこそ、
こういう閉所での乱闘では
異常な頼もしさを発揮していた。
「我らが王の命令は絶対だ」
対するエージェントが冷や汗を垂らしても、
気丈にそう言い、
バットマンに銃を向け、
引き金にかけた指に力を入れた。
それよりも早く、
蝙蝠の投げたバットラングが深々と刺さり、
銃を落とし、
バットマンに顔を掴まれて持ち上げられた。
「聞け。
お前達にマックスウェルは一切の情けをかけない。
意に沿わない者には死が待つだろう。
だが私とてそれは同じだ。
お前達……
自分だけはブースターゴールドに
倒されるのを期待しているのか?」
淡々と、底知れぬ鬼迫で周囲を睥睨する。
エージェント達にも、はっきりと恐れが見え、
中には足が震える者すらいた。
つられてブースターの足も震えた。
つくづく恐ろしい闇の騎士であった。
了解しました。
「ヒッ、ヒィーーーーッ!!」
ブースターの腰がついに抜け、
バットマンから逃げ出さんと藻掻く。
もちろん作戦だ。
人間とは、自分より圧倒的に取り乱した者を見れば冷静になる。
だが、それも適度な場のノリ方をすれば、恐怖は伝染する。
「ぐ、ぐぁぁぁぁあ……!!」
「なんというプレッシャー。
バットマンに比べれば、軽度の邪神など
コンビニの店員同然と言われるわけがわかる……」
「みなさん、怖い思いはこれ以上したくないでしょう。
貴方達と一時は協力したエージェント・37から話は聞いています。
こちらには保護する用意がありますよ」
白旗を掲げたスキーツが、
優しく降伏勧告をした。
エージェント達が互いの真意を探ろうと、
目を走らせる。
バットマンとスキーツの要求、
そしてブースターの猿芝居も虚しく、
全員が戦闘続行を選んだ。
「ぬぅっ!!」
しかし、夜の色をした制服を着たエージェントが
体を折って苦しみ始めた。
表皮をナノマシンが発疹の如く広がり、
続々とOMACへと変化していく。
「やっぱりか。
マックスも捨て駒を決断するの、速いな!」
「決断しているのは、
ブラザーアイの方だろうがな」
『創造主よ』
頭頂部が盛り上がった単眼の怪物が、
はじめてバットマンに話しかけた。
『我が父よ。
どうして、わたくし目に歯向かうのです。
これを望んだのは、貴方ではありませんか』
「馬鹿言ってんじゃねえぞ!
バットマンはガイとは別方向におかしいが、
お前がやっていることは……
よっぽどの最終手段だ!」
「その通りです。
主の真意を見抜けないとは、
まったく人工知能としてやる気があるんですか?
あなた、私より大きいですよね?」
蝙蝠の手が翻り、
数枚のバットラングが飛んで行く。
正面からの投擲は容易くOMACに捕まるが、
それらが煙幕を出し、目くらましをした。
チャフを兼ねたそれに乗じて、
バットマンがOMACの背後に回ったが、
まだ完全に変化していないエージェントに
羽交い締めにされた。
「くっ」
「バッツ!」
駆け出したブースターにOMACが飛び込む。
一体だけなら捌ききれるが、
物量で押し切られ、床に押し倒された。
『さあ、もうおわかりでしょう、創造主よ』
「お前は、私の過ちの産物だ」
ユーティリティベルトのポーチから、
カプセル状のEMPを取り出したバットマン。
それを目にして、スキーツが狼狽した。
「それは開発したけど、
やり過ぎだと思ってやめたものじゃないですか!
使ったら死んでしまいますよ!?」
ダークナイトの独断専行はいつものことだが、
こうも容易く自爆を選ぶとは予想外だ。
地べたを舐めたブースターが、ハッとした顔になる。
「お前……テッドとドミトリを殺したのは
自分だと思ってるのか?
よせ!! 4割……いや2割、その通りだが、
俺はもう恨んじゃいねえ!
生きて、お前がトチ狂って作ったブツを
ぶっ壊そうや!」
問答をする気がないブルースは、迷わずに
EMPを作動させた。
ウォッチタワー全土に電磁フィールドが広がる。
通路で密集しかけていたOMACが次々と崩壊していき、
ナノマシンの噴霧がバットマンの姿を覆い隠した。
「ブルース!」
自由になったブースターが、
ナノマシンを掻き分けてバットマンの方へ向かう。
生きているとは思えない。
だが、見捨てる気には到底なれなかった。
ブースターは、
ドミトリ――ロケットレッドの死を家族に伝えたことがある。
泣き崩れる彼の妻と子供達を目の当たりにした時のことを思うと、
死体を確認せずにはいられなかった。
青い霧の中から、
緑の燐光が球体となって浮かび上がる。
バットマンを、
エメラルドのドームが包み込み、
その身を守っていた。
「少し聞きたいんだけどよぉ」
その向こうで、リングを向けた
短気で粗野な、イカれる男――
ガイ・ガードナーが口を開いた。
「テッドって、俺にいっつも小難しい本を押し付けて
読め読めって言ってきた奴だよな?」
「そうだ」
「んでドミトリは、
ロシアから来たっつうのに
姑息な真似は嫌だとか言って、
ロシアの盗聴器の場所を教えた奴だろ?」
「ああ」
マイケルが、ガイの問いかけを肯定した。
今までに見たことがない表情を、
グリーン・ランタンは浮かべていた。
噴火したくて、したくてたまらない火山とは、
こういう顔をしているのだろう。
「殺したのは……マックスか」
「そうだ。ぶっ飛ばそうぜ」
「許せねえっ!!
あの野郎!!
舐めたマネしてくれてんじゃねえか!!
あぁ~~~~~っ!?
あいつのシャバライフポイントも
風前の灯火だぜ!」
緑のフォースフィールドが激しく振動し、
そこに赤色が混じっていく。
ソリッドライトの構成が困難となり、
溶けたドームからバットマンが姿を現した。
「マックスウェルは、この先だろう。
その怒りを、ぶつけてやるんだ」
「テメエに指図されるまでもなく、
ブッ殺しだぜぇ!!」
ウォッチタワーの天井を突き破り、
ガイが管制室へと飛び去った。
「もうすぐマックスウェルとですね」
「そうだなあ。
あいつの泣き顔アルバム作って、
テッドの墓前に供える準備しとこうぜ」
「……いつもテッドですね」
いつもは人工知能とは思えないほど口やかましいスキーツが、
珍しく憂いを帯びた声を出した。
見た目はいつも通り、
羽の生えた金色の弁当箱だが、
付き合いの長いマイケルにはわかる。
言おうか迷ったが、
意を決してマイケルは口を開いた。
「あんまり言ったことないけどさ。
お前がいてくれて、よかったよ。
俺なんかに、ここまで付き合ってくれる奴は
お前だけになっちまった」
スキーツは無言だったが、
マイケルは笑いかけた。
「これからも一緒に頑張っていこうぜ」
「言われるまでもありませんよ」
返答はそっけない。
だが、走るバットマンとブースターに並行して飛ぶスキーツは、
ややあってから切り出した。
「……誰か、ハンカチ持ってません?
なんだか、泣けてきました」
「使うといい」
いつも用意のいいバットマンが、
バットハンカチを鼻声のアンドロイドにかぶせる。
その直後、
マイケルが管制室のドアを蹴り飛ばした。
地球の平和を守るために使われた、
無数のコンピューターに囲まれた管制室。
その中央、
安楽椅子に腰掛けたマックスウェル・ロードが、
余裕綽々と三人を出迎えた。
壁際には、
息を切らしたガイの姿がある。
「やあ」
軽く手を上げて、
マックスが挨拶する。
「マーーーックス!!」
友の仇を目にした瞬間、
マイケルの中で抑え込んできた怒りが爆発した。
考えるよりも早く、
無策のまま殴りかかる。
「やれやれ……」
苦笑しながら首を振るマックスの前に、
フォースフィールドが展開された。
拳が、
硬い壁に叩きつけられる。
続けて、
掌に顕現した輝く拳銃が火を噴き、
マイケルの体を打ち抜いた。
「ディックに聞いていた通りだな。
グリーンランタンの力を、
ここまで再現できるようになったか」
仕掛けることなく、
距離を保ったまま様子を窺うバットマンが、
冷静に分析する。
「手間と金はかかったがね。
中々にいいものができただろう?
まったく……こんなものに守られて、
何が安心だと言うんだ」
自嘲気味に呟き、
マックスウェル・ロードはガイを一瞥した。
まるで、路傍のゴミを見るような視線だった。
本物のグリーンランタンは、
その扱いに屈辱を噛み締め、震える。
「がああああっ!!
どこまで俺の堪忍袋の緒を切れば気がすむんだ!!
テメエも堪忍袋と同じ目に遭わせてやらあ!!」
緑色のマサカリが構成され、
咆哮と共に振り下ろされる。
薙げば、
フォースフィールドの壁に亀裂が走った。
マックスはホルスターから実銃を引き抜き、
迷いなく引き金を引く。
「んなもん効くか、ダボが!
宇宙じゃリングは銃より強しだぜ!」
「ガイ・ガードナー。
脳細胞の異常により心に栓がなく、
その代償として常に意志に“怒り”というノイズがある。
……実に、つけ込みやすい」
「はーーーっ!?
今さらご紹介預かり光栄ですってかぁ!?」
「おい、危ねえぞ!
あいつ、妙なことを考えてる!」
マイケルの制止を無視し、
ガイはマサカリを槍へと変形させた。
並列して、
巨大なマジックハンドを生み出す。
グローブにマサカリを持たせ、
距離を取って同時攻撃を仕掛けた。
怒りに飲まれながらも、
彼は冷静さを失ってはいない。
飛び出したグローブがマックスを捉え、
疑似ソリッドライトで応戦されるも、
すぐに粉砕された。
溜息をつき、
マックスはガイを真っ直ぐに見据え、
短く命じた。
「鎮まれ」
「ぎいいいいっ!!」
歯を食いしばり、
白目を剥いたガイが倒れ、痙攣する。
マックスウェル・ロードの能力が、
ついに完全に発動した。
この瞬間を待っていたブースターが、
ガントレットから光線を発射した。
見事に直撃し、
犯罪の帝王はよろめく。
「やはりガイを捨て駒にしたか」
「捨て駒じゃねえ!
戦略的デコイだ!」
マックスウェルの精神干渉能力は異常という他ないが、
決して無敵ではない。
能力を使えば血を消耗し、
体温が上昇する。
それは力を強く使うほど顕著になる。
激怒するガイに干渉するなど、
正気を削る行為に等しい。
突進するマイケルを転がって躱し、
スキーツのマシンガンをフォースフィールドで防ぐ。
「一つ、提案があるんだが」
「ねえよ。とっととくたばれ」
「私と来ないか」
指を鳴らすと、
管制室のコンピューターが一斉に起動した。
世界中の光景が、
立体映像として投影される。
ウォッチタワー内のOMACは一掃されたが、
他の地域ではなお猛威を振るい、
ヒーロー達が死闘を続けていた。
「なんだ。
自分の目論見が外れたのを笑ってほしいのか?」
「冷静に数字を見ろ。
敗れたヒーローがOMACとなり、
それがまたヒーローを襲う。
長期戦になれば、お前達が不利になる」
淡々と、
だが誇らしげにマックスは語る。
「これが私の求めた光景だ。
ヒーローの脆弱さ、超人の愚かさを市民は知る。
それを、この常人たるマックスウェル・ロードが成した」
「よく言うぜ。
一番インチキな能力持ちのクセしてよ」
「それでも私は、ただの人間だ。
それこそが重要なんだ」
ガントレットから光線を連射し、
合間を縫ってスキーツが距離を詰める。
マックスの判断力と身体能力は、
明らかに鈍り始めていた。
その証拠に、
ガイを抑え続けた反動で鼻血が止まらない。
疲労に膝をついたマックスを、
スキーツが捕獲しようと投網を発射する。
だが後退したマックスは、
照準を合わせてフォースフィールドを叩きつけた。
力場がスキーツを押し潰し、
ボディに罅が入る。
さらに、
25世紀製の超高性能アンドロイドにまで
能力を行使した。
鼻孔から流れる血が、
いっそう増した。
「テメエ!!」
青筋を立てたマイケルが殴りかかるが、
ソリッドライトで強化された拳のカウンターを受ける。
鼻血を流しながらも即座に立ち上がり、
ヤクザキックを叩き込む。
鼻歌でも歌いそうな軽さで捌かれ、
マイケルは何度も反撃を受けた。
「君が求めるものを、すべてやろう。
富も名誉も、女も」
ブースターの胸板を靴の裏で踏みつけ、
マックスウェル・ロードは傲岸に見下ろした。
「ふざけんな!
テッドもドミトリも死なせた奴に従うか!」
「……なら、歴史を変えて生き返らせればいい。
できるんだろう? タイムマスター」
「お前……そこまで知ってるのか」
狼狽えたかつての友を見て、
マックスは苦笑した。
「誰にも正体を知られることなく、
歴史と多元世界の裏で世界を守る。
大したものだ。
暗黒の騎士より向こう側、既知の外。
さしずめ“虚無の騎士”といったところか」
両足を乗せたまま、
マックスはしゃがみ込む。
下にいる側は、動けない。
鼻だけでなく、
目からも流れる血がマイケルの顔に落ちた。
「怖いんだろう?」
「何だと」
能力に縛られ、
ブースターは身動きが取れない。
「正体を隠すのは、時空犯罪者に存在を抹消されないため。
だが仲間にまで隠すのは、
君が“すべてを知る立場”にいるからだ」
淡々と、
しかし容赦なく言葉が続く。
「道化の皮を脱いだら、
悲劇に遭った君の仲間はこう思うだろう。
――『なぜ見捨てた?』と」
スウを失ったラルフ。
エロンゲイテッドマンの顔が、
脳裏に浮かんだ。
もう、自分に憎しみを向ける顔は見たくない。
それを見透かしたかのように、
マックスは目を細めた。
「もういいんだ。
私も君の重荷を背負おう。
二人で世界の“監視者(ウォッチメン)”になろうじゃないか」
「テッドにネイト。
ブルースも仲間に加えたっていい」
「シャラーーーーップ!!!!」
フォースフィールド・ジェネレーターが起動し、
マイケルは拘束を弾き飛ばす。
そのまま馬乗りになり、
拳を叩き込んだ。
「……なぜ、私の力が」
「たしかに俺は貧乏クジだよ!
神様なんてクソ食らえだ!」
拳を振るいながら、
マイケルは吼える。
「でもな!
まだ付いてきてくれる奴がいるんだよ!
そいつの期待を裏切ってまで、
やることなんてあるかボケ!!」
床に転がるスキーツのモニターが、
弱々しく点滅した。
血に濡れたブースターの拳を見て、
世界を支配しようとした男は、
歪んだ笑みを浮かべる。
「笑うな、気色わりい!
ブルース! もう終わったか!?」
「すでに済ませた」
いつの間にか姿を消していたバットマンが、
天井から降り立った。
「ウォッチタワーのメインコンピューターにアクセスし、
ブラザーアイとの接続を逆探知した。
残念だったな、マックスウェル・ロード」
「ほらな!
テメエの企みなんて金輪際終わりだ、バーカ!
テメエの吠え面とツーショット写真撮って拡散してやろうか!!」
スマートフォンを取り出し、
自撮りを始めるマイケル。
だが、その瞬間。
奇妙な気配が走った。
誰にも気づかれない存在感の希薄さ。
他と変わらぬOMAC。
だが、決定的に“違う”。
「おいおい……これが奥の手か?」
「やれ」
マックスウェルの命令に従い、
青い腕が翻り、ブースターを殴り飛ばした。
比較にならない威力と速度。
ガードする暇すらなく、
マイケルは床に叩きつけられる。
顔についた血を拭いながら、
マックスは苦々しく立ち上がった。
「たかがブラザーアイの居所を突き止めて、
終わりのつもりか。
この私が、一度負けた手に固執すると?」
吐き気を堪えきれず、
マックスは胃の中のものを吐き出す。
OMACが彼の髪を掴み、
無理やり顔を上げさせた。
朦朧とする視界の中、
スキーツを拾い上げるマックスの姿が映る。
「私の狙いは、最初からこいつだ」
「よせ!
そいつから離れろ!!」
バットマンがグラップネルガンを放つ。
アンカーは一直線にスキーツへ――
だが、フォースフィールドに弾かれ、粉砕された。
「ヴァニッシングポイント。
時空の外側に位置する場所」
マックスの声が、
不気味なほど穏やかになる。
「タイムマスターの本拠地であり、
あらゆる世界に通じる地点だ」
「水臭いじゃないか、マイケル。
どうして、ここを教えてくれなかった?」
バットラングがフォースフィールドに突き刺さり、
爆発する。
それでも伸びてきたソリッドライトが、
バットマンの体を貫いた。
「そのOMACは強いだろう。
考えうる限りの技術を使っている。
それと、可愛いブラザーアイを使えば、
私もヴァニッシングポイントに到達できる」
「待ちやがれ……!
ぶっ殺してやる!!」
衝撃が腹から背中へ抜け、
マックスの口から大量の血が溢れた。
だが、それでも彼は笑う。
「そういえば、
“信じてくれる仲間がいる”と言っていたな」
世間話のような口調で言いながら、
マックスはスキーツのこめかみに銃口を押し当てた。
「マイケル……」
捕らえられたスキーツが、
静かに呼びかける。
「なら、こうしてやろう」
銃声。
弾丸がスキーツの胴体を貫き、
モニター部分が砕け散った。
無造作に、
残骸が床へ捨てられる。
まだわずかに意識を保っていたスキーツが、
よろよろと動き、
最後の力を振り絞る。
「……アホ――――――――」
「スキーーーーーツッ!!!」
「野郎ぉぉぉぉぉぉっ!!
二度ならず三度までもぉぉぉ!!
許せねえ! 俺の怒りは! 怒髪天だぜええ!!」
激怒が極限を超え、
青筋の血管が破けたガイが、
双眸を真紅に染めて発狂した。
グリーンを基調としたコスチュームが、
赤色へと侵食される。
グリーンランタンは、
レッドランタンへと変貌し、
マックスを殴り飛ばした。
歯が折れ、血を吐くマックスへ、
ガイは血みどろのソリッドライトを
口から吐き出して攻撃する。
血液と一体化したレッドソリッドライトは無形。
暴走する感情ゆえに構成物を作れないが、
攻撃力だけなら比類なきものがある。
フォースフィールドでは防ぎきれないと判断した
マックスは、
強靭すぎるOMACに命じた。
「私を守れ」
頭から手を離されたマイケルが、
力なく崩れ落ちる。
暴れ回るガイに、
OMACが襲いかかる。
一際太い腕で繰り出された一撃に、
ガイは反応するも、
あえなく頬を打たれ、
遠くへと吹き飛ばされた。
意識があるのは、
もはやブースターだけ。
茫然自失の彼を見下ろし、
マックスは短く告げた。
「一人で来い。
決着をつけようじゃないか」
#######
「スキーツには意識をアップロードする
マザーコンピューターがあるでしょう?
それにアクセスして来てもらえば
いいんじゃないの」
「それは現在、
私達の手の届かない場所にある。
恐らくマックスウェルに握られただろう」
「そんな……」
「マックスは、
どうしてそこまでブースターに拘るわけ?」
「とにかくオレ達だけでも
ブラザーアイを壊しにいきましょうよ。
マックスウェルの居所は、
それから突き止めればいい」
スキーツが壊れた場所から動かない
マイケルの上を、
JLIの面々の声が交錯する。
「大丈夫か?」
心配そうに、
キャプテンアトムが膝をつき、
マイケルの前にしゃがみ込んだ。
虚ろな目のマイケルは、
何も答えない。
思考も視界も鈍化し、
彼は灰のように沈んでいた。
「ヒーローは、
私達軍人とは違う。
ヒーローとは、
志を持って立ち上がる市民だ」
「敵に背を向ける自由もある」
「……なら、
そうするかなあ」
ネイトの言葉に起こされ、
数度まばたきをして、
マイケルは顔を覆った。
「どうして勘違いしちゃったかなあ、俺。
リーダーやって、
できると思ったんだけどなあ」
「できていただろ」
「私がここまで来たのは、
諦めずにマックスを追う
お前を見たからだ」
「でも……負けたじゃん……」
「私達は、
何度もマックスに負けてきた。
お前の経験すべてを知ることはできない。
だが、お前は強くなった。
それを忘れるな」
肩を叩き、
キャプテンアトムはバットマン達のもとへ戻る。
マックスには敗北したようなものだった。
生きているのもお情け同然。
もっと上手くやれると、マイケルは考えていた。
誰にも知られてはならないが、
歴史と多元宇宙を守護するというのは、
世界を救うのと同義だ。
儚く揺蕩う泡に似た世界の均衡を守るというのは、
スーパーマンやグリーンランタンの仕事だと、
こうなる前は見なしていた。
今なら、
親友のテッドも、
妻子を遺して尊い自己犠牲を払ったドミトリも、
守ることができたはずなのに。
「……できなかったんだよなあ……」
打ちひしがれるばかりのマイケルだったが、
自然と足に力が入り、
胸を張る姿勢で体を伸ばした。
テッドの死を知った時、
ドミトリの死を、
彼が愛した妻と子に伝えた時のことが蘇る。
「かといって、
やらないわけにはいかねえわな」
頬を叩き、
徐々に心に活気が戻ってくる。
大切な者を失う辛さを知り、
大切な人に死なれた者達のことを知っている。
平穏な日々が、
無作為に壊された思い。
それを、
誰にも味わわせたくないというのは、
紛れもない本心だった。
彼らが守ってきた世界を、
ブースターゴールドは好んでいた。
誰かが死ぬのは、もう見たくない。
『ザザッ――ブースターゴールド。
聞こえるか』
「リップ!?」
OMACの危機が再来した際、
真っ先に狙われたのは、
この時代における彼らの本拠地――
アリゾナのラボだった。
全ての資料と機材を抱え、
ヴァニッシングポイントへと避難。
スキーツのバックアップも含めてだ。
「大丈夫なのか?」
『私達はな。
だが、ここにまで襲撃を受けた。
今はタイムスフィアに乗って
避難しているという非常事態だ』
「俺がどうにかするよ」
『頼む』
「なあ、
スキーツのデータがある
マザーコンピューターは?」
『あれは、敵の襲来を察知した時点で
自動的にデータが消える。
スキーツ自身が、
奪取を防ぐために組んだプログラムだ』
それはつまり、
スキーツの復活が絶望的になったということ。
内心では深く沈み込んだが、
マイケルは表情に出さなかった。
『ラニも、お前の妹も心配している。
必ず、生きて帰ってこい』
「任せとけ」
『……マイケル?』
通信が切り替わり、
ラニの声が届く。
その声音には、
隠しきれない不安が滲んでいた。
「よお。
良い子にしてたか?
夜は歯磨きして寝ろよ」
『……大丈夫?』
「ん?
問題ないぞ。
絶対に帰ってくるから、安心しとけ」
「なんなら、
神様に誓ったっていいぜ」
『マイケル、
神様とか嫌いでしょ?』
「まあ、そうだけどさ……」
声を聞いているうちに、
胸の奥に、
じんわりと温かいものが広がっていく。
自然と、
ブースターの口元に笑みが浮かんだ。
「お前と会って、
ちょっとは見直したよ。
あいつも、
案外いいとこあんじゃねえの」
『たんじゅーん』
「おうよ!
単純な方が、人生楽しいもんだぜ!?」
「じゃあな、
マイガール!」
元気よく通信を切り、
マイケルはJLIのメンバーへと向き直り、
腕を大きく振り上げた。
「待たせたな!
頭、冷えたぜ!
マックスをブチのめせばいいんだろ!?
お前達はブラザーアイを壊せば、
全部解決だな!」
「ブースター……」
胸の前で指を組み、
アイスが憂いを帯びた視線を伏せる。
しかし、
キャプテンアトムとバットマンは、
迷いなくそれを受け入れた。
「じゃあオレ、
バグの準備してきます!
ブースターも頑張って!」
ハイメが元気よく走り出す。
テッド・コードの後継者として、
彼は十分すぎるほどやれていた。
「……やれるの?」
腰に手を当て、
ファイアが問いかける。
「応よ」
「はぁ!?
テメエだけでマックスをぶっ飛ばせるわけねーだろ!?
さっきまでショボくれた面してたくせに、
空元気じゃねーだろーなぁ!?」
鼻息荒く突っかかるガイが、
怒りに任せて突進してきた。
あまりにも単純で、
予想通りの動きだった。
ブースターは、
ガイが間合いに入った瞬間に合わせ、
全力で拳を叩き込んだ。
衝撃は二乗となって返り、
ガイは吹き飛び、
そのまま床に転がって気を失った。
「ガイが……一発で!?」
「ブースターが、
ガイをワンパン!?」
「おお……
これこそが、
コミュニストの夜明け!」
どよめくチームメイト達が、
次々に写真を撮り始める。
自分でも予想外だったため、
ブースターは自分の拳を、
まじまじと見つめた。
「……よく立ち直ったな」
「すごいわ、ブースター!
そんなに強くなってたなんて!」
アイスが、
まるで自分のことのように喜ぶ。
バットマンは、
胸に裏拳を当て、低く呟いた。
「君を信じている。
任せた」
どう聞いても嘘である。
バットマンが人を信じるはずがない。
その言葉の真意を測りかね、
マイケルは首を傾げたが、
やがて大笑いした。
「ブワハハハ!!
お前のジョーク、
珍しいな! とりあえず、
ちょっくら世界を救ってくるわ」
安請け合いしてから、
足元に転がるガイへ目を向ける。
テッドの葬式以来、
ずっと言いたかったことを、
ようやく口にした。
「お前さ。
ずっと俺達のこと、
バカにしてたけどよ」
「テッドはな、
悪態ついてても、
お前のことが好きだったぜ」
「……ぐおぉぉぉぉ……!!」
レッドランタンの残滓を帯びたまま、
ガイが呻いた。
######
万華鏡のような世界に浮かぶ島。
ヴァニッシングポイントにて、
タイムマスターの施設から持ち出した椅子に腰掛け、
マックスは一冊の本を読みふけっていた。
「ウェブライダー、クロノアルエナジー、
タキオン粒子にソース……。
素晴らしいものだ。実にワクワクするよ」
向かい側の椅子に腰を下ろし、
ふんぞり返ってブースターは足を組んだ。
「やあ、来たね」
「始める前に、一つ聞いていいか」
本から顔を上げ、
マックスは目を細めた。
「何かな」
「いつから、
こうするつもりだった」
厳しい表情で問いかけるブースターに、
マックスは本を閉じ、膝の上に置いた。
「最初からさ。
私の上には、いつもレックス・ルーサーがいた」
「いくら金を稼いでも、
奴を越えることはできなかった」
「だから考えた。
世界のためにも、
ヒーローの弱さを利用しようとね」
「……嘘つけ」
「ああ、嘘さ」
指を鳴らすと、
甲斐甲斐しくOMACが盆にワインを載せて運んできた。
グラスを傾け、
舐めるように赤い葡萄酒を口にする。
一息つき、
万感の思いを込めて息を吐いた。
「自分のためだ。
マックスウェル・ロードが、
この世界に何が出来るか、何を残せるか、
……証明したかった。
JLIすら、その足がかりだ……そうさ!!
ブースターの前で、
マックスの紳士ぶった余裕が消えた。
代わりに現れたのは、
野心と狂気に満ちた獣。
「君をチームに入れたのもそうだ!
JLIに愚かな君を入れれば、
御しやすくなると思った!!
だが結果はどうだ!?
ノルウェーに隠れ住む邪悪な魔女の末裔だったアイスは、
何故かガイとくっつき!
凄腕のスパイだったファイアは、
アイスの子守になった!
米露の緊張感を表現しようと組み合わせた
キャプテンアトムとロケットレッドは、
何のしこりもなく仲良くなりやがり!
グリーンランタンのガイは、
頭がおかしくなる一方で!
最優ヒーロー、
マーシャン・マンハンターは、
オレオびたりのママ!」
世界最高の探偵たるバットマンは、
何でもかんでもママに丸投げ!
天才的頭脳を持ったテッドは、
君とつるんで、
頭の良いアホに成り下がる始末だ!!
私は……私はな!!
君にJLIを、
少しばかり扱いやすくしてほしかったんだ!!
誰が、
パーフェクトなアホチームにしろと言った!!」
泣き叫ぶような吐露を終え、
時空を掌握しようとする男は、
呵々大笑して俯き、肩を震わせた。
やがて、
絞り出すような声が零れる。
「なのに……君と来たら、
私が世界を手にしようとした途端、
スーパーヒーローになって立ちふさがる……。
ハハッ……まったく……
なあ? アハハハハハハッ!!」
ブースターの背筋に、
泡立つような殺気が叩きつけられた。
口元は満面の笑み。
だが瞳は、
狂気と憎悪に濁っている。
「――思い通りにいかなくて、
イライラするよ」
二人は同時に立ち上がった。
その間にOMACが割って入り、
戦闘態勢に入る。
マイケルからは、
巨体に隠れてマックスの表情が見えない。
「ここに来ても、
思い出すのはあの暗黒時代ばかりだ。
いや……もしや、
あれこそが黄金時代だったのか?
どちらにせよ、
君の死で終わりだ」
OMACが殺意を剥き出しにし、
ブースターへと拳を振り下ろした。
避けた瞬間、
衝撃波が頬を掠める。
「貴様をここで殺す!!
ブラザーアイなど知ったことか!!
貴様さえいなくなれば、
私は容易く頂点に立てるんだ!!」
新たなOMACの戦闘力は、
強力無比だった。
躱しても躱しても、
隔絶したパワーが圧し潰しにかかる。
十以上の攻撃を避けても、
付け入る隙が見当たらない。
大きく距離を取ったブースターの前に、
瞬間移動したかのように
OMACの拳が迫った。
体勢を低くした彼に、
逃げ場はない。
「なあ、マックス」
空間から消え、
OMACの背後に現れたマイケルが
敵の頭を蹴り飛ばして倒れさせた。
「俺も、お前みたいに考えてたよ
『どうやったらスーパーマンになれる?
ここで終わるのが俺じゃねえだろ』ってな」
起き上がったOMACが
矢継ぎ早に攻撃を繰り出す。
だがブースターは、
真っ向から突きを叩き込み、
たじろがせた。
ブースターゴールドは、
度重なる時間跳躍によって
重度のクロノアルエナジーを宿している。
それを消費すれば、
多くのことが可能となる。
そして――
このヴァニッシングポイントこそが、
クロノアルエナジーを
無尽蔵に補給できる場所だった。
体中に湧き上がる力で、
ブースターゴールドは
OMACと真っ向から組み合う。
全身からエネルギーが漏れ、
金色の光が身体を覆い始めた。
「お前がテッドをぶっ殺す前だったら!
俺ぁ軍門に降ってただろうぜ!!
でももう無理だ!!
テメエはボッコボコにして、
ブタ箱にぶちこんだらあ!!」
「はっ! やってみるがいい!」
「貴様如きD級ヒーローに、
スーパーマン・プライムが
倒せるものかよ!!」
「ああっ!?
こいつプラちゃんだったの!?
まあいいや!!」
OMACが右フックを繰り出した瞬間、
ブースターはそれを捌き、
脇腹へ爪先を突き入れた。
同時に顔面へレーザーを叩き込み、
宙に浮かせ、
さらに蹴り飛ばそうとする。
だが蹴り足を掴まれ、
マイケルは振り回された。
腹部に、
十発の肘打ち。
これだけで、
ただのメタヒューマンなら
三回は死んでいる。
クロノアルエナジーを逐次補給し、
ダメージを回復したマイケルは、
敵の指に踵を当てて逃れた。
追うように、
OMACの目から
ヒートビジョンが発射される。
磁力の盾で防ぐも、
盾は砕け、
一瞬の隙が生じた。
OMACの攻撃力は、
もはや常識外れだ。
恐らく実力だけなら、
トライゴンやダークサイドに
匹敵するだろう。
「クソッ……思い出してきた!
なんか美女に命令されて、
色々バラしたんだった!!
あれ、お前かよ!!
気持ち悪くてヘドが出そうだぁーーーっ!!」
鼻にストレートを受け、
数百メートル吹き飛ばされたマックス。
だがダメージ箇所にも
クロノアルエナジーが流れ込み、
既に全身が光に包まれ始めていた。
ブースターの異変に、
本能的な恐怖を抱いたOMACが
焦って攻撃を仕掛ける。
光が腕の形となり、
叩きつけるように振り下ろされ、
OMACが地面に陥没した。
「やはりそうか……」
マックスが低く呟く。
「かつてリップ・ハンターを含めた
タイムマスターを束ね、
あらゆる時空を自在に渡り歩き、
最後には死した者」
「宇宙船の名にもなった、
栄光ある存在――」
抜け毛が気になるお年頃だった
ブースターの頭部が、
燃える青い炎となって揺らめいた。
全身が、
金色のスーツに覆われていく。
「ウェーブライダー……
それが貴様の終着点だ」
「知らんがな!!」
復帰したOMACの腕を蹴り折り、
ついに戦闘不能に追い込もうとした刹那、
ウェーブライダーの姿となったブースターの手が止まった。
拍手の音が、
乾いた空間に響いた。
「お見事! ブラヴォー!」
マックスが、
二者へと歩み寄る。
「良いものを見せてもらったよ!
さぞかし私の未来に役立つだろう」
「何をしやがった……っ!!」
「お決まりの洗脳ってやつさ。
わかりきってるだろう」
肩をすくめ、
マックスは続ける。
「私の能力も、実際は制限が多いんだよ?
自身を完全に捕捉している者には、
まるで効かなかったりねえ」
「だからこうして、一対一が望ましいんだ」
「一対一!?
この状況がか!」
裸の地面に突っ伏したウェーブライダーが呻く。
「まあ、いいじゃないか」
マックスは一歩近づき、
見下ろすように告げた。
「だが貴様は、
今や全時空の知識が流れ込む存在になろうとしている」
「そうなれば……
私の干渉にも、耐えられまい」
「くそおおおおおっ!!
させるかっ!!
糞漏らしてでも踏ん張ってやらァ!」
「んーーーー……」
気まずそうに頬を掻き、
マックスは、
うつ伏せになった宿敵の頭から尻までを検分した。
胡散臭い、
外向き用の笑顔を貼り付け、
首を振る。
「残念だが……
エネルギー体になった君に、
肛門はないねえ」
力を入れれば入れるほど、
体内にクロノアルエナジーが流れ込む。
正体不明の知識と光景が、
頭の中を奔流のように駆け巡った。
糞を漏らすほど抵抗しようにも、
それを出す穴がない。
エネルギー体の操作に慣れないマイケルは、
屈辱に声を振り絞る。
「これも……
これも策略のうちってわけか!
クソ漏らす勢いの抵抗も、
させねえつもりなのかよ!?」
「ハッ! 悪いねえ」
マックスは、
肩をすくめて答えた。
「私だけは、
君のコント空間に乗せられるつもりはないよ」
「……お前の目的がどうであれ、
俺が、これまでで決めたことがある」
手をかざし、
鼻、目、口から致死量に至るほどの出血をしながら、
マックスは、
マイケルの人格そのものを破壊せんとする。
精神が、
ぐしゃぐしゃに掻き回される。
それでもブースターは、
必死に耐えていた。
「この世界は……
あいつが守ろうとした世界だ」
「誰に信用されなくても、
一人で戦ってきた歴史だ」
「それに手を出そうとする奴がいるなら――」
ブースターは、
マックスを睨み上げる。
「――――俺は、
絶対に妥協しない」
その言葉に、
マックスは一瞬、気圧されたように目を伏せた。
だが、
精神干渉は止まらない。
むしろ、圧は強まる。
「お別れだ。
ダークエイジに芽生えた、
アホの種火よ」
「君を根絶やしにして、
我が宿願を果たそう」
「それはどうですかね?」
聞き覚えのある声が、
空間に響いた。
聞き覚えのある声に、
それでもマックスは力を緩めなかった。
「聞き覚えのある声が耳に届いたが、
無視して力を込める」
だが、
能力を使ったつもりでも、
まるで変化はない。
反対に、
OMACの体表からナノマシンウィルスが剥がれ落ちていく。
ウェーブライダーを覆っていた光が消え、
そこに現れたのは、
元のブースターゴールドだった。
「なんだ!?
何が起きている!?」
鼻を拭い、
狼狽したマックスウェルが辺りを見回す。
すると、
リップハンターの基地の方角から、
ふよふよと金色の物体が飛んできた。
「私を忘れてもらっては困りますね」
「スキーーーーーーーツ!?」
0.1秒で起き上がったブースターが、
スキーツを抱きしめ、
小躍りした。
「なんでだ!?
もう完全に死んでたよな!?」
「実はですね」
スキーツは、
いつもの調子で続ける。
「貴方のアーマーに、
私のデータをインストールできるようにしてたんです。
壊れる直前に、
なんとか移行し終わりまして
予備ボディのある、
ここに来て復活しました
これぞ、
備えあれば憂いなし、
というやつですね」
「おおおおおっ!!」
ブースターは、
涙声で叫んだ。
「なんかよくわかんねえけど、
すっごく嬉しいよぉ!
オロロ~~~~~~ン!!」
「そんなことはどうでもいい……」
顔面の血を拭い終えたマックスが、
歯ぎしりをする。
「何故、私の力が効かない!
ブースターか!
それとも、お前か!!」
「おや、
ご存知ないようで」
途中まで説明しようとしたスキーツを遮り、
ブースターが、
いやらしい笑みを浮かべて前に出た。
「おうおう、
マックスさんよぉ!
テメエの頭脳も、
大したことねえなあ!?」
ちょっとスキーツさんよぉ!
俺はとっくにわかってるが、
このダボハゼに教えてやりなあ!!」
「ええーーー……
敵にそんなこと教えたら駄目ですよ」
「教えてやりなあ!」
「……わかりました」
解説モードに入ったスキーツが、
もったいぶって横顔になり、
話し始めた。
それに合わせて、
ブースターも腕を組み、
斜めに立ってニヒルに笑った。
「まず、
タイムスフィアが発するクロノアルエナジーには、
周囲の人間の記憶を奪う作用があります」
「それな」
「ブースターゴールドも、
クロノアル病に罹った一件から、
体内には多量のエナジーを抱えて、
加齢防止と、
自己治癒能力を獲得していました」
「マジな」
「そこで、私とバットマンは、
貴方への対策としてマックスウェル・ロードの体温が上昇した際、
ブースターからクロノアルエナジーを発し、
行動をキャンセルする機能を付けておきました。
あのバットマンが、
ブースターを無策で一人で行かせるわけがないでしょう」
「っ!?
あぁーーーっ!
なるほどねえぇ!!
…………って、
お前も思っているだろうな」
「さらに」
スキーツは、
淡々と続ける。
「貴方の狙いが、
ヴァニッシングポイントだったことも掴んでいました。
狙って作動させるとなると、
まず、ここでしか使えない荒業です。
副作用として、
マイケルが十五歳ほど老いましたが、
必要な犠牲でしょう」
「………………………………?」
耳を疑ったマイケルが、
口をあんぐりと開け、
隣の相棒を凝視した。
だが、
スキーツがまったく気にしていない様子だったため、
マイケルも、
「まあ、
それもそうだな」
と、
あっさり割り切ることにした。
すべての計画がご破算になったことを知り、
マックスの顔には虚無が浮かんだ。
だらりと垂れ下がった両腕と、ふらつく足。
OMACから解放されたスーパーマン・プライムが、
怒りと羞恥に燃えていた。
「お前……! よくも僕を!」
癇癪を起こして殴りかかったプライムの拳を、
マックスの前に立ちはだかったブースターが受け止めた。
全力の攻撃に、あらん限りの力場を使って応じたが、
それでもスーツの機能が停止し、骨という骨に罅が入った。
「どうしてそいつを庇った!? お前だって憎いだろう! 親友の仇だ!」
ブースターの行動に狼狽えたプライムが、
マックスに指をさして糾弾した。
クロノアルエナジーを抜いた体で受けた一発だけで、
この戦いで一番の重傷を負ったマイケルが、血みどろの顔で言った。
「こいつには裁きを受けてもらう。そのためにここまで来たんだ。あとなあ! 俺がこの手でぶっ飛ばしたくてしゃあないんだよぉ!」
スーツのあちこちから煙を出すブースターの力強い宣言に、
激高していたプライムの毒気が抜け、
こちらに背を向けた。
「もういい。帰る。ヒーローもヴィランももうたくさんだ」
頼みの綱だったスーパーマン・プライムが飛び立ち、
何処かへと去って、マックスウェル・ロードは今度こそ一人になった。
心が折れた彼は、枯れ木のように弱々しくマイケルへ口を開いた。
「さっき、もっと早く貴様を誘えば呼び込めたと言ったな。それだけはありえないよ」
「何でだ? やってみなくちゃわからないだろ」
「いいや、わかるんだ……私は君より賢いからね」
「意味わかんねえ」
憮然としたマイケルだったが、
真剣な眼差しで腕を組んだ。
「俺の人生、貧乏クジって言ったよな。あれ訂正するわ。この人生、この世界、どっちもかけがえのないもんだった……お前の好きにはさせない」
マックスが銃口を向ける。
テッドを殺した時のように、
敵対する者を殺すという意志を込めていた。
「スーツの機能は壊れたな。ならこの一発を当てれば貴様は死ぬ」
「不可能だけどな」
「試してみるがいい。なあ、マイケル。私は色々なヴィランを研究したよ」
互いの距離は五百メートル。
マイケル・ジョン・カーターがヒーローでなかったなら、
まず直撃している距離だ。
迷わず走り出す。
足元で銃声が弾けた。
正確に狙いをつけて、
マックスは引き金を引いていく。
「スーパーヒーローにはスーパーヴィランがいるものだ。スーパーマンにはレックス・ルーサー。バットマンにはジョーカー。グリーンランタンにはシネストロ。フラッシュにはリバースフラッシュ。マイケル・ジョン・カーター! いや、ブースターゴールド!」
頭を銃弾が掠め、表皮が抉れた。
知らず知らずの内に、マイケルは叫び、走る。
「アホなのが災いしたな!! 歴史をもっと学んでおくべきだった! 名誉と金を望んだ男が名誉と金を持つ男に出会い! ジャスティスリーグに入った!? 都合が良すぎるだろ気づけよ! 金と名誉に背を向けて真のヒーローになったつもりか!? 私はな! このマックスウェル・ロードはなあ!!」
どんどん間合いを縮めていき、
マックスの空虚な鬼気を漂わせた相貌が見えた。
底抜けの野望と欲望が渦巻く感情を銃口に乗せて、
マックスはブースターの眉間に狙いをつけた。
「大富豪だからここまで来れたんだっ!!」
一片の乱れのない滑らかな右ストレートパンチが、
マックスウェル・ロードの頬を砕き、
鼻も歯も折れて、瞼が腫れたマックスが無惨に地に伏した。
息を切らせて膝に手をついたマックスが、胸を抑えた。
「残念だったな。I'M THE GREATEST HERO PEOPLE'VE NEVER HEARD OF(俺は誰も知らない最高のヒーローだ)」
背筋を伸ばして息を整えてから、
自然な結論に行き着いたので付け足した。
「お前にはバレちまったな」
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マックスウェル・ロードの身柄は、リップ・ハンターに預けた。
奴の裁きは未来の、歴史の流れも観測した時代がするだろう。
事件が終わり、自室のベッドに寝っ転がり、
シャツとトランクスのままで音楽を聴いていた。
「コーヒーですよ」
「サンキュ」
お盆に乗ったブラックコーヒーを一息に飲む。
吐気がするほどの胸焼けがしたし、舌も火傷した。
「近頃、平和ですね」
「そうねえ」
自堕落に寝返りを打ち、
スキーツに背を向けてマイケルは惰眠を貪ろうとした。
そんな彼に、意を決してスキーツが言った。
「貴方と初めて会う前。25世紀の偉大な叡智によって最適化された私の頭脳は、比類なき冴えを持っていました。ですが、それは暗い夜警活動のようでした」
真剣な話だとわかったマイケルはベッドから起き、
スキーツと向かい合った。
「理想の主には程遠いですが、貴方のお陰で私はユーモアに目覚めることが出来ました。……貴方は私にとってのアホの光でした」
「うん。それ褒めてるの?」
「六割方」
「思ったより低くねえ!?」
小さく吹き出したところに、
ブルースから電話が来た。
「おう、もっしーブルースちゃん。ん? 打ち上げ!? そりゃ今すぐに決まってるぜえええええ!!」
飲み会の話に飛びつき、
勢い良く立ち上がったマイケルは着替えを済ませ、
スキーツと出かけようとドアに手をやった。
「おっと、忘れてた」
そう言ってマイケルは部屋の引き出しを開け、
奥底に眠っていた写真を立てかける。
ブースターとブルービートルのツーショット。
バットマンとのツーショット。
ジャスティスリーグ・インターナショナルの集合写真。
それらに並んで、新たに
ブースター、マックスウェル・ロード、ブルービートルの
スリーショット写真が加わった。
角度を調整し、満足がいったマイケルは深く頷く。
「やっぱ俺ってイケメンじゃん」