DCコミックス二次創作   作:スカンジナビア半島

22 / 31
ナイトウィング:淡き灰色都市

 

「君を欺くのは実に簡単だったよ」

 

全身を拘束され、目も耳も閉ざされたかつての仲間、

マックスウェル・ロードは口だけを動かしていた。

バットケイブに設けられたメタヒューマン用の尋問部屋。

奴のスーパーパワーは筆舌に尽くし難い厄介さを持っていたが、

監視映像越しでは無力同然だった。

 

「全てを疑い、何もかもを信じない。

 誰も信用しない者は、誰も彼も信用するのと同じくらい愚かなことだ。

 それが君だよ、ブルース・ウェイン。まったく、哀れなものじゃないか。

 暗闇の物音に怯えるガキとまるで変わらない」

 

「負け惜しみは終わったか?」

 

骨伝導によってバットマンの声が届き、

マックスウェルはにんまりと笑った。

不快な笑みだ。昔とまるで変わらない軽薄さだ。

 

ジャスティスリーグ・インターナショナルの発起人。

多くのヒーローを勧誘し、曲がりなりにも成功してきた男。

その中のどれだけが奴のスーパーパワーによるものだったか。

 

「私の力の本質を知りたいんだろう?

 教えてやろうじゃないか。この力も実は制限が多くてねえ。

 相手が無意識に抱えた欲求を刺激しないと無力なんだよ」

 

マックスウェル・ロードから採取したデータが

バットコンピュータに表示され、

解析されたデータが次々に出ては消えた。

奴の言うことは間違っていない。

 

この男の精神感応値はマーシャン・マンハンター……

ジョン・ジョーンズの足元にも及んでいないのがわかった。

それはバットマンにとっても意外な事実だった。

 

「なら、私がどうしてテッドの死を、

 私の所業を偽装できたか? 考えているだろう」

 

手足の指一本も動かせないというのに、

マックスウェル・ロードは壮絶な傲慢さを見せ、語った。

 

「君のおかげだよ、バットマン。

 テッドの死も、私の行いも全ては君の失態からだとヒーローは皆、理解している。

 だが身内の恥とは認めがたいものだ。そこを突かせてもらった。

 テッドと親しい者達の記憶は封印しきれないが……しょせんは奴ら如きだ」

 

肩を揺らしてマックスが笑った。

 

思案に暮れて組んだ手が固まったのがわかった。

バットマンの眉間にいつも刻まれた皺が深くなり、

思わず言い返そうとするも、反論できずにもどかしさが募った。

 

「お前が誰のことも信用しないように、

 誰もお前のことを信用していない。それが答えだ。

 いやマジで君のおかげだよ。君はいつだって私の力になってくれる」

 

「…………それがどうした。

 何を言おうとお前がブースターに完膚なきまでに敗北したのは変わらない。

 いいや、お前は未来永劫、彼に勝つ日は来ないだろう。

 それに一つ忘れていないか」

 

嘲りを込めてマックスへ聞こえるように囁いた。

 

「ブースターをチームに入れるよう後押しをしたのは、この私だ。

 さぞかし楽しかったんだろう? 彼から始まったJLIは。

 スーパーバディズまで発足するとは随分と未練がましく……愚かなことだ」

 

JLIの名前を出してようやくマックスウェルの顔が強張り、

恥辱と怒りが浮き上がった。

食いしばった歯茎から血が流れ、見開いた目が憎悪に歪んだ。

 

「私は戻ってくるぞ」

 

「楽しみにしよう」

 

「世界が滅びようと! ブースターがどうなろうと!

 何度でも! 私には青く光る炎が見える!

 我らを真に監視し、奪っていく終末時計の神々が!

 醜く捻れたJLIの形が我が脳内に!」

 

哄笑を浮かべて腹をよじらせているのを確認し、

意思疎通もここまでだとバットマンは判断した。

何が奴をこうまでさせたのか、全ての記録が抹消された今ではわかりようもない。

自白剤を10本は試したのに、マックスウェルは耐えきってみせた。

 

監視映像も会話装置も切り、

バットマンは椅子に自重を預けた。

じきにブースターゴールドが引き取りに来るだろう。

スーパーマン、グリーンランタン、ブースターゴールド。

ゴッサムシティを鎮めるだけでほぼ精一杯だと言うのに大したものだ。

 

嫉妬はしないが、驚嘆はしないでもない。

 

マックスウェル・ロードの言ったことが正鵠を射ているのは知っている。

あの頃の自分がどれだけ暴走していたのか、

己の危険性が何処にあるのかも。

 

スーパーマンもワンダーウーマンも。

ヒーローの全員を信用できず、精神の奈落に堕ちた彼を救ったのは

灰色の光の糸だった。

 

青も赤も黄色も、緑は論外に信じられなかったバットマンだが、

白も黒も信用できない彼にも、灰色だけはほんの少しだけ信じられた。

暗黒の騎士を救うのは、それで十分だった。

 

脅威の少年、灰色の子は昔からバットマンを救ってきた。

全並行世界の危機、その時も救ってくれた。いつものことだ。

だから、マックスウェル・ロードの言葉に悩む必要はない。

 

「ハァイ、元気にしてる?」

 

そんなことを考えていると、

とうの本人、ディック・グレイソンが来た。

駒鳥だった頃から変わらない笑顔と軽やかさだった。

 

「ご苦労だった」

 

「…………………なんだって?」

 

「ご苦労だった」

 

「ごめん。ちょっと聞き取れない。

 どう頑張っても”巻き糞があった”としか聞こえなくて」

 

耳に指を突っ込んで異物がないかディックが確かめている。

仕方ない、疲労が溜まっているのだろう。

 

「ご苦労だった。よく頑張った、と言っている。

 私は今、お前を労っているのだ」

 

「頭打った? もしかしてバット疑似人格で話してる?」

 

労ってやったというのに、ディックは気味の悪いものに会ったように顔をしかめた。

バットマンにとっては心外極まりない。

彼は常に自分は仲間に最適な評価を下していると自負している。

 

「ここ数年の働きは目覚ましいものだった。

 ゴッサムシティに帰ってきて喜ばしい限りだ。

 これからも期待しているからな」

 

「あーー……」

 

ディックにはマックスウェル・ロードの調査に励んでもらったばかりだ。

世界中を休まず飛び回っての調査は徒労に終わったが、

たまには労いの言葉をかけてやるべきだと考えただけのことだ。

 

決してマックスウェル・ロードの言葉に引っかかっているわけではない。

 

「さて、久しぶりに一緒にパトロールにでも――」

 

「ちょっと待って。本当にどうした。

 気持ち悪いにもほどがあるよ?」

 

「どうということはない。

 お前とこうして会うのも中々久しぶりだからな。

 それにそのコスチュームも似合っているぞ。さて、行くか」

 

「待って。話したいことがあるんだ」

 

「速く言え」

 

交流の重要性はバットマンとて認識している。

それにディック・グレイソン、今はまたナイトウィングになった彼は

チームになくてはならない人材だ。

いつかはまた巣立っていくだろうが、

こうしてゴッサムにいる間はできるだけ時間を持とうとバットマンは思った。

 

「ブルードヘイブンに行くことにしたよ。

 あそこには僕の心を掴んで離さないものがあるんだ」

 

「そうか。ゴッサムシティもここしばらく安全だからな。

 お前の活躍の場もないだろうから、向こう数十年は帰ってこなくていいぞ」

 

ブルース・ウェインは静かに重々しく頷いた。

 

#########

 

ゴッサムシティとメトロポリスの間に位置するブルードヘイブン、またはブラッドヘイブン。

青き楽園、または鮮血の楽園という両極端な読み方をする街は、

名前が示す通りゴッサムとはまた違った形の混沌さを持っている。

 

住居は古き建物と新造の建物が混じり合い、

人々も何代にも渡って住んでいる者もいれば、来たばかりの者もいる。

新たな住み家になるアパートへの引っ越しも終わり、

少なかったダンボールの蓋も開けてある。

 

窓から下を覗けば、老人が緑色の毛並みを持つ犬を散歩させていた。

 

『そっちの調子はどうだ?』

 

「も~バッチリ。まるで生まれる前からこの街を知っていたみたいだよ」

 

『ま、ゴッサムは軟弱なお前には無理だろうからな。

 お前にはそこがお似合いなんだろうぜ』

 

電話の相手はジェイソン・トッド。

彼も新たなチームを作って独自の活動をしているそうだ。

前はこうして電話するにも非常に面倒なやりとりをしなければならなかったが、

今では気軽に互いの近況を報告できるようになった。

 

『それで? 恋人とはどんな感じよ』

 

「順調ってとこさ。お前もたまには彼女を作ってみろよ」

 

『へっ、俺の生き様に色恋が介在する余地はねえのさ』

 

「マジでぇ」

 

電話をしながらトーストで焼いたパンを頬張り、

モーニングコーヒーを飲んだ。

 

自分で作った朝食だ。

サーカス出身のディックも幼少の頃は料理の手伝いをしていたものだが、

ウェイン家に引き取られてからは台所は縁遠い場になってしまった。

執事のアルフレッドが作る料理はいつも絶品だった。

 

『そういやダミアンがお前と遊びたいってよ』

 

「こっちに来るってこと?」

 

『あいつもティーンタイタンズにいるから簡単には来れねえだろ。

 そうじゃなくてゲームとかじゃねえかな。

 今なら対戦ゲーでもネット使うのが当たり前だし』

 

顔と肩で電話を挟み、

日課の盗聴器とカメラの位置を確認する。

どれもブルースが仕掛けた物だ。

 

外すのは容易だがヘタに外すと執念深く数を増やされるし、

バットマンが拗ねてしまう。

なのでこうして位置を確認し、聞かれたり見られたくないことは

死角で行おうと常に心がけている。

ディックは毎日のこの作業を気に入っていた。

 

こちらの心配をしているのはわかるが、

過保護もここまで行くとマジでイカれてるなと再確認できるからだ。

 

「ゲームなあ。あんまり得意じゃないんだよね。

 今は録りためてたドラマを消化しているよ。

 ゲーム・オブ・スローンズって面白いな! お前も観てみろよ!」

 

『たしかに面白いけど、ああいうの観ると気分が沈むんだよな……

 でも観てるぜ。ロブが死んだところとか凄いよな』

 

「ハァ!? あいつ死ぬの!?」

 

『えっ、そこまで行ってなかったのか……ごめん』

 

「ハァ~……しょうがないな。それでゲームだっけ?」

 

『そう。昔は一緒にプレイしたもんだろ?

 お前に無理やりコントローラーを握らされるまで

 ゲームとかやり方すら知らなかったぞ』

 

TVの前のスペースを確認する。

テーブルに食事を置き、TVのある棚にゲーム機を入れればいいか。

寝室にもTVを置くのを検討してもいいかもしれない。

 

「20を超えたらプレイするのが一気に面倒になって離れた」

 

『おいおい、だらしねえこった。こっちはバリバリだぜ?』

 

「お前がバリバリになるキッカケになれてよかったよ」

 

食べ終わった食器を流しに置き、

蛇口を捻って皿に水を溜め、洗剤をかける。

似たようなことをした食器が5日分はあった。

いつかはというか今日中にでも片付けないといけないだろう。

 

『それでよ。俺がブログをやってるのは言っただろ?

 アフィリエイトってのに手を出したらこれが大当たりしてな。

 臨時収入が入ったから引っ越し祝いにゲームを送ってやるよ。

 ソフトはこっちで見繕うから、欲しいゲーム機を教えな』

 

「ダミアンのと同じハードでいいよ」

 

『それだと全部になっちまうぞ?』

 

「とりあえずだよ。それからは来てから考える」

 

『わかった。じゃあそっちに寄る用事があったら

 ついでに色々設定してやるよ。じゃあな』

 

「はいよ。サンキュー、ばいばーい」

 

『おー』

 

電話を切り、仕事に向かう支度をする。

職場へ行く途中に恋人と話す予定もあるため、

いつもより早く出ていく必要があった。

 

書類とスポーツウェアをカバンに入れて、

底の方にこっそりとコスチュームを忍ばせた。

 

 

#######

 

窓の向こうには、雲が溶けて広がった薄青色の空が広がる。

 

「あの日々は終わったのよ」

 

ブルードヘイブンに来たのは、ゴッサムに心が侵されたからだ。

狂人の群れ、犯罪者の楽園、バットマンの街、ジョーカーの犯罪、梟の法廷。

どれもが、人を信じるというディックが持っていた精神を削っていくのがわかった。

 

「銃声、嬌声、発狂する人々、バットマン、ジョーカー。

 どれも過去のことよ」

 

この街には、彼と同じようにゴッサムで心に大きな傷を負った者が集う。

ゴッサムから五体満足で出られる者はそう多くはないが、

幸運な者達が満身創痍でたどり着いていた。

 

「だから私たちは犯罪をする必要なんてないの」

 

「でもあたし、歩いてるとキレイな洋服を見かけて。

 もちろん盗むつもりなんてないんだけども、

 ちょっとでも“欲しい”って気持ちが生まれるとバットマンで頭が一杯になるの」

 

キャットウーマンの元弟子だったマウスが胸の内を明かしている。

彼女は気弱だが、身体能力は師匠譲りだ。

 

それはゴッサムの犯罪者たちも同じことだ。

ここにいる男三人、女一人、ゴリラ一人、リス一人の計6人。

全員がゴッサムでは犯罪者をし、

バットマンによって深いトラウマを負っていた。

そのトラウマには、ロビンだったディックも関わっている。

 

正式なセラピストの資格を持っていないため、

あくまで見学と参加の体を取っているが、

ディックも気に入っている会合だ。

 

「こちらも同じようなものです。

 しかし、ブルードヘイブンなら元ゴリラのヴィランでも、

 真面目に働けば周囲も応えてくれますから、少しずつ改善したいと思います」

 

物腰穏やかに発言したのは、ゴリラのゴリラ・グリム。

以前はゴッサムシティで違法武器の密輸販売をしていたヴィランだ。

彼とは1対1で戦ったが、ゴリラなだけあってかなりの強敵だった。

グロッドの優秀な部下でもあった。

 

「チィッ」

 

同じく元ヴィランのリス、グーバーもグリムに賛同したようだ。

ヴィランだった頃のグーバーは、ゴッサム中のナッツを喰い尽くしかねない暴食の化身だった。

彼も昔は手強いリスだったが、今では可愛いリスに更生しようと努力している。

 

「俺はとくに変わんねえな。

 ブルードヘイブンは悪い筋肉もいるが、良い筋肉もいる。

 なら良い筋肉を目指すべきだよな」

 

元プロフットボーラーでペンギンの部下だったスタリオン。

人を筋肉で判断する筋肉バカ。

 

「みんな話してくれてありがとう。

 こうやって互いの近況を共有し合うことで、ちょっとずつプラスに行けていると思う」

 

参加者それぞれの報告を書き終わり、

ボードを下げてディックは結論づけた。

 

「君たちは自分をモンスターと思うかもしれないけれども、

 心のなかにはずっと良心がいたはずだ。

 人と関わり合うことで、それをもっと強固に育んでいこう」

 

周囲が静かに聞いてくれるのに気を良くしたディックが、

いつもの砕けたトーンでトントン拍子に話を進める。

 

「たまにはもっと多くの人と会ってみればいいんじゃないかな?

 ボランティアとか地域会みたいなイベントに参加するとか」

 

「それはちょっと……たまに普通の人との感覚の違いに直面するから」

 

「俺には無理だわ。自分じゃわからないけど、口の悪さで怯えさせちまうっぽい」

 

話が乗ってきたついでで出した提案を、

凄腕ハッカーだったギズとかつての走り屋スリルデビルが否定し、

他のメンバーも同様に消極的な態度を見せた。

そろそろ次のステップに進んでもいいように見えていたのだが、

自信のあった意見が却下されてディックは肩を竦めた。

 

ここに出席しているのは、ゴッサムで犯罪を犯していた者達。

落伍者(ランオフ)というチーム名で肩を寄せ合い、

トラウマと向き合っている。

 

懲役が終わる年数の都合上、

この街にいる元ゴッサムヴィランは、

全員がディックとブルースが捕まえた者達だ。

 

彼らのトラウマを生み出したのは寸分の違いなく自分達だが、

そうさせたのは彼ら自身という複雑な関係だった。

 

「それじゃあ今日はこれくらいにしよう」

 

青い髪の切れ長の瞳を持つ女性、

ショーン・ツァンの仕事を引き継いだディックが、会合の終わりを告げた。

今は会から遠ざかり、画家の仕事に励んでいる彼女は、

ディフェイサーという名で暴れていた元アーティストヴィランだ。

 

「じゃあね、ディック」

 

「さいならー」

 

マウスとスリルデビルが出ていき、

その後ろを他の参加者も付いて行く。

完全に無言で終わったディックが片付けを始めた。

 

ここへは、人とのまともな関係を築くのを望んでいたものだったが、

自分の被害者同然の人達への接し方は未だに掴めていない。

ヒーローとヴィランへの相手なら手慣れたものだと自負していたのだが、

灰色の人々というのは黒一色のゴッサムでは会えない存在だ。

むしろそういう人こそが大多数を占めているというのに。

 

情けない事実に、ディックは内心で自分を笑った。

 

「少しいいですか?」

 

「グリムか。どうしたの」

 

おずおずと話しかけられ、振り返ると、

ラフなシャツを着たゴリラが立っていた。

深い知性を湛えた相貌が憂慮に動いた。

 

「実は気になることがありまして。

 昔の仲間に取り引きを持ちかけられたんですが……」

 

「まあ君なら乗らないよね。何を売れって言われたの?」

 

「なんでもドラッグらしくて。

 Dr.メフィストフェレスをご存知ですか?」

 

「聞いたことがないなあ」

 

大抵のメジャーヴィランなら知っていると思っていたのだが、

記憶にない名前を聞いて首を傾げた。

 

「いつもの異常な頭脳を銀行強盗に無駄遣いしたタイプらしいのですが、

 彼が研究していたドラッグがブルードヘイブンに来たそうです。

 肉体変化系で、体の色が緑になるとか」

 

「緑?」

 

「ティーンタイタンズのビーストボーイみたいですよね。

 私から警察に知らせようとも考えたのですが、やはり元ヴィランでは……」

 

「ありがとう。僕から持ちかけておくよ」

 

気丈に振る舞い、上手くいっているように見せているが、

元ヴィランの風当たりというのは厳しいものだ。

セントラルシティのローグスのように銀行強盗のみならば、

彼らがまともになるのを歓迎する向きも多いが、多くのヴィランはローグスではない。

 

「そうか、ローグス……」

 

「どうしましたか?」

 

明暗が浮かんだディックの手に、リスのグーバーが物欲しげに擦り寄ってきた。

頭の付け根を指の腹でくすぐり、ナッツを与えた。

 

「ちょっと友達にアドバイスを貰おうと思うんだけど、どうかな?」

 

「チィッ」

 

「だよね。僕も名案だと確信してたよ」

 

 

---

 

########

 

青と黒の空にピンクのネオンが投影される。

それがブルードヘイブンの夜だ。

銃声が聴こえることはあまりなく、空に大火災の煙が昇ることもない。

 

ロビンの頃からの日課であるパトロールに出向いたナイトウィング。

ナイトウィングという名前を聞いた人はほぼ全員が夜の翼と解釈する。

だが事実は、クリプトン星の混沌の神の名を貰っただけのことだ。

ロビンを辞める際にスーパーマンに相談すると、

提案されたのが秩序の神フレイムバードと混沌の神の二つであり。

 

ディックが後者を選んだのは、

なんとなく混沌という響きが格好良かったからだ。

それにナイトウィング、

夜の翼というのは女の子にモテそうな印象を抱いたのも確かだ。

 

グラップネルガンを使って犯罪がないか見回っていると、

小腹が空いたので近くのコンビニに入った。

深夜営業独特の寂れた人工的な空気感が夜に似合う。

 

「お前の所のローグスってどうやって今みたいになったの?

 かなり市民からも好かれてるだろ」

 

またも電話をしているナイトウィングは、

タイタンズのチームメイト、フラッシュのウォリー・ウェストに尋ねた。

 

『どうやってかあ。セントラルシティって毎日銀行強盗がある以外は平和だけど、

 たまに物凄いことが起きるんだよ。それで俺達がダメな時にローグスが

 市民の救助とかやってたら自然にって感じかなあ。

 でもあいつらだって批判の声も大きいぜ?』

 

「それでもあいつらがヒーローになるのを望む声って多いだろ。

 銀行強盗が日課のヴィランだってのに破格の待遇だ。

 ジョーカーにヒーローになれと叫ぶ奴がいたらアーカム直行だもん」

 

適当にスナック菓子と菓子パンを棚から取り、

飲み物を何にするか選びにかかった。

 

『あいつらは他のヴィランとはたしかに違う。

 ローグスにはヒーローや市民への敬意があるけど、

 それ以上に仲間意識がかなり強いわけ』

 

「友情パワーを持ってるのが鍵ってことか」

 

『そこが人気の秘訣と俺は推測するね。

 にしても随分とその元ヴィラン軍団に入れ込んでるな』

 

「彼らは頑張ってるから僕もサポートしたい。

 色々やってきたけど、ようやく本当にやりたいことが見つかった感じなんだよ」

 

別れの挨拶を交わし、

電話をしまって商品をレジに置いた。

夜はまだ長く、ゴリラグリムに聞いたドラッグのことを調べるつもりだった。

 

「お会計は9ドル5セント」

 

ヒーローを前にしてもそっけない態度の店員。

ブルードヘイブンにヒーローがいたことはないせいか、

未だにナイトウィングもただのコスプレと見られることが多い。

大して間違ってはいないから気にしないが。

 

10ドルを出すと、こちらを見もせずに札をしまい、

 

「お釣りのほうがテメエのタマになりまぁーーーーーす!!!!」

 

表情を一変させ、こちらに銃を向け、

ディックが近場にあった募金箱を相手の脳天で叩き割った。

 

「あがぁ!!」

 

悲鳴と鼻血を一度に出した店員が気を失った。

ゴッサムでは「お客様は神様だ」という優しい標語は存在しない。

客は殺人者、店員も殺人者。

故に今のようなケースのために店長へ直通の電話が置かれているものだが、

ブルードヘイブンにはないようだ。

 

「やっぱりまだ慣れないもんだなあ」

 

拳銃以外にも危険物を所持していないか確かめると、

ポーチから中身の入った注射器が出てきた。

緑色と言えばエメラルド色に思えるかもしれないが、

深く濁った沼の色をしていた。

 

「ゴッサムの人間だな?」

 

突っ伏した顔を持ち上げて頬を数回叩く。

覚醒した殺人店員が目の色を変えて狼狽した。

 

「そんな! どうしてわかった!?」

 

「ノリがゴッサムだ」

 

「うっそだろ!?」

 

「このドラッグは?」

 

お釣りを渡す代わりに客の命を頂く。

これはゴッサム店員ならしばしば陥る精神状態だ。

苦境にいることが多い彼らは往々にして

お店の金だろうと客に手渡すのを嫌がり、その結果、客の命を奪いたがる。

 

ゴッサムで青春時代を過ごしたディックには慣れ親しんだ出来事だが、

タイタンズとの日々やスーパーマンとの交流が、

世の中はそこまでゴッサムじゃないと学ばせてくれた。

 

「し、知らねえ!! 俺はただ、眼鏡の不気味な野郎に

 これを教えられた場所で打てばスカッとバッパンできるって貰ったんだよ!」

 

「そいつの名前は何だ?」

 

「わからねえ!」

 

「何処で使えと言われた?」

 

「それも! 後で教えるって!」

 

「5,4,3……」

 

「ひいっ!! やめてえ! 本当に知らないからぁ!!」

 

「渡したのは老人じゃないんだな?」

 

「ハァ!? 若い奴だよ!」

 

失禁する勢いで怯えている様子から判断して、嘘は言っていないだろう。

もう聞きたいこともないので相手の頭を、

頭蓋骨の存在を意識してカウンターに叩き落とした。

レジ周りを除いて店への被害はない。

 

ドラッグを持ち帰って解析すべきか迷ったが、

そうこうしている間に外から獣の咆哮と老人の声が聞こえてきた。

 

「おっ、また巨大怪物か」

 

つい先日ゴッサムで巨大怪獣達と戦ったばかりだったので、

慣れた調子で店から出てみると、実際に緑色の巨大な獣が数匹いた。

大きさは2階建ての建物程度だが、一匹だけではないというのは厄介だ。

 

埃まみれの怪物による頭突きにピンクのネオンが壊されていく。

その足元で今にも踏み潰されそうな小柄な老人が懇願をしていた。

 

「よせ! やめておくれ!

 お前の父親も悲しんどるぞ!?」

 

建物を破壊している大きな人狼達が狙いを老人へと変えた。

鋭利な爪が小柄な体を真っ二つにするよりも早く、

ナイトウィングが救い出し、

グラップネルガンを使って屋上へ退避した。

 

「探そうと思ってたところだよ、Dr.メフィストフェレス」

 

「何故、わしの名を?」

 

「ちょっとこのドラッグのことを聞きたくてね」

 

緑色の薬品が入った注射器をちらつかせると、

メフィストフェレスの顔色がさらに青くなった。

 

「頼む! できることは何でもするから、あの子らを殺さんでくれ!

 ……儂の大事な家族なんじゃ」

 

「彼らの弱点は?」

 

「すまん。ない」

 

「ないのかー、まあどっちにしろやるけど」

 

のびのびと走り回る緑の人狼たちの前に躍り出ると、

すぐにこちらを攻撃対象に定めた。

 

「良いね。僕って動物にモテるタイプ?」

 

向こうを誘うように跳び回ると、

ボールに向かう子供がするように獣がまんまと誘い出された。

怪獣の爪が振り下ろされ、跳んで躱したディックが、

ワイヤーを首に回した上で両先端を建物に射出し、縫い付けた。

勢いが減じて藻掻く怪獣の動きが止まり、

一息つく間もなく、次が迫る。

 

「ヒュー! 情熱的!」

 

口笛を吹いたナイトウィングが怪獣の肩へジャンプして背後へと回る。

怪獣同士が衝突し、着地したディックに三匹目が体当たりした。

太く、硬い筋肉に覆われた腕を交差しての突進。

シャッターが降りた無人のブティック店とサンドイッチされて、

ディックの口から血が溢れた。

 

「げえっ!」

 

咳き込んだディックがスティックを獣の目元に突き刺し、

悶えた獣からするりと逃げた。

残るは二匹。挟み撃ちにされる形となり、

双棒を手元でくるくる回しつつ、

ディック・グレイソンは相手の間合いに付かず離れずの位置をキープした。

 

「大丈夫なのか!?」

 

心配した人狼達の飼い主が離れたところから叫んだ。

 

「この坊やたちに言ってやりな」

 

「頭からすごい量の血が流れとるぞ!」

 

「ちょうどメッシュを入れたかったんガバッ!!」

 

太い腕が横殴りに叩きつけられ、朦朧とした意識が完全に覚醒した。

さっき何を言ったか忘れたが、きっと女の子が惚れ惚れする

ウィットに富んだジョークをほざいたに違いない。

 

数歩横にずれ、左腕に罅が入った。

 

犬の生臭い吐息が髪を掻き上げて、

背後にいた方が駆け出して、大きく弧を描き、喰いついてきた。

そちらに意識が向くと、前にいた方が今度は跳躍してきた。

 

上と横からの攻撃にナイトウィングはあえて、

鼻面に足を載せて頭に乗り、

ブティックでくすねておいたドレスを切り裂き、

細長いロープにして獣の目を縛った。

 

「散歩しようか」

 

視界を奪われた獣が暴れまわり、

すぐ近くに着地した仲間を後ろ足で蹴り飛ばす。

風圧で振り落とされそうなのを堪え、

鼻の穴にエスクリマスティックを突っ込み、スイッチを押した。

催涙ガスが怪物の鼻孔を満たし、倒れた。

 

着地したディックの周囲に倒れる変異した怪物達。

腰が曲がりかけた老人が駆け寄って、

ポケットからリモートコントロールを出してスイッチを押した。

 

緑色の二足歩行をする人狼がみるみる縮んでいき、

何処にでもいるような仔犬達になった。

 

「これが君の兵隊ってわけかい?

 Dr.メフィストフェレス」

 

目に入る勢いで流れる血を雑に拭き取り、

頭に包帯を巻き、応急処置を済ませた。

 

「改めて聞くが、何故、儂の昔の名を知っとったんだ?

 そうか、ヒーローだものな。

 この子らは儂の実験動物の子孫だ。

 親の体毛の色は普通だったんだが……これが報いというものか」

 

「とにかく会えて良かったよ。

 これについて聞きたかったんだ」

 

アンプルを差し出すと、

メフィストフェレスがドラッグをためつすがめつ観察した。

 

「何処で手に入れた? 何者かが資料を盗んで作っとるらしいんだが。

 ずっと探しとったのに見つからんかったよ」

 

「コンビニの殺人店員が持ってたよ」

 

「何故、店員が殺人でドラッグを……まさかゴッサムからの流れ者か」

 

「その通り」

 

名前からは程遠い疲れきった雰囲気を持つ

Dr.メフィストフェレスが座り込んでため息を付いた。

 

「儂が40年前に作ったものだ。

 当時のゴッサムは邪神宗教が流行していてな。

 同好の士と頑張ってクトゥルフの触手を召喚したのだ。

 儂以外はみな発狂死してしまったが……触手を研究して製作した」

 

「へえ、昔はそうだったのか」

 

「写真を持っとるぞ、興味あるか?

 ゴッサム濃度が低ければ写真越しでも発狂死しかねんが。

 儂は二度と見返さんと誓っとるが、手放せなくてな」

 

「見せて見せて」

 

神々を生物兵器に転用する研究は世界各地で行われている。

神魔研究組織S.H.A.D.E.では猿とクトゥルフを組み合わせた

モンクトゥルフというのが戦場に駆り出されていた。

中々に厄介だったが、チェックメイトに貰った武器が役に立った。

 

「おぉ、意外と普通だな」

 

写真に映った触手にディックは感嘆した。

 

「生は迫力があるんじゃよ。画面の隅、いきなり触手を取られて

 ちょっとびっくりしたクトゥルフが次元の歪みから覗き込んどるじゃろ」

 

「本当だ! へぇーこんな顔をしてたんだ!」

 

「とにかくこの薬を打てば誰でも人狼になれる。

 懐かしいなあ。生物兵器で世界を征服しようと日夜銀行強盗を企んだものだ」

 

「あのさ。前々から聞きたかったんだけど、

 銀行強盗ってヴィランにとってはどういう扱いなの?」

 

「今でも思い出す。ヒーローと鎬を削る熱い日々。

 世界を掌中に収める夢を描いた時の昂ぶりを。

 磨かれたフロアと接客マナーを叩き込まれた受付の待つ銀行は、

 儂にとっての失われた魔宮だった……」

 

答えは得られなかったが、枯れ木の腕を持つ老人が

遠い過去に思いを馳せる様を見て、

銀行強盗が彼にとってどれだけ楽しかったかわかった。

 

こんな80歳にも届こうという老人すら、

銀行強盗の魅力に未だ取りつかれているのだ。

ディックはこの世界で銀行というドラッグから抜ける難しさを改めて実感した。

 

「そんな昔からヒーローっていたんだね」

 

「いたとも……あいつは……

 青いコスチュームに……スカラベを……はて、思い出せん」

 

頭痛を感じて眉間を抑えたメフィストフェレスを心配し、

起き上がった仔犬が彼の手を舐めた。

 

「良い子だね」

 

「あ、ああ。こいつの祖先も儂を慕ってくれた。

 ヒーローに倒される様を見て実感したよ。

 こいつらを利用するのはできん」

 

ディックがブルードヘイブンに来たのは、

白と黒、信用できる者とできないもの、

善悪の境界線を改めて構築するためだった。

 

灰色の影として、バットマンのエージェントとして、

家族にすら死を偽ってスパイの任務をしてきたが、

人を欺くのに慣れて自分が影そのものになってきた気がした。

まるでバットマンのように。

 

「ところで儂らをどうする?

 警察に突き出すか? こいつらを抑える研究は続けているが……

 最後にどうなるかは儂にもわからん」

 

メフィストフェレスは自分がしてきたことを理解し、

罰を受けることも許容している。

警察に逮捕させるというのは悪くない考えだ。

事実、それが正しい義務とも言える。

 

バットマンならそうするかもしれない。

 

だがディックは彼のようにはなりたくなかった。

彼のようになるのがディックにとって最大の恐怖だった。

そしてブルース・ウェインが常に恐れ、避けたかった結果だった。

 

「もっと良い方法があるよ。

 僕もこの子らを抑える方法とドラッグの元締めを調べてみるから、

 君もドラッグのことを教えてくれ」

 

「いいのか?」

 

「人への信頼がモットーでね」

 

「……お前さん、ゴッサムのヒーローだろ?」

 

「それは――別問題ってことさ」

 

「ふむ……」

 

言葉を濁し、膝に眠る仔犬を撫でてかつてのヴィランは言った。

 

「時代は変わるものだ」

 

メフィストフェレスが奇異に思っているのはわかる。

深淵を見るものは深遠に……という手垢の付いた喩えをするまでもなく、

ゴッサムシティで他者を信じるのは難しい。

コンビニの店員すらポイントカードをゲットする感覚で客の命を取りに来る。

 

「まあ難しいこと抜きに、この子達に刑務所の飯は合わないでしょ?」

 

眠った仔犬を膝にそっと載せ、

ディックが軽やかに笑った。

さっき買った菓子パンを犬に食べさせ、

今の自分がバットマンともジョーカーとも違って見られることを願った。

 

#######

 

 

 

「よーし、少年少女諸君! 今日もクールに行こうか」

 

ボードを肩に置き、長袖のジャージを着用し、

ディックは子供達に呼びかけた。

ブルードヘイブン・コミュニティセンターに斡旋してもらった仕事。

子供達に体操を指導するインストラクター。

 

Dr.メフィストフェレスと、個人的に調査を依頼したギズとマウスからの情報によると、

ドラッグの元締めはゴッサムから来た者らしい。

非常に特徴的な男のため、断片的な情報からでも推測は容易だ。

メガネ、陰鬱な気配、仮面の無表情、抑揚のない話し方。

奴と相対することになるのを想像すると、気が重い。

 

平均台、跳び箱、鉄棒で子供らがそれぞれ体を動かしていた。

元ヴィランのカウンセリングは資格がないため、

本格的な業務は任されていないが、こちらはディックにとっての本領だ。

 

幼い子供達ばかりだが、彼らは一様に犯罪や暴力にトラウマを負っている。

犯罪に傷つけられたり、親が犯罪者で身寄りがなかったりと経緯は様々でも、

共通するのはスポーツを通じて気分転換するという効果を求められたことだ。

 

子供達に指導すると、時間が瞬く間に過ぎ去っていく。

カウンセリングと違い、身のこなしを教えるのは慣れたものだ。

 

「センセー、手本見せてくださーい」

 

「はいよ」

 

タオルで手を拭き、指と肩の体操をすると、

子供達が目を輝かせて集まってきた。

ゴッサムでよく感じていた視線だ。

兄として先輩として、時には師として、

ロビンの名を継いだ子達がディックの背中をそうやって見つめてきたものだ。

 

「運動を楽しくする上で一番良いのは心に蓋をしないこと。

 もちろん競技なら相手を気にしないと駄目だけど、

 体操は個人競技だからね」

 

10m離れたところから前宙3回、大きなバク宙を一回して、

鉄棒の上につま先を乗せた。

それだけで拍手が上がるが、棒を平均台に見立てて、

側転から大きく跳んで前に四回、廻って元の場所に足をつけた。

 

危険なパフォーマンスだが、

安全を捨てた行動はサーカスの頃から慣れきっている。

そして、それを成すだけの準備と訓練もだ。

 

「もちろんみんなはこんな真似しちゃダメだ。

 でもぉ? 僕は超楽しい!」

 

足を鉄棒から外し、自由落下の勢いを利用して、

逆回転を何度も繰り返す。

風を切り、生徒達の歓声が聴こえ、

サーカスにいた時の興奮が蘇ってくる。

 

スポットライトの外は見えず、

高所からは底なしの深淵に見える暗闇に飛び込んでいく。

恐怖を訓練で克服し、翼となって、

闇の奥底へ潜り、命を掛け金に浮上する。

グレイソン一家の真髄だ。

 

マットの上に華麗に着地し、

掻いた汗を拭き取った。

 

「もちろん運動に苦手意識がある人もいるだろう。

 でも忘れないでくれ。自分の可能性を解き放つっていうのはすっごく気持ち良いんだ。

 以上のことを覚えたら今日はこれまで!」

 

「ありがとうございましたー!」

 

元気よく挨拶して帰っていく子供達を見送っていると、

一人だけ部屋の隅で所在なさげに座る女の子がいた。

 

「どうした?」

 

口をつけていないペットボトルを渡して、

目線が合わない角度に尻を付けた。

 

「帰りたくない」

 

「へえ」

 

この少女は両親が殺され、

施設送りにされかけたところを、

ブルードヘイブンに住む親戚に引き取られていた。

不憫ではあるが、ゴッサムではよくいる境遇だった。

 

「おばさんのごはん美味しくないし、毎日辛くないかってしつこく聞いてくるの。

 聞いてないときも、無駄に気を使ってるってわかる。

 おじさんも全然口を利いてこないし」

 

「そういうもんだよな。

 僕も昔は、なんでこんなのに引き取られたんだって思ったよ」

 

「先生の後見人ってブルース・ウェインでしょ?」

 

「それがどうかした?

 あっ、みんなに聞かれるけど援助は一切受けてないよ。

 でも内緒な。こういうのって周知されたらされたで鬱陶しいから」

 

口をつぐむジェスチャーをすると、少女がようやく少し笑った。

 

「あの人はすごく気難しい人だったよ。

 何度断っても必ず執事に学校まで送らせたり、

 僕の日記やブログ、SNSまで金に物を言わせて監視したりね。

 彼の心配症が慣れない内はウザくてたまらなかった」

 

今朝もパトロール中に侵入されて、

設置された盗聴器、監視カメラを確認したばかりだ。

それが何年も続いてきた。不平不満も一切聞き入れられなかった。

幼心にこいつは頭がイカれてんじゃねーのかと思えてならなかった。

 

ついに爆発して暴力をもって辞めさせようとしても、

毎度のごとくボコボコにされて終わった。

アルフレッドが優しく看病してくれなかったら、発狂していたに違いない。

 

「でも寝言でこう言ってるのを聞いたんだ。

 『やはりサーカスに置いてくるべきだった。

 あの子の人生をずたずたに引き裂いてしまった』ってね」

 

細部は違うが、だいたい似たようなものだ。

ヴィランに洗脳されて、ディックに攻撃を仕掛けてきた時、

悪夢のように繰り返し呻いていたのを聞いた。

タイタンズに入って一年目のことだった。

 

「もちろん、今日明日に仲良くなれとは言わないけど、

 向こうも不安を抱えてうなされてるんだって思えば、

 多少の不満もざまあみろって晴れるもんだよ。

 これも内緒だけど実は、ブルースに手首に発信機まで埋め込まれてる。

 もうあの野郎は完全に病気だ。でも許容できるようになったよ」

 

話していて説得できたかどうか不確かだったが、

反応を横目で観察するに、気持ちが楽になったようだ。

 

「ありがとう、先生」

 

「いいよ。またいつでも相談に乗るから」

 

「ブルース・ウェインって嫌な奴だったんだね」

 

「そう! そうなんだよ! これはもっと言いふらしていいからな!?」

 

そうやって笑いあって少女が帰っていった。

更衣室へ向かう途中で眼鏡をかけた男性とすれ違い、

相手が誰かを認めたディックが瞬時に警戒態勢に入った。

 

もちろんそんなことはおくびにも出さない。

石仮面の顔をぴくりと動かすことなく、

ゴッサムから来たヴィランが握手を求めてきた。

 

「やあディック。久しぶり」

 

「よおジュニア! お姉さんと親父さんはどうだ?」

 

「とっくに殺したよ。今夜のニュースに流れる」

 

空気がピンと張り詰め、

握手を交わしている手に力が入った。

 

「ごめん、冗談だった。

 受け入れてもらえるように考えたんだけど、

 ヴィランジョークって難しいね」

 

「ああ、それは辞めた方がいい。

 どうしたんだゴードンjr? 観光か?

 なんなら仕事が終わった後に案内しようか」

 

ゴードン警部の息子、ジェームズ・ゴードンjrは、

一切の動揺も感情もなく淡々と告げた。

 

「僕も君たちの会に出席していいかな?」

 

この男がドラッグを街に流していた。

それは確かだし、ここで無理にでも捕獲するのが正しい。

ディックの背後で蝙蝠の怪物が、奴の顔面を100発殴れと命じている。

 

「頼むよ。更生というのに興味があるんだ」

 

努めてブルースの鎖を振りほどき、

握った手をぶんぶん振った。

 

「おいおい断るわけないだろ。

 お前は大事な幼馴染じゃないか」

 

 

 

##########

 

「さて今日もセッションを始めようか」

 

パイプ椅子を円形に並べて銘々に着席したのを確認し、

ディックは元気よく呼びかけた。

だが部屋の温度は肌寒く、湿度は沼地よりも不快で、

空気が濁り、蠢きまわっていた。

 

「まずは体験参加ってことで来た彼に自己紹介をしてもらおう」

 

「おい司会者。誰だその筋肉……筋肉?

 そいつは……筋……肉か……? 何だそれは……?」

 

ゴードンjrにガンを飛ばそうとしたスタリオンが、

霧を見通そうとする時と同じく目を細め、瞬かせた。

やはり市井に溶け込もうと努力しても元ゴッサムヴィランなだけはある。

圧倒的な危険を嗅ぎ分ける能力に長けている。

 

リスのグーバーは用意された席に座らず、

怯えきった様子でマウスの髪の中に隠れていた。

彼女の髪型は頭の左右に大きな団子を括ったもの。

それで名乗るヴィランネームがマウス。

気弱な彼女だが、ディズニーに真っ向から取っ組み合う気概はすでに持ち合わせており、

固まった体でもリスを庇うようにしていた。

 

やはり出席させたのは間違いだったか。

だが彼はどういうわけかブルードヘイブンに許可をもらい、

正式な一市民としてここに来ている。

どんな弱みを握ったかは知らないが、元ヴィランにとって役所は天敵中の天敵だ。

 

「じゃあいつものように近況を報告しようか。

 ゴリラグリムから時計回りでね」

 

ゴードンjrを隣に座らせ、

いつでも裏拳か後ろ蹴りを浴びせられるようにし、

新米カウンセラーもどきのディックが会を進行させた。

 

「わ、私はですね。劇団のオーディションに参加してみました。

 『エルム街の悪夢』の猿役を募集していたのですが、

 これこそ私にぴったりだと思いまして。日頃の練習の成果を出せました」

 

「やったじゃん! お前、いっつも立ちんぼの姉ちゃんと

 キングコングプレイやってたもんな!」

 

「ちょっ、やめてくださいよ!」

 

「彼女でも作ればいいのに」

 

「えーグリムったらサイッテー!」

 

やはりゴリラグリムから始めたのは正解だった。

彼の更生への努力は目を瞠るに余りある。

 

おまけに今、性癖を明かされるという英断までしてくれた。

ディックは独自の身辺調査でとっくに把握していたが、

普段なら絶対に切らないだろう危険ネタを出すよう誘導してくれたことに感謝した。

 

いつもなら女性もいることで、

絶対にやってはならないことだったが、重苦しいムードだからこそ和らいだ。

 

「とにかく! アメリカに来たのもキングコングを観て、

 人を好きな様に脅かすゴリラに憧れたからでした。

 恥じる過去ですが、活かせる活動ができそうで嬉しいです」

 

「そうかぁ。君もいっつも頑張ってたからな。

 もちろんそれで食べていけるっていうのは難しそうだけど、

 ゴリラ男優っていうのも良いかもね」

 

「じゃあ次は俺かな。

 最近、朝早くにサイクリングしてたんだけど、

 バイクをかっ飛ばすとはまた違った――」

 

ヴィランから更生しようとしている者達が、

活発に小さな出来事を報告していく。

ディックがレポートに提出する書類に記入し、

全員の発言が終わり、自然とゴードンjrに注意が向いた。

 

「僕も話すの?」

 

「お前も更生に興味があったんだろ?」

 

「うん」

 

従順な返事だが、これっぽっちも中身が見えない。

じっとそれぞれの顔を観察し、

ジュニアの視線にマウスが寒気を覚えて震えた。

 

「今朝、電車に乗った時、バッグに爆弾を入れていたんだ。

 そう言えばヴィランぽく見えるかな? でも僕は自分がヴィランだと思ったことはない。

 子供の頃から、僕と同じ人間はいなかった。ジョーカーも違った」

 

ペンの動きを止め、ディックが顔を上げた。

ギズもスリルデビルもジュニアの話に笑えばいいのか、

共感を示せばいいのかわからず、戸惑い、

グーバーが襟からディックの服の下に潜り込んだ。

 

「君達はヴィランを辞めたいんだよね?

 だから同士とこうやって集まっているわけで。

 でも、それって可能なのかな? ヴィランっていうのはこうやって銃を撃てば」

 

眼鏡を掛けた元ハッカーのギズにジュニアが引き金を引いた。

咄嗟に止めようとしたが、怯えが頂点に達したグーバーが首に爪を立て、

小さな体からは思いもよらない力でしがみ付く。

彼を庇うように、

隣のマウスがとっさに椅子の脚を蹴って弾道から外した。

 

「殴られてえか、ぶっ殺すぞ!!」

 

スタリオンが怒りで顔を真っ赤にしてジュニアを殴った。

彼の腕っ節は相当なものだ。顔面に突きを喰らったジュニアが、

倒れ伏し、胸ぐらを捕まれ引きずり上げられた。

 

「すぐに感情任せに殺しに来る」

 

「やめてください! 警察を呼びましょう」

 

グリムがスタリオンからジュニアを奪い取り、

羽交い締めにした上で説得した。

肩で大きく息をしていた元フットボールプレイヤーから、

みるみる興奮が消えていった。

 

「ありがとうグリム。これがお前の狙いか?

 ただいたずらに挑発をしただけじゃないか」

 

「お兄ちゃんって呼んでいい?

 前から兄が欲しかったんだ」

 

「笑えるジョークはアーカムまで取っておけ」

 

「僕はずっと父さんみたいになりたかった。

 あの人は、どうしてかわからないけど尊敬されていたからね。

 尊敬されるって、良いことらしいから」

 

「君たちの誰か――そこの二人!

 警察に連絡し、残っている職員に犯罪者の侵入を報告しに行ってくれ」

 

ゴードンjrの独白の間にギズとマウスに指示を飛ばす。

二人は恋仲だ。ここにはいさせない方がいいだろう。

 

「グリムは残りと一緒に戸締まりと避難経路の確認だ。

 それとグーバー、もう安心だ。

 僕が処理するから通気口に毒ガスか爆弾がないかチェックを頼む」

 

「無視かい?」

 

「悪いね。聞いてたから話していいよ」

 

ジェームズ・ゴードンjrの両手、両足を縛り、

二人だけの部屋になった。

倒れた椅子を足で蹴り起こしてジュニアを座らせた。

 

「ずいぶんと優しいね」

 

「要点だけを話せ。口だけで何も感じていないのは知っている」

 

「僕をここに案内したのもそうだ。

 ゴッサムにいれば絶対にしないヘマだよ。

 もしかして、甘くなったの?」

 

腕組みをし、ジュニアの話が進むのを待つ。

甘くなったのはそうかもしれない。

ブルードヘイブンに来て以来、犯罪者の更生を信じようとはしてきた。

ディックは無自覚だった。

“落伍者”と接してジュニアが変わるのを期待していたのを認めた。

 

「そうだね。僕は変わったかもしれない。

 でも人間ってのは根本からは変われないもんさ。

 5パーでも20パーでも変えられたらそれで十分なんだ、お前も僕もね」

 

「僕は父になりたかった。どうやってもなれなかった。

 だから他のみんなを僕にしたいんだ」

 

「無理な話だけれどいいと思うよ」

 

「本当にそう思うかい? リチャード先生。いや、ディックお兄ちゃん」

 

「人と関わろうとするのは重要なモチベーションだ。

 それとお兄ちゃんじゃない」

 

「よかった。勇気が出てきた」

 

やけに素直なジュニアに眉を上げたが、

サイコパスとソシオパスの感情を理解しようとするのは危険だ。

深みにはまって戻れなくなる危険性が高い。

急激に周囲のゴッサムパワーが上昇しているのを、ディックは肌で理解した。

 

やはり二人きりを選んだのは正解だった。

“落伍者”達では、とっくにヴィランリターンしていたはずだ。

 

ドアをノックする音が聞こえた。

控え目な音だったが、ディックは素早くジュニアに目を走らせると、

迷わず窓ガラスを突き破った。

背後から機関銃の暴れる音が響き渡る。

 

木の枝を掴み、乗り移ると、手早くシャツとパンツを脱ぎ、

ナイトウィングのコスチュームを曝け出し、

グローブとドミノマスクを付ける。

 

グーバーにはとっくにバレていることになるが、彼はリスだ。

動物と話ができる能力者でない限り、

シークレットアイデンティティが漏れることはない。

 

夕暮れ、昼と夜の間の空。

殺気を感じたナイトウィングは銃弾を跳び避けた。

回転の勢いを殺して三点着陸をし、

その前を天狗の仮面をかぶった、カモシカのように

細くしなやかな筋肉をしたヤクザが落ちてきた。

 

裸の上半身を揺らめかせ、ゆらゆらと近づくヤクザ。

モクゲキという名前のヴィランだ。

雇われヤクザだが高い戦闘力によって近年、名を上げている。

 

「ヒュー! モクゲキ先生のお目通りだあ!!」

 

よく見かける類の奴らが排水管を伝って降りてきた。

 

「この街にテメエみてえな腐れイケメン系はいらねえんだよダボゴミがぁ!」

 

「お前らいっつもそうやってるけど人生に疲れたりしないの?」

 

「あぁ!? 意味わかんねえけどやっちまってくだせえ、モクゲキ先生!」

 

振られたモクゲキが緑と赤のカードを掲げてきた。

どちらかを選べということだろう。

赤を選びたいところだが、今日は緑の気分だったのでそちらを選ぶことにした。

 

「緑」

 

「よっしゃ! 馬鹿が緑のカードを選びやがったぜえ!!」

 

「まんまと罠にハマるとはバットファミリーの知能も奈落真っ逆さまじゃねえの!?」

 

「赤だとどうなってたの?」

 

「テメエの体を切り刻んで失血死に決まってんだろゴミったれがよー!」

 

「なるほど。じゃあ緑は?」

 

ナイトウィングの疑問に答えて、

モクゲキが部下達に合図した。

ニヤついたゴロツキ達が首に注射器を刺した。

 

「俺達がテメエをぶっ殺すんだよぉ~~~ん!

 あれ、これおもったよりも苦し……」

 

荒んだゴロツキ連中から血の気が引き、

代わりに脂汗がじっとり浮かぶ。

骨格が変わり、恐怖した者たちが泣き叫ぶが、

そのまま人狼へと変化していった。

 

「またかよ。いっそブリーダーにでもなってやろうか」

 

昨日よりも数が多く、10匹いる。

モクゲキがコミュニティセンターへと戻っていき、

それとすれ違って人狼達が襲い掛かってきた。

 

飛び退ったところに人狼の腕が叩きつけられ、

舞い上がった地面の破片を避けて駿馬の走りをする。

進行方向に人狼が立ちはだかり噛みつきをし、

後ろから両腕を広げた人狼が羽交い締めをしてきた。

 

「メフィスト! 不味い! コミュニティセンターが襲われている!

 十匹もいるとかなり危険だ!」

 

『本当か。何故そんな場所を……?』

 

「わからないけど犯人はジェームズ・ゴードンjrだ」

 

『やはりゴッサムだったか。

 あそこの奴らは本当に生きる病原菌だ……』

 

「菌も生物だけどね。とにかくまだ増えるだろうから、

 今から僕が教えるアプローチを試してくれ」

 

メフィストに連絡を取りつつ、

人狼達の攻撃を紙一重で避けていく。

狼も逃げる草食動物を追ったことはあっても、

サーカス芸人を追ったことはあるまい。

変則的な動きを織り交ぜると、人狼達に怒りが見えだした。

 

『成功した! よく気づいたな!』

 

「まあ色々考えるところがあってね」

 

『もっと早く教えてくれればよかった!』

 

「ごめん、ノンキしてた。

 とにかくワクチンの精製を急いでくれ」

 

スライディングして二足歩行の狼の股を抜ける。

十体すべての敵が一方向に固まり、

昨晩教わった人狼への対処法を試すことにした。

 

エスクリマスティックの先端を合わせ、

スイッチを押すと全方向へ放射状に電磁パルスが流れ出した。

人と狼の違いは脳の使用領域にある。

狼ではなく、人間が普段用いる前頭葉を強制的に衰退させる電流を流し込む。

 

前方向にいる4体はそれだけで活動が停止し、倒れ込み、

それ以外の者達も動きが止まった。

 

ジュニアを追う方に集中すべきか迷ったが、

こいつらを放っておけば市民に被害が出るだろう。

 

全員を排除することに決め、

残りの6体を片付けにかかる。

 

だが建物の壁が内部から突き壊され、

中からさらに人狼が続々と現れていく。

走っている体勢をしていたディックが心のなかで舌打ちした。

あまりに数が多すぎる。

 

ジュニアはこれだけモンスターを一箇所に

呼び寄せてどうするつもりなのか。

距離を取ろうと無理矢理に方向転換すると足首が捻じれ、

とっさに前転しようとするが、それより早く胴体を掴まれた。

 

「くそっ」

 

焦燥を浮かべたディックが鼻面にチオアセトンを数百倍に薄めたガスを浴びせた。

狼を相手にする上で臭いを武器にするのは上策だが、

こちらの五感も麻痺するので避けたかった手段だ。

 

身体能力を武器にするナイトウィングから嗅覚が奪われ、

ついに肩を噛まれた。

苦痛に絶叫した彼へと次々に狼が群がってくる。

 

万事休すと思われたナイトウィングだったが、

二階の窓を乗り越えてゴリラが落ちてきた。

怪力で無理やりディックを助け出し、片腕を大きく奮い、

強引に人狼を3匹投げ飛ばした。

 

「すっげえ……!」

 

改めて目の当たりにするゴリラの潜在的肉体強度に感嘆した。

 

「怪我は平気ですか?」

 

「サンキュ。本当に助かったよ」

 

礼を告げたが、グリムは首を振って違う話題に言及した。

その横顔には深い憂いが見える。

 

「こんな時に何ですが……」

 

「本当にこんな時だな。でも戦いながらでいいなら聞くよ」

 

断続的に襲い掛かってくる人狼達を捌きながら、

やりとりを交わしていく。

肩は激痛を訴えているが、無視すれば動きには支障がない。

 

「ヒーローの貴方にはどう見えますか?

 私達は変わっていると思いますか?」

 

人狼の突進を真っ向から受け止めたグリムの肩に飛び乗り、

的確に狼の眉間を狙い突きしていく。

単体ではかなり厳しかったが、ゴリラの頑強な膂力と連携すると

難易度が飛躍的に低下してくれた。

 

一匹、二匹と徐々に倒していく。

 

「誰かに何か言われたのかい?

 少なくともヴィランのままなら今、僕の隣にいないと思うぜ」

 

彼らがジュニアに言われたことについて知らない振りをしてみたが、

グリムからは沈んだ様子がなくならない。

 

「そうでしょうか」

 

ジュニアに言われたことを予想通り引きずっているらしい。

だがそれは仕方のないことだ。

ゴッサムの狂人にはそういった力がある。

今でもジョーカーに魅入られる者は後を絶たない。

 

残り二匹というところで、なお人狼が増えていく。

 

「ナイトウィング……私達を見捨てないでください。

 ブルードヘイブンは良い街だ。悪人は善人に、黒は白になれる」

 

ディックの右斜め後ろから飛びかかってきた人狼の頭を掴み、

グリムが下に押し倒し殴りつけた。

 

「僕は君達に会いたくなかったよ」

 

その告白にグリムは目を見開くが、戦闘行為に陰りは見せない。

良い戦士だ。ヴィランをやめても一般市民に戻すのは少しばかり惜しい。

 

「ここに来たのはゴッサムに嫌気がさしたからさ。

 だから白と黒、善と悪、狂気と正気の明確な境が欲しかった」

 

バットマンの期待、弟達からの尊敬。

どちらも全力で応えてきたが、

次第に自分がわからなくなってきたものだ。

 

疲労が困憊し、煙幕を張って暫し居所を隠した。

 

「でもわかったのは僕は何処までもただの人間で、

 君はただのゴリラだってことだ。

 任せとけって、ヒーローは助けを求められたら力が湧くもんよ」

 

「お前ら無事か!」

 

スタリオン達が遠くからやってきて戦いに加勢した。

これで戦力はほぼ申し分ない。

片付けるのは難しいが、“落伍者”に任せて良いタイミングだ。

 

「スリルデビル。ギズを連れて、

 今から教える場所に行って老人からワクチンを貰ってきてくれ。

 ギズはそこに留まってその人の研究をサポートだ。

 みんなには彼が戻ってくるまでモンスター達を引きつけて欲しい」

 

「俺のバイクをかっ飛ばして良いのか!?」

 

「緊急事態だからね」

 

「やりぃ!!」

 

スリルデビルがバイクへと走っていくのを、

邪魔しようとする敵をディックとスタリオンが倒していく。

 

「職員は生きてる奴らは全員逃したと思う!

 あの不気味なのが中にいて陣取ってるみたい!」

 

「わかった。僕がどうにかするから君達に任せていいかい?」

 

「俺たちにヒーローの真似事をしろってか」

 

「市民としての義務ってことで頼むよ。

 もうすぐ警察も来るだろうから、危なくなったら迷わず逃げて」

 

「クソッ、一般人ってこんなことまでしないといけねーのかよ。

 だがしゃーねえ。ディック先生の頼みだ」

 

「知ってたのか!?」

 

気が動転したナイトウィングが踵落としで敵を沈めた。

元フットボーラーで筋肉しか頭にないスタリオンがシニカルに笑った。

 

「俺は筋肉で人を判断することにしてんだ。

 あんたは良い筋肉だ。昔はわからんかったが、わかるようになった」

 

「あたしは知らなかったよ!?」

 

マウスが狼狽えたが、ナイトウィングは感心した。

万が一にもバレないようにしていたのに、

まさか筋肉でシークレットアイデンティティを悟られるとは。

つくづくヴィランの持つポテンシャルには恐れ入る。

 

「でも良いかも! バットファミリーを助けるのはちょっと……

 色々フラッシュバックするけどディック先生のお手伝いと思えばいいのね」

 

「ありがとう、みんな。

 なんていうか、本当にありがとう」

 

言いたいことは色々あったが、礼だけは述べた。

これまで色々なことを経験してきたつもりだったが、

元ヴィランに感謝されるのが、

これほど胸を詰まらせるものだとは知らなかった。

 

 

 

 

###########

 

「もう終わりだゴードンjr」

 

コミュニティセンター館長の部屋。

さして高そうでもないデスクに腰掛けていたジュニアは首を傾げた。

 

「僕を倒してもドラッグのワクチンを作らないとどうしようもないよ」

 

「それはもう解決した。友人に訊いてみたら興味深いことを教えてくれたよ。

 人狼というのは人と狼の融合体だ。犬に近づけるのがわからなければ、

 人に近づけるアプローチを試みればいい」

 

神秘研究機関S.H.A.D.E.のエージェント、

心優しき詩人のフランケンシュタインに教わったことだ。

以前は立場の問題から敵対していたが、

バットマンがあるトラウマから彼の体を切り刻んで実験動物にしたことがある。

 

命の取り合いよりも、彼の尊厳を切り刻んだことの方が遥かに重いと判断し、

秘密裏にコンタクトをとって詫びを入れて以来、友人関係にあるのが幸いした。

 

奇妙な因果であった。

バットマンに振り回されているだけのことなのに、

彼のフォローに回ったことで結果的に友人が増えている。

 

「へえ、それじゃあ僕がどうしてここに来たのかもわかっていたりするのかい?」

 

「もちろんだ。お前は灰色の領域が邪魔だったんだ。

 この街は危うい均衡に成り立っている。

 加害者と被害者、昼と夜、ゴッサムとメトロポリス。

 それらを取り持つ役目にあるコミュニティセンターを潰せば、

 両極がぶつかり合い、残るはお前が大好きな無だ」

 

「へぇー、そうだったんだ凄いなあ」

 

挑発かと疑ったが、ジュニアは自然と賞賛しているようだ。

底知れない、というよりは掴みどころのない男だ。

観葉植物の影から天狗が跳び出し、

両の手に装着した鉤爪で切りかかってきた。

 

エスクリマスティックで斬撃を弾くと、

鳩尾にヤクザキックが飛んできた。

バク転して被弾を防ぐが、

モクゲキが低い体勢から脚を狙いに来た。

 

ふくらはぎに切り傷を負い、

お返しに天狗の鼻に膝蹴りをお見舞いする。

血の赤をした天狗の仮面が罅割れ、

顔を抑えたモクゲキが距離を取った。

 

「おぉ~~」

 

ぱちぱち拍手したジュニアを無視して、

対応中のヤクザにピシャリと指を差してから、

おちょくるように手招きをした。

 

「どうしたんだ?

 赤を選んでないと本気が出せないとか言い訳しちゃう?」

 

おちょくられて敵意を強めたモクゲキの攻撃が単調化する。

両腕の鉤爪は避けるのを意識すると変則的な軌道から

予測が困難であり、最終的に追い詰められる。

 

そのため、ディックは大振りの攻撃にあえて、

懐に入ることを選んだ。

肘関節が首にあたり、捻らせた腕に乗る爪が彼の頭皮を切る。

 

それよりも、柄を短く持ったディックのスティックが

モクゲキの肺を直撃した。

こちらにもたれかかり、大きく喘いだヤクザに膝蹴りを浴びせ、

苦し紛れにモクゲキが近くの観葉植物を投げ飛ばしてきた。

 

「なんだか退屈になってきたから適当に話をするよ。

 君ってどうしてヒーローをやれるんだい?

 『バットマンの弱点は仲間』なんてみんな薄々気づいてることだろ」

 

棒で叩き落としたディックが壁を起点に三点跳びを仕掛け、

相手の顔を蹴飛ばそうとするが、

手の甲にある鋼に阻まれ、右手の爪が翻った。

 

「それは見当違いだ。僕達は彼の弱点でいなければならなかった。

 弱さがなければ彼は神か怪物にたちまち堕ちる。

 人でなければバットマンは倒すのが容易な吸血鬼もどきだ」

 

「それは詭弁というものだよ。

 今気づいたんだけども、

 きっと君が知らないことがあるから教えよう」

 

エスクリマスティックを巧みに操り相手の攻撃の芽を潰す。

十合ほど打ちあい、耳障りな擦過音が反響し、

そうしている間も耳だけはジュニアの続きを待った。

 

「それでなんだよ?」

 

「何が?」

 

「だから僕が知らないことだよ」

 

「ああ、そうだった。

 でもそろそろ観戦の楽しみ方がわかってきたから別にいいよ」

 

「良いから言え!」

 

「わかった。実は君が戦ってきた奴らはゴッサムの住人じゃないよ。

 少しは混じっていたけど大勢は現地民だ。

 僕と少し話したら全員よく染まってくれた」

 

ジュニアの言葉にディックは無言を貫き、

戦いに全意識を戻して集中した。

 

「無視かい? だからさ、君がやっていることは無駄なんだ。

 お茶のみついででも触れ合えば奴らはこっち側に来てくれるんだ。

 ちょっと興味深いよね」

 

大振りの横打ちが空を切り、

モクゲキの爪がディックの腹部を貫いた。

口元までせり上がった血を飲み込み、

エスクリマスティックを落としてモクゲキを一本背負いした。

 

壁を突き破って隣の部屋に投げ出されたモクゲキを追撃せんと走ったディックに、

ジュニアが大きな筒状の銃を取り出して無造作に引き金を引く。

 

巨大な光線が室内を満たし、

爆発に巻き込まれたディックの全身が火と破片傷に炙られた。

今の今まで戦っていたモクゲキの死体は、塵ひとつなく消滅している。

 

たまらず倒れたナイトウィングが憤慨して叫んだ。

 

「お前、仲間を殺して平気なのか!?」

 

「勝手に人を判断しないでくれないかな。

 平気なわけないだろ、反動で左肩が脱臼してしまっている」

 

だらりと下げた左腕を抱え、

ジュニアがナイフの腹でディックの顎を持ち上げた。

ひたりと冷たい感触が首元を這った。

 

「こういう時ってどうするの?」

 

「僕は……」

 

視神経がイカれたのか、目が見えず白と黒に明滅している。

 

「――――灰色に戻すよ」

 

「うん?」

 

感覚のない腕を動かし、ナイフを掴んで、

右腕で線の細いジュニアの頬を殴った。

 

痛みで意識が飛びそうだが、

これくらいはなんてことない日常だ。

 

両の足を駆使し、立ち上がったディックは、

ぼやけながらも戻ってきた視界でジュニアを探した。

気配も影も見えない。

暗い穴の底で相手を発見するのと変わらない。

 

「僕はずっと父のようになりたくはなかった。

 ああは絶対になってはいけなかった。

 それでも、僕の心には常に暗黒があった」

 

転がっていたエスクリマスティックを拾い、

全方向から対応できる姿勢をとる。

 

「けれど、それでよかったんだ。

 だから僕は蝙蝠を光の方へ戻せる。

 変えることはできなくても、灰色にはね」

 

ロビンの頃にはバットマンとスーパーマンの背中を追いかけてきた。

戦場ではバットマンとジョーカーを目の当たりにしてきた。

いつしか父と弟に挟まれ、

蝙蝠と悪魔の子を弟にし、息子のように育てた。

 

そしてわかったのはたった一つだ。

ディック・グレイソンは何者にもなれない。

 

女の子ウケを狙って貰った名前だが、

“混沌の神(ナイトウィング)”はそのものズバリだったようだ。

 

「僕は“混沌の騎士”。

 そしてこの街は灰色の楽園都市ブルードヘイブン。

 ジェームズ・ゴードンjr。お前だってこっちに戻してみせる」

 

相手は掴みどころのない深淵の霧が如き怪物。

だが父は教えてくれた、深淵に堕ちない術を。

父は教えてくれた、人は時に、

勇気と知恵を持って深淵に飛び込まなければいけないことを。

 

受け継いできた教えを疑ったことは一度もない。

子供の時から、ロビンの時から信じてきた。

 

ジェームズ・ゴードンjrがあらん限りの小声で囁く。

そこには嫌悪と侮蔑という感情があった。

 

「まいったな。僕は君のことが嫌いみたいだ」

 

「チィッ!」

 

超聴力を持たないナイトウィングには所在がわからない。

それよりも頼りになったのは、

天井から聴こえた動物の鳴き声だ。

 

上めがけて全力でバットラングを投げる。

数秒後に天井が爆発して、

通気口から人とリスが落ちてきた。

 

彼に馬乗りになり、スティックを掲げ……

逡巡してからジュニアの頭の横に突き刺した。

 

「祭りもお開きにしようか」

 

後手に手錠をかけて、

無理やり立たせてからちょうどいい高さの椅子に座らせた。

 

辛うじて原型を保っていた館長のデスクに尻を乗せ、

こちらを睨んでいるのか観察しているのかわからないジュニアを顎でしゃくった。

 

「警察が来るまで少し時間があるよ。

 それまで色々と話そうぜ」

 

リラックスした姿勢で相手の言葉を待っていると、

お使いを頼んでいたスリルデビルから無線が入った。

 

『ワクチンが出来たぜ! 今からギズと一緒に猛スピードで戻るわ!』

 

「ありがとう。君達は模範的市民だ」

 

「チッ」

 

「もちろん君もね」

 

不平を漏らしたグーバーの頭を撫で、

足を組んでディックは静かに相手が歩み寄ってくるまでじっとしていた。

 

「僕は――」

 

淡々としたトーンでジュニアが話を切り出した。

カウンセリングのスタートだ。

 

 

---

 

#########

 

「私は考えたことがある。

 未来のゴッサムに生まれたブースターゴールド。

 彼は“道化者(コメディアン)”と“妥協なき真実(ロールシャッハ)”を両立していた。

 後者はゴッサムで生きるヒーローなら多かれ少なかれ持っている資質だ。

 だが、前者のコメディアンはどこから来た?

 私にはないがステファニーやジェイソンは持っている」

 

「おい、オレに貸せよ!」

 

「坊やはミルクでも飲んでな。

このジェイソン様が大人のゲームライフってのを教えてやる」

 

「お前にそんなんわかるわけねーだろ!!」

 

いたるところに包帯を巻いたディックの向かいで、ブルースが紅茶を口にした。

アルフレッドは食材の買い足しに行っている最中で、

後ろではジェイソンとダミアンがPCの前でじゃれあっていた。

 

「だが気づいた。あれはお前から端を発したものだ。

 お前がロビンという光でゴッサムを照らしたおかげだ。

 バットマンが人々に闘志を与え、ロビンは街にぬくもりを与えたのだ」

 

「見な、ダミアン坊ちゃま。この21歳以上推奨ゲームの数々を。

 もちろんお前にはプレイ画面も見せてやらねえ。

 大人の苦味と葛藤ってのは子供にはわからない美酒なのさ」

 

「酔ってんじゃねーの!?」

 

「いつでもゴッサムに帰ってくるといい。

 あそこにはお前が残した功績が数々残っている」

 

「ありがとう、ブルース。

 でも遠慮するよ。僕はブルードヘイブンが好きなんだ」

 

「そうか」

 

前とは違ってブルースは臍を曲げることはなかった。

むしろ、これまでの話は本題に入るまでの前節めいていた。

事実、ダミアンとジェイソンの方を横目で確認すると、

身を乗り出してディックに高圧的に命令してきた。

 

「とにかくヤツの危険性はこれでわかったな。

 ただちにブースターゴールドの潜在的危険度を

 スーパーマンやグリーンランタンと同じSS級に引き上げ、弱点を探る作戦を練るぞ。

 ヤツの戦闘力はせいぜいがB級上位だが、

 恐るべきは“時空移動”と“強制知能低下空間構築能力”だ。

 一つ目はフラッシュと違って助走はいらず、後者は現時点で影響下を逃れられたのは

 この私と新神のMr.ミラクルのみという有り様だ。

 私としては不本意だがマックスウェルと同じく

 スキーツのデータを本格的に解析すべきだと思うので実行に移すぞ」

 

「一人でやってろ」

 

笑顔でそう言うと席を立ち、

ジェイソン達の方へ向かった。

 

「はっ、グレイソンが来たぞ、残念だったなあ!

 あいつはいつだってオレの味方だかんな!」

 

「ふざけたことを抜かすんじゃねえ。

 趣味に活きるのはダイナミックデュオじゃなく、同年代の擦れた魂さ」

 

「ほらグレイソン! この馬鹿をキツく叱ってくれよ!」

 

ディックの腕を掴んでダミアンがジェイソンを糾弾した。

苦笑混じりに二人の髪をわしゃわしゃ撫で、

兄として最善の提案をすることにした。

 

「アルフのご飯ができるまでみんなでゲーセン行こうぜ!」

 

「「面倒くせえ!」」

 

言葉とは正反対に喧嘩をしていた弟二人が、いそいそと出かける準備をしだした。

面白くなさそうな顔で紅茶を飲み干し、ブルースは新聞を開き、自分の世界に閉じこもろうとしている。

ディックは新聞を取り上げ、目線を合わせて呼びかけた。

 

「一緒にどう?」

 

「嫌だ」

 

ディックは無視して強引に引っ張り出すことにした。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。